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超人の面白読書 49 吉本隆明著『詩の力』

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 遅い朝寝惚け眼のまま炬燵に入って新聞の書評欄を読んだ。ピエール・バイヤール著『読んでいない本について堂々と語る方法』(筑摩書房)、今福龍太著『群島―世界観』(岩波書店)や書評賞などこの新聞の書評スタッフの年初の意気込みが多少感じらた紙面構成だ。書評1本が400字詰原稿用紙で最低でも3枚半(1400字)、普通で5枚(2000字)の長さは、他紙の書評欄より紙面を割いている格好。字数が書評の良し悪しを決定しかねないが、中途半端な展開がないのがいい。取り上げる本の分野も多岐に渡っていてバランスが取れているようにみえる。強いて言えば刺激的な書評がほしいところだ。ただ気になるのは、新聞広告の出稿量が減少しているようで広告に元気がないのだ。
 さて、書評。新年早々読んだ『詩の力』(新潮文庫 2009年1月1日刊)は、評論家・詩人の吉本隆明が新聞の文芸記者と語って構成した単行本の文庫化。三木露風、秋山清、谷川俊太郎、田村隆一、塚本邦雄、岡井隆、夏石番矢、中島みゆき、松任谷由美、宇多田ヒカル、俵万智、佐佐木幸綱、寺山修司、西条八十、吉増剛造、角川春樹、野村喜久夫、城戸朱理、鮎川信夫、田村隆一、近藤芳美、西東三鬼、吉岡実、谷川雁、入沢康夫、天沢退二郎、茨木のり子、永瀬清子、清岡卓行、大岡信そして飯島耕一などの現代詩人、歌人、俳人や歌手まで幅広くしかも簡潔に平易に解説している入門書だ。はしがきで吉本隆明は言う。戦後の現代詩を主軸にして詩歌の全般を取り上げて短い解釈を試みた。現代の詩歌を表現としての特徴をもとにして出来るかぎり類別し、それぞれの共通点を読解しようとするものである。
詩の解説・解釈には解説者の感受性が見事に反映する。そして同時代的に生きた詩人の共感もまた、強烈に反映する。吉本隆明は戦後派詩人の一人であり、その評論の卓越性は鮎川信夫等の戦争体験の中で培った知性派の詩人たちと整合する。筆者はこの評論家の詩にも接して幾度か読んだものだ。いま手許にテキストはないが、この作家のもつ抒情を抑えた硬質な詩群を思い出す。
 この文庫、193ページの詩の概説書はとても解り易く親しみ易く構成されている。聞き手の文芸記者の引き出し方もまた、心得たものだ。感性と論理、主観と客観の狭間の展開が明快である。たとえばアトランダムに引用すれば、若い特にミュージシャンの宇多田ヒカルの歌詞の解釈、歌人俵万智の解釈には分析力を超えてこの評論家の感性の襞の分け入り方が新鮮だ。若い。普通ならついていけないとつき離すことでもきちっと整理して端的に解釈することがスゴイ。それにしても面白いのは、吉増剛造の詩に対する解釈だ。疾走する詩人、吉増剛造には何か解釈の施しようがないように見受けられた。意味の拒絶、音韻の轟くまま自由にイメージの闊歩が続く、しかも地球の果てまで・・・の吉増ワールド。そして吉本はこう書く。読者の側からいえば、詩の価値が文字の上に現れておらず、詩人の内面に隠されているわけで、その価値を受け取るのがとても難しくなっている。このことは吉増剛造さんの詩に固有の問題ではなく、現代詩全体が陥っている状況の問題でもある。そう考えると、俳句や短歌に比べて、詩は表現としての寿命が短いように思えてならない。また、吉本は「優れた詩の条件」という章で、愛唱される要素を備えた優れた詩の条件の一つは、その詩がある種の「流れのよさ」をもっていることだ。詩の「流れ」とは、意味の移り変わりの速さと、その多様さ複雑さを含んでいる。流れのよい詩であれば、読む者、聞く者に入っていきやすいということになる。詩と散文を分ける最も大きな要素は何か。どんな複雑な意味でも表現しようとすればできるのが散文の特徴であるのに対し、言葉の選択力が強く、行と行との結び付きも有機的で強いのが詩だといえるだろう、と書いている。
特記すべきは第1次戦後派の西東三鬼という俳人。「馬酔木」や「旗艦」に参加した主観性の俳句を書いた俳人らしいが、筆者は勉強不足で読んでいない。

風邪の子の熱く小さき手足はも

水枕ガバリと寒い海がある

前者は1934年の句で時代の暗さを表現しようとした意図があったし、後者は音声を実にうまく使い、ウィットに富んでいて、作者自身革新的な表現に達していたと思ったと吉本は書いている。

 現代詩に親しんできた筆者も、当然時代の新しさを感じた時期があった。それは荒川洋治の『水駅』、小説での新しい息吹、村上龍の『限りなく透明に近いブルー』などと符号する。構成後記に書いてあるように日本の文学表現の情景は一変したのである。筆者には新鮮かつ強烈だった。
 筆者としては本書を再確認の詩として読んだが、吉本隆明流明晰な解釈には詩のチカラがあり、新しい発見もあった。時おり声を出して読み返したくなる本だ。最後に本文からの引用を少々。

荒川洋治

まなざし青くひくく
江戸は改代町への
みどりをすぎる

はるの見付
個々のみどりよ

朝だから
深くは追わぬ
ただ
草は高くでゆれている

(冒頭部分、『水駅』より)


俵万智

「嫁さんになれよ」だなんてカンチューハイ二本で言ってしまっていいの
(『サラダ記念日より』)

寺山修司

売られたる夜の冬田へ一人来て埋めゆく母の真赤な櫛を

(『田園に死す』より)

夏石番矢

東京に破顔の千年樫ありき

(『巨石巨木学』)より

大岡信

さわる。
木目の汁にさわる。
女のはるかな曲線にさわる。
ビルディングの砂に住む乾きにさわる。
色情的な音楽ののどもとにさわる。
さわる。
さわること見ることか、おとこよ。

(「さわる」冒頭一連より)

著者の吉本隆明は今年85歳。『マチウ書試論』、『芸術的抵抗と挫折』(未来社 1959年)から始まって『抒情の論理』、『吉本隆明詩集』、『言語にとって美とは何か』、『共同幻想論』、『異端と正統』、『戦後詩史論』、、『最後の親鸞』、『鮎川信夫論』、『マス・イメージ論』、『ハイ・イメージ論』、『心的現象論・本論』など単著で158冊もある ! また、最新の吉本隆明論には、雑誌「iichiko」編集長の哲学者・山本哲士著『吉本隆明の思想』(三交社 2008年)などがある。

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