超人の面白ラーメン紀行 123 大崎『六厘舎』

Menu_pic5_3大崎に来ている。典型的な梅雨空の下、風が強くて蒸し暑い。番地を探して辿り着いたはいいが、やはり並んでいた。行列のできるラーメン店だ。その数35人以上。はて、何分待てばいいのか皆目検討がつかない。で、待っている間に先にラーメン紀行の草稿を書いている。店の窓には六厘舎店員のブログ、お土産つけめん、三食入り2400円、出前やってます、アルバイト募集(身長2㍍以下、体重200㌔以下だと)などの貼紙。カウンター席12人、入れ替えは一挙にやっているみたい。男5人の切り盛り、野生味たっぷりの雰囲気だ。買い込んだばかりの「週刊金曜日」最新号の廣瀬純のきんようぶんか⑥加藤周一の著作『戦車と言葉』、佐高信の抵抗人名録⑥矢野顕子それに俵義文の「危ない教科書」が二種類?!を読んでいるうちに、とうとう1時間15分が過ぎた。立ちっ放しも限界、足が痛い。この待ち時間は最近では最長記録だ。中華そばは700円、つけ麺が人気らしい。すでに注文は店員が取った。やっとカウンターの席にありつけた。時計は2時を指していた。1時間35分待った計算である。それから10分待って注文の中華そばが出て来た。太麺なので茹でるのに時間がかかるらしい。鰹出汁、鶏ガラや煮干しがミックスされた豚骨醤油のスープは、やはり大勝軒のそれだ。強いて言えば、いくらか濃いか。麺は浅草開化楼特注の太麺ストレートで、もちもち感はある。トッピングのチャーシューはデカイけど美味しい。海苔やナルトは小さい、メンマは頑張っているが少し硬い。量は申し分ないようだ。しかしだ、正直言ってこれまでして並んだ甲斐があったか自問自答している。筆者以外は皆つけ麺だった。1200円位の料金を払っていたのだ。ある男性のサラリーマンはお土産まで買っていた!思わず筆者の一言、Great ! そう、ここはつけ麺が主流の店だったのだ。メニューはつけ麺850円、あつもり850円、辛つけ950円、辛あつ950円、豚のせ300円、味玉100円。
住所:東京都品川区大崎3-14-10 営業時間:11:30〜16:30 スープなくなり次第閉店 定休日:火曜日
『六厘舎』①スープ★★②麺★★☆③トッピング★★☆④接客・雰囲気★★⑤価格★★
【写真上: 六厘舎のHPより】

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超人の面白ラーメン紀行 122 武蔵境『きら星』

超人の面白ラーメン紀行 122 <br />
 『きら星』
今日は気温が33℃もある夏日。雨も降らず快晴だ。七夕祭に相応しいから、今夜夜空に想いを託そう。願いが叶うかも―。
さて、ラーメンの話。もう3年以上も経つが、ラーメンランキングに武蔵境の『きら星』が入っていた。このランキングは新しいラーメン特集。こちら方面に来たときには試食したいと考えていたが、なかなか実現できずにいたのだ。それが晴れて実現しかも真夏日の午後1時すぎにだ。歴史に残るシチュエーションに違いない―。
境南3丁目11番地が『きら星』の住所。新しく建て直し中のJR武蔵境駅南口(この辺には開かずの踏切があって、確か事故ったことがあった)を出て7分、古本屋の隣だ。中に入るとちっちゃい、12人位で満杯の様子。L字形のカウンターと小さなテーブル席だ。炙りチャーシューメン(950円)を頼んだ。以前に店の情報を読んでたはずだがすっかり忘れた。だから店の予備知識は持ち合わせていなかったのだ。なぜか店の名前だけは覚えていた、きら星―。チャーシューはやわらかですかと店の男性に訊いて、はい、やわらかですとちょっと間があって返事が返ってきた。何か相手が不機嫌だった。その謎は数分後に解けた。
まだ注文の品がこない、自家製っぽい極太麺をひとつひとつ箱に入れている、奥の方では女性の声も聞こえる、もう少しかとカウンター前の能書きを読む。キャベツにのっているカツオの餡を溶かすと和風豚骨スープになる…。するとおまちどおさまとチャーシューメンが出てきた。えっ、ほんと、アメージング!チャーシューが驚くほどやわらか、ジューシーなのだ。マイッタ、これで先ほどの男性の不機嫌さが理解できた。訊いて失敗したのだ。次にスープがふるっていた。和風豚骨醤油だがカツオの餡が溶けてどろどろ状態、しかしだ、塩辛くなくクルミーだ。麺も極太麺ストレート系。トッピングはチャーシューが主流だからメンマ他と印象が薄い。はじめは評判の店にしては客が少ないと思っていたが、なかなかどうして少しずつ入り始め、いつの間にか席が9割かた埋まっていたのだ。
ラーメン700円、味玉ラーメン850円他。狭い店内には“多摩ラーメン店125”のポスター―。
武蔵境『きら星』①スープ★★☆②麺★★☆③トッピング★★★④接客・雰囲気★☆⑤価格★★

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超人の面白ラーメン 121 東京ラーメンストりートに出店のラーメン専門店

東京ラーメンストリートに出店のラーメン専門店。
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①札幌ラーメン『むつみ屋』リニューアル前からある店。特製しょうゆらーめん、白みそや赤みそが選べるみそらーめんがある。クラシックな味
②新宿『塩ラーメン ひるがお』煮干、貝柱や鶏ガラのスープ→超人の面白ラーメン紀行120を参照
③大崎『六厘舎 』「浅草開化楼」の極太麺が売りで、つけそばや中華そばが人気
④『二代目けいすけ えびそば外伝』伊勢えびそば850円 海老チャーハン350円
住所:東京都千代田区丸の内1-9-1(東京駅1番街)
営業時間:11:00〜22:30

東京駅にまた一つ新名所誕生なるか―。
この際だから東京駅丸の内口にもラーメンストリートを作ったら ?
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筆者が写真を撮影していたら、たかがラーメンでこんなに並ぶのとの声がお上りさんあたりから聞こえてきた。

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超人の面白ラーメン紀行 120 東京駅ラーメンストリート『塩ラーメン専門店 ひるがお』

200907031232000_22009年6月17日にリニューアルオープンした東京駅ラーメンストリート。その中にある『塩ラーメン専門店 ひるがお』に入った。昼時なのでやはり並んだ。15、6人で12、3分程度だった。塩玉ラーメン(800円)を頼んだ。ラーメン(700円)でも良かったが、玉子が気になってつい券売機のボタンを押してしまったのが真相。一振りのスープはさっぱり味そのもの。麺も蕎麦っぽい色で中細ストレート系、トッピングは薄味柔かのチャーシュー、刻みネギ、メンマにちょいどろ系海苔少々である。全体的にシャイなラーメンだ。だから塩加減の微妙さがキーポイントかもしれない。途中少し進まなくなったが、最後のゆずの舌触りが食欲を注いだ。完食。メニューは餃子も入れて7種類と少ない。客応対もいい。カウンター9席、テーブル席16席、厨房3名にホール2名の比較的個人まわりした店だ。こういう場所は特に家賃も高いし回転が勝負かもしれない。
ところで、気になった玉子の味は?それが意外と淡白だった。

『塩ラーメン専門店 ひるがお』①スープ★★②麺★★☆③トッピング★★☆④接客・応対★★☆⑤価格★★

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ある死 その3 A男のことなど

 このコラムも6月前半までは飛ばしたが、後半やはりと言うか案の定と言うか失速した。疲労かと思いたいがそうでもなさそうだ。季節のせいかもしれないと勝手に解釈している。

 このところなぜか訃報が多い。久し振りに立ち寄った名古屋、ここで二人、とその前に、東京の神田神保町の老舗の女主人もいたから三人だ。逝くときは人さまざまだ。長く病床にあって逝く人、そうかと思えば急逝する人もいるし、分からない。明日はわが身、せいぜい覚悟は出来ているということぐらいか―。それにつけても人の無常を思うのだ。若いときに知り合った人は尚更だ。しかも筆者より若いときている。酒を飲んではよく議論した彼だ。彼の名はA男。父は警察官だった。母は美形でその語り口がなかなかやわらか、当時東京で下宿屋を営んでいた。兄弟は三人、A男は長男だ。神経質な割りには鷹揚なところもあって、その風貌からは想像しにくい。一見タイガー・ウッズ風。そう言えば、ゴルフはシングルプレイヤーの腕前で、自慢のクラブを自宅で見せてもらったことがあった・・・。
 高橋和巳の愛読者だった。外国旅行を企てていた筆者よりも先に、さっさとヨーロッパや中東の地域へ行ってしまった。無茶と言えば無茶だったが。その後外国の女性をゲットして帰国したのだった。それから10年くらい経過した頃に、新宿の『DOG』(?!)でアルバイト仲間が集まる機会があってA男と再会した。すでに外国の女性とは離婚していて日本の女性と再婚していた。もっとも学生時代にも同棲していて、筆者がアパートを斡旋したこともあった。そう、お礼にと彼の両親からいただいたネクタイは、今何処?
 それから幾星相―。名古屋で再会した。M旅行代理店から大学の職員になって郊外に家を建てていたのだ。時間がないのかおにぎりを食べながらの出勤を自慢していた。その顔はすっかり小市民的な顔になっていた。その愛すべく男はもういない。判ったのは彼の死から3年も経ってしかも人伝えだったことだ。死因の詳細は解らないが癌の一種だそうだ。A・Sよ、さようなら。

眼と髭カタルは優しく今何処

 マイケル・ジャクソンの死因は薬物過剰摂取に原因の可能性とは最新の情報だが、また、葬式だ。今度は叔母である。亡母の妹だ。幼少時叔母の家の囲炉裏端で川魚をご馳走になったことを想い出した。彼女の脇には一升瓶。家の裏には小川が流れていた。その水のきれいだったこと―。針仕事一筋だった。合掌。

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超人のジャーナリスト・アイ 109 マイケル・ジャクソンの死 英国公演についての報道 

マイケル・ジャクソンの死でロンドン公演の経済損失を伝える英紙の電子版。
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Michael Jackson's death leaves AEG Live facing £300m bill
AEG Live, the promoters of Michael Jackson's 50-date residency at London's O2 Arena, faces a bill of up to £300 million following the cancellation of the concerts.

By Jon Swaine and Jamie Dunkley
Published: 3:26PM BST 26 Jun 2009

US popstar Michael Jackson gestures as he addresses a press conference at the O2 arena in London, on March 5, 2009 Photo: AFP
It is thought the company was unable to get insurance for at least 30 of the concerts – which were due to start next month – after obtaining limited cover for between 10 and 20 of up to £130 million.

Insurers declined to take on the financial risk of the shows not going ahead, apparently concerned that the singer, who appeared frail at the unveiling of the concerts in March, would not be able to complete the run.


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Michael Jackson is dead: internet feels the strain Randy Phillips, AEG's chief executive, told The Daily Telegraph at the time that the company, which is owned by the American billionaire Philip Anschutz, was willing to "self-insure", shouldering the potential cost itself.

"It's a risk we're willing to take to bring the King of Pop to his fans," Mr Phillips said, insisting Jackson had passed a thorough medical "with flying colours". AEG declined to comment yesterday.

Ray Waddell, a live entertainment expert from Billboard magazine, reported yesterday that the limited cover AEG managed to obtain did not include Jackson's non-appearance – despite this typically being a basic component of such policies.

"Even if AEG had a policy, that doesn't mean Jackson's death, and the losses incurred, would be covered," he said.

"If [Jackson's death] was a pre-existing condition or drug- or alcohol-related, a normal cancellation policy would not cover that, even if he had passed a medical exam," Waddell quoted a source close to the situation as saying.

The original buyers of all 750,000 tickets for the "This Is It" residency, which were priced at £50-£75, are expected to be given a full refund.

However, fans who bought tickets through internet auction websites like eBay, where some paid thousands of pounds to touts, will not get their money back.

Tickets for the concerts sold out in one morning, after being bought at a rate of 11 per second.

In a statement, the O2 management said yesterday: "At this moment our thoughts are with Michael's children, family and friends. We will announce ticketing details in due course."

AEG and the O2 must now either find acts big enough to fill the 15,000-capacity arena for the 50 dates – which span July and next January and February – or let the venue sit empty.

Gary Bongiovanni, the editor of the concert magazine Pollstar, said: "They are taking a big hit. They will be able to re-book some of those shows. But those in July, the building will probably be dark."

Predicting the financial fall-out would be "messy, as well as expensive", Waddell predicted that AEG could make a claim against Jackson's estate. 英紙「Telegraph」2009年6月28日の電子版より

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クロカル超人が行く 116  K大学講演会 「詩のボクシング」で対戦した谷川俊太郎 VS ねじめ正一が再び対戦 ? 生きる言葉を語りそして自作詩朗読 

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「詩のボクシング」で対戦した詩人・谷川俊太郎とねじめ正一が再び対戦?と期待して出かけたK大学の講演会。先週の土曜日にNHK-BSで再放送されたらしいが見逃した。その著名な二人の詩人が詩のボクシングを主宰する楠かつのり氏のいる大学のチャペルで講演したのだ。パイプオルガンがドーンと中央に鎮座したホールで学生そして一般人あわせておよそ600人(一般人は30人ほど)、大物詩人の講演とあって会場は満員御礼。もっとも授業の一環という意味合いもあったが。
 早速登場した二人、Tシャツやホワイトシャツの軽装スタイルだ。手には朗読用の本や原稿の入った紙袋を携えて。楠かつのり氏の進行で「声と言葉が教えてくれる生きる低力」の講演会が始まった。はじめに司会者のゲスト紹介、鉄腕アトムやフランク永井の作詞者でもある谷川俊太郎氏(詩で生計を立てている数少ない詩人の一人)、一方、詩の登竜門のH賞受賞者で直木賞受賞者のねじめ正一氏(鈴木志郎康や正津勉の系譜か)、ねじめ正一氏は阿佐ヶ谷で民芸品店も営んでいる(先日筆者は夕刊に載った彼の記事を興味深く読んだばかりだ。中学時代に先生に君は意外と文章が上手いんだねと褒められた。そのことがきっかけで俺でも書けると思ったという。筆者にもそんな経験もあるが・・・)。打ち合わせは十分に練ったとは思うのだが、聴きづらい司会者の声、それにゲストをうまく引き出ださなければいけない役なのに司会者が喋り過ぎたようだ。「ことば」について語り始めた。「ことば」の存在は矛盾の塊であってことばの意味づけ以前のことに着目していると語る谷川俊太郎氏に対して、中学2年から詩を書いてきているが、未だに宙ぶらりんの自分がいるのを感じていると語るねじめ正一氏。兄弟がいない孤独な環境下と甲子園をめざした野球少年、時代状況も環境も違うが、どちらも東京育ちだ。そして資質は違うがお二人ともユーモアのセンスが抜群なのだ。ねじめ正一氏が野球の話をすると、野球と詩、関係あんのと谷川俊太郎氏が突っ込むのだ。詩を信用しないで詩を書いてきたこと、信用できることばをさがすこと、意識的な散文とは違って、詩を書くときは深層からでてくることばで書くこと、だからなんでこんな詩を書いてしまったか分からないのだという。それが詩だと。ポエジー―。これは二人に共通だった。司会者の主宰する「詩のボクシング」については、声が優先されて詩が出てこないとは谷川俊太郎氏、また、現代詩には現場感覚が徹底的に欠けていたとも言って、朗読はむしろ先祖帰りだと。ねじめ正一氏は今でこそ詩の朗読は一般的になってきたが、それまでは悲惨なものだったと。「詩のボクシング」も詩を壊すくらいにやることを主張すること(谷川俊太郎氏)、今や“教育的”になってしまった、負けたら全否定だもの、遊びの精神がないと(ねじめ正一氏)。お互いの言い分がノッてきたように見えたが、学生が飽きてきたせいか(聴きづらいこともあったが)筆者等一般人席の二階からも居眠りしている学生が男女と問わず増えてきたのがすぐわかった。谷川俊太郎氏がその光景を見るや、飽きてきたんです、そろそろ朗読でもしますかと切り出した。そして、ねじめ正一氏から朗読が始まった。すると、何事が起きたのかとマイクでがなりたてる声に反応したのか今まで寝ていた学生ほぼ全員が起きてしまった。効果抜群だ。放送禁止用語も多用するねじめ正一氏の詩だがと司会者の楠かつのり氏、「かあさんがあーちゃんになった」、テンポの速い、コミカルな詩だ。続いて谷川俊太郎氏のちょっと過激でユーモアたっぷりの「なんでもオマンコ」。いやー、これには笑った。学生は戸惑ったか―。かつて介護の疲れで一時もの書きを中断していた78歳の老詩人は今は健在だ。なぜか"スッピン"という言葉が出てしまった。普通は女性の表情に使う言葉だが、谷川俊太郎にぴったりだ。その後交互に詩の朗読が2,3回続いた。久し振りに詩の朗読を堪能した感じだ。ねじめ正一氏の詩は面白いが長い、さっと読んだ原稿を床に投げ飛ばす姿がまたニクイ。ここで谷川俊太郎氏が朗読した詩の一つを引用してみよう。

さようなら

私の肝臓さんよさようなら
腎臓さん膵臓さんもお別れだ
私はこれから死ぬところだが
かたわらに誰もいないから
君らに挨拶する

長きにわたって私のために働いてくれたが
これでもう君らは自由だ
どこへなりとも立ち去るがいい
君らと別れて私もすっかり身軽になる
魂だけのすっぴんだ

心臓さんよどきどきはらはら迷惑かけたな
脳髄さんよよしないことを考えさせた
目耳口にもちんちんさんにも苦労をかけた
みんなみんな悪く思うな
君らあっての私だったのだから

とは言うものの君ら抜きの未来は明るい
もう私は私に未練がないから
迷わずに私を(この先4文字あり ! メモ書き判読不明!)
泥にとけよう空に消えよう
言葉なきものたちの仲間になろう

(詩集『私』より)

谷川氏は最新刊の『トロムソコラージュ』(2009年5月刊)で187行の長いバラード風の詩を書いている。
一方、ねじめ氏は詩人の那珂太郎のことを書いた『荒地の恋』、絵本、野球のことなど散文の方へエネルギーを注いでいるようだ。

この後学生から2、3の質問を受けて講演は予定時間を大幅に超過して終了。面白かった。

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超人の面白読書 59 第140回芥川賞受賞作品 津村記久子著『ポトスライムの船』

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『ポトスライムの船』は2008年11月号の文芸誌「群像」に本の題名になっている「ポトスライムの船」それに同誌2007年1月に載った「十二月の窓辺」」からなる190ページ足らずの本。
 年収163万円のアラサー女性のつましかな生き方を描いた一見どこにでもあるストーリーを取り上げた、“ジミーオオニシ”も驚く関西版青春小説だ。主人公の派遣社員のナガセはバイト先の店、パソコン教室の講師そして工場のラインで働く独身女性だ。工場に貼ってあった163万円で行ける世界一周旅行、これで南太平洋のパプアニューギニアあたりでカヌーを漕ぐことを夢見て働き貯蓄に励む。時折財布を眺めては消費の実態を把握しながら倹約をしている。ライン勤め、パソコン教室の講師、夜のアルバイトそれでも年収は163万円、これは少なすぎるくらいだ。そこに奈良の実家に離婚した子持ちの女友達が転がり込む。母親と一緒に暮らしているナガセは、友達の子どもが母親が可愛がるのをみて自分が早く結婚してほしいと思っていると感じる。アルバイト先、職場そして家にも観葉植物の「ポトスライム」、その観葉植物を水差しすることで根を張り、葉を出し更に新芽が出ることの楽しみを何よりも生き甲斐としている。癒されるからだ。実は作者は、その瓶の向こうに見える日常を見ていたのかも知れない。じっと耐える日常を―。

 もうひとつの作品は『十二月の窓辺』。職場のパワーハラスメントを扱ったややシビアな小説。これもどこにでもありそうな職場の出来事だが、ここには作者の実体験に基づいたと思われる確かな社会を見る眼がある。その眼は女性のしなやかだが観察の鋭い眼だ。心の葛藤などを描いた心理描写も巧み。
 文章は関西弁を駆使してやわらかさを出しているけれども、特に難解さはなくむしろ、平淡。個人的すぎる日常の断片を描いただけにみえる『ポトスライムの船』に対して、『十二月の窓辺』は社会への眼差しがある。
 途中投げ出したりして多少読むのに手間取った。あっと驚くストーリー展開もなく想定内。地味過ぎて面白さに多少欠けているのだ。ただ文章の流れはある一定のリズムがあって心地よい。カタカナの表現の多用は、作者のインタビューの記事によれば、自分の文章はあまり行分けしていないので、やわらかいイメージを出したかったためと語っている。それにしても次の描写はどこかで見た光景だ。もちろんフィクションだが―。
 
 寺社町の火曜の夜のカフェは暇で、ヨシカは明日の早朝に出す分のスコーンを成形して、冷蔵庫にしまった後は、ずっとパソコンに向かって顧客向けのメールマガジンの草稿を書いていた。ナガセも、入口にやってきた客からは見えないソファに座って、ポップアップ絵本の作り方についての英語の本を眺めていた。

筆者等が訪ねたとき、このソファには大谷大学の先生二人が座って議論していた(一人はフランス人と店主が教えてくれたのだ)。

 作者津村記久子氏は1978年大阪生まれ。2005年「マンイーター」で第21回太宰治賞受賞。2008年『ミュージック・ブレス・ユー!!』で第30回野間文芸新人賞受賞。『君は永遠にそいつらより若い』、『カソウスキの行方』、『婚礼、葬礼、その他』、『アレグリアとは仕事ができない』など。今年の1月下旬に『ポトスライムの船』で第140回芥川賞受賞。

 そう言えば、今は無き、我が生涯の師、種村季弘の御魂にこの書を捧ぐ、と書いた諏訪哲史著『アサッテの人』(第137回芥川賞受賞作品)は、「ポンパ、ポンパ、・・・ポンパなんだポンパ、であります、・・・ポンパ、そう、いやポンパに違いない・・・」のところで中断中だ。読むのを忘れていたのだ。"ポンパ"の彼はすでに最近の「群像」などで精力的に作品を発表している。

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超人のジャーナリスト・アイ 108 バルト海沿岸のリトアニアに初の女性大統領誕生の記事

 しばらくBaltic Timesの電子版を見ていない間に、バルト海沿岸の小国リトアニアで初の女性大統領誕生のニュース。副首相、財務省や欧州委員会の委員を歴任したダリア・グリバウスカイテ氏だ。格闘技の黒帯を有し、改革に邁進する政治家としてのイメージから、リトアニア版“鉄の女”と呼ばれる。自分の給料(1200万円)も半減すると表明。リトアニア語の他英語、フランス語、ロシア語、ポーランド語を話す。(2009年5月31日付「毎日新聞」朝刊“キーパーソン”欄から)アイスランドと同様に小国(人口約200万人)の経済危機が深刻だ。失業率は15%を超えているらしい。

