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超人の面白読書 83 「文藝春秋」2011年3月号掲載の第144回芥川賞受賞作品 朝吹真理子作『きことわ』を読む

 この書評を書こうとしたら大地震が起きた。都心も大分揺れた。本当に地震は怖いと改めて感じた次第。被災地の方々には大変お気の毒、お見舞いを申し上げたい。日本は地震大国だが、予知が確実にできないかと切に願うのだが…。

 朝吹真理子作『きことわ』を主に朝の通勤電車で読んだ。構成がうまい、感覚的なものの言語化がうまい、夢を描くことがうまい、と秀逸の点。髪の毛についてのエロティシズムもある。選評もいい。しかし、筆者はこの小説の内容にけだるさを感じた。プルースト的な夢の饗宴ができる才能は確かに感じられるが、内容がかったるいのだ。他愛ないストーリーで迫る気迫が文章に感じられないのだ。社会性がないといえば嘘になるが希薄のようだ。女性の話。正反対の『苦役列車』の方が筆者には似合う。きことわ、とわきこ、きことわ、とわきこ、とわきこ(本当に言いづらい)、結局2人とも夢を見た。極小と極大の妙、その道具立てには感服したが。
 この小説の出だしはこうだ。

永遠子は夢をみる。
貴子は夢をみない。

 逗子にある別荘の持主と管理人の話で、その別荘を整理しに来ることからこのストーリーは始まる。現在過去過去現在未来と時間軸が螺旋状に動く。筆者は時にどこからが過去の回想で、どこからが現実のことなのか正直戸惑った。通勤電車で同じところを二三回読み直した。偶然にだがこれが良かった。トリックがみえたのだ。西村賢太は90%本当の話と言うが、朝吹真理子は90%嘘の話だという。どちらも力量を感じる短編である。これからどれだけやれるか見物ではある。

作者の受賞の言葉から。
 
 物理的な時間の流れと感覚の間には齟齬があり、自分の感じている瞬間を数珠つなぎに結ぼうとしても、瞬間は線上であることを拒みます。時間感覚のふしぎさをあらためて体感しています。

 仏文学一家のサラブレッドの登場である。ややもすると肩書きだけが一人歩きするが―。

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