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超人の面白読書 44 雑誌「新潮」8月号 水村美苗 特別評論 日本語が亡びるとき―英語の世紀の中で 3

 1998年、パリ。水村美苗は小説家としてシンポジウムに招かれ、『日本近代文学―その二つの時間』と題してフランス語で講演をする。 そのパリでの話は12ページも続く。アメリカ滞在中の「Par Avion」から「Air Mail」の移行の話、日本人の西洋に流れる時間(Temps)と日本に流れる時間(temps)、この二つの時間を生きるとは近代という時代の根本にある、非対称的な関係に足を踏み入れること、普遍と特殊との非対称的な関係だと語る話、フランス語と日本語の関係そしてヨーロッパの言語の多様性、それらを読んだ近代の日本の作家が国語という観念を植えつけ、国民文学を植えつけて「日本文学」は花開いた、いわば非対称的な関係の中で生きることを強いられた作家たちだったが、今やすべてが変わってしまったと書く。ラテン語でも中国語でもアラビア語でもなく、英語が普遍語だと強調する。「普遍語」の英語で書く作家は日本語(今やフランス語もだ)で書く作家よりも思考を強いられる運命にはないのだと「特殊語」の言語を憂う。そんなフランス語の講演終了後、一人の中年女性が近づいて来て、「日本文学のような主要な文学とは比べられませんが・・・」と言ったという。何でも両親がイディシュ語の作家でイスラエルの大学で教えている、元はフランス語圏の繊細な精神の持ち主の女性だった。彼女の一言がずっと耳に残ったという。

Une littérature majeure.

それは源氏物語があるだけではなく、近代文学があってこそと水村美苗は書くのを忘れない。まあ、ここまで引用しなくともと筆者は思うのだが、日本文学の翻訳者はそもそも米軍情報局に雇われた日本語通訳者たちだった。昨年亡くなったサイディンスティッカーやドナルド・キーンしかりだ。彼女は世界で一番権威のある百科事典『ブリタニカ』のドナルド・キーンの書いた「日本文学」の記事を引用している。日本文学は、その質と量において、世界の主要な文学の一つで、その歴史の長さ、豊かさ、量の多さにおいては英文学に匹敵する、と。

 3章―地球のあちこちで<外の言葉>で書いていた人々では、普遍語、現地語や国語について考察している。ベネディクト・アンダーソン著『想像の共同体』を援用しながら、国民国家と国民文学について語る(この著者については別途書くつもりだ)。
そうして、今や普遍語は英語となりつつあり、現地語化しつつある日本語は亡びる可能性が出てきたと書くのだ。この特別評論の最後に人は、<叡知を求める人>であればあるほど、日本語で書かれた文学だけ読もうとしなくなってきていると書く。かつては栄華を誇った文学がいつの間にかふきだまりの感を禁じえないところに追いやられているという感受力を携えて・・・。どこへ行く、小説家水村美苗―。
筆者の手元にはいま安田敏朗著『「国語」の近代史 帝国日本と国語学者たち』(中公新書)と雑誌「をちこち 23 特集 翻訳がつくる日本語」(国際交流基金発行 山川出版社発売)が置いてある。待ってましたとばかりのタイミングだ。その後者の雑誌に面白いデータが載っているので紹介しよう。データで見る日本の翻訳文化である。

■日本語に翻訳された言語(出版点数)             
1 英語
2 フランス語
3 ドイツ語
4 ロシア語
5 中国語
6 イタリア語
7 スペイン語
8 韓国・朝鮮語
9 スウェーデン語
10 オランダ語

■最も多くの言語へ翻訳された言語(翻訳元)
1 英語
2 フランス語
3 ドイツ語
4 ロシア語
5 イタリア語
6 スペイン語
7 スウェーデン語
8 ラテン語
9 デンマーク語
10 オランダ語
11 古代ギリシャ語
12 チェコ語
13 ポーランド語
14 日本語

■他の言語からの翻訳が最も多い言語(翻訳先)
1 ドイツ語
2 スペイン語
3 フランス語
4 英語
5 日本語
6 オランダ語
7 ポルトガル語
8 ロシア語
9 ポーランド語
10 イタリア語

 この刺激的な表題の長い評論を覆う主調低音は哀しい色をした言語論だ。近代文学に惚れ込んだ一人の人間のまなざしは絶望と裏腹の希望をさしているのだろうか。文章はなめらかさの中にちょっとした飛躍と軽い知的装置が施され、若干の感傷を包み込んでは古めかしい語句が小さな金属音を奏でているように感じた。果たしてこの作家のロゴスはパトスに先導したことに成功しただろうか。夫君は『ヴェニスの商人の資本論』の著書などを持つ著名な経済学者の岩井克人氏だ。

 きしくもナショナリズムの高揚が顕著な北京オリンピックには当局の報道規制が"事前"に厳しく敷かれていたと報道された。暴動報道、偽装ギョウザ発覚報道、北京オリンピックを貶す報道に対しては厳重な処罰を下すらしい。ここにはカメレオン的な国家の貌が覗く。自由で批判精神に富んだ言説が健全な国家を創るのではないか―。開会式の一部の花火はCG、合唱していた美少女たちはただ口をパクパクしていただけと虚がバレた。統制化された言語、虚の言語はこの評論でも国家は自然なものではない、国語は自然なものでもないと、ナショナリズムの本質をアンダーソンの『想像の共同体』から教えられつつ鋭く突いていた。

 この書評を書き終えた今日も関東地方は猛暑で最高気温が続出した。37度以上記録した府中市、この辺でも気温35℃だ。

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