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超人の面白読書 84 鴨長明著『方丈記』の「大地震」の項を読む

行く河のながれは絶えずして、しかも、もとの水にあらず。よどむに浮かぶうたかたは、かつ消えかつ結びて、ひさしくとどまりたる例なし。世の中にある人とすみかと、またかくのごとし。

これが有名な『方丈記』の書き出しの部分。

鴨長明が生きていた鎌倉幕府開府直前の平安末期に、大地震が元暦二年(1185)7月9日に発生している。その大地震の様子が『方丈記』の六段に書かれている。講談社文庫より引用。

六 大地震(おほなゐ)

また、同じころかとよ。おびただしく大地震の振ることはべりき。そのさま尋常ならず。山は崩れて、河を埋み、海は傾ぶきて、陸地をひたせり。土裂けて、水涌きいで、巌割れて、谷に転びいる。渚漕ぐ船は、波にただよひ、道行き馬は、脚の立処をまどはす。都のほとりには、在在所所、堂舎塔廟、一つとして完からず。或いは崩れ、或いは倒れぬ。塵灰たちのぼりて、盛りなる、煙のごとし。地の動き、家の破るる音、雷にことならず。家のうちにをれば、たちまちに拉げなんとす。走りいづれば、地割れ裂く。羽無ければ、空をも飛ぶべからず。龍ならばや、雲にも乗らん。恐るべかりけるは、ただ地震なりけりとこそ、おぼえはべりしか。
かくおびただしく振ることは、しばしにて、止みにしかども、そのなごりしばしは絶えず。世の常、驚くほどの地震、二・三十度振らぬ日はなし。十日・二十日過ぎしかば、やうやう間遠になりて、或いは、四・五度、二・三度、もしは、一日交ぜ、二・三日に一度など、大方、そのなごり、三月ばかりやはべりけん。
四大種の中に、水、火、風は、つねに害をなせど、大地にいたりては、ことなる変をなさず。昔、斉衡のころとか。大地震振りて、東大寺の仏の御首落ちなど、いみじきことどもはべりけれど、なほこのたびにはしかずとぞ。
すなわちは、人皆あぢきなきことを述べて、いささか、心の濁りも、うすらぐとみえしかど、月日重なり、年経にしか後は、言葉にかけて言ひいづる人だになし。

 鴨長明の生きた平安末期は大地震や飢饉などいろんなことが起きた時期だったことがこの『方丈記』の簡潔な描写でも如実に窺い知れる。羽無ければ、空をも飛ぶべからず。龍ならばや、雲にも乗らん。恐るべかりけるは、ただ地震なりけりとこそ、おぼえはべりしか。今でも十分に過ぎるほどの気持ちが伝わってくる。改めて地震の怖さが歳月を超えて私たちに迫ってくるのだ。また、余震も何回かあった様子が書かれているが、月日が経つと地震があったことなどを忘れてしまうとも書いている。常日頃からの備えが必要だろう。筆者はやっと単一電池をゲットして懐中電灯に装着した。これで大中小サイズの懐中電灯は揃った。非常用の乾パンや水それに防災用のヘルメット(5000円位で畳めるヘルメットもあるらしい)は何処?マグニチュード8位の地震がまた起こると言うのに―。

追記。昨日の毎日新聞夕刊のコラムで日本文学研究家のドナルド・キーンさん(最近地震国日本に帰化すると話題になった)が、松島は、中尊寺は地震の被害に合いましたかと遠くニューヨークのアッパーウエストのアパートメントで語っていた記事を読んだ。松尾芭蕉の『奥の細道』の翻訳者は今回の大震災を大いに気に掛けていたのだ。また、鴨長明『方丈記』にも言及していた。自身は大病して東京で入院、一時は寝たきりか車椅子かと考えたという。今は正岡子規の伝記執筆に取り掛かっているそうだ。ドナルド・キーン氏は87才?(2011.5.19)

追記2。有名な冒頭のところを英訳で拾ってみた。下記はネット情報。

行く河のながれは絶えずして、しかも、もとの水にあらず。よどむに浮かぶうたかたは、かつ消えかつ結びて、ひさしくとどまりたる例なし。世の中にある人とすみかと、またかくのごとし。

Though the river's current never fails, the water passing, moment by moment, is never the same. Where the current pools, bubbles form on the surface, bursting and disappearing as others rise to replace them, none lasting long. In this world, people and their dwelling places are like that, always changing.
【web訳】

The current of the flowing river does not cease, and yet the water is not the same water as before. The foam that floats on stagnant pools, now vanishing, now forming, never stays the same for long. So, too, it is with the people and dwellings of the world.
【Chambers 訳】

Ceaselessly the river flows, and yet the water is never the same, while in the still pools the shifting foam gathers and is gone, never staying for a moment. Even so is man and his habitation.
【Sadler訳】

The flow of the river is ceaseless and its water is never the same. The bubbles that float in the pools, now vanishing, now forming, are not of long duration: so in the world are man and his dwellings.
【Keene訳】

The current of a running stream flows on unceasingly, but the water is not the same: the foam floating on the pool where it lingers, now vanishes and now forms again; but is never lasting. Such are mankind and their habitations.
【Aston,訳 1899,年】

The flowing river never stops
and yet the water never stays the same.
Foam floats upon the pools,scattering, re-forming,
never lingering long.
So it is with man
and all his dwelling places
here on earth.
【Moriguchi (訳)、David Jenkins (訳)】

Incessant is the change of water where the stream glides on calmly:
the spray appears over a cataract,
yet vanishes without a moment's delay.
Such is the fate of men in the world and of the houses
in which they live. . ....
【漱石訳】

Of the flowing river the flood ever changeth,
on the still pool the foam gathering,
vanishing, stayeth not.
Such too is the lot of men and
of the dwellings of men in this world of ours. . ...
【熊楠訳】

人によって訳し方がいろいろ。その違いに注目。翻訳本は明治から最近の平成まである。漱石の訳は大学時代に読んでいたが。それにしてもAstonは日本語の本も何冊か書いているが、方丈記も訳していた。知らなんだ。

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