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超人の面白読書 113  西脇順三郎に関する新聞・雑誌掲載記事など

西脇順三郎氏を訪ねて

西脇順三郎研究家の澤 正宏先生が37年前に書いた小文のコピーを読んだ。西脇順三郎の詩に出てくる言葉の意味が解らなくて実際に西脇宅を訪ねた話である。『第3の神話』所収の「デッサン」の〈また生きて二度死ぬことだ/あのハリツケのスベンダーのように〉の中のハリツケとスベンダーがどうしても結びつかないことで西脇本人に確かめに行ったところ、本人の口からスベンダーはスペンディユウスの誤植と言わしめたのだ。若き研究者の読み込みと勘が鋭かったことのエピソードである。いつだったか澤先生が間違いを指摘したことがありますと柔らかい口調でなかば自慢げに筆者に語ってくれたことがあった。西脇順三郎84歳、まだ小千谷市立図書館西脇順三郎記念室ができる前である。この小文を筆者が読んでなるほどと感じた箇所があるので本文から引用してみたい。ここには澤先生の一貫した見方が横たわっているからだ。それは西脇順三郎の「無」の思想についてなのだが。

帰途には、氏の持続する想像力について考えていた。持続する秘密、それは究極的には一貫した「無」の追究にあるのではないか。このことは、現実意識を無化して快感を得るために意味の「無」を表現する(戦前)、「無」とは絶対的な存在の「無」であり、この「無」へ屈服する(戦中から戦後)、実存意識を存在の「無」へ近づけるために言語によって現実的な時間意識を超越していく(戦後)、というように、「無」に対する実存的な態度や考え方を瞥見してみるとき、それらが、その時期その時期における西脇詩の核心であり、また、それらが深まりをみせている、ということから立証できるのではあるまいか。しかし、それだけでは西脇詩の全体は語り尽くせないな、というように。

ここには1970年代の時代状況が感じられて懐かしい印象を受ける。実存、この言葉の響きー。
昨年11月になるが、青少年向けに共著(太田昌孝先生と)で書き下ろした最近の本、『西脇順三郎物語― 小千谷が生んだ世界の詩人―』でも解りやすくこの西脇詩の根底にある「無」の思想について解説している。いくら青少年向けにといっても、大人も厄介な難問を理解するのはやはり難しいはずだ。因みに、最新刊は今年2月末日刊行の『21世紀の西脇順三郎 今語り継ぐ詩的冒険』である。勿論この本でも「無」は〈生きている〉。実はなぜこの小文に注目したか。それは西脇順三郎が戦中沈黙をしていたこと(敵国である英国の言語・文学研究ですから)で何が醸成されて、それが戦後変化していく詩的営意に興味があったからに他ならない(西脇順三郎はその時50歳を過ぎていた)。詩人、歌人それに小説家、画家や音楽家まで戦争を美化した作品や記事を積極的に書いた、あるいは、書かされたか…。今思うのは、悲惨な歴史は決して繰り返してはならないということのメッセージを共有することなのだ。
いつも澤先生にお会いする度に、これはぜひ聞き出したいと思っていてもつい忘れてしまっていることがある。それは西脇順三郎を研究するきっかけはいつで動機は何だったか、ということそれに西脇詩に魅了され続けている理由は何かということである。長くおつきあいさせてもらっているが、その話はすでに聞いたのかも知れないが未だに思い出せないでいる。革命性、永遠性、普遍性、斬新さ、カイギャク、イロニー、ウィット、ユーモア、言葉遊び、独特な言葉の使い方、ネキサスまたはリエゾン、シュールリアリズム、モダニズム、ダダイズム、存在の淋しさ、孤独、カンシャク、西洋絵画芸術や英語学・英文学の造詣の深さ、植物、民俗学、郷土愛等々。

追記 ついに澤先生から西脇順三郎研究のきっかけを聞くことができた。その本は真鍋 博装丁で、1964年思潮社から刊行された『西脇順三郎詩論集』だった。(2015.10.7 記)

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