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超人の面白読書 62 黒川鍾信著『東京牛乳物語』 最終章

 和田牛乳店は大正時代に木造2階建てから鉄筋コンクリート2階建てに、裏手には近代設備の殺菌、均質化、ビン詰めなどができる工場を建てた。父該助は牛乳搾取に、息子の重夫は牛乳販売や製酪にと生産と販売部門を各々興味ある分野で担当して、家業から企業への転換を図った。低温殺菌機の導入で日本で初めての低温殺菌牛乳生産も可能にした。大正12年9月の関東大震災では幸い本店は震災を免れる。重夫は被害にあった隣のトッパン印刷や近隣に無料で牛乳を配るなど地域活動も怠らなかった。帝都東京の災害の復旧も早く牛乳の需要も伸びた。大正の末年には1日の販売量が500石と最高の売り上げを記録したのだ。昭和始めには展覧会、「牛乳デー」などの催しものやパンフレット配布、ポスター掲示、講演会など牛乳飲用宣伝を大きく展開、その効果は1日の増加が100石の販売量になったという。その後、「結核牛問題」、「牛乳不正問題」などの不祥事が起こり、「牛乳営業取締規則」が改正され、牛乳の検査、殺菌処理・加工や乳製品の製造などを牛乳処理所で行う制度になった。ミルクプラントの設立である。和田牛乳は東京で第1番目にミルクプラントを設立して低温殺菌牛乳の普及に努めるが、やがて東京市乳業界の戦国時代がやってくる。和田牛乳本店は本格的に市乳業に参入し始めた明治製菓株式会社にまた、関連会社は森永練乳株式会社に買収されてしまう。昭和8年、三代目重夫が社長の和田牛乳店は敗北。2代目該助はすでにその4年前に亡くなっている。その後、話は戦前に生まれた女優木暮実千代(三女つま)のことや和田潤平の足跡を追うアメリカの旅に移る。
 第1部に戻って和田牛乳と4姉妹の章は、戦後神楽坂でたった5部屋の旅館『和可菜』を姉妹で経営(三女つまがオーナーで四女敏子が運営)した話だ。そこは色川武大、滝田ゆう、野坂昭如、伊集院静、村松友視、高橋三千綱、結城昌治、中上健次、常盤新平、早坂暁、内館牧子、市川森一の作家諸氏や脚本家、映画監督が仕事で逗留した、言わば、数々の名作を生んだ舞台となった旅館と著者は記す。
 自分史にはややもすると自慢話に陥りやすい欠点があるが、本書はそこを足で稼いだ資料で補い、なるべく客観的に描くことに力を注いでいる。ノンフィクションの魅力はここにある。最後に本書以外の著者の本を紹介しておこう。『神楽坂の親分猫』、『神楽坂ホン書き旅館』、『旅に出よう船で』、『木暮実千代−知られざるその素顔』、『高等遊民天明愛吉』、『大草原に輝いた101人−ローラの里の日本語教育』、『親と子の受験マラソン』などがある。

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