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超人の面白読書 89 雑誌『思想』8月号 特集 : 戦後歴史学の流れ

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 雑誌『思想』8月号の特集は戦後日本の歴史学の流れ―史学史の語り直しのために、という特集を組んでいる。思想の言葉、座談会、インタビューと論文4本。執筆者は鹿野政直、成田龍一、小沢広明、戸邉秀明、安丸良夫、飯島渉、高澤紀恵、大串潤児など早大、東大、一橋大出の歴史学者。巻頭の「思想の言葉」で鹿野政直は、自分の歴史学者(民衆思想史)としての立場を的確に書いている。気になるところを引用してみよう。
 
 歴史の職業的な探究者たちは、みずからをどう規定すべきか。わたくしは、「研究教育活動を営むサラリーマン」(ジェラール・ノワリエル)という社会的に嵌め込まれている位置の自覚と、それゆえに付与されている教室や社会にたいする権威性・権力性の自覚が、それであろうと思う。こうして過去の解析に向かう人間は、みずから視える存在としたうえで、民衆との緊張関係に身を置きつつ(あるいはそれを造りだしさえつつ)、それでも可能な限り課題とするところに寄り添おうと努めるほかない。そのことによって、一方向的であった「対象」は双方向的な「主題」へと変る。同時にそれは、学問の専門化とともに排除されていったアマチュア性の回復に繋がるに違いない。中略。そして最後の7行。民衆史の立場からは、歴史学における「無名の」民衆(人びと、行為者等々)という呼称の無造作な使用に、抵抗感を禁じえない(柳田國男・柳宗悦には、無名性について尊敬すべき見解があるが、いまは論じない)。正確にいえばその人びとは、さまざまな条件によって「無名性(みずからの意志の働く匿名性に非ず)へと押しつけられた(ている)人びと」にほかならず、そうして、どなたの言葉であったか、nobodyでもanybodyでもなく、固有性を帯びるsomebodyでありたい(として生きたい)というのは、すべての人びとの願いであろうからである。民衆思想史の役割は、そういう人びとの、多くは達せられなかった願望を、歴史上にかたちあるものとするよう、いささかでも手助けするところにあるだろう。

 座談会は「戦後日本の歴史学の流れ―史学史の語り直しのために―」のタイトルで成田龍一、小沢弘明、戸邉秀明の3名、1951年、1958年、1974年生まれの中堅、少壮の歴史学者たちだ。この座談会で注目されるのは、戦後の歴史学の括り方、時期区分である。史学史の立場から仮説的にと断ったうえで戸邉がこう区分する。
 第1期→1945年の敗戦前後〜1970年代前半まで。社会構成体史の時代―「戦後歴史学」の形成と確立。第2期→1970年代後半〜90年代前半まで。社会史の時代―「現代歴史学」への転形期。第3期→1990年代以降現在まで。近代知再審への省察―「現代歴史学」からどこへ。この37ページもある座談会の要旨を記すよりはむしろ、座談会に参加している歴史学者が取り上げている先行研究の本の方が歴史学者自身の関心の度合いが解って面白い。
 石母田正『中世的世界の形成』、『歴史と民族の発見』、鈴木正四『セシル・ローズと南アフリカ』、『民主主義革命』斉藤孝『昭和史学史ノート』、高橋幸八郎『近代社会成立史論』、『市民革命の構造』、大塚久雄『近代欧州経済史序説』、『近代化の歴史的起点』、旗田巍『元寇』、ウォルト・ホイットマン・ロストウ『経済成長の諸段階』、鹿野政直『「島島」は入っているか』、安丸良夫『<方法>としての思想史』、阿部謹也『中世を旅する人びと』、『ハーメルンの笛吹男』、網野善彦『蒙古襲来』、良知力『向う岸からの世界史』、『青きドナウの乱痴気』、『女が銃をとるまで』、喜安朗『パリの聖月曜日』、『民衆運動と社会主義―ヨーロッパ現代史研究への一視角』、板垣雄三『歴史の現在と地域学』、『世界史への問い』、イマニュエル・ウォーラースティン『世界システム論』、ピエール・グベール『歴史人口学序説―17・18世紀ボーヴェ地方の人口動態構造』、遠山茂樹『戦後の歴史学と歴史意識』。

