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超人の面白読書 76 カレル・チャペック著『北欧の旅』 5

 さらに北へ船は進んでロフォーテン諸島。岩の障壁にまともに向かって進んだ先が妖精の入江と呼ばれているトロルフィヨルドだ。そのノルウェー語の説明はこうだと著者は書く。
en viden kjent fjord,trang medveldige tinder p  begge sider.両側の岸壁が影を落とす非常に有名なフィヨルド。著者の描くカットも質感が出ていてなかなかいい。ラップランドに住むサーメ人の話とサーメ語とチェコ語を交えた、おかしな会話。

「チャペック!こっちへ来てこのちび小僧を見てよ!」
「チャペック!チャペック!」
「とんでもない連中だな」わたしは驚いて大声を出した。

 このちび小僧が描かれているが、小僧は売り物ではなかったとわざわざ断り書きをしている。(P.206)
 さて、『北欧の旅』もヨーロッパ最北端の北緯70度40分11秒でこの旅の目的は達成。
 
 かくて見よ。ノールカップだ。
20101130131621_0000120101130132121_00001ヨーロッパはいささか突然に、まるで途中で切断されたかのように終わる。そしていささか悲し気でもある。本当に、それは黒い山の天辺のようだ。そしてこうも書く。この大陸の完全に最北の地点は、あの遠くにあるノルヒヌであり、一方ノールカップは単にマーゲル島の終点に過ぎない。だがそれは同じことだ。ヨーロッパは自分でノールカップを最北の地点として選んだのだ。もはやそこが終点なら、せめてそれに値するようにしよう、と考えている。ヨーロッパは常に、何かをひけらかすことにいささか気を使ってきた。実際にそうであるよりも、少なくともよりそれらしき終点に、そのふりをさせている。

 鋭い文明史観が伺える。(本文P.228)それにしてもNordkapの岸壁!それから太陽が沈まない白夜の話、そしてナルヴィクの著者自身が迷い子なって消えた事件、些か冒険がすぎたようだ。
 そして北端からスウェーデンの領域に戻り、スウェーデンの深い原始の森を一昼夜以上かけて急行列車で駆け抜ける。そしてスウェーデン北部山岳地帯の川に注目して書く。

 それから無数の川(エルヴ)。無限の深い森は、常に水路を切り開いている。そして湖のように広くて静かな川や、急流となって黒や白の泡を吐いている若い小さな川がある。しかし一番大きいのは、大きいなゆったりとした、限りなく落ち着いた流れで、本来の荒々しさは上流の発電所にすっかり与えて、今は絶え間なく、辛抱強く、そしていくぶん物憂いげに、木材の筏を、製材所と港に移動させている。それは北のほうから、ルレ川、ピテ川、オービー川、ウメ川、オンイェルマンス川、インダルス川、それからさらにリューネスネ川、ダーラ川その他多くで、それらの名前をいくつ挙げても多すぎて、わたしには追いつけない。スウェーデン語のエルヴも、わが国のラベ、またはそのドイツ語名エルベも、結局は古代のケルト名エルヴに他ならないのだ(本文P.267)。

 ここで筆者の遠い記憶が蘇った。スウェーデン映画のシーンだ。美しいスウェーデン北部山岳地帯を背景に男女の織り成すあやしい関係を描き出す愛のリアリズム―急流も男女のアクシデントの舞台だった―が目の前に映し出された。その映画のタイトルは確かKungsleden。音楽もあった。この映画が筆者を北欧特にスウェーデンに誘った機会を作ってくれた映画だった。
 それはさておきこの書評も終盤にさしかかってきた。先を急ごう。絵を見るだけでも十分楽しめるが、ここにも幾種もの木々を微妙に描き分けた傑作がある。ほんの一筆の違いで森の様相が変わるのだ。古い木々、牧草地、森、花崗岩(この言葉は頻繁に見かけた)、湖と北の自然を満喫して旅の終わりに書く。

 灰色に冷たく、明け方の光りが射しはじめる。それはいささか、湿っぽい朝の新聞を開いて、この世界に何が起こったのか記事を目で探すかのようだ。ここしばらく新聞を読まなかった。何事もなく、ただ数週間の永遠が過ぎてゆき、ノルウェーの山々はフィヨルドの水に影を映し、スウェーデンの森はわれわれの頭上を覆い、温和な牛たちは満足気な聖なる眼でわれわれを眺めていた。最初のみにくい、非人間的なニュース〔スペインのフランコ将軍によるファシスト独裁を指す〕、それがまさに旅の終わりになるだろう。(そうだ、ここにそれがある。それはそのまま、スペイン国民の恐ろしい不幸だったに違いない!神よ、なぜ自分の知った諸国民のすべてを、こんなに好きになるのでしょうか!)
 
 カレル・チャペックは女優で妻のオルガ、それに彼女の兄と一緒に北欧を旅した。彼が旅行中にこの『北欧の旅』を執筆、チェコの「人民新聞」に連載され後単行本になった。「ロボット」を生み出した作家は、『山椒魚戦争』の作品で知られるが、劇作家、ジャーナリスト、文明批評家、SF作家、園芸家、愛犬家でもあった。今年の7月には‘文芸を通じた平和と人間性の追及’と題したカレル・チャペック展が立命館大学国際平和ミュージアムで開かれた。20101104183033_00001
 筆者は偶然にも鑑賞することができた。身の回り品や新聞、自筆原稿、写真、著作物が展示されていた。
“非人間的なニュース”が飛び込んできた。愚かな攻撃が普通の人々を狙った。カレル・チャペックの生きた時代ではなく、現代しかも一昨日の朝鮮半島で起こった。平和の希求がもっともっと叫ばれていいのだ。
【「写真左上:芸術新潮」2008年12月号より 写真右:本文P.228より 写真右: カレル・チャペック展のチラシ】

付記。チャペックの『北欧の旅』で気にいったところがある。それはノルウェーに入る場面の牛の記述だ。

 やがてエルヴとトンネルのかなたにノルウェーがやって来る。山と岩が、そして角のないノルウェーの牛が。わたしはすでに、スコットランドの毛深い牛を、湖水地方の巨大な菫色の牛を、スペインの黒い牡牛を、アルプスの赤白まだらの小牛を、ハンガリーの白い牡牛を、豆のように黒い点々あるオランダの牛を見たことがある。だが、角のない牛を初めて見たのは、ここスコッテルドの近くのどこかだ。牛たちは小さく、褐色で、骨ばっている。角がないので、憐れにも無防備に、ほとんど困り果てているように見える。そして、わたしがこれまでに遭った他のどの聖なる牛よりも、もっと穏やかな眼をしている。

カレル・チャペック著飯島周訳『北欧の旅』(ちくま文庫 2010年1月刊)

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