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超人の面白読書 33 デニス・キーン著『忘れられた国ニッポン』

  詩人で翻訳家のデニス・キーン(Dennis Keene)、084_2
脳腫瘍のため英オックスフォードの病院で11月30日死去、73歳。

1934年ロンドン生まれ。61年来日後、約30年間日本に住み、日本女子大教授や京大講師などを務めた。日本文学の翻訳に取り組み、92年北杜夫の「幽霊」の英訳で野間文芸翻訳賞。「Surviving」(80年)と「Universe」(84年)の2冊詩集を刊行。他の著書に「モダニスト横光利一」、訳書にマクリーン「ナヴァロンの要塞」、ガードナー「奇妙な花嫁」、クラーク「火星の砂」など。妻は舞踊評論家ケイコ・キーン。

  obituary「死亡欄」プログで著者の死を知った。新聞にも載っていたかも知れないが、筆者は見過ごしたのも知れない。毎日新聞の書評欄で書評子・富山太圭夫氏が取り上げていた一冊は、著者が1ヵ月ほど前に亡くなったこともあり追悼の意味もこめて書いたのだろう。
丸谷才一著『横しぐれ』や『たった一人の反乱』の訳者であるデニス・キーンのエッセー『忘れられた国ニッポン』083
を読了。筆者はこの手の本を最近訳し終えたばかりで興味があった。しかしながら探したが絶版、図書館から借り出して読んだのだ。一読して辛辣な日本文学論だ。長らく日本で暮らし教えた経験から日本文学に対する警鐘を鳴らしているのだ。特に明治以降の近現代文学よりそれ以前の古典文学をきちっと学んで欲しい著者のメッセージは説得力がある。すでに14年前に書かれた本だが、当時と今とではバブルの崩壊時期と回復時期との差はあれ、文学それ自体の関心がさらに薄れてきているようだ。最近では特に西洋古典文学の新訳に多少回復の兆候があるようだが・・・。
 本書の目次を見てみよう。第1章 エデンの東の放浪者−「西洋化」をめざした日本の現在 海外で忘れられた日本の文学 日本の近代文学に、評価に値する作品はない 近代の日本がめざしたエデンとは 第2章 失楽園−無理な西洋化のツケ 「過去」を捨てた近代日本 伝統を忘れた日本の文学 第3章 禁じられた実−忘れられた伝統の価値 日本の近代主義は、幼稚な西洋憧憬 近代主義に壊された日本の詩歌 第4章 炎の剣−精神を砂漠化する「私小説」 「私小説は日本的」という誤解 第5章 カインの末裔−日本が選択すべき「別の道」 忘れられた日本文学の伝統、文化軽視、経済重視がもたらした弊害 忘れられた大国の現在。全5章、210頁。
 全体的に日本文学に対する思いのほどを書いているのだが、時に辛辣すぎるほどバッサバッサと切り捨てる切れ味は心地良い一方、果たして本当にそうかと首を傾げたくなる言辞も散見できる。この著者は思いっきりのいい人と思わざるを得ない。逆に考えれば、それほど日本文学に対して愛情が深いのも知れない。自分では冷淡に接することが文学批評には欠かせないと言っている割には、行間からは違った著者の感受性が感得できるのだ。文章は難しい語彙や言い回しもなく、むしろ平易すぎるくらいだ。簡単に読めてしまう外国人の日本論である。

  本書で俎上に上った作家をアトランダムに拾ってみよう。どういう評価を下しているか垣間見られるはずだ。
丸谷才一著『たった一人の反乱』を英訳して書評もでたが、1年で1600部、『横しぐれ(Rain in the Wind)』にいたってはたったの1冊(書評に載った雑誌が特別価格で希望者を募ったところ)、村上春樹著『羊をめぐる冒険』の英訳本を買った人は9割以上が日本人、しかも女性、川端康成は実際に彼の作品(『雪国』『伊豆の踊り子』他)が理解されたのではなく政治的色彩が強かったといった感じである。三島由紀夫はこの人物を通じて日本の謎を理解できるという理由で外国人は読んでいる、島崎藤村、谷崎潤一郎や永井荷風の作品は代表作はほとんど翻訳されているが、高い評価を必ずしも受けているとは限らない、夏目漱石もそうだし森鴎外は翻訳すらない、松尾芭蕉は欧米では有名だが与謝蕪村は無名といった調子だ。更に、田山花袋の『東京の30年』は西洋文学に対する劣等感を感じるし、明治の自然主義文学はゾラの影響を受けた小杉天外『蛇いちご』『はつ姿』、永井荷風『地獄の花』が記念碑的作品と記す。夏目漱石の『野分』に過去との訣別を見、樋口一葉の『にごりえ』『十三夜』『たけくらべ』に過去を強く感じたと書く著者は、池澤夏樹の『スティル・ライフ』を過去とまったくかけ離れた作品として評価する。また、伝統を否定した日本のモダニズムを語り、そして繰り返して読みたい近代詩はないとも断言する。上田敏、北原白秋、蒲原有明、萩原朔太郎、西脇順三郎、三好達治、紫式部、清少納言、藤原定家、島崎藤村、島崎抱月、芥川龍之介、久米正雄、太宰治、有島武郎などの作品を垣間見ていく。ブツブツ言いながら−。著者の日本に対する願望は、忘れられたニッポンから忘れられないニッポンにすることだ。それは目先の経済効率を追うばかりの集団ではなく、伝統を重んじた感受性豊かな人間の集団をつくりあげることである。一外国人の日本文化に対する警告の書だ。西洋と伝統に揺れる現在の日本は自分たちのアイディンティティをどこに探るか。千年紀を迎えた『源氏物語』の今年、考えてみる絶好の機会かも知れない。
『忘れられた国ニッポン』(定価1600円、講談社1995年刊、絶版)

 

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