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超人の面白読書 103  六草いちか著『それからのエリスーいま明らかになる『舞姫』の面影』 12

鷗外のベルリン留学時代の下宿考証も徹底していて写真や図面を駆使して事実を明らかにしている。史実を再考、考証していくうちに著者も訂正せざる得ないことが判明。
森鷗外記念館は、生誕の地津和野、長年暮らした東京、留学の地ベルリンの三つと著者は書き記すが、ベルリンにある森鷗外記念館の場所が言い伝えられている場所と違っていることを突き詰めた。フンボルト大学日本語学科の一施設として管理されているが。そして著者はこれは大学という学術機関の施設が、曲がった史実の情報限となっていることは非常に大きな問題であると指摘する(本書170頁)。注で著者が指摘し自分が今までの情報源を鵜呑みにして書いたことを訂正詫びている。ベルリン森鷗外記念館は森鴎外第一の下宿であるという情報、及びマリーエン通り32番地にあった鷗外の下宿がルイーゼン通り39番地から入る造りに建て替えられたという情報は、事実無根であることが明らかになったと書く。下宿の緻密な考証の結果が今までの事実を覆したのだ。
また、鷗外が大事にしていたカフスボタンの話も面白い。鷗外のベルリン留学時代のパッサージュ(アーケード付きの商店街)、鷗外は誰と一緒か皆目分からないが(一人だったかも)、ウンター•デン•リンデンのカイザーギャラリーで買物したらしく、その痕跡を追うべく著者が52軒のショプをくまなく調べ尽くし、写真、見取り図と店舗表まで掲げて買物したのはアクセサリー屋かと推理する。当時のベルリンのパッサージュを再現していて考現学的には大変興味あるところだ。 〈続く〉

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