 Grybauskaite highlighted Lithuania's parental leave program as a possible area for budget cut.It allows parents to stay home with a child with full pay for one year and 85 percent of their salary the second year.Both parents are eligible,though only one of them can receive the benfits.“Raising babies for two years is a very good idea, but does Lithuania now have enough resources for this program ? I am not here,”Grybauskaite said. ―from The Japan Times Weekly May 23,2009

parental leave育児休暇

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クロカル超人が行く 115 四谷三丁目 チェコ料理・ビール・絵本『だあしゑんか』

超人が行く四谷三丁目チェコ料理
超人が行く四谷三丁目チェコ料理
超人が行く四谷三丁目チェコ料理
超人が行く四谷三丁目チェコ料理
 チェコには大分昔に文通していた女性がいて、確か名前がズデンカ・ナバコーバといい、「プラハの春」のときには手紙の送り先がプラハやスターリングラード(当時の地名)そして短期留学先のロンドンからと二転三転していて大変だった。今も彼女から頂いた英語で書かれたチェコ語入門書が本棚の隅に置かれたままだ。彼女のサイン入りで―。
 何で見つけたかは忘れてしまったが(多分ネット)、四谷三丁目にあるチェコ料理・ビール・絵本のバー『だあしゑんか』。チェコビールの味に取りつかれて、ついに1年前に店まで出してしまったらしい。ピルスナー系ビールの本家チェコは世界一のビール消費量を誇る。東京駅ナカのリカーショップでもチェコの缶ビールをゲットできるが、この『だあしゑんか』のチェコビール「ウルケル」や「バドバー」は本場チェコの匂いたっぷりで美味しい。定番チェコ料理の「グラーシュ」(ボルシチ風煮込みに茹でたパン)も素朴な味わい、またチェコ菓子もお土産にしてもらった。自分の蔵書と売り物の絵本が所狭しと並んでいて、朗読会や上映会も開催されている。今日はこれからチェコのアニメを2時間位放映するのだという。小さいがなかなかやる気十分な店だ。
若い店主によれば、チェコ以外の東欧の料理、ポーランド料理『ポロネーズ』は愛知万博後に名古屋市にオープン、本格的なハンガリー料理店は都営地下鉄白金高輪駅付近にあると。長崎のハウステンボスより規模は小さいが、チェコ村が鹿児島空港近くにあることも知ったのだった。写真のウオッカはポーランドのアブソルベントabsolwent。また、チェコの鯉料理については今度と店主に話して辞去。

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超人の面白ラーメン紀行 119 渋谷区『はやし』

超人の面白ラーメン紀行
 昨日行こうと思って行けなかったラーメン専門店『はやし』。京王井の頭線渋谷駅(西口改札口)脇の坂を登って左折したところにあるが、筆者は道玄坂2丁目から来て、少し迷ってしまった。通り過ぎてしまうほどの佇まい。らーめん(700円)を注文。少し経ってすり鉢状のどんぶりに入ったらーめんが供された。上品である。らーめんが出てくる前に水を一杯と目の前にあるコップを手に取ってびっくり、普通のより重いのだ。器もきちっとしたものを出そうとの店主の心遣いがこんなところにも表れていた。さて、らーめんだが、鰹出汁が効果的なスープにストレートな中細麺が絡み、旨みを上手く引き出していた。和風味の典型だ。美味。トッピングはチャーシュー、やや太めのメンマ(超美味!)、海苔に刻みネギがほんの少々だ。このチャーシューは色形よし、味よしそして軟らかさよしの絶品である。麺もなかなかだ。メニューは到ってシンプル、らーめん(700円)、味付玉子らーめん(800円)と焼豚らーめん(1000円)の3品のみ。店内は黒をベースにしたシックな造りでカウンター10席。店主と奥さん?の二人で切り盛りしている。
営業時間: 11:30〜15:30 定休日: 日曜日・祭日 住所: 渋谷区道玄坂1-14-9ソシアル道玄坂1階
『はやし』1.スープ★★☆2.麺★★★3.トッピング★★☆4.接客・雰囲気★★5.価格★★☆

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超人の面白ラーメン紀行 118 渋谷区『博多ラーメン凪 渋谷店』

超人面白ラーメン紀行
渋谷駅徒歩10分のとこにあるラーメン専門店『博多ラーメン凪 渋谷店』。濃厚豚骨と極細麺それに女性スタッフオンリーが特徴。ラーメン(680円)を食べたが、豚骨スープが濃厚の割りにはイケた。意外とまろやかだった。麺は自家製極細麺。完食。月曜日のはっきりしない空模様の昼下がり、客は5、6人だった。店内は入口の一角が9人座れるカウンターで、奥にはテーブル席4卓、夜は麺酒場になるらしい。
味玉ラーメン780円、キクラゲラーメン780円、チャーシュー麺880円、特製ラーメン900円。麺の固さ→軟らかさの表現がおもしい。ハリガネ→バリ→カタ→ふつう→やわらかの5段階で表示。カウンターの上の方にはメニューの代わりに“豚合言葉"なるものが並んでいた。
営業時間: 11:30〜15:00 17:00〜3:00  無休 住所: 渋谷区東1-3-1
『博多ラーメン凪 渋谷店』1.スープ★★☆2.麺★★☆3.トッピング★☆4.接客・雰囲気 ★☆5.価格★★

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超人の面白読書 58 今日の新聞書評斜め読みほか

 昨日日文研主催の東京講演会(第18回)「日本文化を考える」の後半部分、末木文美士国際日本文化研究センター教授の「日本仏教を見直す」を有楽町朝日ホールで聴いた。『仏典をよむ 死からはじまる仏教史』(新潮社 2009年)や『他者/死者/私』(岩波書店 2007年)などの著書をもつ仏教学者だが、1時間少しの講演は仏教を解りやすく語ってくれたことだ。1、仏教史をどう見るか、2、日本の仏教をどう見るかが講演のあらまし。以前に大江健三郎賞の講演会でも曼荼羅が取り上げられていたが、ここでも日本宗教に基づく世界観の基本的枠組み(世界観の曼荼羅)をスキームで説明していた。存在しているいないかが問題ではなく、死者とどう関わって行くかが問題だと提起していたことが印象的だ。そして、仏教における開祖中心主義は一度解散した方がよろしいと言い、また,仏典解釈だけに終始するのではなく、自ら考えることが大切だと語った。ここには宗派的な偏見に陥らず、自由な目で見て欲しい講演者の意図が読み取れたような気がした。
閑話休題。
 久し振りに新聞書評欄の渉猟を試みた。毎日新聞、読売新聞、朝日新聞、東京新聞の各紙。村上春樹の久々の長編小説『1Q84』(新潮社 2009年5月下旬刊 上下各本体1800円)Img075
がバカ売れらしい。上下合わせて96万部以上、単純に960000×1800として本体価格で17億円以上だ。わずか1週間足らずでだ。アマゾンでは予約が1万部に達したそうだ。版元の新潮社は内容を極秘で宣伝(もっとも原稿入手してから1年もの間いろいろと周到なやり取りがあったらしい)、一種の市場の飢餓感を煽ったようだ。早速読売新聞の書評欄「本よみうり堂」は、若手作家の小野正嗣氏と分子生物学者福岡伸一氏の競作書評を載せている。途方もない愛の物語とか一つ一つの人生を自分の物語として自分で語りなおすこと、しかも重要なのは、その均衡は動的なものとして可能性のありかを示すと読んだそれぞれ。朝日新聞書評も翻訳家鴻巣友季子氏のやや長い書評を載せている(実は見落としていたのだ !)。筆者はまだ最初の5,6ページを読んだばかりだ。何やらジョージ・オーウェルの『1984』を思い起こす。早くも不況からの脱出口を見つけようと関連ビジネスが動き出したようだ。レコード会社のコロンビアはチェコの作曲家ヤナーチェクのCD「シンフォニエッタ」を増産するらしい。漢字読みや経済ノウハウものがベストセラーの今年の前半期、さてさてどこまで伸びて社会現象化を起こすか、注目の一冊だろう。

日経新聞書評欄
①『世界は村上春樹をどう読むか』四方田犬彦ほか編(文春文庫 657円)
2006年東大駒場キャンパスで行われた国際シンポ「春樹をめぐる冒険」の記録集。

②今橋理子著『秋田蘭画の近代』(東大出版会 6500円)
小野田直武の描いた傑作「不忍池図」がライトモチーフの本書は秋田蘭画に関する本格的な研究書。

③岸田夏子著『麗子と麗子像』(求龍堂 3000円)
石橋美術館にある「麗子像」、本物の迫力があった。また、ごく最近でもテレビ東京の「美の巨人たち」でも取り上げていたが、岸田劉生はなかなかの人物だったようだ。誤解を招いたその実像に孫の画家が挑む楽しい本。

 しかしここまで拾い読みしたが、やはり最近の出版不況の話を思いつくままに少し。
いろいろと原因は何なのかと自分なりに考えてきたつもりでいるが、日経新聞の書評囲み記事「活字の海で」を読んでいたら、思想誌「大航海」や「国文学」も休刊。同じ思いがこの欄の文芸評論家三浦雅士氏の言葉に象徴されていることを発見したのだ。「世界の変容」と語る。「経済が文化の下部構造という位置づけを超えて全面化し、文化は顧みられなくなった。この地殻変動の衝撃はあまりにも大きく、あまりにも深刻」。人が生き方の規範や価値、知的な楽しみを活字メディアに求める時代は過ぎ去ったと三浦は見る。筆者も相対化や知の低準化が起こっていて、ニヒリズム的気配に汚染されていると見る。今の政治、経済や社会の閉塞感と大いに相関関係にあるのは確かだ。また、活字メディアの媒体変化もそれに輪をかけているようで、一方で巨大化する割には業界全体としては足腰が弱まるばかりで体力維持ができにくい状態だ。そんな中にも、京都の本屋グループの読者掘り起こしの試みや大手ナショナルチェーンの若手のアイデアによるコーナー作りで成果をあげていることを知るにつけまだまだ捨てたものではないと思うのだ。(朝日新聞書評欄の"本の裏側"などを読んで)かつての70年代前半から20年あまりの書店員だった人たちが、少しずつ書き手の方に露出し始めているが(朝日新聞出版のPR雑誌「一冊の本」の最近の号をみよ)、時代状況は一変したのだと思う。価値観が変わったのだ。それでも本の価値を広めて精神生活を豊かにする本質的な意味は、近代経済合理性だけの世界だけではない、もう一つの世界に屯する人間の本質を自ら読み解く人間的な営為によりどころを見出すからだろう。そんなに悲観的になってどうする、ある種の楽観も必要だろう。それは可能性にかけるということだ。

毎日新聞書評欄
④鹿島茂著『吉本隆明1968』(平凡社新書 1008円)
評者松原隆一郎の評と見出しの「なぜ偉いか 申し子世代が詳細に注解」で事足りよう。

⑤松田哲夫著『「王様のブランチ」ブックガイド200』(小学館101新書 740円)
最近のベストセラーの火付け役的存在の著者が厳選した200冊。

東京新聞書評
⑥柄谷行人著『柄谷行人 政治を語る』(図書新聞 1575円)
作家・歌人の小嵐九八郎との対談集。思考の歩みを時代を追ってたどれる構成。

朝日新聞書評欄
⑦村上春樹著『1Q84』(新潮社 上下各本体1800円)
メランコリーの夜は明けたと書く評者の翻訳家・鴻巣友季子氏。村上ワールドへの誘い―。
 まずは読破だ。
朝日書評欄の紙面が変わった。もっともっと充実化を図って欲しいものだ。

■最近買い込んだ書籍や雑誌

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●週刊朝日緊急増刊「朝日ジャーナル 創刊50年 怒りの復活」(朝日新聞出版 490円)
この表紙を見て驚嘆、筆者が20代に出した詩集の表紙Img082_4
にそっくりなのだ。
 社会学者見田宗介をはじめ、浅田彰、宇野常寛、東浩紀、柄谷行人、鶴見俊輔、蒲島郁夫(なかなかよかった)、湯浅誠、赤木智弘、吉岡忍、中森明夫、辻元清美、秋元康他多数参加。「格差」や「貧困」の世に蘇った朝日ジャーナル。

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●G・C・スピヴァク著鵜飼哲監修『スピヴァク、日本で語る』(みすず書房 本体2200円)
2007年一橋大学で行われたコロンビア大学比較文学社会センター長G・C・スピヴァク氏の講演集。

最後に海の向こうでの書店の話を一つ付け加えておこう。
昨年5月ニューヨークのマンハッタンにオープンした旅行書と無名の外国書籍に特化した書店。5番街19丁目にある『アイドルワイルド』(この名前はJFK空港の旧名)。今年一月以来、2けた成長を続けている。この書店の特徴は、個人のニーズにあわせた個別サービスだとか。差別化して生き残りをはかるアメリカの独立系書店だ。
【from The Japan Times Weekly June 6, 2009】

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超人の観劇 インターナショナル・シアターカンパニー・ロンドン第32回日本講演 ポール・ステッピングズ脚色・演出 『ロメオとジュリエット』

超人の観劇『ロメオとジュリエット』
Prologue:
Two households, both alike in dignity,
In fair Verona, where we lay our scene,
From ancient grudge break to new mutiny,
Where civil blood makes civil hands unclean.
From forth the fatal loins of these two foes
A pair of star cross'd lovers take their life:
Whose misadventured piteous overthrows
Do with their death bury their parent's strife.
The fearful passage of their death-mark'd love,
And the continuance of their parent's rage,
Which, but their children's end, nought could
remove,
Is now the hours'traffic of our stage.

いずれ劣らぬふたつの名家
花の都のヴェローナに
いままた吹き出す古き恨みが
人々の手を血で汚す。
仇と仇との親たちから
生まれた幸薄い恋人
あふれあたりはその死もて
親の不和をも埋めたとは。
死の影深きその恋の成り行き
いとし子の命はてるまで
親と親との争いを、
これより舞台の二時間にて
高覧のほどを。

身体表現とは彫刻のように掘り起こすことと語る演出家・ポール・ステッピングズの『ロメオとジュリエット』。(配布された小冊子から)

このプロローグにはrhyme韻がきちんと踏んである。

 かつて学生時代にこのシェークスピア作の『ロメオとジュリエット』を読んだことがあったか、強烈な印象はない。ただシェークスピア劇は明治の坪内逍遥から始まって最近の小田島雄二訳と何度もその時代時代の文学者、作家や翻訳家によって翻訳かつ上演されてきた、最も人気のある有名な作品だ。もちろん筆者も白水社版小田島雄二訳『シェークスピア全集』を揃えている。大分前にオリビア・ハッシー主演の映画『ロメオとジュリエット』も観ていた。

実はある先生の研究室を久し振りに尋ねた際の課外授業だったみたい。突然チケットを渡され、院生3人の先生代行よろしく会場の金沢公会堂へ。
観劇はイングマル・ベルィマン作の「ある結婚の風景」を観て以来久し振りだ。始めはま、大体知っているしなど高を括って観ていたが、だんだんとストーリー展開の中に入り込まさせられた。役者の迫力ある演技とほんの間近で観られたことがラッキーだったかも知れない。特にばあや、ジュリエット、神父やジュリエットの父親などの役者の演技に引き込まれたのだ。ジュリエットの父親役の俳優―自分の家の問題を娘のジュリエットに話して聞かせているが―は、フランス生まれのギタリスト、クロード・チアリそっくりだった。中世の鬘も似合って可笑しかった。内容は生きるか死ぬかの真剣勝負そのものだったが。
 ところで、舞台で話している言語は?日本語かそれとも英語か。野暮な質問だが、正解はKing'English。今は英語のシャワーの中にいないので、急にEnglish worldに入ると慣れるまで多少時間がかかるのだ。アクセントやイントネーション、中世英語そしてシェークスピア独特の言葉使いと言い回し等々があって、そう簡単には理解できたとは言い難い。むしろもっとヒアリングを、だ。だが、それにもまして迫力ある演技とドラマツルギーがものをいったのだ。その誰かが言った台詞の一言、ancient lady 使い古された女には苦笑い―。
観劇時間2時間45分、日本語電子字幕付き。特別鑑賞券1000円(K大学創立記念事業の一環)

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超人の面白読書 57 西成彦著『世界文学のなかの『舞姫』』後編

 早速西成彦著『世界文学のなかの『舞姫』』の目次を覗いてみよう。

まえがき

テクスト―森鴎外『舞姫』

第1回 南米の太田豊太郎

第2回 エリスの面影とともに生きる

第3回 『舞姫』から120年

 このみすず書房の《理想の教室》シリーズは、ライヴ感覚の言葉による書き下ろしで高校生が読んでもわかりやすく作られている新シリーズだ。他には佐々木幹郎著『中原中也 悲しみからはじまる』をはじめ6点を刊行。安価で手軽、通勤電車のなかで1往復で読めてしまうほどだ。筆者は寝転んで読んだ。

 カイゼル髭風の森鴎外―若いときの哲学者の西周(森鴎外とは親戚で影響を受けた人。「哲学」なる言葉を編み出した人としても有名)と並んでいる写真とは大分違う―の小説。高校時分の現代国語の時間に『阿部一族』だか『山椒大夫』だか歴史小説と思うが、漢字が多く難しい作品だったと記憶している。テキスト読解より担当の若い色気のあるH先生の顔と細い声それに毎日変わる服装の方が妙に印象に残っているのだ。ということで森鴎外の作品は正直言って苦手だった。むしろ漱石の方が入りやすかった。

 巻末の読書案内には『舞姫』に関する文献が並んでいる。長谷川泉(編)『森鴎外 『舞姫』作品論集』、小金井喜美子『森鴎外の系族』、小堀杏奴『晩年の父』、森於兎『父親としての森鴎外』、荻原雄一(編)『舞姫―エリス・ユダヤ人論』、小平克『森鴎外論―「エリーゼ来日事件」の隠された真相』、林尚孝『仮面の人・森鴎外―「エリーゼ来日」三日間の謎』、植木哲『新説 鴎外の恋人エリス』、西成彦『胸さわぎの鴎外』。著者もコメントを施しているが、特に注目は小金井喜美子『森鴎外の系族』、荻原雄一(編)『舞姫―エリス・ユダヤ人論』、西成彦『胸さわぎの鴎外』だろうか。

 著者は比較文学、ポーランド文学専攻の学者だけあって、この『舞姫』の位置づけもタイトル名にあるように世界文学のコンテクストに置かれている。そこが興味をそそられるところだ。その典型は第1回 南米の太田豊太郎の章だろう。 著者がサンパウロで「日本人の海外進出と移民文学」と題して講演した後、ブエノスアイレス在住の日系人から「南米の太田豊太郎」とも言うべきアルゼンチン移民の草分けが実在したとの情報提供を受ける。島崎藤村の紀行文『巡礼』に書かれている「I博士」 こと伊藤清蔵は、ドイツ留学中にドイツ人女性と恋仲になり、一旦は帰国、後再会して南米アルゼンチンに移住。専門の農業経営学の実戦を試み、アルゼンチンでも有名な牧場主になって幸せに暮らしたとのこと。著者はこの南米アルゼンチンの話を聞かされて、改めて『舞姫』を読み返したらしい。そしてこう書く。

 太田豊太郎だって、完全にエリスを見捨てたとは決まっていない。そこはさすが小説の達人だけのことはあります。鴎外は、肝腎なところを曖昧にぼかしながら、宙ぶらりんの形で物語を終わらせているのです。(註。筆者―なるほど、鴎外はぼかしたか―)それでは鴎外はなぜ『舞姫』を書いたのか、夫婦関係の安定化を図る意味、ドイツ人女性に寄せる未練をひけらかして、開き直ったのか。
著者も真相は分からないという。
 この3回の講義の最後に著者は文学は、書かれていることを読むだけではなく、書かれないまま放置された部分を読者が補足していく読みもまた求めていますと締括っている。
その他男性の性欲の対処方法を論じた「性欲雑説」、『ヴィタ・セクスアリス』、ジャパニーズ・ディアスポラ、『舞姫』異聞―湯浅克衛『カンナニ』、『舞姫』の基本構造、「舞姫論争」など興味が尽きない。この150ページ足らずの本は森鴎外『舞姫』のあらたな読みを提供してくれているのだ。世界文学のなかで。

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クロカル超人が行く 114 横浜点景

クロカル超人が行く
クロカル超人が行く
クロカル超人が行く
クロカル超人が行く

Y150 横浜点景。
臨港パークで行われた節目の開港祭、そのフィナーレを飾る花火大会。その数3500発。3万人はいたか。帰宅途中の横浜駅東口までの道中で漏れ聞いた話。40代後半くらいの少しふくよかな女性、これでまた、メイドのみやげができたと。そんな年?!喝!【写真左上一番目】


久し振りの横浜中華街。ウーロン茶専門店で2、3日前に入荷した台湾産の高山茶、108g2500円をゲット(8gはおまけ。店主にもっとおまけをと懇願するも、110gになると追加料金を取りますだと)。美味。特大肉まんもいつもの店で購入。
【写真左上二番目】

たまたま寄港したメキシコの帆船「CUAUHTEMOC」。青いマスクをかけている乗組員は皆無。皆若い。厨房が覗けたが、パン屑と寸胴の鍋、何を料理していたかは判明せず。【左上写真三番下】

赤レンガ倉庫→横浜駅東口のクルージングは10分間で580円。途中みなとみらい駅に寄った。海上からの目線も大事かも。【写真左上一番下】

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超人の面白読書 57 西成彦著『世界文学のなかの『舞姫』』前編

Img073_3今日6月2日は横浜開港150周年。MM21周辺では式典が行われ、盛大に花火が打ち上げられるという。また、50周年、100周年、150周年の新たな企画展も始まる。そんなお祭りムードの横浜だが、筆者は先週小雨混じりの中、港の見える丘公園近くの『神奈川近代文学館』200905291316000_2
を訪ねた。『舞姫』の作者と言えばあまりに有名なあの文豪森鴎外、その企画展が開催中だからだ。最近はギャラリートークといって、学芸員が企画展のあらましを大きなスクリーンの前で話してくれるから理解が深まる。今の時代は多角的でないと人が集まらないのだろう。そんな文学館事情も覗けた2時間だった。一つ二つ感想を。森鴎外はドイツ語が相当できた。衛生学の学術書をドイツ語で書いた本も展示されていたが、当時の東大医学部はドイツ語で講義していて、森鴎外は教科書のメモ書きを漢文でしていたほど漢籍に素養もあった。筆者もドイツ語は一時大学受験科目に選んだほど。今はすっかり忘れた。少し勉強すれば戻るかもしれないが、何せ気力がない。森鴎外のひい孫のエッセイスト森美奈子氏がかつて森鴎外がドイツで泊まった場所を訪ねた写真や作詞した横浜市歌などの貴重な資料も展示されている。この企画展の最後に夏目漱石が森鴎外宛に送った手紙が展示されていたが、これまた、達筆だった(筆使いも素晴らしい。あまり達筆過ぎて読めない!)。漱石も漢文に通じていたが、英文は鴨長明の『方丈記』を訳したぐらいだから、これまた、相当の語学力である。もちろん英国留学経験のある英文学者だ。学生時代に漱石の訳した英文を筆写したものだ。二人とも諸芸に秀でた文豪なのだ。それにしても彼らの時代から100年以上も経っているのに知の地平はお寒い限りだ。もう一つ。森鴎外の軍医と作家の二足のわらじや家族愛などがわかる手紙類が豊富に展示されているけれども、通俗的だがやはり、『舞姫』のモデル探しが一番面白い。エリーゼ・ヴィーケルト。森林太郎を追って当時のドイツから遥々横浜港までやってきたのだ。また、わずか10余日間滞在で森家は年上の義弟の計らいで追い返してしまう。その時の森林太郎の様子はいかがだったかつい想像したくなる。死ぬ直前に妻に彼女に関する手紙類を燃やさせたが、意外と妻の方はあっけらかんとしていたのではと推理するのは、この5月に出たばかりの『世界文学のなかの『舞姫』』の著者西成彦氏だ。〈後編〉に続く

