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超人の面白読書 56 非漢字文化圏で初の文学賞受賞作品 イラン人女性のシリン・ネザマフィ氏の「白い紙」を読む

 5月6日発売の雑誌「文學界」6月号は第108回文學界新人賞受賞作品を掲載している。イラン人女性のシリン・ネザマフィ氏の「白い紙」だ。去年の芥川賞受賞者の楊逸「時の滲む朝」に続き、外国人しかも非漢字文化圏で初の文学賞受賞である。作者は来日10年足らずのシステムエンジニア、夢の続きを書いて行きたいと抱負を述べている。写真を見るかぎりでは美形だ。このところイラン人の若い女性監督の作品がテレビで取り上げられたり、雑誌「すばる」は先頃現代イラン女性文学を特集していたりとイランものが盛んだが。しかし、今回の文学賞選考である審査員は次のように書いている。低調である。わたしたちを動揺させ、憤激させ、哄笑させ、茫然自失させ、猛然と嫉妬させる作品を読みたい。それだけ書き手の水準が下がっていることなのか。久しぶりに手にした文芸雑誌(ときどきは特集を見て買うが)、筆者は最近の書き手の動向を追っていないから判断保留だ。
シリン・ネザマフィの「白い紙」は比較的短い小説ですぐ読めた。この小説は、イラン・イラク戦争下、国境近くのイランの田舎町を舞台に少女が少年に抱く淡い恋を繊細に描く青春小説だ。審査員の一人が言っていたように、最後のところはよくある映画のラストシーンを想起させるが、それでも感動的でほろりとさせられた。少し本文から引用してみよう。

ハサンの乗せていたトラックが、大量の黒いガスを排出しながらゆっくり動き出した。ハサンの顔がトラックの動きに合わせて、ゆっくり揺れる。私を見ている気がする。無表情な顔が少し歪む。 ハサンの母親が路上の反対側で、顔をチャドルで隠して、肩が激しく揺れている。ハサンの表情が黒い排気ガスで曇った。 ゆっくり遠くなるトラックを追うように足が動き出した。
「ハサン、ハサン!」後ろから男性の声がする。
「ハサン!」後ろを振り向く。足を引き摺りながら、走る先生だ。
「ハサン、ハサン!」先生が大きな声で叫ぶ。
「受かったんだ!大学、医学部、受かったよ」先生が叫びながら、紙のような何かを宙で回す。 横に着いた先生が泣いている。一緒に走り出した。トラックが速度を増す。
「ハサン、頼む、下りて!お願い、下りて!」先生の叫び声が悲鳴にしか聞えない。
「医者になろう、ハサン、そっちの方が国が助かるから、ほんとだから信じて!」
 遠くなるハサンの顔が黒い排気ガスに包まれ、もう表情が見えない。
 立ち止まった。
「ハーサン!」先生が全力で叫んだ。
膝が体重を支えきれない。地面に座り込んだ。先生が横で顔を両手で掴んで大声で「どうして、どうして!」と叫ぶ。
 一つの点になって行くトラックの列を見つめる視界が曇る。
ハサンと一言も交わさなかった。

21台もの大きなトラックが消え去った。
 土埃に包まれている黒チャドル姿の女性たちがお互いを強く抱きしめ、泣いている。チャドルが頭の半分までずり落ちているハサンのお母さんが、真っ赤に腫れ上がっている顔に小さくなった目を細め、去っていく息子の最後の姿を目に焼きつけようとしている。

 濃い緑のトラックの列が視界から消えた。何百人もの白い紙を乗せたまま、黒い排気ガスとともに、走り去った。

 ラストの32行を書き写してみた。何十台ものトラックが立ち去るときの埃が、自分にもかぶってくるような妙な感覚に襲われた。別れのシーンがドラマティックだ。動のなかに静がある。 この比較的短い小説には極力主語が省かれている。日本語の特性を活かした文章表現を念頭においた作者自身の戦略かも知れない。短いセンテンスはストリー展開に一定の効果を発揮することに成功しているが、文章のうねりみたいのもあったほうがさらに効果的だと筆者は思うのだ。日本語はまだ粗削りだが、対象を捉えて描く力や繊細な感情を表現する力には見るべきものがあるようだ。ここには一見平凡な青春小説だが(戦争という舞台設定はあるものの)、現代日本の若者が忘れかけたちょっとすました恋愛の形がある。日本語に磨きをかけた次に期待したい。同時に、外国人の受賞に刺激され相乗効果で書き手の水準がさらに上がることも期待したい。

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