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超人の面白読書 92 井上理津子著『さいごの色街飛田』

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これは哀しいオーラルヒストリーの本である。いや、単純に言えば、実年女性が書いた色街ルポ。ある現代セックス産業の現場報告である。しかも書き上げるまで12年もかかっている。この執念には脱帽だ。著者は社会派のドキュメンタリー作家だが、この飛田にここまで惹きつけられた魅力とは何か―。

東京の吉原も様変わり、名古屋の中村はすでになく、その面影を今に残す飛田新地の情緒。特に雨上がりの夕暮れはしっとりしていて、うっすらとした情緒に陰影を添える。感性の魔力と言おうか、それがまた、いい。

著者はあとがきにこう記している。

あの町のなんとも表現しがたい雰囲気を、言葉で紡ぎたかったからだと思う。怒ったり、笑ったり、騙したり、騙されたりを、どうしようもなく繰り返す人間の性がむきだしのあの町は、私を惹きつけ続けた。中略。売買春の是非を問いたいわけではなかったが、そのことについては、書き終わった今も私に解答はない。それよりも、今思うのは、飛田とその周辺に巣食う、貧困の連鎖であり、自己防衛のための差別がまかり通っていることである。

そして著者はあとがきの最後の方でこうも記して警告している。

本書を読んで、飛田に行ってみたいと思う読者がいたとしたら、「おやめください」と申し上げたい。客として、お金を落としに行くならいい。そうでなく、物見にならば、行ってほしくない。そこで生きざるを得ない人たちが、ある意味、一生懸命に暮らしている町だから、邪魔してはいけない。

本書の目次を追ってみよう。第1章から第6章まで第4章を除けば、章題がすべて“飛田”で始めている。
飛田に行きましたか、飛田を歩く、飛田のはじまり、住めば天国、出たら地獄―戦後の飛田、飛田に生きる、飛田で働く人たち、だ。巻末には97の参考文献も掲げてある。また、珍しい飛田の写真まである。
〈続〉

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