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クロカル超人が行く 113 国立国会図書館・国会分館 & 国会議事堂見学

クロカル超人が行く 国会分館他
クロカル超人が行く 国会分館他
 国立国会図書館・国会分館(調査及び立法考査局)は国会議事堂4階にある図書館。衆議院と参議院の間、議事堂本館中央部に位置している。館の性格上国会議員や国会関係者が利用するため、新刊書、雑誌や新聞などは日本一早く揃う図書館だ。開架式で74の閲覧席、貸出は5点以内で新刊図書、3週間、新刊以外は1ヶ月、雑誌・新聞は1週間。また、国会議員のための専用閲覧室が衆議院側と参議院側に各1室設けられている。開館時間は月曜日から金曜日、午前9時30分から午後5時までだが、国会審議の状況等により延長される。土日祝日は休館(国会審議が行われる場合は開館)。最大の特長は、全国の新聞が北は北海道新聞から南は沖縄タイムズまでその数60種、発刊後1〜3日後に見られ、バックナンバーは1年分利用できることだ。議事資料・法令資料は国会会議録(第1回帝国議会から現在まで)、議案、官報、法令全書、現行法令集等や外国元元首等の国会演説集もある。(「国立国会図書館」のパンフレットより)
 筆者は今、毎日新聞(2009年4月15日付)の御厨貴東大教授の連載記事、「権力の館を歩く 東京・永田町 衆議院」を再読している。つい最近ある人の伝手で国立国会図書館・国会分館を含む国会議事堂内をガイドしてもらった。33年以上勤めている衛視さんにポイントの場所の説明を受けたわけだが、後でこの御厨教授の記事を再読してみて手に取るようによく分った。
 国会議事堂は二・ニ六事件直後の1936年11月に17年の月日を要して完成。地上3階地下1階建(一部4階、塔屋付き)、建築費は当時の金額で2,570万円。伊藤博文、板垣退助、大隈重信の銅像のある中央広間→赤じゅうたんを踏んで(本当は赤ではなく朱色に近い)総檜造の本漆塗りの天皇陛下の御休所→衆議院議院運営委員会室→大臣室→衆議院本会議場200905211440000
などを見て回って議員食堂で200905211504000_2休憩したのだ。国会議事堂の建築材料はほとんど国内産のものが使われているが、ステンドグラス、ドアノブそして郵便ポストは例外で外国製とベテランの衛視さんの話。全体的に重厚で歴史の重みを感じるが、薄暗い。NHKのY記者が何か考えながら歩いていたり、テレビでよく見かける民主党の若手議員や国対委員長なども見かけた。今日は何か発表があるのか中央玄関の2階あたりには記者連中が屯していた。200905211415001

 衆議院だけでも1日5000人以上の見学者があるらしい。
そんな国政の中枢部の4階に国立国会図書館・国会分館はある。この館は図書閲覧貸出そして調査が本来の目的だが、意外な舞台になることもあるのだ。興味ある方は上述の御厨教授の毎日新聞の記事を読まれたい。(一部パンフレット「国会」を参照)

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クロカル超人が行く 112 Y150 ラ・マシン「 巨大クモ」

クロカル超人が行く Y150 <br />
 巨大クモ
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横浜開港150周年イベントの一つ、フランス・ナントの演劇プロジェクトチームによるスペクタクルアート ラ・マシン「くも」。巨大クモ(全長12m)が6人のパイロットによって操縦されて動く様は圧巻。蜘蛛の糸ならぬ水飛沫が時折吹き出すあたり、子どもたちに大いにウケていた。筆者はなぜかガリバー旅行記を思い出して、しばし野外演劇空間の不思議さを堪能したのだ。

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クロカル超人が行く 111 福岡市西区能古島

博多湾の能古島にある作家・壇一雄の碑(写真はネットから)。家は只今建て直しの最中だ。200905241607001_2毎年5月の第3日曜日は「花逢忌」らしい。この日は第4日曜日、残念ながら一週遅れの日曜日だった。能古島上陸時間はわずかに40分。慌ただしかったこと。行きの"海上タクシー"(運賃は通常の2倍の500円)にはこの日コンサートがあるらしく、化粧した若いギャルや子持ちギャルも乗り込んでひとっ飛び、わずか4分の“高速艇”はスリル満点だった。帰りは運良く臨時便(日曜日とあって人出が多く、乗り切れなかった人たちがでたため)市営船にありつけて、胸を撫で下ろしたのだ。この旧居までは徒歩?これが島民のマンパワーでタクシー1台しかない(その1台が出払っていた!)この島にも代わりのタクシーが存在していた。面白かったのは、市営船渡船場受付の親切なおばさんが斡旋、お巡りさんが案内(ドライバーは酒屋の人だとぉ)してくれたことだ。時間がなく観光はわずか8分でこなした。碑の近くで若いアベックが寝そべっていたのには筆者も思わず苦笑い。写真は撮ったがなぜか反射して亡霊が写ってしまった・・・。公開できないのが残念!壇一雄が愛した場所に立って納得。眺望たるや最高の立地、リッチやね、と一瞬頷いてしまったのだ。帰えりに道しるべをパチリ。200905241608000


風薫る火宅の人の能古島

200905241548000200905241557000【写真左: 道しるべ 写真中央: 海上タクシー 写真右: 能古島の渡船場から見た福岡ベイエリア 】

この博多湾に浮かぶ能古島には北側にアイランドパークと名付けられた自然公園があり、桜、菜の花、コスモスと四季折々の花々で埋めつくされるが、特に菜の花とコスモスが有名らしい。昔懐かしい商店街も再現し安近短の旅行で人気の場所だ。井上陽水の曲には「能古島の片想い」がある。

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超人の面白ラーメン紀行 117 『博多一幸舎 博多本店』

超人の面白ラーメン紀行 一幸舎

JR博多駅徒歩3分のところにある『博多一幸舎』。昼時遅くに入ったが、並ぶほどではなかった。黒ラーメンを注文。マー油、濃厚豚骨スープ、細麺、三拍子揃っての出番。『なんつっ亭』でお馴染みのマー油はここでは立役者だ。焦がしニンニクの妙、うまかっ。ラーメン650円、味玉ラーメン750円、ピリ辛の赤ラーメン700円、やや甘目の博多華そば650円他メニューは豊富。
1.スープ★★★2.麺★★3.トッピング★★4.接客・雰囲気★☆5.価格★★☆
 

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クロカル超人が行く 110 銀座界隈

クロカル超人が行く 銀座界隈
クロカル超人が行く 銀座界隈
BS-TBSの番組で見かけるほろ酔い中年の吉田類氏の酒場探訪も、大人の何とも言えない味わいを醸し出してくれるが、毎週金曜日の毎日新聞夕刊コラム、鈴木琢磨記者の「酒に唄えば」もまた、読むのが楽しみなコラムだ。筆者はこれを週末の夜遅くか翌日に読む。低音が壁にぶつかり跳ね返ってくるような一種独特な筆使い、場面的には人生の織り成す色を半ば仄暗いグラデーションに染め上げたような感じ。何のことはない、単なる酒呑みの出没記なのだ。
そんな記事を読んでいると、たまには5時から男も精を出したくなる。
というわけで、ラビット大使と宵の銀座に馳せた。有楽町駅近くの英国パブから次の「ルパン」に繰り出すも、生憎の定休日、それじゃここはどうとラビット大使の言に従い入ったのが三笠会館地下の『Bar 5517』。カウンターもいいが、ここは外界が覗ける奥のテーブルを確保。その窓際には雑誌「サントリー クォタリー」(付記。つい先日新聞が休刊を伝えていた)などのバックナンバーが樽で作った書棚にびっしり、手にとって見られる位置にあるのだ。
筆者はごくありふれたカクテルを注文したが、ラビット大使は違っていた。バー通の彼はロシア語の響きのする名前を口ずさんで、できますかとバーテンダーに頼んでいた。もちろんメニューにはない代物だ。それが写真のカクテル、ニコラシカだ(写真左上。因みなに写真左下はオリジナルカクテル、ザ・ギンザ)。ブランデーをベースにレモンの輪切りで蓋をしその上にグラニュー糖を盛る。口の中でレモンとグラニュー糖をミックスさせ一気にブランデーを流し込むそうな。その時は場の雰囲気に圧倒されてともかく写真を撮るのに気をとられていて、名前すら忘れてしまった(多少アルコールは入っていたが)。後日ラビット大使に飲み方を教わったのだ。
しっとりした銀座の夜の一幕だった。

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クロカル超人が行く 109 第3回大江健三郎受賞 大江健三郎氏×安藤礼二氏公開対談 続

 ここで安藤礼二著『光の曼陀羅 日本文学論』を簡単に紹介しよう。620ページに及ぶ大著で値段も3,780円と安くはない。筆者は書店で何度か手に取るも買うのに躊躇してしまっているのだ。高価以外に何だろう、作者の文体、違う、多少拾い読みした、そうか、折口信夫の思想に少し抵抗があったのだろうか―。それはいみじくも大江健三郎氏が対談の冒頭で言っていた懸念と矛盾しない。
この本が去年の一番の収穫でこの本の出た前後では批評の地平が変わる画期的な出来事と書いていたブログもあった。
 さて、内容は第一章 宇宙的なるものの系譜 埴谷雄高『死霊』、稲垣足穂『弥勒』、武田泰淳『司馬遷』、江戸川乱歩『陰獣』、南方熊楠『曼陀羅書簡』、中井英夫『虚無への供物』の評論、第二章 光の曼陀羅 『死者の書』の謎を解く、「死者の書 初稿」と『死者の書 続編』、折口信夫の「同性愛」、折口信夫とアジア世界、折口信夫の戦後から構成されている。
 対談の続きに戻ろう。大江氏は多摩美大の学生に呼び掛けて言う。貴方たちは大学で文学を学ぶとはどういうことかと問い、独学をすすめている。但し師匠というモデルは必要と。なぜならこの本に取り上げられた作家はほとんど独学で名を馳せた人物で、大江氏は作者自身にも独学者の面影を見ているのだ。作者安藤礼二氏は、折口信夫の『死者の書』を読んだのは17、8才の頃で内容がわからなくとも、何となくイメージや言葉がひっかかっていたとこの本を読むことになったきっかけを語り、そのイメージ群を20年位執拗に追い、分解してみたら何を言いたかったか解るようになった由。続けて安藤氏は語る。折口信夫は昭和14年に初稿を書き、18年に書き直し、19年に読み直す。また、自分の謎を解くため四国へ旅し、天、海、地が一体になる室戸岬を訪ねて大阪に戻っていると。大江氏はまた、今度の雑誌「新潮」に完結編が掲載されているが(筆者は立ち読みで最後を読んだが)、そこに折口が書きたかったことについての安藤氏の大胆な読みがあると語り、それは暗闇にいる青年・空海を読み取ることだと解説。安藤氏によれば、私たちは二つの時間を生きているという。日常的な時間とそれに重層的な時間、後者の時間を文学の原型としたいと言うのだ。大江氏が折口は1917年に最初の小説を書いたが、それは伝説や伝承を小説という手段で伝えたかったと語った後、マンダラとは縦の時間と横の場所の移動があっても同じことを考えている、超越した世界→世界のモデル、それが曼陀羅だと言って、1930年代のヨーロッパのベルグソン、フロイト、フッサール、シュールリアリズムに言及。そして、安藤氏は良い翻訳でこれらの思想を読み込んでいると語る。イスラム学者で語学の天才の井筒俊彦にも話は及ぶ。

 折口のアジアにおける神秘的な思想は右翼の思想家・大川周明と結び付けられ、大東亜共栄圏として戦前の政治思想に都合よく利用されたと大江氏はその思想の危険なところを指摘している。それは今も新しい教科書を作る会によって歴史が歪められている事実をよく知るべきだと警告を発している。それに対して安藤氏は、折口の二面性―極右的ものと極左的なもの―があって人間的には複雑であるが、その複雑さ故に魅力的で解明したい気に駆られるとし、複雑性が産まれる根本を解決してみたいと語る。細菌学などの分野で新しい分類の創造をした偉大な独学の在野の学者・南方熊楠のイギリスでの大英博物館浸りの勉強振りと帰国後の類稀な独創的研究、熊楠は森で図書館を感じ、図書館で森を感じた人だと安藤氏。そう、日本で最初のエコ運動家でもあった人なのだ。最後に、大江氏が安藤氏が試みようとしている青年・空海の妄想に関連して、去年暮れに亡くなった評論家・加藤周一もその著『日本文学史序説』で空海を重要視しているとし、本居宣長、荻生徂徠、森鴎外と書いてはいるが、加藤周一は空海を大知識人としていた節があると指摘した。大江氏は自分自身を超えたものの表現として小説を上げているが(最新の小説『水死』は父親が中心人物で、森に消えてゆくのではなく、洪水の川に去った父のあはれを書くのがテーマとか)、明解なことばを創る人こそが知識人たる所以だいう。年とると今までバラバラだったものがつながってくる。そのつないでくれる人を大事にすることだと締め括った。この後2,3の質疑応答があって、約2時間強の対談は拍手喝采のうちに終了。印象に残ったのは、質疑応答の最後の質問に応えて、安藤氏が自分の体験として文字を覚えるのが遅かった子どもだったと告白、それは却って時間のズレを敏感に感受する良い面を備えさせてくれたという言葉だ。優れた書き手は、同時に、優れた読み手でもあるのだ。そういうことを実感した2時間だった。筆者は歴代の社長の肖像画が並ぶ由緒ある社内ホールからこれまた、歴史を刻んだであろう階段を下りて外に出た。夕方5時を回っても暑かった。もちろん帰宅途中の駅内で軽くジョッキーを傾けたのだった。余韻を味わいつつ―。

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クロカル超人が行く 109 第3回大江健三郎賞受賞 大江健三郎氏×安藤礼二氏公開対談

クロカル超人が行く
 ここ何日かは天気が悪かったからか、快晴で夏日の昨日は特に、太陽が眩しかった。そんな暑い日に講談社社内ホールで開催された「第3回大江健三郎賞 大江健三郎氏と受賞者・安藤礼二氏との公開対談」を聴きに音羽まで出かけた。実は雑誌「群像」5月号にこの対談の開催日が載っていて応募して当選したのだ。
 受賞者安藤礼二氏は40才前半の多摩美大の先生で文芸評論家。筆者的には営業パーソン風の、どこかで見たことがあるような、健康的で庶民的な少壮学者の風貌かつ飾らない性格の様子(イメージ的には青白い弱々しい男性と思っていたが)。他方、大御所大江健三郎氏は今年73才、白髪の真面目な知識人といった感じ。最近自分の父親を題材にした『水死』を上梓し、その宣伝も忘れないノーベル賞作家だ。対談は講談社社内ホールで午後3時から始まったが、聴衆は優に500人は越えていて満員、この作家の人気のほどが伺える。その中には多摩美大の学生100人も聴きに来ていたのだ。安藤礼二氏が教えている学生なのだろう。100人も来るなんて、何か魂胆がある?授業の一環、あるいは必修?とちょっと邪推してしまった。
冒頭大江氏は対談前に自分の苦い体験をユーモアを交えて披露した。同じ時期に文壇にデビューした評論家江藤淳と講談社の雑誌「群像」の対談(今日みたいな対談)で意見が対立、それ以後50年間没交渉だった由。
安藤礼二氏の『光の曼陀羅 日本文学論』は、折口信夫の死者の書を扱った評論だが、右翼思想に傾き兼ない危ないものもあるので注意して読んでほしいことと作者にも以前のような不幸な事態に陥らないよう祈りたいとユーモアを交えて話された。
 対談の様子を簡単にメモから書き出してみよう。
 まずは大江氏が自分の幼少期の体験からずっと引きずってきた問題を解決に導いてくれた本がこの『光の曼陀羅』だと語り、その体験を語り始めた。四国の山奥で育った大江少年は、製紙の材料である植物栽培をしそれを大阪の造幣局に納入して生計を立てていた父親に漢字の間違いを指摘、怒られると思い母親の助言で家の裏から逃げ出したエピソードを語る。余程厳格な父親だったらしく、10回位しかまともに話したことがなかったと大江氏は半ば笑いながら言う。ある収穫期を終えて一段落したときの家での場面。漢字の木を三つ書く「森」という字を二つ続けると森森、読みはシンシンだが意味は海のひろがりの様子と学者の方が書いていたと父。わしらのような森のなかの人間には、森のひろがりは海のようであるから云々と父親が言っていたのを聞いて、それは水を三つ書いて、ビョウと読み、同じ漢字を重ねてビョウビョウと読むんですと大江少年が言ったら、父親は不機嫌になったらしい。それ以来父親がどんな本(雑誌論文)を読んでいたのかずっと気になっていたと大江氏は語る。しかもその出来事は、後に母親から面白い子どもだと聞かされたことと対をなして記憶に長く残っていたという。最近それが安藤礼二氏が書かれた「舞台芸術」14(自宅で刊行物の郵送便整理のなかで)の折口の文章「山越しの阿弥陀蔵の画因」の引用とされているものを見出だして心がおののいたと話す。長年の疑問が氷解したのだ。「中略 熊野では、これと同じ事を、普陀落渡海と言うた。観音の浄土に往生する意味であって、淼たる海波を漕ぎゝつて至り著しく、信じてゐたのがあはれである」(雑誌「群像」5月号P.295〜P.256から引用)の"”淼淼たる海波を漕ぎのところだ。
 ところで、折口は正しくはオリグチではなく、オリクチと発音すると半ばジョークも交えて語るのを忘れない大江氏、座談の名手なのだ。


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超人の面白読書 56 非漢字文化圏で初の文学賞受賞作品 イラン人女性のシリン・ネザマフィ氏の「白い紙」を読む

 5月6日発売の雑誌「文學界」6月号は第108回文學界新人賞受賞作品を掲載している。イラン人女性のシリン・ネザマフィ氏の「白い紙」だ。去年の芥川賞受賞者の楊逸「時の滲む朝」に続き、外国人しかも非漢字文化圏で初の文学賞受賞である。作者は来日10年足らずのシステムエンジニア、夢の続きを書いて行きたいと抱負を述べている。写真を見るかぎりでは美形だ。このところイラン人の若い女性監督の作品がテレビで取り上げられたり、雑誌「すばる」は先頃現代イラン女性文学を特集していたりとイランものが盛んだが。しかし、今回の文学賞選考である審査員は次のように書いている。低調である。わたしたちを動揺させ、憤激させ、哄笑させ、茫然自失させ、猛然と嫉妬させる作品を読みたい。それだけ書き手の水準が下がっていることなのか。久しぶりに手にした文芸雑誌(ときどきは特集を見て買うが)、筆者は最近の書き手の動向を追っていないから判断保留だ。
シリン・ネザマフィの「白い紙」は比較的短い小説ですぐ読めた。この小説は、イラン・イラク戦争下、国境近くのイランの田舎町を舞台に少女が少年に抱く淡い恋を繊細に描く青春小説だ。審査員の一人が言っていたように、最後のところはよくある映画のラストシーンを想起させるが、それでも感動的でほろりとさせられた。少し本文から引用してみよう。

ハサンの乗せていたトラックが、大量の黒いガスを排出しながらゆっくり動き出した。ハサンの顔がトラックの動きに合わせて、ゆっくり揺れる。私を見ている気がする。無表情な顔が少し歪む。 ハサンの母親が路上の反対側で、顔をチャドルで隠して、肩が激しく揺れている。ハサンの表情が黒い排気ガスで曇った。 ゆっくり遠くなるトラックを追うように足が動き出した。
「ハサン、ハサン!」後ろから男性の声がする。
「ハサン!」後ろを振り向く。足を引き摺りながら、走る先生だ。
「ハサン、ハサン!」先生が大きな声で叫ぶ。
「受かったんだ!大学、医学部、受かったよ」先生が叫びながら、紙のような何かを宙で回す。 横に着いた先生が泣いている。一緒に走り出した。トラックが速度を増す。
「ハサン、頼む、下りて!お願い、下りて!」先生の叫び声が悲鳴にしか聞えない。
「医者になろう、ハサン、そっちの方が国が助かるから、ほんとだから信じて!」
 遠くなるハサンの顔が黒い排気ガスに包まれ、もう表情が見えない。
 立ち止まった。
「ハーサン!」先生が全力で叫んだ。
膝が体重を支えきれない。地面に座り込んだ。先生が横で顔を両手で掴んで大声で「どうして、どうして!」と叫ぶ。
 一つの点になって行くトラックの列を見つめる視界が曇る。
ハサンと一言も交わさなかった。

21台もの大きなトラックが消え去った。
 土埃に包まれている黒チャドル姿の女性たちがお互いを強く抱きしめ、泣いている。チャドルが頭の半分までずり落ちているハサンのお母さんが、真っ赤に腫れ上がっている顔に小さくなった目を細め、去っていく息子の最後の姿を目に焼きつけようとしている。

 濃い緑のトラックの列が視界から消えた。何百人もの白い紙を乗せたまま、黒い排気ガスとともに、走り去った。

 ラストの32行を書き写してみた。何十台ものトラックが立ち去るときの埃が、自分にもかぶってくるような妙な感覚に襲われた。別れのシーンがドラマティックだ。動のなかに静がある。 この比較的短い小説には極力主語が省かれている。日本語の特性を活かした文章表現を念頭においた作者自身の戦略かも知れない。短いセンテンスはストリー展開に一定の効果を発揮することに成功しているが、文章のうねりみたいのもあったほうがさらに効果的だと筆者は思うのだ。日本語はまだ粗削りだが、対象を捉えて描く力や繊細な感情を表現する力には見るべきものがあるようだ。ここには一見平凡な青春小説だが(戦争という舞台設定はあるものの)、現代日本の若者が忘れかけたちょっとすました恋愛の形がある。日本語に磨きをかけた次に期待したい。同時に、外国人の受賞に刺激され相乗効果で書き手の水準がさらに上がることも期待したい。

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超人のジャーナリスト・アイ 106 ゴッホの耳はゴーギャンが切断とドイツの美術史家らが新説発表

スウェーデンのDN紙の電子版を覗いていたら、こんな衝撃的な記事が出ていた。下記はその全文。

ゴッホの耳はゴーギャンが切断とドイツの美術史家らが著書で新説を発表

Vännen Gaugin skar av van Goghs öraPublicerat 2009-05-05 15:21

Foto: AP Photo/Christie's 3105003131_2

Det var vännen och kollegan Paul Gaugin som stympade Vincent van Goghs öra, inte van Gogh själv. Åtminstone om man får tro de två tyska konsthistorikerna Hans Kaufmann och Rita Wildegans som i sin bok "Van Goghs öra" försöker skriva om historien.

