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超人の面白読書 86 吉村昭著『三陸海岸大津波』 6

 昭和8年の津波の章。海嘯・よだの言葉の定義を記すが、海嘯はかいしょう、つなみと読み明治時代によく使われたらしく、波の押し寄せる海の轟きを表現している言葉でまた、「よだ」はこの地方の方言で津波と同意語だという。次に波高。測定はなかなか難しいが3つあるらしい。海中に設置された験潮儀による測定、残留している物体による測定それに海水が陸地に侵入した地域を海面と比較して津波の高さを測定する方法だ。そして明治29年の津波の高さを調査した宮城県土木課が算出した24ヵ所の波高の実例を示す。それによると下閉伊郡田野畑村羅賀では22.9メートルに達した計算なるが、実際ははるかに高かったと古老から聞き出している。今回の3.11では田野畑より南の島越地区で27.6メートルを記録した。最近田野畑地区を取材した新聞の記事によると、島越駅にあった吉村昭氏の文庫本、常宿にしていた「ホテル羅賀荘」(本書のあとがきでも触れている)も流されたという。
 チリ地震の影響が過去にこれだけあったのかも本書で初めて知った次第。

 村の古老の証言、現地調査、想像力を働かせた再現シーンなど臨場感溢れる本書は、置かれた立場の悲惨さ無念さを包摂して記録の何たるかを私たちに示唆している。物語性のある立派な災害史だ。
 作者吉村昭氏は津波が来たらともかく何も持たず早く逃げろ、道路はふさぐなと言い続けていた。これは講演などでの話だ。最後に先ほど触れた新聞記事で吉村昭の妻で作家の津村節子氏の言葉を引用して終えよう。

「吉村があれだけ調べてまとめたのに、警告にはならなかったのでしょうか。この被害を見たら、大変悲しむと思います」

追記。フリージャーナリストの呼びかけに応えて被災地石巻の子どもの作文がNHKの番組「クローズアップ現代」で朗読を交えて披露された。まだ津波の被害と向き合えないでいる子どもいるし複雑だ。津波体験は彼等にそれなりの影を落としていることが作文から読み取れた。このジャーナリストはこれからも書いてくれた子どもたちとつき合って行くという(追記の追記。この子ども作文集はつい最近『つなみ』のタイトルで刊行された。原稿用紙に書かれた子どもの字には性格が表れていたが、それより人生の荒波を被った心情が吐露されていた。しかしこう書かせることに筆者などは多少違和感が残る。時期尚早のような気がしてならない。2011.7.2)。何日か前には陸前高田の高校が今回の震災体験を踏まえながら将来を考える作文に取り組んでいる、との新聞記事もあった。2011.6.23

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