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超人の面白読書 102 キャサリン・サンソム著 大久保美春訳『東京に暮す』 6

著者キャサリン・サンソム女史は駐日外交官の夫ジョージ・サンソム氏と日本で結婚、その後8年間日本に滞在し、そこで様々な異文化体験をするとになる。本書の最初に「東京での生活はいったいどのようなものですか」という友人や親戚の問いに答えるつもりで書いたものです、とイギリス人を念頭において記したことでも解るように、本書は政治経済を論じたり社会問題を分析したりという小難しい話がないのが特徴だ。あくまでも表面的な観察と感想に徹していることが軽快に好感をもって読める証左かもしれない。時には水彩画よろしく時には音楽の素養を応用したりしてさり気なく自分の趣味を披歴、気楽に読んでくださいね、そうすれば、遠く極東に位置する日本の人々の暮らしがよく理解できますと言いたげである。この原文、『Living in Tokyo』は格調高い文章で観察に幅と広さがあると訳者があとがきで書いている。英語の教科書用バージョンもあるという。
筆者が特に印象に残った個所は日本人の食事、仕事、百貨店歩き、天才庭師との興味深いやりとり、日本アルプス行での混浴のある大衆風呂入浴体験、日本の女性の社会進出を促す率直な意見など。ここで全体的にあれこれと印象を書き記すことは避けて、本文からの引用を中心に著者の生の声に耳を傾けてみたい。多少可笑しいところや誤解ともとれるところが散見されるも、そこは昭和初期に日本初体験をした外国人だということをお忘れなく―。むしろ好奇心と観察眼の鋭さをみるべきであろう。

日本上陸について。

東京湾のかなたに、きらきらと輝く朝日を浴びて富士山が立っていました。私は富士山を「空高く聳え立つ巨人」などと呼ぶ気になりません。富士山は不思議なくらい軽やかで、まるで天から垂れ下がっているかのようです。それでいて見すごしてしまうのです。あるはずの方向に眼をやっても見つからないのです。探しながら眼を上げていくと、ほら、ありました。あの有名な頂きは私たちが考えているよりずっと高い、層雲の上の方にあるのです。富士山には水で覆われた他の高い連峰が持つ男性的な雄大さはありません。富士山はむしろ夢であり、詩であり、インスピレーションです。久しぶりに見た瞬間、心臓が止まってしまいました。それほど美しいのです。富士山が日本人の想像力と美的感受性に強い影響力を与えている理由がよくわかります。 
富士山は去年(2013年)世界遺産に指定されたが、すでに昭和初期イギリス人がその美しさに心を奪われていたのだ。

日本人の食事について。

和食と洋食の最大の違いは和食の基が酢で洋食の基が脂だという点です。日本人は大根というディッシュをずっと大きくしたような野菜が大好きです。大根にはビタミン類が豊富ですし、少量をご飯と一緒に食べると美味しいのですが、たくあんは大根特有の臭いとぬかみその臭いがあいまって、ひどく臭く気分が悪くなるほどです。混み合った市電やバスの中でその臭いをかぐとたまらなくなって降りてしまいます。ところが、面白いことに洋食を口にしない多くの日本人は油やバターの臭いを嫌います。臭いが強い外国人のことを「バタ臭い」という表現が昔からあります(本文P.32)。

お百姓さんがご飯をかき込む姿は、戸を一杯開いた納屋に三叉で穀物を押し込む時のようで、大きく開けた口もとに御飯茶碗を添えて、箸をせわしく動かしながら音を立ててご飯をかき込みます。これがご飯をおいしく食べる唯一の方法なのです。ご飯というのは体中の隙間を埋めつくす位たくさん食べておかないとまたすぐにお腹がすいてしまいます。労働者とそれ以外の日本人との間に食べ方の違いはありません。誰でも同じように食べます。その時には、イギリスのポートワイン鑑定人のような非常な集中力が必要とされます。話に気を取られてはいけません。私は今までマカロニを上手に食べる人が一番見事な食べ手と思っていましたが、迅速にきれいに食べるという点ではとても日本人や中国人にはかないません(本文P.36-P.37)。

日本人の労働について。

農民の仕事はとても大変なのに彼らは自然と格闘しているようには見えません。彼らは、むしろ、成長して滅びることを繰り返して永遠に再生し続ける自然界の一員であり、そしてまたこの循環のあらゆる過程を美しいものとして味わうことができる優れた感受性を持っている人たちなのです。例えば、窓越しに雪が溶けているさまを目にすると、私たちだったら外に出るのは厭だと思うのですが、日本人は嬉しそうな顔をして「まあ、きれいなこと」と感嘆します(P.43)。

日本の商人たちのもっとも奇妙な特徴は商売が下手なことです。宣伝ばかり派手で中身がたいしたことがない商品があふれるなか、日本のように無垢な社会に来ると嬉しくなります。例えば、私の薬剤師は日本で古くから定評のある製薬会社に勤めていますが、私が外国製の薬を好むと思い込んでいて、彼の会社の製品を薦めません。私がどうしても日本のものがいいというと喜んで出してくれます。クリスマスツリーの下の方にかかっている人形やキャンディーやおもちゃや癇癪玉では駄目で、どうしてもてっぺんにあるサンタクロースを欲しがる変わった子どもの相手をしているような顔をして(本文P.54)。

今東京で一番話題の店は世界でも有数の大書店でいろんな言語で書かれた新刊書まで取り揃えていると著者が一応褒めたたえている一方で、絶対に棚にあるはずの本を探してもらったのに、「まだ入荷しておりません」という返事が返ってくることがありますと書き、それは東京での憎めない冗談の一つですと著者は皮肉たっぷりに語る。また、バーナード・ショー夫妻が来日した時に、H・G・ウェルズの新刊書が欲しいとのことでその大書店を著者が尋ねたがその本を店員が知らないばかりか店長も知らなかったらしく(バーナード・ショー夫妻は一週間前に北京の書店で見かけていたという)、有名な方のご依頼ということで地下にある荷解きのしていない中から30分もかかってその新刊書を何とか探し出してきて著者に渡したという。著者はこのあと続けてこう書く。
私は暇人なのでこんな遅いサービスでも構わないのですが、もっと迅速にサービスが行われるようになっても、以前からの礼儀正しさと、本が売れようが売れまいがそんなことはどうでもよいという大らかさを失わないで欲しいと思います。最近は口先のうまい商売ばかりで、こういうまじめな商売は少なくなってしまいましたが、感じがいいし、売ることしか考えない商売よりも結局は人々の信頼を得ることになるでしょう、と書く。そして著者は心優しく悪口も披露するのだ。ショーウィンドーに山と積んである新刊ベストセラーなのに、店員たちはその本はうちにはありませんと言い張ったという本当にあった話を紹介している。これと似かよった話は今でもよくあるし、現に筆者も時々出くわすのだ。大分前JR札幌駅ビルの書店(この書店は今はない)での出来事はこの種では最たるもの。小学生、中学生、高校生それに赤ん坊をおぶった娘などの立ち読みの光景も目にして、小さな本屋の経営がどうして成り立っているのか不思議だと書く(本文P.54-P.57)。本文58頁のマージョリー西脇女史の挿絵が面白い、皆が群がって立ち読みしているシーンのタイトルが「無料図書館」とは言い得て妙である。<続く>

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