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De två författarna har gått tillbaka till polisprotokoll och nedtecknade vittnesmål om vad som hände på julafton i Arles 1888. De två vännerna festade och grälade om en prostituerad, Rachel, samt om konstens natur.

Gaugin var inte bara konstnär utan också en duktig amatörfäktare. Till slut hamnade de ute på gatan. Enligt boken försökte Gaugin, med bagage och svärd intill sig, hålla van Gogh i från sig när han av misstag skar av hans öra.

Van Gogh tog på sig skulden för att skydda sin vän, enligt författarna, som medger att de inte har vattentäta bevis. De två konstnärerna återsåg aldrig varandra. Gaugin reste till Tahiti. Van Gogh hamnade på mentalsjukhus. Året därpå sköt han sig
(2009年5月5日付のスウェーデンの有力紙ダーゲンス・ニーヘーテル紙電子版より)

■Van Gogh's ear 'was cut off by friend Gauguin with a sword'
 from The Telegraph.com on the 5th of May

Van Gogh's ear 'was cut off by friend Gauguin with a sword'
He is known as the tortured genius who cut off his own ear as he struggled with mental illness after the breakdown of his friendship with a fellow artist.

By Henry Samuel in Paris
Last Updated: 10:43AM BST 05 May 2009

Self Portrait with Bandaged Ear, 1889 by Vincent van Gogh (1853-90) Photo: Samuel Courtauld Trust, Courtauld Institute of Art Gallery But a new study claims Vincent Van Gogh may have made up the story to protect painter Paul Gauguin who actually lopped it off with a sword during an argument.

German art historians say the true version of events never surfaced as the two men both kept a "pact of silence" – Gauguin to avoid prosecution and Van Gogh in a vain attempt to keep a friend with whom he was hopelessly infatuated.


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Undeniably strange
Archer's very own Van GoghIn Van Gogh's Ear: Paul Gauguin and the Pact of Silence, Hans Kaufmann and Rita Wildegans claim it was the sword attack, not Van Gogh's madness, that led him to commit suicide two years later.

The prevailing theory is that the Dutchman, who painted Sunflowers and the Potato Eaters, almost bled to death after slashing his own ear with a razor in a fit of lunacy on the night of December 23, 1888.

He is said to have wrapped it in cloth and handed it to a prostitute in a nearby brothel.

However, the new work from experts in Hamburg offers a very different version.

Gauguin, an excellent fencer, was planning to leave Van Gogh's "Yellow House" in Arles, southwestern France, after an unhappy stay.

He had walked out of the house with his baggage and his trusty épée in hand, but was followed by the troubled Van Gogh, who had earlier thrown a glass at him.

As the pair approached a bordello, their row intensified, and Gauguin cut off Van Gogh's left earlobe with his sword – either in anger or self-defence.

He then threw the weapon in the Rhône. Van Gogh delivered the ear to the prostitute and staggered home, where police discovered him the following day, the new account claims.

Gauguin had undoubtedly been staying with Van Gogh, but most experts think he had disappeared before the ear incident.

Although the historians provide no "smoking gun" to back up their claims, they argue theirs is the most logical interpretation, and explains why in his final recorded words to Gauguin, Van Gogh writes: "You are quiet, I will be, too".

They cite correspondence between Vincent and his brother, Theo, in which the painter hints at what happened without directly breaking the "pact of silence" made with his estranged friend.

He mentions Gauguin's request to recover his fencing mask and gloves from Arles, but not the épée.

Mr Kaufmann told the Daily Telegraph: "He writes that it's lucky Gauguin doesn't have a machine gun or other firearms, that he's stronger than him and that his 'passions' are stronger."

He makes reference to a French novel in which the narrator thinks he has killed his friend by cutting the climbing rope linking them.

"Afterwards, he says to himself: 'nobody has seen me commit my crime, and nothing can prevent me from inventing a story which would hide the truth'," said Mr Kaufmann. "This was a message to his brother."

He also pointed to one of Van Gogh's sketches of an ear, with the word "ictus" – the Latin term used in fencing to mean a hit. The authors believe that curious zigzags above the ear represent Gauguin's Zoro-like sword-stroke.

The historians also contend that, while Van Gogh clearly suffered from seizures, he had not gone mad at this stage.

"That was propaganda and all part of Gauguin's self-defence strategy," said Mr Kaufmann. "But it was a shock from which Vincent never recovered, led to the aggravation of his disease and paved the way to his suicide," he said.

Other Van Gogh experts, including those at the Van Gogh Museum in Amsterdam, disagree with the authors' claims. However, Nina Zimmer, the curator of a major Van Gogh exhibition in Basel, was less sure: "Perhaps they're right, but all the hypotheses are valid given the lack of material," she told Le Figaro.

■上の記事のキーワード「SWORD」関連でこんな記事もネットから。

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Poem for the Day

WANTED: JAPANESE SWORD
It's one of those lighted signs
you tow behind a truck. For years,
the man down the street has kept it in his yard––
as if a retired samurai might wander by
on his way to Lund's Hardware
or the Whippi Dip. Tonight, I sit out
in the moonlight. The neighbor is drunk,
his stereo loud, You done me wrong,
sung in a man's voice. The music
seems familair, but it's not.

Moonlight has a strange effect.
In 1856, under a full moon,
James Jesse Strang,
the self-styled Mormon prophet,
ran a sword through his chief rival
on Beaver Island, declared himself King
of Michigan, and began a bloody rebellion
that didn't end until a frigate was sent
to put it down. And did you know
the Japanese saber combines
a European hilt with a Japanese blade?
It's forty inches long and weighs three pounds.
Of course, my neighbor may want
a katana, long-sword of the samurai.
"The human heart is unknowable," the poet
Tsurayuki wrote, "but in my birthplace,
the flowers smell the same as always."
The wind moves through the roses
that tangle in the fence, rose that are
a delicate pink in any light.

Did you ever want a different life?
When I did, I went into the fish business
and sold salmon roe to the Japanese.
Ikura, it was called, tiny eggs
that gushed from the razored salmon
like translucent orange moons.
I was going to be rich.
You lost your ass! my father laughed,
meaning I would never be the King of Michigan.

The music stops. My neighbor
comes into his yard and starts
banging a stick against the ground.
He begins a drunken dance, a dark figure
backed by a glowing sign––whirling,
jumping on one leg––he falls, rises, and
falls again, twirling the stick around
his head, groaning and shouting out.
Finally, he stumbles and does not rise, his body
lost in the cedared dark.
What does it mean to want so badly
you dance in the glow of your own desire?
Sending a stick hissing through the sky,
pounding the earth until you disappear,
amazing no one but yourself?

-Greg Rappleye

from sonnets at 4 a.m


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ラ・フォル・ジュルネ 「熱狂の日」音楽祭 2009 バッハとヨーロッパ

200905041716000ラ・フォル・ジュルネ 「熱狂の日」音楽祭2009のテーマはバッハとヨーロッパ。ラ・フォル・ジュルネは 1995年、フランスの港町ナントで始まり、2005年には日本に上陸したクラシック音楽祭。今年で4回目、去年から金沢でも開催している(金沢 2009は「モーツァルトと仲間たち」)。東京の丸の内、東京フォーラムの各会場で200905041804000300以上のコサートが5月3日から5月5日まで聴けるのだ。パンフレットによれば、一流の演奏が破格の料金で楽しめ、ご家族でまるまる一日楽しめる。今年は「バッハとヨーロッパ」Bach is Back ! バッハの書架に遺された膨大な楽譜を手がかりに、ヨーロッパ・バロックの広大な世界を一望する構成に、バッハの2つの側面、「世俗音楽」と「宗教音楽」の傑作のほとんどを紹介。マタイ受難曲、ヨハネ受難曲、マニフィカト、ロ短調ミサ、カンタータの「宗教音楽」、一方、ピアノ協奏曲(1台、2台、3台、4台のピアノのための)、ヴァイオリン協奏曲、管弦楽組曲、ブランデンブルグ協奏曲、無伴奏チェロ組曲、無伴奏ヴァイオリン・ソナタ、平均律クラヴィーア曲集全曲、ゴルトベルク変奏曲、フーガの技法の「世俗音楽」。バッハ以外ではヴィヴァルディの「四季」、ヘンデルの「メシア」などや18世紀から20世紀の作曲家によるバッハの編曲も紹介される。
バッハの魅力は、ハーモニーの豊かさ、メロディの美しさ、形式の完璧さ、インスピレーションの深さによって時間を超越している。ショパン、シューマンなどの作曲家やカザルスやケンプなどの演奏家が一日の始まりにバッハのプレリュードを弾いたり、ベルイマンやタルコフスキーが自分の映画にバッハの作品をしばしば使用したことなど音楽の力を知っている。パンフレットは最後にバッハの音楽は「癒し」につながり、私たちになぜアートが必要なのか、その答えがバッハにあると結んでいる。宗教音楽の世界的大家ミシェル・コルボ、名ヴァイオリニスト兼指揮者ジャン=ジャック・カントロフ、ヴァイオリニストのファニー・クラマジラン、パヴェル・シュポルツル、ネマニャ・ラドゥロヴィチや南紫音、ピアニストのアンヌ・ケフェレック、クレール・デゼール、リデイア&サンヤ・ビジャーク姉妹などの注目の演奏家たちが登場する(「ラ・フォル・ジュルネ 「熱狂の日」音楽祭2009」のパンフレットから引用)。

 筆者は5月4日の午後7時15分からAホールでJ.S.バッハの2台のピアノための協奏曲第一番ハ短調他を聴いた。ジャン=ジャック・カントロフの切れのある指揮のシンフォニア・ヴァルソヴィアの演奏、カラヤンに才能を認められた才媛ブリジット・エングラーの力強い演奏それにボリス・ベレゾフスキーの華麗な演奏は、クラシックに素人の筆者にも(Rachel Podgerのヴァイオリン演奏によるJOHANN SEBASTIAN BACH 「COMPLETE SONATAS & PARTITAS FOR VIOLIN SOLO」 はよく聴いているが)十二分に楽しませてくれた。力強さと華麗さそして軽やかさ、ナントもいい気分になったのだ。これが音楽の真髄―。
 ところで、この会場で日曜日に視たばかりのNHKの番組「COOL」に出演していたスペイン人の男性を見かけた。全く偶然に筆者の席を通り過ぎていった。また、演奏終了後、茂木健一郎と鈴木雅明対談が200905041852000地下の特設会場で行われていて、それを少し眺めて腹ごしらえにとレストランに向かっている最中にこれまた、偶然に先ほど演奏終えたばかりのボリス・ベレゾフスキー氏に200905042019000出合ったのだ(慌てて撮ったのでピンボケ ! )。
今年はOTTAVAだけでなく、NHKFMも200905041753000特設スタジオを設けていた。そのOTTAVAによれば、来年2010年はショパン生誕200年に因んで「ショパンと仲間たち」がテーマらしい。

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クロカル超人が行く 108 台東区竜泉・千束界隈 続

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千束界隈。吉原大門跡には新しい現代風の柱が最近建ったと近くのKOBANのお巡りさんが教えてくれた。吉原神社にお詣り、しばしこの界隈の地図と年表を一瞥。
試しに自動案内のボタンを押したら、江戸では朝の魚河岸に千両、昼の歌舞伎に千両、夜の吉原に千両が落ちたと語る、また、樋口一葉の『たけくらべ』の舞台はこの神社の東300メートル行った所と語って途切れ、案内は終了。さて、土手通りへと戻ろう。途中この辺で働いている男性に現在のソープ事情を少し聞いたら、100分、35000円が相場だと。120分、100000円もあるそうな。遊び帰り客が後ろ髪引かれる思いで振り返ったという見返り柳は200905041607000_4
千束3丁目ガソリンスタンドの脇、明治38年創業の天麩羅屋『伊勢屋』は土手通りの向こう側に見えた。5時開店だがすでに5人ほど並んでいた。最後に浄閑寺へ。土手通りを歩くこと15分、明治通りを横切り振り出しの地下鉄日比谷線三ノ輪駅も素通りしたが、見当たらず。そのまま右折したら南千住の番地にぶつかり引き返し、今度は都電三ノ輪駅方向へ進んだ。ちょっと行き過ぎたかなとJRの電車が通っているガードした付近を横断したが、今度は東日暮里の番地だ。思わず浄閑寺はどの辺ですかと近くの店で訊ねてしまった。そこですよと男性が見える位置まで出てきてくれた。すると今横断した後方に寺が見えた。浄閑寺は投込寺と呼ばれ、そこには新吉原遊廓で死んだ遊女25000人の霊を慰める「新吉原総霊塔」が建てられている。また、永井荷風の文学碑もあった。この吉原界隈(今の千束界隈)に江戸幕末期シューリマンがお抱えを連れて尋ねたことはその著『シュリーマン旅行記清国・日本』に詳しい。

大阪ミナミの飛田新地には夕暮時の風情があるが、東の台東区千束界隈には絶えず進化し続けるエンターテイメントのダイナミズムがあるようだ。


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クロカル超人が行く 108 台東区竜泉・千束界隈

 筆者は以前に大阪ミナミの飛田新地を訪ねてリポートしたが、その時に次は東京の吉原付近を行ってみたいと書いた。あれから4年近くが過ぎてやっと実現した。地下鉄日比谷線三ノ輪駅下車→一葉記念館→吉原大門跡→吉原神社→見返り柳→天麩羅『伊勢屋』→浄関寺のコース、約2時間半だ。ゴールデンウイークの後半のこの日は天候にも恵まれ散策には絶好の日、まずは樋口一葉の新資料も特別公開の記念館を覗いた。その前に樋口一葉旧居跡でパチリ。200905041354000_3最近はボランティアのガイドがいて、申し出れば館内案内をしてくれるのだ。一応断って新資料のある2階へ。明治10年代に樋口一葉の家族も住んだ長屋がミニチャー版で再現されすごくリアリスティックだ。自筆原稿、書簡類それに遺品が展示されている。原稿や書簡の流麗な字はその形の鮮やかなこと、感銘するほどだ。壁には一葉の軌跡がレイアウトよろしく飾られている。観て歩いているうちに、明治時代の木製の肘掛椅子に座っていた老夫婦の会話が漏れ聞こえた。一葉は随分苦労したんだね。でも周りの良い人に助けられたとぉ。苦労しないと作家にはなれんとな。その訛りから察して九州から来た人のようだ。「萩の舎」での書道の勉強と平安朝文学の素養が滲み出ているのだ。見事だ。若くしてこのような才能に秀でていたのは後天的だけではないはずだと思っていたら、やはり祖父に漢詩と狂歌の才があったことがこの館で初めて知った。それにしても某陰流の書は読みにくい。特別展示公開の新資料は、明治25年発行の『改進新聞』Img072_2
で一葉の「別れ霜」(このときの筆名は浅香のぬま子)が15回にわたって掲載され、そのすべてが一同に展示されている。長らくその所在が不明だったらしい。今年個人蔵のものが寄贈されたのだ。当時の雰囲気がよく反映されていて大変興味深い。森鴎外、半井桃水、斉藤緑雨、泉鏡花などの書簡、書籍や人物解説もていねいに読めば、短時間ではやわかり近代文学史になるのだ。3階には父、母、兄弟などの生い立ちに言及したコーナー、中嶋歌子の歌塾「萩の舎」(当時流行っていてピーク時は塾生が1000人にも登ったという。)の文学仲間とその周辺の写真、短冊、書簡、遺品そして当時の吉原の賑わいを描いた絵や一葉習作時の原稿、鏑木清方作の『一葉』の絵、その上に、ペリー来航時の図まであった。今度は向かいの方から鑑賞中の実年の一人の声が聞こえた。字は生きているね。隣にいた同伴者が透かさず応えて曰く、上手いこと言うわね、だって。一葉は「萩の舎」での姉弟子・三宅花圃に刺激されプロを目指したといわれている。生計が大分苦しかったためだ。それにしても驚嘆するのは、24年の短い生涯だったが、ほとんどの作品は死の直前の一年あまりに書かれていることだろう。創作力と集中力が並はずれていたからこそ可能だった―。そうか、天才か。筆者もこの年令のときは文学修業中だったが・・・。最後に1階に降りて写真をパチリ(館内員に許可をもらって)。200905041505000_3外に出て『一葉記念館』の玄関をカメラに収めたのだ。
200905041516000_4

 

竜泉界隈から千束界隈へ歩を進めた。陽射しは再び強くなりかけていた。新緑の葉が風に揺れたのを見てすぐに、道路を横切ったが、気のせいか新緑が見えない、そこは別世界、夕方にはまだ間がある時間だった。ガチャンとコーヒー自販機の音。知らないうちに自分が押していたのだ。

【参考資料】台東区一葉記念館のパンフレット 名作「たけくらべ」ゆかりの地 竜泉町まちあるきマップ 企画展「新寄贈・寄託品展」展示資料一覧 『改進新聞』に掲載された「別れ霜」 (解説:野口硯)

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超人のスポーツ観戦 卓球世界選手権 2009 横浜

 今卓球世界選手権が5月5日まで横浜アリーナで開催中だ。卓球と言えば、荻村伊知朗選手や長谷川選手の活躍を思い出すが、最近では福原愛選手が活躍中だ。ハンガリー、オーストリア、チェコ、スウェーデン、ドイツ、アメリカなどヨーロッパやアメリカ勢が強豪だったが、1980年以降はアジア勢特に中国、香港、韓国、シンガポールが台頭、その中でも中国の強さは圧倒的だ。それは去年の北京オリンピックのゲームで証明済だろう。
ところが、2009年のゴールデンウィークに日本で開催中のこの世界卓球選手権では、驚くべき試合が若手、特に日本の男女に起きている。久し振りのテレビ観戦だが、興奮冷め止まない試合展開があったのだ。筆者的には卓球に対してそれなりの思い入れが強いスポーツ(何せ小学時代から馴染んで来たスポーツ、最も最近はラケットもどこかに仕舞い込んでしていないが)、それにしても思わず雄叫びを上げてしまうほど興奮の渦の中にあったのだ。

 昨日女子シングルス3回戦で福岡春菜200905022053000に勝った16歳の石川佳純が、4回戦で世界ランキング33位のシンガポールのユ・モンユを4-2で降し、ベスト8入りの準々決勝進出したのだ。これは03年のパリ大会の福原愛以来らしい。王子サーブの変幻自在、そのトス加減、タイミングは対戦相手の格上選手を惑わし、回転のかかったドライブに速攻で攻める新しいスタイル、その清々しい試合運びはあっぱれそのもの、しかも左利き。革命天使といわれる所以の大型新人の登場だ。男子シングルスでは、雄叫び男、吉田海偉が韓国の金延勲を4-2で圧勝し、24年ぶりにベスト8入り。彼のフォアドライブの威力は凄かった。また、このあとのテレビ中継はまさに激突、興奮、歓喜の渦そして拍手喝采劇だった。
 若干18歳の松平健太200905022200000が北京オリンピックの金メダリスト・中国の馬琳と対戦(世界ランキング101位と2位 !)、大健闘。フルセットの末、惜しくも3-4で敗れたが、アナンウンサーも雄叫びを上げ、歴史に残る名試合だ、天才マツケン、きっと近いうちに世界チャンピオンになるなど絶賛の羅列だった。彼の縦横に切れるサーブは見事、相手が戸惑うサービスエースが結構あった。確かに試合では負けたが、勝負では勝っていたのだ。バックハンドからの速攻、ラリーに打ち勝つパワー、それに手首を使った返球の速さ、しなやかなのだ。2位の中国の馬琳は、松平健太よりひどく汗をかいていて、その表情には確実に焦りの色が見て取れた。手に汗を握る試合とはこういう試合のことだ。惜しかった、大逆転劇を演じてほしかったが叶わなかった。次回に期待しよう。試合直後のインタビューも爽やか、もっと攻められると思った―。イケメンである。(付記。試合後対戦相手の中国の馬琳選手が近いうちに中国の強敵になると語り、彼の将来性を評価と5月3日付毎日新聞は伝えていた)200905022159000

その他スーパー中学生・丹羽孝希の活躍も目立ち、福原愛・平野早矢香組、水谷隼・岸川聖也組は準々決勝へ進出した。日本卓球界には明るいニュースが続いている。
【写真はいずれもカメラ付携帯電話でテレビ中継の試合を撮影したもの。プロテクター付のテレビを撮ったため写真に歪みが見られる】

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クロカル超人が行く 107 横浜ベイエリア再訪

200905011526000200905011620000200905011542000今年のゴールデンウイークは晴れマークが続くと気象予報士の話。だが、メキシコから不安なスペイン風邪の再来の兆しを見せる「豚インフルエンザ」で海外、国内とも大騒ぎ。その尺度は史上初の「フェーズ5」とWHOが発表したのだ。最悪のパンデミックの段階になると大変だ。海外旅行の絶好のチャンスに“豚だ”とは喰わせものである。そんな不安な社会現象をテレビで視たあと、今度は新聞で永井荷風没後50年の命日が4月30日だと知り、関連記事を読んだ。数時間経った明け方、筆者は永井荷風の『墨東綺潭』を取り出し枕元で数ページ捲った。昭和11年頃の玉の井の芸妓の件や隅田川の土手風景を見に山の手の麻布から市電や地下鉄を乗り継いで下町の下谷へと散策する荷風だ。全財産をボストンバックに入れて。『断腸亭日乗』は観察の賜物ような日記だが、この『東綺潭』の下町風景を補完する貴重な書きものだと解説者は言及して何度も引用していた。今は昭和の回帰がブームで、その昔懐かしさに癒されるのだとか。

さて、そんな情景から筆者はひとっ飛びして薫風の横浜ベイエリアに遊んだ。この先の赤レンガでは横浜開港150周年イベントが開催したばかりだ。
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薫風や缶麦酒が揺れ大回転

写真解説を少し。日本丸のマストが見られるのは今度は5月10日。大人500円の遊覧船はこの近くの船着場から中華街まで往来。新発売のエール風のアイリッシュビール、キルケニーの缶ビールを被写体に―。

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超人の面白ラーメン紀行 116 千代田区『ラーメン二郎神保町店』

200904281240000_2行列のできる店でお馴染みのラーメン店『ラーメン二郎神保町店』。この日も25、6人は並んでいて食にいありつけるまで約1時間ばかりかかった。相変わらずの人気だ。2004年の開店だから5年経っているわけだ。店内はカウンター10席と狭く、それに太麺を茹で上げるのに時間がかかるので必然的に並ばざるをえないのだ。
さて、麺やわらか、野菜少し、ニンニク少しを頼んでやっと注文の醤油ラーメン(650円)が出てきた。やはり量には圧倒される。一振り、豚スープと脂のスープはまろやか、太麺がトッピングの茹でたもやしとキャベツの野菜に絡まり、箸でその麺を取り出すまで多少の力と時間が要るが、食感はよく、シャキシャキ感たっぷり。チャーシューも厚く大きくやわらかだ。食べても食べてもまだある感じで、誰かのブログにあったが、一気に掻き込むことかもしれない。一番少ない量を頼んでも、体調がイマイチの筆者はやはり食べきれなかった。若い二人組のサラリーマンの男性はぺちゃくちゃ喋っていて、店主に喝を入れられていた。
『ラーメン二郎神保町店』1.スープ★★☆2.麺★★3.トッピング★★★4.接客・雰囲気★☆5.価格★★★

