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超人の面白読書 74 梶井基次郎著『檸檬』

20101018102005_00002_2 毎日新聞書評欄の「好きなもの」コーナーを読んでいたら、毎週100冊を読んでいる大読書家がいて驚かされた。しかも音楽家だ。実用書から専門書を含め娯楽書まで手当たり次第に読んでいるらしい。それにしても毎週100冊とはサプライズである。読み違いじゃないか再度その新聞にあたって確認するつもりだ(図書館で確認済)。

 梶井基次郎著『檸檬』はごくごく短い小説ですぐ読むことができる。全部で4800字余りの小品、400字詰めの原稿用紙で約12枚、文庫本で約9ページ弱だ。
 この短い小説を一読そして1日おいて再読、更に再々読した。なぜかアルチュール・ランボーを思い出した。「見者」の梶井基次郎だ。京都の河原町周辺を活写した文章だが、不治の病をもった若者の心の虚ろさ、憂鬱さが文章に滲み出ている。また、簡潔な文章、それに透明感のあるイメージなど感覚の研ぎ澄まされた短編だ。しかも作者自身の身辺を描いているあたりは私小説的だ。ちょっと捻くれた見方かとも取れる著者の一見みすぼらしいものや裏通りの路地や暗いところに惹かれる感受性―。対象に迫ろうとまた、その対象を突き抜けて何かを捉えようとする感受力が痛いほど読み取れる。八百屋の軒先で檸檬201010171756000_2を見つけて買うのだが、その色と造形に惚れ込んでしまう。作者の美意識を異常に駆り立ててしまう。これは檸檬という果物を介して対象の迫り方を純粋に構築していく作業、周りを剥ぎ取りながら裸形を感じ取っていくことに他ならない。純粋芸術的、感覚的な文章だ。絵画で言えば、ある対象を選んでデッサン、あるいはデフォルメに熱中し対象を捉える仕方に似ている。対象がうまく描かれたとき、その作品は新たな次元に到達するのだ。また、お金もないのに贅沢品に惹かれて丸善を訪ね、その手のものに触れてはある感慨に浸る。筆者も若い時分に丸善の本店を訪ねて分不相応の高価な万年筆を購入、それは何度か直して今もって手元にある。そういうハイカラなものに憧れ、いい格好をつけたい。大正末期や昭和の始めの時代も若者には魅力的だった―。
 八百屋で購入した檸檬201010171314000_4は、紡錘形の爆弾に仕立てられて丸善の美術書の棚に置かれる。そうして想像した先は、丸善を出た途端に美術書の棚に置かれた爆弾が爆発することだった。何と奇怪な想像力だろう。思わず読者はニヤリとしてしまうだろう。してやったり―。しかし不治の病を抱えた若者には何か先の見えない不吉な予感ややるせない感情が見え隠れする―。印象に残ったところを本文から引用してみよう。

 えたいの知れない不吉な塊が私の心を始終圧えつけていた。焦燥といおうか、嫌悪といおうか―酒を飲んだあとに宿酔があるように、酒を毎日飲んでいると宿酔に相当した時期がやって来る。それが来たのだ。これはちょっといけなかった。結果した肺尖カタルや神経衰弱がいけないのではない。また背を焼くような借金などがいけないではない。いけないのはその不吉な塊だ。

 なぜだかその頃私はみそぼらしくて美しいものにつよくひきつけられたのを覚えている。風景にしても壊れかかった街だとか、その街にしてもよそよそしい表通りよりもどこか親しみのある、汚い洗濯物が干してあったりがらくたが転がしてあったりむさくるしい部屋が覗いたりする裏通りが好きであった。

 生活がまだ蝕まれていなかった以前私の好きであった所は、例えば丸善であった。赤や黄のオードコロンやオードキニン。洒落た切子細工や典雅なロココ趣味の浮模様をもった琥珀色やひすい色の香水びん。煙管、小刀、石鹸、煙草。私はそんなものを見るのに小一時間も費やすことがあった。
 
 一体あの檸檬が好きだ。レモンエロウの絵具をチューブから搾り出して固めたようなあの単純な色も、それから丈の詰まった紡錘形の格好も。

 その檸檬の冷たさはたとえようもなくよかった。その頃私は肺尖を悪くしていていつも身体に熱が出た。事実友達の誰彼に私の熱を見せびらかすために手の握り合いなどをしてみるのだが、私の掌が誰れよりも熱かった。その熱い故だったろう、握っている掌から身内に浸み透ってゆくようなその冷たさは快いものだった。
 
 梶井基次郎は大阪出身、死後評価が高まった作家。簡潔な文章で自己の内面を凝視した短編を20近く書いて31歳の若さで亡くなった。

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