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超人の面白読書 73 三浦哲郎著『忍ぶ川』 4

「わたしが馬鹿で、ろくに子供も育てられんで、いたらぬものですが、志乃のことはなにぶんよろしゅう、おねがい申します」
 いいきって、父はさすがにはげしく喘いだ。
「みえる? ねえ、お父さん、みえる?」
 志乃は、どうでも父に私をみせたいらしく、父の胸にすがるようにして懸命に訊いた。
「ああ。みえるよ」
 父は、うってかわった絶え入るような声で答えた。志乃は、こころぼそげに、身をもんだ。
「ただ、みえるって、どうみえる? ねえ、どうみえる?お父さん」
 父のこけたほおが、ひくひくとうごいた。
「いい男だよ」
 それきり、また瞼が重そうにたれさがり、あとは口だけが声もなく、なにごとかを語りつづけた。
「みえたんですって。いい男だなんて……」
 志乃は私を仰いだが、すぐうつむいて、父のとがった喉ぼとけのあたりにぽたぽたと涙を落とした。
―その翌日、志乃の父は、死んだ。(P.39〜P.40)

「俺の嫁さん、どうかね」姉は、水滴のたれこむ目をしょぼしょぼさせて、わらった。
「いい、ひと」
「あんたの妹だぜ。うまくやっていけそうかい」
 姉は無言でわらいながら、拳をふりあげ、親猫が子猫をぶつような、肉親だけの親しさをこめて私の胸板をどすんとぶった。
「ありがとう」
 私は、志乃との結婚が成功したと思った。(P.45)

「雪国ではね、寝るとき、なんにも着ないんだよ。うまれたときのまんまで寝るんだ。その方が、寝巻なんか着るよりずっとあたたかいんだよ」
 さっと着物と下着をぬぎすて、素裸になって蒲団へもぐった。
 志乃は、ながいことかかって、着物をたたんだ。それから電灯をぱちんと消し、私の枕もとにしゃがんでおずおずといった。
「あたしも、寝巻を着ちゃ、いけませんの?」
「ああ、いけないさ、あんたも、もう雪国の人なんだから」
 志乃はだまって、暗闇のなかに衣ずれの音をさせた。しばらくして、「ごめんなさい」ほの白い影がするりと私の横にすべりこんだ。
 私は、はじめて、志乃を抱いた。(P.48)

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