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超人の面白読書 55 最近買い込んだ書籍や雑誌

Img065津村記久子著『ポトスライムの舟』(講談社 200年2月刊 定価 1365円)
第140回(2008年下半期)芥川賞受賞作品。『ポトスライムの舟』は何気ない日常を描いた小説二編。関西弁が新鮮、それに確かな言葉遣い―。著者31歳での受賞、大阪の企業(仕事の内容は書類の製本)に勤めながら書いているらしい。

Img066『モンキービジネス 2009 Spring vol.5 対話号』(ヴィレッジブックス 2009年4月刊 定価 1365円)
約80ページにわたり村上春樹のロングインタビューの掲載をはじめ、川上弘美、小野正嗣、岸本佐知子、古川日出男などがレギュラー執筆者のニューウェイブの文芸誌、その最新号。編集長はアメリカ文学者・翻訳家の柴田元幸氏。やはり翻訳ものはきちっと入っている。創刊から1周年、大分気合が入っいて、隔月刊で出している勘定だ。値段も手頃、つい採算どうなのかと気になるところだが。ぱらっと捲った感じでは面白い。確か創刊号を書店の店頭で立ち読みしたはず・・・。編集後記にあたる"猿の仕事"の欄で川上未映子の『先端で、さすわ さされるわ そらええわ』(青土社)が中原中也賞を受賞したことを知った。

Img067水村美苗著『日本語で読むということ』(筑摩書房 2009年4月 定価 1680円)
『日本語が亡びるとき 英語の世紀の中で』の著者が20年間に書き溜めたエッセー、批評文集。今や二匹目三匹目のドジョウを追えだ。同時に『日本語で書くこと』も同じ版元から発売になっている。筆者はまだ雑誌「ユリイカ」の水村美苗特集を読んでいる。それと彼女が大学時代に書いたポール・ド・マンに関する論文も手に入れてこちらも読みかけ。彼女はなかなの戦略家かも知れない。

Img068絓秀実著『吉本隆明の時代』(作品社 2008年11月刊 定価 2940円)
朝日新聞の評者・柄谷行人の書評を読んで手に取った一冊。60年安保以後、あるいは現在においてもなお、日本の「知識人」の代表的存在と見なされ「戦後最大の思想家」とさえ評される吉本隆明は、どのようにそのヘゲモニーを確立していったのか。批評家としてデビューした1950年代から60年代にかけて彼が行った論争と時代背景の精緻な分析をとおして解明する。「知の巨人」の実像に迫る、入魂の書き下ろし長編評論 !(本書の帯)より
筆者は千駄木あたりを自転車を引いて歩く吉本隆明の姿を何度か見ている。腰にはタオルを下げて。彼の書く書物からはなかなか想像しがたいが。さて、この評論は読み応えはある。

雑誌「群像」5月号(講談社 2009年4月刊 定価 1200円) 第3回大江健三郎賞発表(受賞者は安藤礼二著『光の曼荼羅 日本文学論』)、芥川賞作家の諏訪哲史の創作、新鋭15人短編競作、海外文学最前線などを掲載。久し振りに文芸誌をゲット。海外最前線と大江健三郎賞受賞評を読みたかったからに他ならない。安藤礼二著『光の曼荼羅 日本文学論』は高価なので図書館で借り出し読もうと考えたが、すでに先客がいて4ヶ月先だそうな。もっと本の充実化を図ってほしいと職員に申し出たが・・・。

Img069_2世界の名著中公バックス版 マルクス エンゲルス1・2  鈴木鴻一郎・日高普・長坂聡・塚本健訳(中央公論新社 1980年初版 1999年第8刷 1 定価1890円 2 1785円)
世界の名著マルクス エンゲルス 2 を浦和の古本市で見つけゲットしたが、1 の方がその後神保町の古本屋を何軒か尋ね歩いたが手に入らず、結局この中公バックスを知人に安く買ってもらったのだ。まだ入手は諦めていない。何度挑戦しても挫折の書物だ―。

Img070J文学−英訳で楽しむ日本文学4月・5月号(NHK教育テレビテキスト 2009年4月 定価 380円)
ついに出たかとは最初この雑誌を書店の店頭で見たときの言葉だ。典型的な明治以降の文学を日英二ヶ国語で読み解く試み。第一回目はあの壱万円札でお馴染みの福澤諭吉だ。講師を見たら東大教養学部のロバート・キャンベル氏だ。NHKのクイズ番組にも出ている、今やメジャーの学者になった。大分前にある会合に講師で出てもらったことがあったっけ。放送日が午前0:25〜0:30分の5分間だ。

Img071雑誌「學鐙」春号(丸善 2009年3月 定価 500円) 今回の特集はアカデミズムの現状。村上陽一郎、船曳健夫、佐々木毅、池内了、諸熊奎治、土屋俊、馬越恵美子、福井次矢が執筆。その中で元東大教授の村上陽一郎氏のアカデミズムの現状、元東大総長の佐々木毅氏の大学改革についての一つの中間考察が示唆的だが、その他の執筆者ももちろん参考になる好小論になっている。

 ところで、この最新号の雑誌の末尾にお知らせがあった。それによると、発行が年4回から年2回にかわり、定価も一部500円に値上げするという。老舗の丸善の看板のこの「學鐙」も、そろそろその役割に終止符が打たれるのだろうか。採算ベースにのらないからカットしてしまうには惜しいPR雑誌だ。このところ出版業界も再編の動きが加速している。大日本印刷が丸善、TRCそしてジュンク堂も傘下に入れたのだ。R25などのフリーペーパーが氾濫、その編集長が書いた新書本のなかにJR横浜駅西口・相鉄線の通路では2000部もこの雑誌が出ているそうだが、印刷屋は儲かるかもしれないが、書店は大変、ネットで買えるしこういうフリーペーパーが氾濫してはビジネスにならないだろう。雑誌は休刊・廃刊が多く、前年比割れが続き、書籍も落ち込んでいる。業界全体のパイも以前の3分の2までに落ち込んでいるのだ。海の向こうのアメリカの新聞・出版界も厳しく、新聞社の廃業に続き、出版社の人員整理も加速度を増していると最近報道されたばかりだ。インターネット、ケータイなど新媒体の活用が活発で活字文化の危機だが、打開策を抜本的に考えなければ縮小は仕方あるまい。そう悪いニュースばかり言っても仕方がないので、学術系で生まれたばかりの出版社を紹介しよう。今は府中にある東京外国語大、その学長―光文社から出したドフトエフスキーの『カラマゾーフの兄弟』の新訳翻訳を手掛け100万部以上を売った亀山郁夫氏だ―が会長で東京外国語大学出版会が去年10月に発足、すでに柴田勝二『中上建次と村上春樹〈脱60年代〉的世界のゆくえ』、亀山郁夫『ドストエフスキー 共苦する力』など3点を出したばかり。今後は教養叢書「Pieria Books」シリーズ、人文関係の学術書それにテキストの三本柱で、年4~5点刊行していく方針。対外交流の盛んな今、むしろ遅すぎた感はあるものの頑張って出版界に貢献してほしいものだ。

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超人の気になる芸能ニュース 草彅剛、北野誠そして清水由貴子

 昨日SMAPの草彅剛が公然わいせつ罪で逮捕されたニュースは、日本国内に止まらず韓国、香港、台湾それに中国と海外にも流れた。わざわざ逮捕された公園から中継した香港のテレビ局があり、また、それを日本のテレビ局のリポーターがインタビューしていたのには呆れたが。総務省は地デジのコマーシャルに草彅を起用したが、今日の夕刊のイエローペーパーなどは3000億円損失と大袈裟な見出しの活字が踊っていた。地デジではなく血デジだろ。草彅は律儀で頭良さそうにみえたが、私生活は意外と芸能人仲間も知らないベールに包まれているらしい。昨夜は友達と居酒屋、バーと2件ハシゴし泥酔していた。「シンゴー、シンゴー」と夜中に叫んでいたという。信頼おける友達の一人が香取真吾だったわけだ。それにしても夜中2時過ぎに大声出して、六本木ミッドタウン近くの公園で丸裸とは―。マスコミはすぐに誰々先生のコメントを求めたがるが、今回もその例に漏れず、ブラックアウトだと力説していた東大の名誉教授。そもそもブラックアウトとは脳の海馬が過度のアルコール摂取によって記憶がなくなる状態をいうらしい。同情は禁物だが、たかが裸になったぐらいでこの騒ぎ、有名人は本当につらい。猛省して早く復帰してほしい。ヴィンテージのジーパンに韓国語、また見せてほしい。この事件の教訓は、酒呑みの人は酒に呑まれないよう気をつけるいうことだ。この記事を加筆訂正していたら、NHKが9時のニュースでこのフルチン事件を異例のトップニュースで報じていた。
 
 さて、芸能リポーター否今や辛口コメンテーターの北野誠が、関西で舌禍事件を起こして出演していたテレビやラジオの番組をすべて降板された。しかも無期謹慎だとか。一体何があったのか。その発言内容が不明だったが、今日あたりその詳細がみえてきた。それは大手芸能プロダクションの誹謗・中傷だったと日刊ゲンダイが書いていた。タレントにとっては致命的。テレビ朝日は朝の情報番組、TBSは日曜午後の番組に出ていて面白かったが(その他ラジオや在阪キー局もあるようだ)、発言が過激過ぎたのかもしれない。これは自分の立場をよくわきまえろということだろ。 
 ショッキングな死を遂げた欽ちゃんファミリーの元アイドル歌手の清水由貴子。父の墓前で自殺とは―。母親介護の疲れが原因らしいが、母親連れての墓前自殺、幸い母親は生命に別状はなかったという。吉祥寺の自宅で妹にお父さんの墓参りに行ってくるからと告げ、車椅子の母親を連れてタクシーで静岡の富士霊園に出かけたらしい。何とも痛々しい事件だ。未然に防ぐ手立てはなかったかが悔やまれる。シグナルは上げていたはずだが・・・。性格の明るかった清水由貴子さんはもろかった―。合掌。

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超人のテレビ鑑賞 オシャレなアシュリーさん死去

 今朝のフジテレビの番組「めざましテレビ」で難病「プロジェリアのカナダ人アシュリー・ヘギさんが、昨日午前9時に亡くなったと報道。800万人に一人の遺伝子異常が原因の難病で10倍の速度で老化が進む病気だが、知能や精神には損傷はなく肉体が異常に蝕んでいく病気らしい。この難病患者は現在29ヶ国52人いる。平均寿命は13才だがアシュリーさんは17才まで生きた。フジテレビはサイエンスミステリーというタイトルで7年間このアシュリーさんをカメラで追い続けた。筆者は今年の1月に放映した番組は視ていない。しかし、何度か視た限りでは、その表情の過酷さが視る者を悲しませるが、却って、その当人の話す言葉には冷静さがあり考えもしっかりしている。さらに服装など意外とオシャレだし愛嬌もたっぷり。身長は止まり幼稚園児みたいに小さく、毛は抜け落ち、血管が剥き出しで目はギョロギョロ、視力は弱くメガネをかけ、その歩く姿は小人みたい。が、一旦話すとなると、普通の大人顔負けの発言が飛び出す。いわく、すでにこの病気が何であるかも分かっているし、覚悟は出来ていると。また、もう一度生まれ変われたらどうしますかの質問には、私が私であることが好きと答えている。最近ではアルバイトもしていたらしい。医学の進歩は著しいが、難病プロジェリアの治療貢献もぜひ期待したい。

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超人の面白読書 54 佐伯一麦著『芥川賞を取らなかった作品たち』 続

第1章 太宰治「逆行」
第2章 北條民雄「いのちの初夜」
第3章 木山捷平「河骨」と小山清「をぢさんの話」
第4章 洲之内徹「棗の木の下」
第5章 小沼丹「村のエトランジェ」
第6章 山川方夫「海岸公園」
第7章 吉村昭「透明標本」
第8章 萩原葉子「天上の花―三好達治抄―」
第9章 森内俊雄「幼き者は驢馬に乗って」
第10章 島田雅彦「優しいサヨク嬉遊曲」
第11章 干刈あがた「ウホッホ探検隊」
[巻末対談]文学章の選考はスカウトであり、福祉だ

 目次から作品名を取り出してみた。著者ははじめにで世間の評価を別にして、自分の評価で文学作品を読む目を持ってもらいたくて、平成18年から20年にかけて仙台文学館で連続講座を持ったと書く。受賞したかどうかに関係なく「良い作品は良い」。それをもう一度読み直すのがこの本の趣旨だという。残念ながら筆者はこれらの12作品をほとんど読んでいない。芥川賞は今年で第140回を数えるが、去年の第139回・平成20年の上半期は『時が滲む朝』を書いた中国人の楊逸氏。外国人初の受賞だ。ごく最近では非漢字文化圏のイラン人の文学新人賞が決定したとのニュースも入っている。隔世の感を禁じえない。
 さて、芥川賞は昭和10年に文藝春秋社の菊池寛によって芥川龍之介の業績を讃え創設された。毎年上半期は7月、下半期は1月に発表されている新人登竜門の最も権威ある文学賞だ。その選考にもれた作品を読むのだ。なかなか意欲的な試みだ。筆者的に興味を引かれたところを本文から引用してみよう。

それにしても芥川賞の選評で「古風」と言われたら、二度と立ち上がるのは難しいくらいの、新人にとってはきつい言葉です。僕が小説を書きはじめた頃に「自分の作品は古風なところがあるから」と、ある編集者に弱音を吐いたら、その人が「自分から古風と言ったら、あんたはもう作家になんかなれないよ」と烈火のごとく怒ったんです。古風と言われるのは、作家にとっては一番屈辱的なこと。才能がないと言われるより大変なことなのかと思いました。

著者も書いているが、ここに取り上げた12の作品の作家は、最後の2人の戦後生まれの世代を除けば、戦前生まれの作家だ。否応なしに「戦争」の体験が小説に反映している。そこをどう読むかがキーポイントだろう。川端康成、小林秀雄、井伏鱒二、佐藤春夫、永井龍男、丹羽文雄、瀧井孝作、大江健三郎などの選考委員の言葉はその人なりの文学観を語っていて大変興味深いのだ。最近の選考委員には女流作家も入っている。筆者は特に北條民雄「いのちの初夜」、 小沼丹「村のエトランジェ」、吉村昭「透明標本」、萩原葉子「天上の花―三好達治抄―」くらいは手にとってみたい。著者のコメントも解りやすく、会場の参加者の声もよく反映している。ただやはり取り上げる作品にはどうしてもその選んだ人の意向が出る。この本は著者自身が読み込んだ愛おしい作品たちの開放である。未読の作品の概説も知りえて、一気に読めてしまう一冊だ。巻末の芥川賞候補作一覧も大いに参考になる。本文244ページ。
 ところで、佐伯一麦著『ノルゲ』はまだ読書の途中だ―。


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超人の面白映画観賞 キーラ・ナイトレイ主演『ある公爵夫人の生涯』

1007307_01「つぐない」、「ドミノ」、「プライドと偏見」、「キングアーサー」、「パイレーツ・オブ・カリビアン ワールド・エンド」などに主演した女優のキーラ・ナイトレイ。歴史ものから現代もの、アクションから文芸ものまで幅広く、しかも最近ではその演技にさらに磨きがかかってきたイギリスの人気女優だ。
『ある伯爵夫人の生涯』は、悲劇の死を遂げたダイアナ元王妃の先祖で美貌と知性の持ち主、ジョージアナ・スペンサーの愛を求めてスキャンダラスに生きる姿を描いた作品だ。ゴージャスなコスチュームが見物の映画でもある。数々の衣装部門の賞を受賞している。アマンダ・フォアマンの同名の伝記小説の映画化だ。
 最初にこの映画は実話に基づいていると字幕が入るところから始まる。物語の舞台は18世紀イギリス、貴族の娘ジョージアナ・スペンサー(キーラ・ナイトレイ)が母の命により大富豪のデボンジャー(レイフ・フィンズ)公爵家に若くして嫁ぐが、世継き(古くて新しい問題だが)を生むだけしか関心のない夫は、使用人に子を産ませたり、愛人を同居させたりと専ら下半身にしか興味がない。公爵夫人はそんな現実に悩み相談するうち政治家グレイと関係を持ち子を産むが、夫に許してもらえず(夫は恫喝に近い決定を下す)、相手の政治家の家に仕方なく引き渡す。やがて世継ぎの男子を出産、夫の告白を受け入れ思い止まり、社交界に愛人とともにカムバックを果たす。映画はここで終わる。そしてエピローグ。その後ジョージアナ公爵夫人は名社交界の立役者人として活躍、愛人も夫人が亡くなるまで同居し、夫人の死後その愛人は伯爵夫人に。一方、政治家グレイは後に首相になる。ときどき夫人はおしのびでその政治家の家に出向き娘に会っていたらしい。その娘は子供にジョージアナと名前をつけた。エピローグは人間のスキャンダラスな面が切り落とされ、その後のこの女性のしなやかな人生を端的に語る。そこには寛容の精神、否、宿命的なものが横たわっているようにみえる―。常人では理解不可能、イプセンのノラとはまた、違っていた。思い止まる場面に胸が詰まったのだ。キーラ・ナイトレイの特徴的な顔立ちとメイクそれに18世紀の衣装が映えた。伯爵夫人が子どもたちと遊ぶ場面や若い政治家と密会する場面など美しい田園風景は、映画「プライドと偏見」を思わせた。2008年イギリスBBC制作。監督ジョー・ライト、上映時間1時間50分。この日は夜上映だったからか観客が思ったよりずっと少なかった。その観客の大半はやはり女性客だった。
このキーラ・ナイトレイも胸の大きさに悩んでいるらしい。

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超人の面白読書 54 佐伯一麦著『芥川賞を取らなかった名作たち』

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佐伯一麦著『芥川賞を取らなかった名作たち』(朝日選書 2009年1月)は愛おしさに溢れている本だ。それはタイトルから何となく感じられる。芥川賞を取り損なった作家たちの12作品を賞の経緯、選評、著者のコメント、参加者の感想を入れた臨場感のある構成になっている。もとは仙台文学館連続講座の記録である。著者が講師でテキストを読み、その後参加者から感想を聞いたものをまとめ、著者がコメントする、時には編集者や現役の作家をゲストに招いて聞いたりとなかなか読みやすく、賞の内幕も覗けて面白い。〈続〉

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クロカル超人が行く 106 千代田区新丸ビル イタリア料理店『デリツィオーゾ フィレンツェ』

クロカル超人が行く イタリア料
東京千代田区新丸ビル5階にあるイタリア料理店『デリツオーゾ フィレンツェ』。"意外と素朴"それに気取らないメニューがモットーのトスカーナ地方の田舎料理が楽しめる店。新丸ビルが建て替えて新装オープンした2007年に出店。麻布、名古屋にもあって、今度は渋谷にも出店するそうだ。カジュアルっぽいイタリア料理店だ。味は素朴、量は控えめ、値段はリーズナブル、個人回りした店内はさすがに女性客で一杯。お一人様3800円のコースを選んで食した。ミネストローネは味が"見えない"ほど小さな器に少量のスープ、生ハムは美味、メインデッシュの白身魚は味薄、その前のピッツァのマルガリータはトマトソースがいい(実は多少残してしまい、お土産にしてもらって家で家人に食べてもらった。いわく、もちもち感の生地が美味と。ここではナポリ薪窯を使って本格的なピッツァを食べさせてくれる)、スパゲッティはまあまあ、そして甘さ控えめのデザートだ。食前酒の生ビールは普通より控えめの量、普通の店では小ビールだ。その後に頼んだグラスワインの赤ワインはピリッとした辛さが特に舌に心地よく美味―。すべては素朴、控えめのイタリアカジュアル料理だった。店名の『デリツォーネ』は英語でdelicious、おいしいという意味。ちょっと狭い感じだが、スタッフも明るく親切。スタッフの料理の説明は多少の書き物があれば不要。
営業時間: 平日 ランチタイム11:00〜14:00 デイナータイム17:00〜22:30 土日 11:00〜22:30。
住所: 千代田区丸の内1-5-1 新丸ビル5階 電話: 03-3211-8055  

200904111413000下記はこの店のコースメニューをHP: buona-italia.jpから引用。
コースメニューは ¥3,800 、¥ 5,800 でご用意しております。(税別)
(コースメニューはお好きなお料理をお選びいただくプリフィックススタイルです)
どちらのコースもお席料・パン代としてお一人様 ¥500 頂戴しております。
お越し頂いたお人数分、同じコースでのご案内となります。予めご了承下さい。
 
ANTIPASTO MISTO (お一人様一皿)
デリツィオーゾ風 本日の前菜盛り合わせ
<お肉・魚介・チーズ・お野菜等 5種の前菜盛り合わせです。詳しい内容はスタッフがご説明いたします>
*お召し上がりになれない食材等がある方は事前にスタッフまでお申し付け下さい。
 
PIZZE o PRIMI (ピッツァまたはパスタよりお一人様一品お選びいただけます)
マルゲリータ (水牛のモッツァレラチーズ・バジル・トマトソース) フィオレンティーナ (牛肉の煮込み・ホウレン草・リコッタチーズ・トマトソース)
イスキアーナ (小海老・イカ・ドライトマト・バジル・トマトソース) デリツィオーゾ (ゴルゴンゾーラ・くるみ・いちぢく)
メッツォメッツォ メッツォ〜上記のお好み2種のピッツァをハーフ&ハーフで〜

自家燻製カジキマグロとズッキーニ・フレッシュトマトのスパゲッティ
牛肉とポルチーニ茸 ボローニャ風ミートソースの自家製タリアテッレ
燻製豚ホホ肉とトマトソースのブカティーニ アマトリチャーナ風
自家製ジャガイモのニョッキ 4種チーズソースの窯焼き 白トリュフ風味
本日のリゾット(詳しくはスタッフまで)

PIETANZE (皆様で一品お選びいただけます)
本日入荷の鮮魚 トスカーナ風炭火焼き 季節野菜のグリル添え
   または
本日のお肉 炭火焼き ジャガイモのロースト添え
*こちらのコースのメインは皆様で一品お選び頂き、シェアして頂く形となります。
 

ANTIPASTI(お一人様一品お選びいただけます)
デリツィオーゾ風前菜盛り合せ
パルマ ランギラーノ村産生ハム"ピオトジーニ"19カ月長期熟成
イタリア産生ハム・サラミの盛り合わせ
カジキマグロのカルパッチョ仕立て タジャスカオリーブソース
季節の新鮮野菜とハーブのサラダ
牛フィレ肉のカルパッチョ ルーコラとパルミジャーノ添え
季節野菜のトスカーナ風スープ "ミネストローネ"
 

