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超人の面白文学発見 芭蕉の有名な句 古池や〜

    古池や蛙飛びこむ水の音

  これは江戸時代の俳人・松尾芭蕉(1644-1694)のあまりに有名な俳句であるが、この解釈を巡って新しい見方が相次いで出ているという記事(2005年8月27日付日経新聞朝刊文化欄)を仕舞い込んでいた引き出しから見つけ出し面白く読んだ。因みにこの英訳はと、正確さを求めてインターネットで探したらこうだ。
The ancient pond
A frog jump in,
The sound of water
(ドナルド・キーン著「日本文学の歴史」に紹介された英訳)

ラフカディオ・ハーン訳:

oldpond-frogs-jumped in-sound of water

A frog jump
Amplifies
The pond's antiquity
With its water sound
(「Rediscovering BASHO」edited by Stephern Henry & C.Andrew Gerstleにある英訳)

そして余談、筆者も面白おかしく覚えた次の句でカタスカシ−。
Full pond, car was to become, sound of water

  さて、蛙は飛び込まなかったか。
俳人の長谷川櫂氏は、この"古池や蛙飛びこむ水のおと"に関して自著『古池に蛙は飛び込んだか』(花神社)で大胆な説を示して研究者の間で話題になっていると日経新聞は報じている。以下はその引用。
 この句は古池に蛙が飛びこんで水の音がしたという意味ではなく、蛙が飛びこむ水のおとを聞いて心の中に古池の幻が浮かんだという句になると主張。切れ字の「や」を重視し、「古池」と「蛙飛びこむ水のおと」を分けて考えるべきでその前者を心の世界、後者を現実の世界を示していると見る。古池は蕉風開眼の句と評価されているのに、従来の解釈ではくだらない句としか思えなかった。心の世界を開いた句だと考えれば納得できると長谷川氏は話す。深沢眞二・和光大学教授も、自著『風雅と笑い』(清文堂)で古池句に関する新説を示した。古池句に先だち、芭蕉は初案とされる「山吹や蛙跳びこむ水の音」を詠んだ。この蛙は、平安期に、歌枕好きだった帯刀(藤原)節信が、歌人の能因法師に蛙の干物見せた逸話に因んでいるという。節信は、蛙の干物を懐から取りだし、歌枕である(山城国)井手の蛙でへあると自慢してみせ、二人は互いの数奇ぶりを認め合った。山吹句は、古人が山吹の咲く井手の川辺で蛙を追うかける有様を想像して芭蕉が作った作品という見方だ。風狂を尊ぶ古人へのオマージュなのだ。
 山吹やを古池やに改案した理由は句の舞台を深川芭蕉庵にするためであり、芭蕉がいにしえの数奇者に成り代わって風狂を楽しんだと深沢氏は見ている。もっとも芭蕉は最晩年になると、この句の意味を読み替えた。蛙跳びこむ水の音という現象の面白さに力点を置いた。節信や芭蕉に追いかけられて飛び込んでいた蛙は、冬眠から覚め「春の訪れを喜ぶ心を表現したくて」飛び込んだとの意になったという。こうした新説に面白い解釈だが、飛躍がありすぎる面もあると『芭蕉の孤高 蕪村の自在』(草思社)の著者である雲英末雄・早稲田大学教授。和歌的な伝統では蛙は鳴くもので、飛ぶものではなかった。飛ぶ蛙を詠んだ句は芭蕉以前にもあったが、こっけいな笑いに基づいていた。尾形仞・元成城大学教授(追記2009年3月死去)は目の付けどころは良いが、結論を急ぎすぎではないかという。蛙が跳びこむ音はほとんど聞こえない。水に跳びこむ音なき音を聞きつけ、宇宙の生命の発動をとらえた点に俳諧性があるとの持論を展開する。様々な解釈が可能なのは大文学とも指摘。そして、芭蕉 今なお新解釈、奥深い世界 魅力尽きずの見出しでこの欄を書いた文化部の中野稔記者は、最後にこう結ぶ。こういう新説が現れるのも、「不易流行」を求めた俳聖ならではの現象といえそうだ、と。
筆者は蛙は古池に飛び込み、その静けさを聞き入って作った句と解釈するが、果たしていかがなものか?
  ところで、上記の英訳では単数形か複数形かが問題だが、筆者は単数形でこの静寂の中の音を感じ取りたい。

追記。毎日新聞2009年8月23日の俳句月評で俳人の井上弘美氏が芭蕉研究の現在を素描している。その月評から。

荒海や佐渡によこたふ天河

元禄二(1689)年8月21日(旧暦7月7日)、『奥の細道』の旅の途中、前日直江津に到着。代表作「荒海」を披露。
この句も同行した曽根の日記によると、七夕の夜が雨であったことから、詠まれた日や場所を巡って諸説が出されているという。果たして芭蕉は天の川を見たのか―

そして最近の芭蕉研究書を紹介。
楠元六男・深沢眞二編『おくの細道大全』(笠間書院)
大谷篤蔵著『芭蕉晩年の孤愁』(角川学芸出版)


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コメント

         俳句を和歌訳して考えると

 「古池や蛙跳びこむ水の音」を和歌訳してみましょう。
「古池の大和心を人問わば蛙跳びこむ水の音かな」。この訳はワンパターンです。例えば、「静かさや岩に染み入る蝉の声」→「静かさの大和心を人問わば岩に染み入る蝉の声かな」。

 従って、句の意味は、「古池という概念に最も相応しいものは蛙跳びこむ水の音だ」ということです(「春は曙」に似ています)。この結論に至る契機・過程が実物観察であれ、故実からの連想であれ句の価値は変わりません。この結論は彼のセンス、境地(わび?さび?)を示したものです。境地が変われば句も変わるはずです。

 なお、日本の常識に基づき、芭蕉の境地から推測すれば、跳びこんだ蛙は1匹であり、実景の観察による句ではないでしょう。

投稿: 赤石遊人 | 2006/05/01 22:39

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