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超人の面白読書 86 吉村昭著『三陸海岸大津波』 2

つなみ

尋三 大沢ウメ

がたがたがたと大きくゆり(揺れ)だしたじしんがやみますと、おかあさんが私に、
「こんなじしんがゆると、火事が出来るもんだ」
といって話して居りますと、まもなく、
「つなみだ、つなみだ」 と、さけぶこえがきこえてきました。
私は、きくさんと一しょにはせておやまへ上りますと、すぐ波が山の下まで来ました。
だんだんさむい夜があけてあたりがあかるくなりましたので、下を見下ろしますと死んだ人が居りました。
私は、私のお父さんもたしかに死んだだろうと思いますと、なみだが出て参りました。
下に行って死んだ人を見ましたら、私のお友だちでした。
私は、その死んだ人にてをかけて、
「みきさん」
と声をかけますと、口から、あわが出てきました。

 この地方では死人に親しい者が声をかけると口から泡を出すという言い伝えがあると作者は書き、さらに作文を書いた女性に貴重な津波体験を聞き出している。
山の上に駆け上った時、まだ田老村には灯りがともっていた。それがゴーッという物凄い響きをあげて津波が来襲し、白い水煙が舞い上がったと同時に、ちょうど焚き火に水をぶちまけるように灯りがまたたく間に消えたという。作者はこの話に津波の恐ろしさを示す妙な実感を味わったと書いている。また、別な児童の作文の最後の数行にもこう書かれている。

「又、なみがきたあ」
といったのでむこうを見ると、火がぼうぼうもえて、山の下にいる人たちは、
「たすけてくれろ、たすけてくれろ」
というので、お父さんたちは人をたすけにゆきました。
夜があけてから学校へきて見ると、まだだれもきて居りませんでした。それから表へ出て見ると、しんだ人達が、あっちにもこっちにも、ごろごろと女や男の人が居ました。

 空恐ろしい地獄絵さながらの光景だ。
作者が言うように子供の眼は正直、また、ありのままを書けと担任が指導したという。
悲痛な叫びが心を打つのだ。上記は昭和8年の津波の情況を子供の眼で捉えた秀作。本書の書評はここから書き出したかった。ここに作者吉村昭の事実を透視する眼を感じたからに他ならない。まさしく生死を彷徨う臨場感を記録することで生きのびられるのだ。

 今回の大津波は真夜中ではなく昼下がりの時間帯だったが、住民が一瞬のうちに大波にさらわれた。その中にはたくさんの小学生もいた。やりきれない一言だ。被災地に遺品として残されたランドセルなどがそれを物語っている。今日で3.11から100日、死者3000人、行方不明者2000人を出した被災地石巻市では合同慰霊祭が行われている。被災地はまだまだこれから、長期戦だ。

 石巻市から気仙沼、釜石、宮古そして岩手県下閉伊郡辺りに舞台を移し、この記録文学の書き出しに戻ろう。明治29年6月15日の大地震・大津波の被害概要とその被害光景だ。〈続く〉

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