PIZZE o PRIMI (ピッツァまたはパスタよりお一人様一品お選びいただけます)
マルゲリータ (水牛のモッツァレラチーズ・バジル・トマトソース)
ナポレターナ(アンチョビ・オレガノ・ニンニク・ケッパー・トマトソース)
フィオレンティーナ (牛肉の煮込み・ホウレン草・リコッタチーズ・トマトソース)
ルスティカ(生ハム・リコッタ・パルミジャーノチーズ・トマトソース)
イスキアーナ (小海老・イカ・ドライトマト・バジル・トマトソース)
レジーナ(生ハム・マッシュルーム・モッツァレラチーズ・トマトソース)
デリツィオーゾ (ゴルゴンゾーラ・くるみ・いちぢく)
メッツォメッツォ メッツォ〜上記のお好み2種のピッツァをハーフ&ハーフで〜 マルゲリータ

熟成パルミジャーノのスパゲッティ黒胡椒風味
燻製豚ホホ肉とトマトソースのブカティーニ アマトリチャーナ風
自家燻製カジキマグロとズッキーニ・フレッシュトマトのスパゲッティ
牛肉とポルチーニ茸 ボローニャ風ミートソースの自家製タリアテッレ
自家製ジャガイモのニョッキ 4種チーズソースの窯焼き 白トリュフ風味
本日のリゾット(詳しくはスタッフまで)
 
 
PIETANZE (お一人様一品お選びいただけます)
本日入荷の鮮魚 トスカーナ風炭火焼き 季節野菜のグリル添え
日入荷の鮮魚と魚介類のトマト煮込み "ズッパディペッシェ"

狭山産銘柄豚 チェリーポークの炭火焼き
狭山産チェリーポークのロースト 白ワイン レモン ハーブのソース ミラノ風
国産牛ホホ肉と津軽鶏、伊産サラミ "ザンポーネ"、季節野菜の"ボッリートミスト"
牛フィレ肉のソテー  白ワインとポルチーニ茸のソース
 
 
DOLCE e CAFFE
こちらのコースは食後に自家製ドルチェとカフェをお選びいただけます
 

*御希望の御予算に合わせたお料理コースも御用意致します。
 詳しくは店舗スタッフまでお気軽にお尋ね下さい。

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超人の雑雑考考

 筆者は同時進行で読んでいる本を今最低でも10冊ぐらい抱えていて、しかもどれも停滞気味、やがては積ん読の運命になりかねないのだ。どうしてかとつらつら考えると、去年の晩秋頃フェルメールの自伝を読みかけたときから何となくおかしいのだ。先に進まなくなり、読み返すことしきり、あとは小雑誌を拾い読み程度でここ2、3ヶ月が過ぎてしまった。特に3月はテンションが低すぎた。寒暖の激しい月で体調もイマイチだったことや、また、ビジネスの盛り上がりもイマイチだったことも原因かもしれないと自己分析したりしている。何冊か鞄に入れて持ち歩いたりしているが、開いては多少読んで閉じる仕草を繰り返すあまり、雑誌など角が痛んだりして読了しないうちに雑誌自体が汚れてしまうのだ。その度にカバーを替えたりして手直しするのだ。別に焦ることはないが、義務感もない。ただ筆者の読書目標はある。それを無理せずに粛々と遂行するだけである。また読書の神様が降りてくるのをしばし待つとするか。
 ここまで書いて新書本を公園のベンチに座って広げた。すでに桜は葉桜、しかし今年の桜は寒さも手伝ってかよく持ったのだ。こんなことは滅多にないはずである。何せ2週連続で花見ができたのだから。多少不景気風を吹き飛ばしたというものだ。いつだったかの桜は満開の日に雨、翌日は風で一瞬のうちに散ってしまった。その花の儚さを今更ながら思ったのだった。

きれいだねとみる花のはかなさよ

桜サクラ華々しくも幹病んで

結局考えていた“さくら考”は書けなかった。

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クロカル超人が行く 106 横浜山手再訪 続

その横浜山手外人墓地。200904041535000
今日は土曜日なので、OPEN HOUSEといって募金をすれば墓地をコースに従って見学できる日。予定外に遭遇、早速いくらか募金して中に入った。資料館を200904041501000
一瞥してからコースを回ったのだが、なかなか誰々の墓とは判り難い。幕末・明治の時代に活躍した人々が眠る墓は日本の墓と違って趣きがあるのだ。最初の外国出身落語家ブラック、孤児院や学校の設立で日本の福祉と女子教育の黎明期に貢献したサンモール修道会、米ポトマック河畔への桜(NHKBSの番組「アゴラ」で現在のワシントンDC、ポトマック河畔の桜を放映していた)の移植に尽力した文筆家スキッドモア、新約聖書を最初に全文和訳したブラウン、200904041518000
日本最初の鉄道建設でモレルとともに働いた建築副役ダイアック等々。"in memory of〜"の文字が刻まれた、ごく最近の墓も散見された。元々は1854年(安政元年)ペリー艦隊再来の際事故死した隊員を横浜村の増徳院境内に埋葬したのが始まりらしい(財団法人 横浜外国人墓地の公開順路案内図を参照)。筆者は以前にこの墓地に埋葬されているらしい外国人を捜したことがあるが、何に関してか今思い出せないでいる。現在5600坪、2500の墓石数らしい。外人墓地に咲く桜もまた、映えるのだ。WONDERFUL ! 200904041503000_4Section_4

今や横浜山手の歴史散歩のセットメニューはユーミンの唄でも有名なレストラン『山手10番館』。200904041537000
フランス料理の「ハイカラ」コースは3800円、「赤い靴」コースは2700円そしてコーヒーは500円。今日は野外コースもあって若いカップルがちらほら。さすがレストランの中は満席、外で女性二人組が待っていた。岐路横浜元町商店街を歩いていたら、雨がポツリポツリそして終には本降り化した。

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クロカル超人が行く 106 横浜山手再訪

突発的な事故のため、急遽近くの医院へ。幸いにして1時間少しで治療完了。予定を変更して横浜山手にある神奈川県立近代文学館の「森鴎外展」を観ようと出かけた。しかし、この開催は残念ながら4月の下旬からでまだ始まっていなかった。それで近くを散策と相成った次第。神奈川県立近代文学館→大佛次郎記念館→港の見える丘公園→外人墓地→レストラン『ロッシュ』(ここで休憩。コーヒーとケーキを食した)→レストラン『山手10番館』。
この辺は桜の個人回りした名所があちこちにあるが、すべて追いかけていたら切りがないので横浜外人墓地、大佛次郎記念館付近などでパチリパチリ。
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超人の観桜礼賛

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ひょっとしたら今日、桜が満開―。
三越本店のショ―ウインド―、文京区の夜桜などなど。

願わくば花の下に君と遊ばむ寒いこの世を忘れし今は

缶チューハイ零すなオヤジ見てるぞと千鳥ケ淵も満員御礼

呑めや唄え花散る前に春謳歌

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超人のこぼれ話傑作集 タクシー無賃乗車

 今朝の毎日新聞社会面を読むと、JR品川駅から何と九州の太宰府ICまでタクシー無賃乗車をした49才の男性が逮捕されたことが書かれていた。しかも始めは鹿児島までと言ったらしく、タクシー運転手は九州の太宰府IC付近で事のおかしさに気づき、車内から通報したという。約1100キロ、約36万円をただ乗りしたのだ。
このような事件は過去にもあった。筆者の拙い記憶でその記事を再現してみよう。ある男性が大阪に行ってくれとJR東京駅八重洲口から真夜中にタクシーに乗車、途中高速道路のサービスエリアで丼物を食べ、その代金もタクシー運転手に払わせ、一路大阪に向かった。ところが、進路を京都に変更、京都に着くなり五条警察署へ行ってくれと頼まれ直行、そこで御用になってしまったという話。実はこの男性、元々服役中の身だった。乗車運賃約30万円がパー。この運転手はよほど堪えたのかその後出身地の新潟へ帰ってしまったそうだ。もうひと昔の話だが、当人に同情を禁じえない。

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超人のジャーナリスト・アイ 105 Earth Hour in Sweden

環境に配慮した運動: 80ヶ国、1400都市で1時間電気を消す、アースアワー実施。
スウェーデンでは―。
■英語版

27/03/2009
Sweden Falls into Darkness on Saturday
541640_353_250Before and during at the Royal Castle in Stockholm 2008
This Saturday night, between 8.30 and 9.30 PM, many Swedes will join others across the globe and switch off their lights. The Eiffel Tower, the Niagara Falls and the Swedish Royal Castle will fall into darkness for one hour to celebrate Earth Hour.

Earth Hour has so far attracted over 1400 cities in over 80 countries. In Sweden, as many as 156 Local Authorities are participating, with Gothenburg and Malmö taking the lead.


Swedish milk carton - usually white and green
Earth hour is supported by both private persons and companies. In Sweden even the milk cartons have gone black to show the support from the Swedish dairy industry.

Many commercial radio channels will stop their broadcasts for the duration of Earth Hour. In Stockholm, many landmarks such as the Castle and the Globe Arena will go dark. But the nation’s capital is not officially taking part. In an interview with Swedish Radio News Ulla Hamilton, City Commissioner for the Environment in Stockholm explained their position.

“We don’t think environmental issues should be made into some ‘one hour publicity stunt’ – these are questions that should be addressed on a daily basis”, said Hamilton.

The shadow Commissioner Yvonne Ruwaida, challenged Hamilton and said that Earth Hour was a marvellous chance to increase awareness of the climate problems, to influence politicians and create debate in society – and that to take Hamilton’s stance was childish and immature.

“It is good if people are aware of climate issues, but in that case they should be aware all the time and not just for one hour on a Saturday night,” Hamilton retorted.

Earth Hour started two years ago in Australia when Sydney went dark. Last year the manifestation attracted 35 countries and 50 million people, according to the World Wide Fund for Nature. This year a billion people are expected to take part – making it the largest worldwide manifestation ever.
-from the latest news of SR International-Radio Sweden

■スウェーデン語版

22:45 | lördag 28 mars 2009
En halv miljon släckte under Earth Hour

Mörkt på Stockholms slott. Foto: Anders Wiklund/Scanpix.
Världsnaturfondens kampanj Earth Hour märktes tydligt i Sverige enligt Svenska kraftnät.

Earth Hour innebar att Världsnaturfonden uppmanade alla runt om i världen att släcka ljuset under en timme under lördagskvällen i en manifestation för klimatet.

Svenska kraftnät, som sköter stamnätet för elkraft i Sverige, skriver på sin hemsida att man noterade en minskning i elförbrukningen som motsvarar att cirka en halv miljon hushåll i Sverige hörsammade uppmaningen.

Globalt deltog närmare 4 000 städer i 88 länder i Earth Hour - att jämföra med bara ungefär 400 förra året.

Bland platserna i Sverige som släcktes ner var förutom att Stockholms slott också Avenyn i Göteborg, Visby ringmur, Uppsala domkyrka och Gustav Adolfs torg i Malmö.
-nyheter från Sveriges Radio.

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超人のスポーツ観戦 WBC:日本-韓国優勝決定戦

 昨日第2回地域対抗戦・WBCワールド・ベースボール・クラシックの決勝戦で日本の侍ジャパンが5ー3 で韓国を降してV2を成し遂げた。3年前の王監督率いる日本は、最後は待ちというなかでの優勝を勝ち取った経緯はあったが、今回はなかなか強い韓国を相手にハラハラドキドキの場面があったにせよ、堂々の優勝だった。それにしてもだ、延長10回のイチローの一打にあれほど期待がかかった場面は他にないだろう。その彼が粘りに粘ってここぞという場面で打ったのだから、やはり千両役者。自分自身も神が降りてと言ったぐらいだから何かが働いたことは確かだ。これにあやかって日本の経済も元気を取り戻して欲しいものだ。筆者がここで書きたかったことは勝利の後の祝杯時の監督の一言だ。

3年前の王監督:
諸君はすばらしい。今日は思い切ってやろうぜ !

今回の原監督:
本当に君たちは―
強い侍になった。

それにしてももう一人の“一郎”は歯切れの悪い会見だった。

■下記はWBC英語版公式サイトからの引用。

2009年3月24日 18:34:00

Ichiro lifts Japan to Classic glory
After Korea ties it, country successfully defends its title in extras
By Barry M. Bloom / MLB.com

Ichiro hits a two-run single in the top of the 10th inning Monday. (Matt Sayles/AP)
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LOS ANGELES -- It was one of those games for the ages that will certainly grow in proportion with the passage of time.
One game, winner takes all for the second World Baseball Classic. A game at Dodger Stadium on Monday night that had more twists and turns than kabuki. The Japanese essentially had to win it twice.

"That was as much intensity as you've seen in a baseball game in a long time," Commissioner Bud Selig said after the four-hour spectacular ended with Japan besting rival Korea, 5-3, in 10 innings. "It was incredible. It was really amazing."

And so the Japanese are the champions once again, successfully defending their 2006 title.

This time they can thank old faithful Ichiro Suzuki for the victory. The 35-year-old Mariners right fielder snapped a 3-3 tie with a two-run single on an eight-pitch at-bat against right-handed reliever Chang Yong Lim with runners on second and third and two outs in the 10th.

Daisuke Matsuzaka was named MVP for the second consecutive Classic. He was 3-0 with a 2.45 ERA in this year's tournament, and he's 6-0 with a 1.95 ERA overall.

In three years, Matsuzaka has won the Classic twice, the Classic MVP twice and the 2007 World Series as a member of the Red Sox. Try putting that all into perspective.

"It's not something that everybody can experience, and it's not something that everybody can earn," said Matsuzaka, who defeated Team USA on Sunday night to put his country into the final game. "So I feel that I'm very lucky. I'm really thankful about the MVP. I didn't think that it was going to be me at all."

The Japanese figured that the victory was secured in the eighth inning, when Akinori Iwamura gave them a 3-1 lead with a sacrifice fly, coming after Seiichi Uchikawa was moved to third on Atsunori Inaba's double.

But the Koreans tied the score, 3-3, in the bottom of the ninth inning against hard-throwing 22-year-old Japanese right-hander Yu Darvish, who was brought in at the start of the inning to try and preserve Japan's one-run lead and the victory.

Japan manager Tatsunori Hara actually let left-hander Toshiya Sugiuchi go out for warmups before striding to the mound to call for Darvish -- all part of the usual Asian gamesmanship. He lifted Sugiuchi with two Korean left-handed hitters coming up, because "in the bullpen, the pitcher who was the best is the one I picked. That's why I picked him," Hara said.

It ultimately worked out, but not without a lot of trepidation.

Darvish was erratic, striking out the leadoff hitter, Keun-Woo Jeong, and then walking Hyun-Soo Kim and Tae Kyun Kim on nine pitches to put runners on first and second with one out. Darvish then struck out Shin-Soo Choo, who earlier in the game had homered. But Bum Ho Lee singled to left, driving in the tying run.

"I had a great opportunity in a game like this," Lee said. "I regret a little bit that we could not win."

The Koreans had their chance, but Young Min Ko then whiffed to end the inning with the winning run on second.

The game was played in front of a raucous crowd of 54,846, which set an all-time single-game Classic attendance record in the 78th game over the course of the first two tournaments. For the three games at Dodger Stadium, the crowds totaled 141,834 and the overall attendance for the tournament for 39 games was 801,408. Both were also new Classic records.

The fans, banging dueling orange and blue Thunderstix all night long, reacted to the ebb and flow of the game with incredible thunder and enthusiasm as the 48-year-old facility literally shook up and down when Korea scored that ninth-inning run.

"When I think about what we set out to do years ago, this is what we had in mind," Selig said. "Through all the years and all the conversations, it all crystallized in these moments."

Like the Yankees and Red Sox in the U.S., the Koreans vs. the Japanese has turned into the preeminent baseball rivalry on the international scene.

It was the fifth time in this Classic that the Asian nations had met, with the two teams splitting the first four games -- two in each of the first two rounds.

"I believe [after all this], we are the best two teams in the world," said Jung Keun Bong, Korea's starting pitcher on Monday night.

It may be hard to argue. Dating back to the '06 Classic, the Japanese and Koreans have met eight times. Three years ago, Korea won the first two games, but then was eliminated by the Japanese, 6-0, in the semifinal at San Diego's PETCO Park.

Japan went on to defeat Cuba in the final game and win the inaugural Classic, but that 10-6 victory didn't have the drama or intensity of Monday night's epic.

It seemed only fitting that for Japan, it would come down to Ichiro at the end. The first and most successful Japanese position to player to come to the U.S.

Darvish became the winner, because Ichiro just wouldn't give in during his climatic at-bat. There was apparently some confusion between the Korean bench, catcher Min-ho Kang and Lim, who was told to pitch carefully to Ichiro before giving up the single, but apparently missed the sign. Kang, 23 years old, had just come into the game an inning earlier.

"They did not convey signals well," Korean manager In-Sik Kim said. "The catcher understood the signs, but the pitcher didn't understand it very well. It was not to try to walk him, but to throw him a ball. If it did not work, then we would walk him. That was the strategy. So the pitcher and catcher did not communicate well. That hurt us in the end."

Asked with the crowd roaring on every pitch if he was able to take a Zen approach at the plate, clearing everything from his mind as he faced Lim with the championship on the line, Ichiro chuckled.

"I really wish I could've been in a state of Zen," he said. "But I thought about a whole lot of things. I kept thinking of all these things I shouldn't think about. Usually when that happens, I can't really hit. But I was able to hit. So I felt like I may have surpassed something in myself."

Great players are able to overcome such obstacles to accomplish great things. And so it came to pass that way on a memorable night that will only grow in the glow of history.

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超人の面白読書 53 白洲次郎著 『プリンシプルのない日本人』

200903221501000200903221502001今朝神奈川県大磯町にある『吉田茂邸』全焼とのニュースが飛び込んできた(このところ歴史的建造物の火事が相次いでいる)。火事の原因が漏電なのか放火なのかはまだ判明していない(家には鍵がかかっいたとの新たなニュースも報道された)。戦後の政治の裏舞台を演出した場所だけに貴重な文化財の損失だ。この『吉田邸』には幼い時に行ったことがある麻生首相も、非常に残念とテレビでコメントを出していた。筆者はかつて二三度この場所を"通り過ぎた"ことがある。
そしてもう一人、戦後史の重要な場面をこの邸の持ち主であった吉田茂首相と共にした白洲次郎―(白洲次郎もこの邸を訪れていた)。筆者はそのテレビドラマ「白洲次郎」をまだ第1回目だけしか見ていない(個人的な事情があって見れなかった)。今再放送に期待して続きを見たいと考えている。

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 3週間前に、青柳恵介の『風の男 白洲次郎』を面白く読んでちょっとした書評を書いた。そして続きを書こうと挿入された写真を何度か眺めた。終戦直後の白洲次郎、祖父の白洲退蔵、ユニークな父の白洲文平、ハイカラな自動車、終生の友人ロビンとのツーショット、新婚当初の正子夫人との写真、なかなかユニークな草案、ジープ・ウェイ・レターの図、吉田茂とGHQの高官との写真、S.G.ウォーバーグ社にある肖像画、play fastと書かれたTシャツ、三宅一生氏デザインの服をまとった写真、晩年の白洲夫妻などだ。写真も生きた証言になっているのだ。

 白洲次郎著『プリンシプルのない日本』(新潮文庫 平成20年11月20刷)は、著者自身が『文藝春秋』に発表したものをまとめたものの文庫化だ。戦後の1951年から約5年くらいの発言集だ。友人今日出海の野人・白洲次郎の巻頭から始まって、白洲次郎・河上徹太郎・今日出海の座談会「日本人という存在」で終わり、辻井喬のプリンシプルのあった人を加えている。ほとんどは時事的な問題に対しての白洲次郎の簡単にして明瞭な見解の軌跡である。講和会議に出席して(草稿文を英文から日本文に直して演説させた有名な話)、まっぴら御免、占領政治とは何か、プリンシプルのない日本、吉田茂は泣いているなど雑誌に書いた直言集。一読して痛快と言うか、非妥協的な産物が徘徊し、気に食わないから吼える、文句を言うなど直截的で解りやすいのだ。プリンスプルとは日本語で原理原則、あるいは筋を通すことだと言い、それを貫き通した英国風カントリージェントルマンを地で行った人だ。だから筋金入りの西洋かぶれだが、その生き様が面白く、現代に受けるのかも知れない。スケールの大きいな、時代を先取りした国際人だ。祖父銀蔵、父文平、正子夫人、そして吉田茂、役者に遜色はないのだ。だから面白い。小林秀雄、河上徹太郎、今日海、高見順、川口松太郎、大岡昇平、水上勉、中野好夫、千田是也などの文人との知己も多かったと解説で青柳恵介が書いている。茶坊主と陰口を叩かれても一向に気にせず、戦後のある時期日本の将来に賭けた男は、風の如く疾走したのだ。知り合いの作家には、なぜ直接自分の意見を言わない、とズバリと突き、日本人と議論していてしばとしばそのプリンシプルが解らないと言い、電力の問題や経済のこと、政治や社会、教育、それに憲法のことなどが語られている。吉田茂爺さんには特に思い入れが強かったようだ。とにかく白洲次郎言行録はおもしろい。
筆者が特に感銘を受けたシーンは、母の49日に兵庫県丹波地方にある菩提寺での納骨のシーンが書かれた文章だ。その日はちょうど台風の日でコンデションは最悪、母を想う白洲次郎と末妹の様子が珍しく湿り気を含んだ文章で書かれていた。
「葬式無用、戒名不用」の遺言2行が白洲次郎らしいと書いた作家・詩人の辻井喬氏は、2週間前の毎日新聞書評欄の好きなものコーナーで吉田茂の性格に言及して、こういう人も好きだと書いていたのが印象的だ。人間の出会いの妙を改めて想った。最後に筆者が知らないだけかも知れないが、彼が書いたキングス・イングリッシュを読みたいものだ。

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クロカル超人が行く 105 信濃路・安曇野再訪

春まだ浅い信濃路・安曇野市穂高へ。
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『ホースランド安曇野』に用事があって朝早く出た。途中相模湖付近で雨にあったが、長野県は曇りのち晴れだった。気温は10度前後、やや肌寒い、約5時間半、WBCの日韓戦第4戦が6-2で侍ジャパンが勝利した実況を聴きながら安曇野に到着。 馬に乗った女性は軽く一周して次のコースに行く予定だったが、ここでハプニングが起きた。乗っていた女性が急にひょいと飛び降りてしまったのだ。それは敏捷性のなにものでもなかった。馬を引いていたスタッフの男性は、思わずのたもうた、並みの運動神経じゃないね、と感心することしきり。この後、「大王わさび農場」、200903201326000_2200903201324000_2

