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超人の面白読書 91 羽田 正著『新しい世界史へ―地球市民のための構想』 3

さて、この辺で少しうさぎ飛びで先を急ごう。
戦後の1951年に「東洋史」や「西洋史」に変わって「世界史」が登場、しかし著者は高校で世界史があるのに、大学では西洋史や東洋史しかない、微妙なずれが生じていると指摘し、詳細記述は避けているものの、大学で世界史を系統的に講じられていないことに警鐘を鳴らしている。史学科卒業生は大概高校の社会科の教師(筆者のことで言えば、高校時の世界史の教師は、ユーモアはあったが果たして世界史をきちっと教えてくれたか疑問が残る。それも遠い昔の話)になるが、著者は彼らはどのように世界史を教えるのか、試行錯誤で教えるしかないと言い切っている。この後を小見出しで追うと、西洋を軸とする世界史、その後の学習指導要領、世界史観のうつりかわり、日本国民の世界史、日本の立つ位置への関心、日本国民の世界史の内容、現代の世界史の出発点となっている。『日本国民の世界史』は教科書として受け入れられず、一般書として刊行し評判を呼んだらしい。それは東洋と西洋の二項対立とその間の微妙な位置に日本を置いた戦前以来の世界認識を踏まえ修正したもので、「文明圏」という歴史の理解の単位は、トインビーが著した『歴史の研究』ですでに用いられていて、参考にしたに違いないと著者は書く。〈つづく〉

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