 次の<インタヴュー>戦後日本の歴史学を振り返る―安丸良夫氏に聞く― 聞き手=成田龍一 でも引き続き取り上げている本を記す。

 ヘイドン・ホワイト『メタヒストリー』、山田盛太郎『日本資本主義分析』、『超国家主義の論理と心理』、『日本政治思想史研究』、安丸良夫『近代天皇像の形成』、『日本の近代化と民衆思想』、『出口なお』、『安丸思想史への対論』、『一揆・監獄・コスモロジー』、『現代日本思想論』、『大正デモクラシー』、『文明化の経験』、桑原武夫『文学入門』、梅棹忠夫『文明の生態史観』、遠山茂樹・今井清・藤原彰『昭和史』、色川大吉『昭和へのレクイエム―自分史最終篇』、『水俣の啓示―不知火海総合調査報告』、エリック・ホブズボーム『素朴な反逆者たち』、中沢新一『僕の叔父さん網野善彦』、安丸良夫・喜安朗『戦後知の可能性―歴史・宗教・民衆』、網野善彦『無縁・公界・楽』、柴田三千雄『近代世界と民衆運動』。

 成田龍一論文、「違和感をかざす歴史学―史学史のなかの民衆思想史研究(前期および中期)」、そのあとの飯島渉の論文「中国史が亡びるとき」、高澤紀恵論文、「高橋・ルフェーヴル・二宮―「社会史誕生」の歴史的位相―、そして大串潤児論文、「史学史としての教科書裁判」といずれも刺激的な論文。飯島渉の論文のタイトルは、水村美苗『日本語が亡びるとき―英語の世紀の中で』などの本に示唆を受けたらしい。そんな飯島論文は歴史学の根本的な問題を据えて、現在、将来を語って大変面白い。気づくには遅すぎる感のある次の件は象徴的だ。

 歴史の基礎となるのは、「日本の中国史」ではない。「中国史」(Zhongguo shi)やA History of China を想定しながら構成されるグローバル・ヒストリーの中に位置づけられる「中国史」(ちゅうごくし)だろう。

 ここでも引用された本を取り上げてみたい。色川大吉『明治精神史』、遠山茂樹『戦後歴史学と歴史意識』、家永三郎『革命思想の先駆者』、『新版 一歴史学者の歩み』、『教科書検定』、『教科書裁判』、大江健三郎『核時代の想像力』、村上信彦『明治女性史』、山崎萌子『愛と鮮血』、『サンダカン八番娼館』、森崎和江『与論島を出た民の歴史』、『奈落の神々』、松本健一『若き北一輝』、松永伍一『日本農民詩史』、二宮宏之『歴史的思考とその位相』、『戦後歴史学と社会史』、『二宮宏之著作集』、萩原延壽『遠い崖―アーネスト・サトウ日記抄』、ジャレド・ダイアモンド『銃・病原菌・鉄―13000年にわたる人類史の謎』、楠井敏朗『大塚久雄論』、永原慶二『20世紀日本の歴史学』、今井修「日本近代史学史研究の構想と方法―その史学史的検討」、弓削達『明日への歴史学―歴史とはどういう学問か』。
 70点の書籍を書き写したが(勿論すべて網羅したわけではない)、某出版社のものがいかに多いかがよく解る。さて、購買力を高める宣伝もあるか、戦略的―。ま、それは冗談として歴史学の新たな方向性(迷いやうねりもあって)を示しているこの特集は、時間おいてまた読んでみたい。

台風15号が静岡県浜松市に上陸、雨風を伴い関東地方を直撃した日。茨城県日立市あたりは震度5弱のやや強い地震も起きてダブルパンチ。

追記。行動する論客、歴史家と題した一橋大名誉教授中村政則氏の歴史家遠山茂樹氏の追悼記事が昨日の毎日新聞夕刊(2011年9月27日)に載っていた。歴史家、昭和史論争の論客、社会運動家の業績をあげ、その内容を掻い摘んで書いていたが、最後は次のように結んでいた。

今や戦後歴史学の時代から次の時代に移行し、歴史学の刷新を図らなければならない。(2011年9月28日 記)

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