「安曇野ちひろ美術館」200903201421000_2200903201422000_2200903201358001_2


を巡った。写真は春まだ浅い信濃路ドライブの軌跡だ。


信濃路はグズッた鼻に春とまり


安曇野のアートシーンも見もの。下記は「安曇野ちひろ美術館」にあった安曇野アートラインマップから。

彫刻家・高田博厚と森鴎外ゆかりの画家・宮芳平の作品などを所蔵、庭園のバラの花も美しい「安曇野市豊科美術館」、北アルプスや安曇野、高山チョウなどを撮影した田淵行男の作品が展示している「田淵行男記念館」、荻原守衛(碌山)も高村光太郎や戸張弧雁などの彫刻に出会える、つたのからまつ教会風の「碌山美術館」、ピカソ後のフランス画壇を支えるジャンセンの代表作、バレリーナ・ベニスなと700点を展示、併設はカシニョールの「安曇野ジャンセン美術館」、壮大で幻想的な黒と金の作品世界、その漆芸の高橋節郎の作品群を展示、生家も公開している「安曇野高橋節郎記念美術館」 、ガラス工芸家・エミール・ガレの作品を集めた「安曇野アートヒルズミュージアム」、独創的な彫刻家・飯田善國の彫刻をはじめ若き日の油彩絵画も観られる「IIDA・KAN」、絵本の企画展で人気の「絵本美術館森のおうち」、東山魁夷心の北欧、アンデルセン初版本、デンマークの王立陶磁器などを展示している「大熊美術館」、安曇野にゆかりの深い奥田郁太郎、小島孝子、山下大五郎らの作品と会える「池田町立美術館」、世界で唯一とんぼ玉と江戸ガラスの常設展示している博物館は唐松林の中に蔵造で建つ「とんぼ玉美術博物館」、いわさきちひろ、世界の絵本画家、絵本の歴史出会える「安曇野ちひろ美術館」、大下藤次郎の「六月の穂高岳」など山岳を描く画家の作品などを集めた「市立大町山岳博物館」、白馬に魅せられた中村琢二、高田誠、田村一男、田中春弥、池田満寿夫など画家70名の油彩・水彩100点余を展示している「白馬三枝美術館」、そしてマルク・シャガール版画専門美術館の「ラフォーレ白馬美術館」

帰りの高速道路でのある目撃。
豊科インターから入り程よく走って諏訪湖サービスエリア(ここで買った蕎麦は大当たり)で休憩した後、一路八王子インターを目指した。標高600メートルくらいから下る車線は、それほど車の量が多くなかったせいもあってか、スピード感溢れるスリルが楽しめた。車は山梨県に入った。しばらく何台かの車が追い越したり追い越されたりのカーレースの状態が続いた。ふと左脇を通り過ぎた黒の山梨ナンバー、何だか青い制服着用のドライバーに見えた。はて?もしかしたら? 同乗人二人が異口同音に言った。あっ、覆面パトカー! それから例の意味ありげな黒い車は右側車線に進路を変え、先方を突っ走っていった。獲物を探すハンターよろしく・・・。あれっ、あの車見えなくなったと車内ではしゃぐ筆者たちに場面は急展開、いつの間にか左端に例の黒い車が停まっていて、その前に群青色の車があった。今度はやはり制服姿の警官が外にいて、何か話している様子が見て取れた。言わずと知れたスピード違反、カモがいたわけだ。高速道路の看板には覆面パトカー出動中、くれぐれもスピードを落として走行して下さいの文字が書かれていたのにだ。よくあるケースと思うが、罰金は25000円? モッタイナイ、アー、モッタイナイ。周りを気にしながらスピード調整をしていた我らのドライバー曰く、捕まる瞬間を見たかったと一言―。
一般道路も混んでいて、結局往復約12時間のドライブ、ドライバーは疲労困憊のはず。本当にお疲れ様でした。


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超人の面白ラーメン紀行 115 京都市中京区『麺屋しゃかりき』

200903132101000_2阪急四条大宮駅で下車しタクシーで少し行った、四条大宮の交差点あたりにある『麺屋しゃかりき』(中京区聚楽廻東町3-9) 。カウンター(24席)中心の店でテーブル一席しかない個人まわりとした店だ。京都が地元の友人A氏お薦めの店で、さあ、京都へラーメン食べに行こう、とどこかのキャンペーンにあやかって暖簾を潜り、カウンターに座り、瓶ビールの大ビンで乾杯し特製ラーメン(750円)が供されるまでは良かった。万事は期待の中にあったのだから。さて、期待のラーメンか運ばれた。記念にぱちりと撮り終えた後レンゲでスープを一啜り。筆者には多少温い、やや白濁、味も煮干と豚骨の混ざったWスープだがこれまた、こってり系醤油味だが魚系が多少強く違和感があった。この辺は好みで評価が別れそうだ。どちらかにしてくれと叫んでいるようなものかも知れない―。麺はやや太くストレート系、トッピングのチャーシューは柔らか、もやし、ねぎ、メンマそれに半熟玉子もそれなりだった。
見渡せばこの店の特色でもある「つけそば(醤油、塩、味噌)」を食していた人たちが多かった。筆者はつけ麺にはまだ馴染めない一人だ。ところで、友人A氏は豚骨系が好み、ラーメンを啜りながら違う、違うと頻りに舌打ちするのだった。これは好みだからいた仕方がないと筆者の窮した返答。客は並んでいた。
最新のラーメンランキングによれば、この店は8位、昨日書いた『本家第一旭たかばし本店』は7位、因みに一位は北円町にある2009年2月17日オープンした『山崎麺二郎』(店主は大阪上本町『麺乃家』で修業したらしい)。
『麺屋しゃかりき』1.スープ★★2.麺★★3.トッピング★★4.接客・雰囲気★☆5.価格★★

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クロカル超人が行く 104 京都木屋町 ヤポネシアンカフェ・バー『八文字屋』

200903112250002京都は木屋町にあるヤポネシアンカフェ・バー『八文字屋』。店主は写真家("表情"の写真家 ! )でなかなかユニークなキャラの持ち主だ。作家の水上勉や小田実が愛した店で、最近では芥川賞作家(?)の舞台になったりしている店だ。学者先生や外国人、文化人が常連客みたい。なぜか京都のど真ん中で大分の話。写真は異次元空間の二コマ、三コマ。200903112250000200903112250001
優しい店主は横山りえ(「新宿泥棒日記」の主演女優)200903112231000
の写真も見せてくれた。この夜は龍谷大の先生2人(1人はフランス人)、フランス人アーチストの男女、天台宗東泉寺(大分県国東市)の若い住職他と邂逅、フランス語が咄嗟に出てこなかったのが残念。言語野回路がアルコールで侵食されたのかもしれない―。
追記。ちょうど東京駅周辺で食事していたときに、その横山りえ女史から電話があった。店に来てよぉ-だと。お相手の男性は田舎の書斎から横山りえが載っている雑誌「映画芸術」のバックナンバーをつい最近持ち帰っていた。以前にその店に行って横山りえ女史に約束していたのだ。さて、どないしよう ? (2009年3月28日 記)

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超人の面白ラーメン紀行 114 京都市右京区『本家第一旭たかばし本店』

 本家第一旭たかばし本店。筆者はたまたま京都駅烏丸口で降りたため、八条口方面に徒歩で橋越えを試みた。途中確かこの辺に有名なラーメン店があったはずと考えて歩いていたら、あったね、第一旭本店が。時計の針はすでに午前1時を指していた。30代の頃に食べて以来だから大分経つが、残念ながら当時の様子が浮かばなかった。客入りはまあまあ。カウンターに座りメニューを見てラーメン(600円)を注文。しばらくカウンターから彼らの仕事ぶりを拝見していたが、老舗のラーメン店とあってかスタッフ4名の注文さばきは手際よかった。そんなに広くない厨房ではスピーディー、正確さが命取りということがひしひしと感じられた。麺を茹でる釜のでかいこと、一遍に何人か分を茹でるが、今は小さなザルに麺を入れて茹でるのが主流、珍しい光景だった。チャーシューは機械で細かく薄く仕上げるため、担当スタッフは機械の調整に余念がなかった。もちろん肉の切れ味も大事な要素なのだ。ラーメンが出て来た。ねぎともやしがてんこ盛り、一瞬むしろどんぶりが小さいのではと思いたくなるほどの量だ。しかも麺が隠れていてみえないのだ。箸で掻き回してやっとみえる。麺はストレート系中細麺。スープはあっさり系の醤油味、支那そばのそれとも微妙に違った。トッピングはもやしとねぎに大方スペースを奪われ、細切れのチャーシューは申し訳ない程度だったが味は美味。メニューは特製ラーメン(750円)、680g10883_3
メンマラーメン(650円)、肉なしラーメン(450円)、ギョウザ(250円)など比較的少ない。
京都下京区『本家第一旭たかばし本店』1.スープ★★☆2.麺★★★3.トッピング★★★4.接客・雰囲気★☆5.価格★★★

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大正は遠くなりにけり―ある死 その2―

M男による回想記。
 大正時代は15年続いた。西暦では1912年から1926年までだが、第一次世界大戦、ロシア革命、国際連盟設立、米騒動や関東大震災と大きな出来事が内外にあった時代。しかし、大正デモクラシーといった自由を謳歌した時代でもあった。

 そんな時代に東北の南端近くの一村で生まれた藍子叔母(仮名)は、その生涯のほとんどを田舎で暮らした。昔百姓バッパと帯に書かれた『洟をたらした神』の吉野せいも大雑把にいえばこの地域だ。その帯を書いた草野心平が通った小学校はこの叔母の家から畦道を通ってすぐ近くにある。校庭の端には心平自身が作詞した校歌が刻まれた石碑が立っている。M男は子ども時分に盆暮れの使いにその藍子叔母の家によく母に連れられて行ったものだ。バスは田舎の砂利道を揺れながら走って30分、バス停「S原入口」で降りる。そこから単線の磐越東線の踏切を跨ぎ砂利道を10分くらいほど歩くのである。周りの田んぼや人家、そしてその小学校を過ぎたあたりから左手前の方のやや高台に人家が見えてくる。あー、やっと着いたと脇に抱えた風呂敷に包んだ赤飯の入った重箱を多少直すのだ。親戚の家が近づいたのだから当然の行為だ。母は体格が良かったせいもあり、えらくのんびり歩いていたような記憶がある。勿論自分もこの先の山間の出身だったからこの辺の地理に昔から詳しかったのかも知れない。その母も百姓バッパだった。そうして叔母の家が牛と馬それに鷄など(確か他の家畜もいたはず)の鳴き声や牛糞に迎えられて辿り着くのだ。左隣の家は目印になるくらいの立派な何某さんの蔵と母屋であった。その叔母の家も隣に劣らず新宅や馬小屋などもあって広かった。確か家に入って右手奥には小川が流れていたが、そこは米を磨いだり洗い物をしたりする貴重な洗い場だったが、少し先に上れば澄んだ小川で鮒などの川魚が泳いでいるのが見えたものだ。そう言えば、明治生まれの眼光は鋭いが蟹股歩きの厳しい爺さんがいた。名前は良何某。
藍子叔母の家では米や麦それにトマトなどの野菜類だけではなく梨や桃も作っていて、収穫後は叔母自らそれらを入れた籠を背負い町に出て売り歩くのである。今でも都会でそういった光景を総武線の朝一番の電車の中で見かけるしまた、有楽町や神田駅ガード下におばさんたちが野菜などを並べて売っている姿がときどき目に入るけれども、藍子叔母もT駅近くの路地で同じような商いをしていた。M男は中学か高校時分にその姿を間近で見て今でも目に焼きついている。長年の半農半商の職業病か、M男が冠婚葬祭などで実家に帰るたびに、藍子叔母の腰が少しずつ曲がっていると見て取れた。家族を養うためにがむしゃらに働いたのかも知れない。そもそも明治17年生まれの父(M男からみれば祖父)と嫁いだS原の家から歩いて30分くらいのK地―ここも親戚まわりのコース、このS原の叔母の家に寄ってから行くのが常だった―の出のやや神経質で喧しい母(M男からみれば祖母だがM男が1歳のときに亡くなっている。当然M男には祖母の記憶がない故、祖母の性格などは母からの伝聞)の第3子(長男はM男の父親でその下に次男、三男、次女の家族構成)、長女として叔母は生まれた(幼子が2人いたが生後何ヶ月でなくなっている)。その大正時代の田舎の日常はどうだったか。いつだったか―祖父や父や母の葬送の時だったかも知れないが―M男はそんな小さい頃の話を多少聴いたことがあったが・・・。

 その藍子叔母が去る3月3日のひな祭りの日に亡くなった。享年87歳。(但しM男の記憶が正しければの話)。関係者の話では急死だという。生真面目な夫に、娘二人にも先立たれた叔母はさぞ悔しかったろうと察するに余りある。今となってはM男にはご冥福を祈るしかない。M男はそんな叔母にほろ苦い思い出がある。その昔学生時代だったから(M男は貧乏学生故にアルバイトで多忙)大昔になるが、何かの席でたまたま隣り合わせになり、M男ちゃん、今度何か送るよねと言ってくれた。ここまでは話が聞けるのだが。このあとが大変だった。M男はずっとそのことを忘れていた。ある日旧国鉄のH貨物所から手紙が届いた。その文面には駅止めの荷物預かりと書かれていた。確かすぐにその荷物のある場所に引き取りに行ったのだが、開けてビックリ、なんと、なんと梨一箱が無残な状態になっていた。腐っていたのである。もう何日も置き去りにされたままだったのだ。いや、何ヶ月かも知れなかった。今思い返してみれば、荷物は一旦M男のアパートに運ばれたが留守で戻されたか、あるいはもともと駅止めの荷物で取りに行かなければいけない荷物だったのだろうか。記憶は薄れて曖昧さだけが残るのだ。当然母に叱られた。もう大分昔だ。藍子叔母には大変申し訳なく、一生悔いの残る恥ずかしい話だ。最後に帳消しの意味も込めて藍子叔母が最近といっても何年か前に(母の葬送のときか)、母と泊まり込みで田植え手伝いに来てくれたねと昔を思い出すように言ってくれたことだ。当時は手で植えていたので、子ども(確か小学4年生くらい)が大人に追いついていくのがやっと、泥かぶりは避けて通れなかった。今となっては懐かしい農作業だ。その藍子叔母はもういない。合掌。

雛祭り"桃梨"飾って叔母葬送

付記。藍子叔母は、若い頃は文学少女だったと告別式のメモリアルビデオで初めて知った。その下の叔母は三野混沌・吉野せいの子どもを知っている。筆者はその昔三野混沌の詩集を今は廃業したM書店で手に入れたことがある。立派な金文字「否」が輝いている表紙の詩集は筆者の書棚にひっそりと今も並んでいる。藍子叔母は大正時代の白樺派の作家の影響を受けたのかしら?ちょっと訊いてみたかった・・・。(2009年3月11日 記)

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春、一句

春雪や路地入る女性(ひと)の慌て声

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超人の面白読書 52 青柳恵介著『風の男 白洲次郎』

 NHKドラマスペシャル『白洲次郎』が昨日2月28日に放送された。白洲を伊勢谷友介、妻の正子を中谷美紀、白洲の父親の文平を奥田瑛二、吉田茂を原田良雄、近衛文麿を岸部一徳など豪華キャストで白洲次郎とその周辺を描いた。第1回目は「カントリージェントルマン」。全3回でこのとてつもない人物と周辺を描くことが並大抵ではないことは容易に想像がつく。やはり脚本家の視点が問題だし、どうこの人物をデフォルメするかがポイントだろう。第1回目はテンポも速く、豪華キャストの演技にも迫力があったようだ。来週の土曜日、第2回目のタイトルは「1945年のクリスマス」。この題名はどこかで聞いた。あの白洲次郎と同じ時期にGHQにいて女性の権利を憲法に盛り込んだベアテ・シロタ・ゴードン女史の書いた本と同名だ。

Img062青柳恵介著『風の男 白洲次郎』(新潮文庫 400円)をここ2,3日で読んだ。今やいろいろと伝説化された人物「実業家!白洲次郎」の評伝だ。中学時代のワルガキ時代、イギリスのケンブリッジ時代、白洲商店の倒産で帰国、ジャパンアドバタイザーの新聞社や商社の役員時代、政界との付き合いの時代、鶴川村での百姓時代、戦後の占領期時代、電力会社会長時代、武相荘、ゴルフクラブの理事長時代の晩年と一応区切ることはできるが、その83年の彼の生涯はドラマチックだがスマートな英国紳士風の魂(オックスブリッジの教養)を身につけて実戦したとも理解できる。と同時に、そのものさしにもはみ出る、ある時代の申し子を読み取らざるをえないようだ。戦前・戦後のある時期はまさに乱世、その時代をこの本の題名にもなっている“風の男”として疾走したのだ。それはパトスのなせる業なのか、人の繋がりを大事にするエトスとデモクラテックで合理的な思想をも持ち合わせたおよそ日本人らしからぬ「国際人」であったからなのか、いや、両方だと思うのだ。また、彼のユニークなキャラクターとスタイルも絵になり人をひきつけて止まないのも人気の秘密かもしれない。日本人ばなれした風貌に英国仕込みの服装とマナー、大正・昭和時代の先駆的なカーマニア、最後にはとうとうトヨタのニューソアラ開発のアドバイザーまでやってしまうかと思えば、最初にジーンズをはいた男はこれもまた、オシャレか、三宅一生のファッションモデルにもなるし、なかなかカッコいい、それでいてキングスイングリッシュが身についていて(10代後半から大学院まで9年間英国滞在)、戦後の占領期時代のGHQの将校に英語が堪能と言われて、その相手にあなたももっと勉強したらこうなるとからかったほどの人物なのだ。昔ワルガキだけあって喧嘩も強いときている。何て言うかな、やんちゃなダンディズムを地で行った人だろう。

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超人の面白映画観賞「ホルテンさんのはじめての冒険」

200902281846000何と静かでほのぼとした冒険だろう ! これが筆者のこの映画を観た直後の感想だ。映画制作が個人的にならざるをえないのが北欧映画の特徴とこの映画のベント・ハーメル監督(『酔いどれ詩人になるまえに』などの作品がある)が新聞のインタビューに答えていたが、事実、ストリンドベリィのセリフが出てくるあたりは19世紀の心理劇や北欧リアリズムの流れを汲んでいるのかと想像もできるが―。
 物語はベルゲンの真面目な鉄道員トッド・ホルテン氏が定年を間近に控え、いつものように機関士として勤める鉄道会社に朝早く出かけるところから始まる。トンネルの多い線路を同僚と運転、もうじき定年だねと同僚に尋ねられ、その時はオスロへ飛行機旅行すると答えるホルテン。定年後のことについていくばくかの戸惑いの表情を隠せないのが読み取れる。永年勤続表彰を受けた夜あたりからほのぼの冒険が始まる。歯車が狂い始まるのだ。その夜は定年祝いをしてくれる職場仲間の部屋に葉巻タバコを買いに出かけて戻ると、彼の部屋の暗証番号を忘れてパーティ会場に入れず、階段でのぼるも下の階の別な部屋に辿り着き、その部屋で小さな子どもに掴まってしまって、とうとうパーティには行けず朝まで過ごしてしまう。職場の仲間はホルテン、行方不明と叫ぶ―。おじさんの小さな小さな非日常、アバンチュール。そこには若い時代の華やかさやはない。あるのは多少危なげな冒険があるだけだ。友達を空港で探すが怪しまれて取調を受ける場面、ヨットを売る話、スキージャンプの選手だったが今や痴呆の老母を見舞う場面、通りすがりの酔った自称元外交官を助けて彼の家に行き、明け方目隠しして運転するという無謀ドライブをした、その酔いどれの彼がドライブ中に心臓麻痺を起こして死亡、連れてきた犬と逃げ出す場面等々怪しげな冒険が続く。最後に機関士時代に常宿にしていた女将と駅で再会、ここでこの映画は終わる。何とももの哀しい映画だ。ほの暗いのだ。人生とは、定年とはと問いかけてはいるが、そして静かでほのぼのとした温かいこともいいが・・・。欲を言えば、昼の世界、明るい方ももう少し観せて欲しかったと筆者は思うのだ。上映時間、90分。

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クロカル超人が行く 103 「足尾銅山の今昔―江戸・明治から世界遺産申請まで―」展

2009022810400006日振りで晴れ渡った今日、金沢文庫から関東学院大学釜利谷校舎へ急いだ。ある先生が奔走してできあがったプチ企画展が開催され、その初日の講演時間が差し迫っていたからだ。

関東学院創立125周年記念特別講演会 講師: NPO法人「足尾歴史館」副理事長小野崎敏氏 「足尾銅山の今昔―江戸・明治から世界遺産申請まで―」

1.足尾銅山の歴史
2.足尾銅山に導入された先端技術
3.足尾公害と対策の歴史
4.松木地区緑化事業の歩み5.近代化によるエネルギー消費量の歴史的推移
6.私の試行

上記は小野崎敏氏の講演の要旨だが、天文19年(1550年)、足尾銅山が発見される、明治10年(1877年)市兵衛が足尾銅山を買収、明治17年(1883年)、この年日本一の産銅量となる、明治29年(1896年)渡良瀬川の大洪水で鉱毒問題が沸騰、明治32年(1899年)田中正造一行が鉱山視察、明治34年(1901年)田中正造、明治天皇に操業停止を直訴、昭和48年(1973年)足尾銅山閉山、 平成1年(1989年)精錬所の操業停止などを記した年表、産銅量や労働者数の推移を示した統計それに投入された先端技術一覧が理解度を深め、分かりやすかった。2、3の興味ある質疑応答があってこの講演会は終了。その後場所を小講堂の展示会場へ移して小野崎敏氏の説明を聞いた。何せ「足尾歴史館」の三分の二をここに持ち込んでの開催、「足尾歴史館」の方はやむなく休館中だと小野崎氏。半ばY先生の腕力に呆れていたが、嬉しいそうでもあった。古河家から借り受けている屏風、足尾の全体の写真200902281212000_2、公害対策、田中正造が現地見学した写真など貴重な品々がずらりと並べられていた。また、夏目漱石、田山花袋、吉屋信子、芥川龍之介、志賀直哉、碧吾洞など文学者にも馴染み深いのだ。200902281247000_2
ここで特に興味深かったことは、講演で小野崎氏も触れていたが、関東学院初代院長の坂田祐先生が青年時代足尾銅山で働いていたこと、二宮金次郎が助言して本格的な銅の採掘200902281241000
が始まったこと、ソニーの井深大の父親、志賀直哉の祖父、東京芝浦製作所の創業者、足尾鉱山経営者古河市兵衛と渋沢栄一の関係、鉱山技術はもちろんのこと電力、鉄道や電話の敷設など最先端技術の導入、そして足尾公害、クロカル超人が行く 足尾銅山展
それは江戸時代からあって、当時幕府は利根川を銚子方面に方向を変えたこと等々貴重なお話や写真を拝見したことだ。今はその足尾の山に100万本の植林をする運動を展開中(まだ十数万本らしいが)だそうでまた、環境遺産として世界遺産登録を目指しているらしい。 筆者はこの趣旨に賛同、署名用紙にサインした。まだ足尾に行ったことがないので、これを機会に近々訪ねてみたい。
「足尾銅山の今昔―江戸・明治から世界遺産申請まで―」展は関東学院大学釜利谷小講堂展示室で3月28(土)から3月3日(水)まで4日間開催中。午前10時30分から午後4時まで。無料。展示会場までの交通アクセス。京急金沢文庫駅から関東学院大学行のバスで終点の関東学院大学下車、展示会場の関東学院大学小講堂まで徒歩約8分。

