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超人の面白読書 71 内田樹著『日本辺境論』

20100827105231_00001_4著者の内田樹氏は今や売れっ子の思想家・エッセイスト。毎月1冊のペースで本を出しているらしい。ネットで著作を見たが、かなり量産的だ。『ためらいの倫理学―戦争・姓・物語』(2001年)、『レヴィナスと愛の現象学』(2001年)、『映画の構造分析―ハリウッド映画で学べる現代思想』(2003年)、『私家版ユダヤ文化論』(2006年)※第6回小林秀雄賞受賞、『街場の現代思想』(2006年)、『村上春樹にご用心』(2007年)をはじめ著書多数。何しろブログから単行本化するらしい。その量産の凄いこと、フランス思想(フランス文学者菅野昭正の教え子)から映画論、時評、現代思想、能や文学論、教育論、空手・武道論と幅広い。

 親書大賞2010年第1位とは新潮社の帯、そして日本人とは何ものか云々のビッグピクチャーが踊る。養老孟司氏絶賛。この手の日本人論は昔も今も数多く出版されている。本書のコンテンツにはあまり新味がありませんと著者は、この本のはじめに断っているが、筆者は電車の中で【註】のページを入れて255ページを読んだ。その限りでは著者の言う通りかも。何故かザラザラした感じが残った。それはあとがきでも著者が書いているように、アイデアが浮かんだらすぐブログに書き、その間の“晒し方”が足りないのかも知れない。裏読み、深読み、論理展開はお手のものだが、何かスピードに酔っているような印象を受けた。話題展開が早い、縦横無尽もいいが、点・線・面の展開が不足しているようだ。歴史上の出来事には多々教えられたことは事実、今流行の池上彰のテレビ番組ではないが、ああそうだったのか、と納得する場面だ。
『日本辺境論』の目次をざっと拾ってみよう。

Ⅰ 日本人は辺境人である
Ⅱ 辺境人の「学び」は効率がいい
Ⅲ 「機」の思想
Ⅳ 辺境人は日本語と共に

 著者の「辺境人」の定義に従えばこうだ。ここではないどこか、外部のどこかに、世界の中心たる「絶対的価値」がある。それにどうすれば近づけるか、どうすれば遠のくのか、専らその距離の意識に基づいて思考と行動が決定されている。そのような人間を「辺境人」と呼ぶと。前半の地政学的、歴史的な考察よりは、筆者的にはⅣの「辺境人は日本語と共に」やⅢの「機」の思想が面白かった。
著者が引用しているカミュ、梅棹忠夫、、澤庵禅師、歴史学者朝河貫一、カール・マルクス、司馬遼太郎、新渡戸稲造、鈴木大拙、白川静、池谷祐二、ハイデガー、ゲルショム・ショーレム、ジャック・ラカンなど強いて言えば、ここには独創性に富んだ思想家の群像がある。日本人の特性を指摘した、のきょろきょろ論=執拗低音(basso ostinato)、国民文学と称されている司馬遼太郎、藤沢周平や池波正太郎の作品や吉本隆明などの戦後の思想家の英訳がほとんどない、アメリカ文学は自意識の文学でアメリカとは一つのアイデア(翻訳家柴田元幸氏の言葉)、君が代と日の丸の根拠や「日ノ本」のそもそもの意味、虎の威を借る狐の意見、起源からの遅れ、武士道というのは「鼻腔に吹き込」まれるもの、日本人はこれから学ぶものの適否について事前チェックをしない、便所掃除がなぜ修業なのか、学びの極意、「学ぶ力」とは「先駆的に知る力」のこと、『水戸黄門』のドラマツルギー、大拙の「電光石火」、図像(漢字、表意文字ideogram)と音声(かな、表音文字phonogram)の2つを併用する言語、日本語がマンガ脳を育んだ、等々少し羅列しただけでも示唆に富む話が多い。特に筆者は、Ⅳ 辺境人は日本語と共に の章の日本語の特殊性はどこにあるかで言及された難読症(dyslexia)の話に興味を持った。本文からその箇所を引用してみよう。知的能力には異常がないが、書かれた文字を読むことができない、読めても意味が分からない。左脳のどこかに障害があるようで原因はまだ分からない。英語圏では症例が多く、アメリカでは人口の10%がディスレクシアを抱えているらしい。難読症そのものは図形の認知にかかわる脳の器質疾患であって、知的活動には支障がない。音読してもらえばテキストはよく理解できる。だから、文字が読めないままに学者になった人だっている。養老孟司氏の受け売りと断って、脳の一部に損傷を受けて文字が読めなくなる事例がいくつか報告されているという。欧米語圏では失読症の病態は一つ、文字が読めなくなるだけだが、日本人の場合は病態が二つある。「漢字が読めない」場合と「かなが読めない」場合の二つ。漢字とかなは日本人の脳内の違う部位で処理されているということ、だから、片方だけ損傷を受けても、片方は機能している。そして、著者は言語を脳内の2箇所で並列処理しているという言語操作の特殊性は私たちの日本語話者の思考と行動を規定しているのではないかと書く。そしてマンガの「絵」と「ふきだし」の考察に移る。今やマンガは国際的でクールになったが。
 本書のタイトル『日本辺境論』は、日本文化の特殊性についての考察だ。山本七平の『日本人とユダヤ人』は侮れないという。ユダヤ人の思想家リヴィナスを専門にしている著者ならではのユニークな日本および日本人論だ。
2009年11月発行、2010年6月5日現在で18刷、今話題の新書。

追記。筑摩書房が今秋「筑摩選書」を発刊するとすでにラインナップを新聞の書評欄に予告した。そのトップが内田樹の著作だ。タイトルは武道的思考。 今更選書―。これは新書で書いても内容がイマイチらしいということらしいが、版元の本音は、単価が安価でもう少し値が張るものでないとの経営上の思惑があるからだろうと邪推したくなる。(2010年9月28日 記)

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