超人の面白読書 90 ノーベル文学賞受賞者スウェーデンの詩人トーマス・トランストロンメル氏の作品を読む 47 余滴 続々
ラテン語の章ではベルイマンの『もだえ』にも授業は厳格だが私生活は乱れた、二重人格のラテン語教師が登場していたが(ベルイマン自身の高校時代の実体験に基づいているらしく、大分憎たらしく描いていた)、著者のギリシャ語・ラテン語の教師でクラス担当のボッケン先生の描写はこれまた観察が鋭く、ユーモラスかつペーソス的だ。笑えるようで実は笑えない。それは厳しいが優しさも持ち合わせた教師のキョウジというものだろうか。日本も戦前はドイツ風の教育が幅を利かせていて、特に旧制高等学校はその典型だった。古典語の教養は筆者には未だに身についていないがイギリスの文芸評論家ジョージ・スタイナーの本を繙けば一目瞭然だ。それはヨーロッパの文化風土に根ざした古き良き伝統だろう。筆者は岩波文庫あたりでその古代ギリシャやローマの文芸を本の少しだけしか知るよしもないが、著者のラテン語の話に刺激され、ホラチウスの作品を読みたいと思い図書館から借り出したのだ。日本でこれだけ本が溢れているのにホラチウス全集が一つだけしか刊行されていない。日本の文化風土が分かるというものだ。もちろん需要がないのも知れないから当然と言えば当然だとも思うのだが。日本語は言語構造がギリシャ語やラテン語とかけ離れているから習得がなかなか難しい。著者的な古典的教養はどこで身につけられるか。人文学の伝統のあるヨーロッパと日本は文化的風土が違い過ぎるか。しかしトーマス・トランストロンメル氏は日本の芭蕉や子規の俳句にも影響を受けていることは知られている。その三行詩は1950年代後半から作句し続け、一旦離れるが、脳梗塞で倒れた1990年代から再び短詩を作り始めている。この『わが回想』の直後からか。
さて、韻律の話。日本語は原則的に母音の長短がなく子音の豊富さにおいてもヨーロッパ諸語に比べて乏しく、抑揚も平坦な言語だ。詩の頭律や押韻が成立しにくいが、その代わり字数を制限して楽しむ文芸、短歌や俳句が昔から盛んだ。これは著者を刺激した。既存のコンテキストに異なるイメージあるいは新たなイメージを挿入して透明性の高い次元を創り出す。
古池や蛙飛び込む水の音
芭蕉
以前にこのコラムでも言及したが、この有名な一句にして解釈が異なり、一冊の本が出来上がるくらいだ。
韻律、韻律。先ほど書いたが、日本語はこの点難があるようだ。かつてフランス文学の先達(加藤周一、中村慎一郎、福永武彦、窪田啓作や原條あき子など)らが、『マチネ・ポエテック1948 』を発表、日本語による韻律詩の実験詩を書いたことがあった。また、法律家で詩人の中村稔氏はこの実験を続けている数少ない詩人である。
トーマス・トランストロンメル氏はホラチウスやギリシャのサッフォーに倣って古典的な詩を書いた。
卒然と 旅人の前に立つ かの老いた
巨大な樫、さながら石と化した大鹿
果てしなく拡がる枝角を 九月の海の
暗緑の砦の前に
(『17の詩』1954年)
エイコ・デューク訳『悲しみのゴンドラ』(思潮社 2011年10月刊)P.89より
サッフォー的な韻律と訳者が言及しているが、当然原語に当たらないと分からない(筆者も原語から訳出を試みた)。
同じページからこの『わが回想』の余滴終了に相応しい文章を引用しよう。
中世以来の文学伝統の濃い高校で詩への接触を拡げ、自身試作を始めていた16歳の詩人は、ホラチウスの古典詩にも惹かれ、その韻律で詩を書いたのだった。伝統と新しい創作の独自な連鎖が見える。当時は高校文学にとって、類い稀な良き時代で、各校内誌に英才が輩出、「月桂冠への萌え」としてボニエル出版社がその特集を出していた。この若い詩才はたちまち注目され、詩集によるデビュー以前に非常な評価を得ている。
そして先週ノーベル賞委員会のウェブサイトの動画で2011年12月7日に行われたノーベル文学賞受賞講演を見た。車椅子のトーマス・トランストロンメル氏の表情に“静かな歓喜”に似たものを感得して感激、ピアノにも造詣深い詩人らしいセレモニーだった。
厳かの中にもハーモニーの美しい合唱、男優や女優による張りがあり抑揚の効いた詩の朗読、リストやシューベルトの室内楽演奏そして外国に翻訳された詩を朗読しかもその国の著名人の手で、その響きの多様、それは至上の悦びといったら当たるだろうか。終始穏やかに時折ハンカチを取り出して顔を拭うトーマス・トランストロンメル氏、上品で含羞に富んだモダニストの姿をそこに見た。バンケットスピーチはモニカ夫人、短くもクィーズイングリッシュのきれいなこと、彼女のスピーチも感動的だった。
2011年ノーベル文学賞受賞講演はこちらのホームページで→http://www.nobelprize.org
| 固定リンク
« 超人の面白読書 90 ノーベル文学賞受賞者スウェーデンの詩人トーマス・トランストロンメル氏の作品を読む 46 余滴 続 | トップページ | クロカル超人が行く 155 六本木 スウェーデン大使館 イングマール・ベルイマン展示会『難題を投げかけた男』 »

コメント