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超人の面白映画『おくりびと』

200902241047000_2今俄然ホットな話題は昨日アカデミー賞外国語映画賞を受賞した『おくりびと』だろう。用事で通りかかった有楽町マリオン。アメリカのマスメディアもサプライズと予想外の報道を伝えていたが、ここにも予想外、否、想定内か、中高年の人たちの列が早速できていたのだ。丸の内ピカデリーで上映中の『おくりびと』を観に集まった人たち、その数ざっと300人くらい。“中高年ミーハー”健在の光景か―。


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かつおくんリポート続 2009

200902191908000_2新物の千葉産の生かつお。一柵30%引きでゲット。233円。多少硬かったが、味はまあまあ。値段が手頃なのがいい。話はかわるが、2、3日前に鰹削り器(木製)を購入した。つい先日鰹節を久しぶりに食べて味を見直した。で、本格的にやってみょうと考えてのことだが、噺家の誰かもそれらしき物を持ち歩いては、そばなどに鰹節を入れて味を楽しんでいるらしい。鰹の塊を買わなくちゃ。

追記1.千葉産生かつお。一柵、346円。やわらか、味もまあまあ(2009.2.22)
追記2.千葉産生かつお。一柵、344円。まあ。(2009.2.25)
追記3.三重県産生かつお。一柵、580円。こりこりしていて美味。(2009.2.28)200902282040000
追記4〜6.千葉産、三重産生かつお。平均350円前後。こりこり系。値段表示のラベルを紛失したのだ !
追記7.紀州産。生かつお。一柵。大きめ。680円。やわらか。(2009.3.14 )
追記8.勝浦産。生かつお。一柵。小さめ。680円。多少硬め。味はまあまあ。(2009.3.28)200903281343000_2
追記9.鹿児島産。生かつお。一柵。860円が100円引き。味はまあまあ。(2009.4.12)
追記10。紀州産。生かつお。一柵。598円。多少硬い。まあまあ。(2009.4.18)
追記11。鹿児島産。生かつお。一柵。480円。小ぶり。まあまあ。(2009.4.22)
追記12。鹿児島産。生かつお。一柵。480円。まあまあ。(2009.4.23)
追記13。勝浦産。生かつお。一柵。492円。色味ともまあまあ。(2009.4.29)
追記14。千葉産。生かつお。一柵2ヶ入り!。698円。思ったほどではなかった。
追記15。千葉県産。生かつお。一柵。698円が半額。色味とも今年一番。美味。(2009.5.14)
追記16。千葉産。生かつお。皮つき。498円。まあまあ。(2009.5.19)
追記17。千葉産。生かつお。一柵。背。598円。やわらか。美味。(2009.5.25)
追記18。宮城産。生かつお。一柵。背。380円。小振り、鮮度イマイチ。(2009.6.3)
追記19。千葉産。生かつお。一柵。380円。まあ。(2009.6.6)
追記20。千葉産。生かつお。一パックに2つ。580円。小振りだがやわらか。美味。(2009.6.19)
追記21。福島産。生かつお。一柵。皮付。398。美味。
追記22。福島県いわき市中乃作産。いわき駅近くの「スズキ水産」で゙購入。生かつお。一柵。1050円。高いが色艶柔らかさ良く、超美味。(2009.7.4)
追記23。宮城産。生かつお。一柵。380円。最後の一つをゲット。色艶多少悪かったがまあまあ。(2009.7.3)
追記24.千葉産。生かつお。一柵。396円。小振り。高い!
追記25。宮城県気仙沼産。生かつお。一柵。485円。小振り。やや高。味多少落ち。

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学術先端情報―学術情報誌「CPC Journal」の最新号紹介     

2009年第1号 特集: ライブラリアンは今 知の交流発信地のめざすもの

目次Img059_cpc1
■インターネット環境下における原資料―憲政資料を例に― 国立国会図書館政治史料課長 堀内 寛雄Img048_horiuchi
■地方図書館をめぐる現状 いわき市立いわき総合図書館長 小宅幸一Img052_oyake
■「民間」公共図書館の可能性 国立国会図書館電子資料課長/前東京都千代田区立千代田図書館長 柳与志夫Img053_yanagi
■「日米韓」の図書館を訪問して 滋賀県愛荘町教育長/前愛知川図書館長 渡部幹雄Img056_watanabe
■私説「いちばん病」 シカゴ大学図書館日本研究上席司書 奥泉栄三郎Img058_okuizumi
■文化としての科学を求めて 大分「児童文学と科学読物の会」代表 辛島泉
■特集寸想 小浜傳次郎Img057_obama


  文化としての科学を求めて
大分「児童文学と科学読物の会」代表 辛島 泉

最初の科学読物『訓蒙究理図解』
 我が国最初の科学読物(子どもの科学の本)は、『訓蒙究理図解』と云われている。著したのは、啓蒙的洋学者として知られる・・・というより、あの一万円札の福澤諭吉翁ときいて驚く人も多い。諭吉の数ある著作の中でも、自然科学に関するものはこの一冊だけ。ほとんど世に知られていない小編である。訓蒙とは、子どもや初心者に教え諭すこと。究理とは、科学全般、特に物理学のことを指す。諭吉は、我が大分県ゆかりの人でもある。
 『訓蒙究理図解』は、1868年(明治元年)に出版された。彼は何故「科学」の必要性を説いたのか。幕末から明治初期の激動の時代にあって、日本が国際社会の中で生き残っていくのに、「科学」に基づいた論理的思考が不可欠であると考えたからである。彼は欧米から持ち帰った数冊の物理学の原書を参考に、身の回りで起こっている自然現象の成り立ちについて、初心者に分かるようにやさしく解説した。物理学を重視する理由として、真に大切なことは単に知ることではなく、理解することである。この理解するという思考の仕方を、物理学を学ぶことで体得せよとすすめている。
 当時から140年を経た今日、果たして諭吉が描いたような科学の基本的原理原則を理解するような教育が我が国でなされているだろうか。私たち大人の中に、論理的思考や科学的素養(科学リテラシー)は根付いているだろうか。
科学リテラシー調査が問いかけるもの
 2007年12月OECD(経済協力開発機構)が発表した15歳児を対象とした国際学習到達度調査によると、日本は57か国・地域中、理科の知識に対する得点は5位前後だったが、「科学への関心」に関しては最下位というショッキングな結果だった。例えば、「科学の本を読むことが好き」は36%、「科学に関するテレビ番組を見たり、新聞や雑誌の記事を読む」は8%、理科の授業について「クラス全体で討議する」は4%で、いずれも最下位というお寒い状況。つまり、理科の得点はそこそことれても、科学が自分や人間社会の中でどのように大事な役割を持っているのか、なぜそれを学ぶ必要があるかが分かっていないと云えよう。勿論、その理由を子どものせいにはできない。なにしろ、18歳以上の大人の科学技術基礎概念の理解度調査(2001年)の結果は、日本は17か国中13位という結果だったのだから。諭吉の慨嘆の声が聞こえて来そうである。
大人の文化の中で科学が心を捕えるものでないなら、子どもに面白さが伝わる筈がない。
大人が子どもの科学の本を読む
 科学が苦手という人に、私は子どもの科学の本(科学読物)をすすめることにしている。
科学読物は、大人にとっては格好の科学入門書であり、科学啓蒙書にもなる。科学読物は、概して段階を追って簡潔に事実や本質が述べられているので読み易く、理解しやすい。薄いし、ビジュアルなので楽に読める。同じテーマの本を何冊か読めば、基本的な知識を手に入れることができ、知らないことを知る喜びを与えてくれる。
 この程、待望久しかった2冊の科学絵本が再版された(何でもノーベル賞効果だとか)。『小さな小さな世界―ヒトから原子・クォーク・量子宇宙まで』『大きな大きな世界―ヒトから惑星・銀河・宇宙まで』(共に、かこ さとし作/偕成社)は、私達を小さな小さな量子宇宙の世界から、大きな大きな宇宙まで連れていってくれる。想像力に導かれて、10の-35乗mから10の27乗mの世界まで旅することができるのである。開く毎に新しい発見があり、何度読んでも飽きない。
 科学リテラシーを養うため、大人が子どもの科学の本を読むというのは如何だろう。
児童文学と科学読物の会の活動
 子ども達が物語絵本や児童文学を楽しむように、科学読物にも親しんでほしい。そんな願いをこめて、「児童文学と科学読物の会」は1991年に発足した。来年20周年を迎える。「子ども達と(・)科学の本の楽しさを、科学する喜びを」がモットー(子ども達にではなく、と(・)としたところがミソ)。
 子どもたちは出会う機会さえあれば、科学読物が大好き。特に文学とか科学とかの区別のない幼い頃から科学読物に出会っていれば、大きくなっても何の偏見もなく科学の世界に入っていける。科学読物に関しては、周りの大人の役割が大きい。ノーベル物理学賞を受賞された小柴昌俊教授は、「科学は習っているだけでは楽しくない。自分で考えて、やってみて、面白いと子どもが感じることが大事だ」と仰っている。又、「科学って面白いんだナと感じさえすれば、その子は一生科学が好きになる」とも。
 私達の会の会員の多くも、入会してはじめて科学の世界の面白さを知り、今では科学読物や科学あそびを自ら楽しみながら、その喜びを伝えることに情熱を注いでいる。毎月の読書会や子ども達との科学あそびの会は、自らの科学リテラシーを鍛える場でもある。
文化としての科学を求めて
 「科学」は本来面白く、驚きに充ちたロマンの世界である。私達がひらいている科学あそびの会は、どの会場もどの年令の子にも大好評。付き添い大人も興味津々。夢中になって子どもといっしょに楽しむ姿は、感動的ですらある。人間は、本来知的好奇心を持った存在なのだ。
 『歴史における科学』の中で、著者バナールは、科学のもつ他面的な特質を次のように分析している。
1) 多くの人に職場を与える<制度としての科学>
2) 真理を発見する方法を教える<方法としての科学>
3) 過去から累積された<知識としての科学>
4) ものを作る基礎・手段になる<生産力としての科学>
5) 宇宙や人間の見方の源泉となる<思想としての科学>
6) よろこびの多い人間的な活動、営みのひとつである<文化としての科学>
さまざまな側面を持つ科学の何が「科学への関心」や科学リテラシーの欠如を招いているのだろう。それは、<生産力としての科学>を追い求めて来た科学教育の目的論に問題がありはしないだろうか。科学の別の側面、<文化としての科学>という側面に視点をシフトさせて教育や社会のあり方を考える。そんな取り組みが今少しずつ日の目を見はじめている。私達の会の活動もそのひとつであるが、各地で草の根で行われてきた科学ひろばや、今注目されているサイエンスカフェの試み等もそのひとつであろう。
 誰もが文学や芸術を文化として楽しむように、科学もまた文化として楽しめる社会になれば、どんなに人生が知的で豊かなものになるだろう。図書館がそんな社会をサポートする拠点のひとつであってほしいと、切に願っている。

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超人の面白ラーメン紀行 112 渋谷区『唐そば』

JR鹿児島本線黒崎駅近くにあったラーメン店の話は前回書いた。今度はどうしても食べたくなって渋谷の宇田川町界隈を探したのだ。住所の渋谷区宇田川34あたりは東急ハンズの近くだが、その道路沿いに『唐そば』200902181645000_2
があった。創業昭和34年、最後の一滴まで美味しいとはこの店の看板文句。食べた。そして、多少昔の味がした。意外とチャーシューが美味。豚骨でもあっさり系だ。200902181650000
時間は午後5時頃のせいか、客は2、3人程度だった。例のタクシードライバーが言っていた息子さんが他のスタッフ2人といたようだ。メニューは激辛系のペペロチカ(800円)、ラーメン(700円)、つけ麺(800円)、おにぎり一皿2ケ(100円)、ゆでたまご(50円)。やはり大砲ラーメンには適わないか―。
渋谷区『唐ラーメン』スープ★★麺★★トッピング★☆接客・雰囲気★☆価格★★

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超人の面白ラーメン紀行 111 JR鹿児島本線黒崎駅『風風ラーメン黒崎店』そして『唐そば』

FufuramenJR鹿児島本線黒崎駅。ちょうど朝日新聞出版のPR誌「1冊の本」2月号に八幡製鉄のことが書いてあり、それを読み終えた直後の八幡地区の光景は、歴史を少しおさえたところで感慨深いものがあった。が、こちらはラーメン屋探しだった。黒崎駅を出たときは小雨、あー、そうだ、左手に井筒屋そして横断歩道のすぐ近くにそのラーメン屋だとキョロキョロするもない、そうか、25年以上経つからなくて当然かと思い馳せていたら、近くにラーメン店を発見、それが『風風ラーメン黒崎店』である。そこで遅い昼食を豚骨ラーメンで取ったのだ。このラーメンは北九州に本拠地をおくラーメンチェーンらしい。ま、味は可もなく不可もなくと言ったところか。さて、探しているラーメン屋は今何処? かつて実際にその店に入って食べた素朴な豚骨ラーメンは、おばあちゃんが作っていてシンプルそのもの、ゆで玉子と紅しょうがが仕切った台に無造作に置かれていたっけ。店内はまさに単品の食堂風景でやや暗く黒っぽい感じがしたが、筆者の記憶はセピア色に色褪せて曖昧そのものだから描写が確かか疑わしい。ところで、このラーメン屋探しは1時間後意外な展開を見せて判明したのだ。黒崎から小倉へ向かうタクシーの中で、タクシードライバーの一言で終止符を打ったのだ。お客さん、その店は今はなく、確か空き地になっていて、息子さんが継いで5、6年前に新宿そして今は渋谷に出店している『唐そば』だよと教えてくれたのだ。ガガガァーン!
知らなかった。筆者の思いのなかで勝手に増幅していたのだ。そう言えば、国学院大学から渋谷方面に数分歩くと、渋谷二丁目あたりに着く。そこは高田馬場じゃないが、今やラーメンの激戦区だ。そこに店はあるらしい。とんこつの九州ラーメンと看板を掲げたラーメン店はあったが・・・。また、宇田川町の公園通りにもあるとはネットでの情報だ。今度尋ねてみたい。

『風風ラーメン黒崎店』スープ★☆麺★☆トッピング★☆接客・雰囲気★☆価格★☆
ラーメン屋ばあさんの味春来る

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クロカル超人が行く 102 久留米市『石橋美術館』

200902101042001_2200902101041000_2早春かと思わせる陽気の九州は久留米地区。気温13℃。突然時間が空いてしまい、「石橋美術館」に寄り道した。限られた時間での美術鑑賞は、企画展の絵画の稀少性や関連性それに学芸員の意図を直感することなのだ。青木繁、Img035_3坂本繁三郎、Img036早川、森などの久留米出身の画家を中心に岸田劉生Img034_4、藤田、佐伯、古賀などの作品が並ぶ「美術事始め 見る、知る、考える展」(好評開催中。4月12日まで)。百武兼行作「臥裸婦」、岡田三郎助作「水浴の前」、Img033藤田嗣治作「横たわる女と猫」、古賀春江作「鳥籠」、Img032松本英一郎作「退屈な風景」などいずれも有名な絵だが、ざっと観て特に印象に残った。続きは後ほど。まだ旅の途中なのだ。【写真は図録『読む石橋美術館』より。石橋美術館の許可を得て掲載】


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超人の面白ラーメン紀行110 久留米市『大砲ラーメン本店』

200902101130000久留米市の護国神社近くのラーメン店『大砲ラーメン本店』。200902101126000
ひろせ食堂、丸星中華そばと並ぶ久留米ラーメン店の老舗、強いて言えば博多ラーメンの原点だ。ごく普通の「ラーメン」(並480円)を食べたが、美味。さすが豚骨のダシは創業以来継ぎ足しと伝統にこだわる。また、チャーシューもやわらくていい。200902101140001_3
店内はカウンター20席、テーブル30座席と大分広いが、明るくはきはきと応対する店員の接客もグーだ。続きは後ほど。まだまだ旅の途中なのだ。


さて、旅は終了。ここで急いで記したいのは、店のレジ脇に置いてあったラーメン注文用のチラシImg031_2に『支那そばや』の佐野実氏とツーショットで『大砲ラーメン』の店主が載っていたことだ。どうしてと店員に質問、すると彼とうちの社長とは親友との返事が返ってきた。なるほど、中華そばこだわりつながり・・・。
メニューは昔ラーメン(並500円)、チャーシューメン、ワンタンメン、ワンタンスープ、昔チャーハン、のりネギラーメン、昔ワンタンメン、昔ワンタンスープといろいろ、値段も手頃、特に餃子は10個、340円は良いかも。スタッフは8名、昼時次から次と客が入って来るが、広いので満杯にはならなかった。簾を配した構図は見た目京都のお茶屋風―。
『大砲本店』①スープ★★☆②麺★★☆③トッピング★★☆④接客・雰囲気★★★⑤価格★★★

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超人の“いとおかし”短歌 5首

女の意地変わり果てるも悲しみは宴のあと薄明に消え

花にも嵐の喩来る者も去る者もひとえにさよならの二文字

白鳥はと謳った牧水酒仙歌仙海仙になり

寺山に存在の寂見ゆわれは可笑しみ本線旅するひとり

カンガエル居るとすれば●のエクストラ面に言の葉忘れ

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超人の面白ラーメン紀行 109 東京都新宿区『純連』

200902051729000_2去年のラーメンナビ大賞の店『純連』。ラーメン激戦区高田馬場ではトップグループに君臨しているが、もともとは札幌、味噌ラーメンが看板。850円はちと高いか。味もまろやかさはあるものの、味噌本来の素材を感じさせる舌触りがもっとほしいところだ。『すみれ』とは兄弟。
『純連』1.スープ★★☆2.麺★★3.トッピング★★☆4.接客・雰囲気★☆5.価格★☆

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超人の面白ラーメン紀行 108 川崎市『ちばき屋『』

200902041205000昔懐かしいラーメン屋。葛西出身の屋台ラーメンちばき屋。川崎駅西口に直結したラゾーナ1階の食空間にある。となりは札幌系の「すみれ」だ。「すみれ」は札幌などで何回か食べているので今回はパスしたのだが、失敗だった。昔味もいいが、ちと舌がこえ過ぎたか、完全に物足りなかったのだ。
醤油ラーメン(750円)。「屋台ラーメンちばき屋」1.スープ★☆2.麺★☆3.トッピング★☆4.接客・雰囲気★☆5.価格★☆

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超人のジャーナリスト・アイ 105 アイスランドの新首相

超人のジャーナリスト・アイ 105 <br />
 アイスランドの新首相
アイスランド新首相に世界初の同性愛者が誕生。シグリザルドッティル氏。経済危機をどう立て直すかが緊喫の課題。写真は時事通信社の電子版より。

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超人のジャーナリスト・アイ 104 PR誌プチ雑感

  最近久し振りに「現代詩手帖」2003年10月号「吉本隆明」特集を図書館から借り出して読んだ。詩篇と大澤真幸の<ポストモダニスト>吉本隆明が面白かった。あとは斜め読み。実は山本哲士の吉本隆明論を借り出したかったが貸出中だったのだ。同時並行で今出版社のPR誌3,4誌を鞄に入れて電車の中で読んでいる。その一つ、丸善のPR誌『学鐙』に関して、今朝の毎日新聞の日曜コラム「時代の風」で、作家瀬戸内寂聴が日本近代文学研究者河野敏郎著『学鐙を読む』の出版記念会に出席した話を書いていたのを読んだが、この老舗丸善のPR誌『学鐙』は筆者も定期購読していて、特に丸善の歴史を紐解く河野敏郎連載「学鐙を読む」は毎回欠かさず読んでいる。丸善創業者の林氏の当時のビジネス奮戦記や忘れかけている文学者のことなど資料渉猟の極み、かつエピソードが大変おもしろい。教わることが多い連載だ。今は季刊雑誌に変わったので年4回発行。さて、PR誌の雄、岩波書店の「図書」2月号の<こぼればなし>の一つは、先月亡くなった作家・評論家の加藤周一氏を追悼した編集者のやや長いが心に残る文章だ。二回読み直した。そこからの抜粋。加藤周一氏も、自分に最も近しい日本社会の中で「異邦人」たることによって、透徹した批評眼を獲得した、一人の単独者でした、と。そして朝日新聞出版社の「1冊の本」の内容は、鹿島茂、高祖岩三郎、森嶋瑤子、小倉千加子、中岡哲郎、四方田犬彦、橋本治などの書き手を揃えて充実しているようだ。もちろん読み応えもある。多様で濃い。紀伊國屋書店の「scripta」のバックナンバーはちと薄く原価を抑えたつくりになっているけれども、書き手の布陣は堂々としたもの。上野千鶴子、内堀弘、池内紀、都築響一、伊藤比呂美、斉藤美奈子など。毎回楽しく読ませてくれる。さて、新しいPR誌の紹介と考えたが時間がない。次回に。

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超人の面白読書 51 最近買い込んだ本の紹介と短評

最近買い込んだ本と短評。

Img027①ノーマ・フィールド著『小林多喜二』―21世紀をどう読むか(岩波新書 780円)
母が日本人、父がアメリカ人の日系アメリカ人が書いた小林多喜二論。著者はシカゴ大教授で日本文学、日本文化が専門。参考文献、略年譜付。

②小林多喜二著『蟹工船・党生活者』(新潮文庫 400円)
平成20年12月25日で114刷 ! 再読用

Img028③高田里恵子著『グロテスクな教養』(ちくま新書 740円)
雑誌「scripta no.10」(紀伊国屋書店のPR雑誌最新号)の文芸評論家斉藤美奈子のコラム<中古典のスヽスメ>で庄司薫著『赤頭巾ちゃん気をつけて』を取り上げたのを読んで。庄司薫の女性側からの見解をちょっと覗こうと手に取ったが、なかなかどうして、教養、あるいは「男の子にいかに生くべきか」、戦争、そして教養がよみがえる、出版社、この教養の敵、女、教養と階級が交わる場所、と内容はおもしろい。巻末には学術的なものまで含めた教養に関する文献が記してある。2005年刊だが続編もある。
 ところで、上述の雑誌「scripta no.10」で斉藤美奈子は最後にこう記している。
 『赤頭巾ちゃん・・・・・』からすでに40年。知識人と大衆の相克どころか時代はさらに転換し、いまや「丸山眞男をひっぱたきたい」と語る世代が現れている。階層化が再び顕在化している現在、いまの18歳はこの小説をどんな風に読むだろう。確かに時代状況は違うのだから単なる都会小説的に読むだろうと筆者は想像するのだが・・・。

④吉見俊哉著『ポスト戦後社会』(岩波新書 780円)シリーズ日本近現代史⑨
 著名な社会学者の現代史。著者はあとがきで日本近現代の時間と主体が自壊していく過程をテーマにしたと書いている。歴史学者の視点とは違う、自壊という痛点が響く歴史書だ。

Img029⑤ロナルド・トビ著『「鎖国」という外交』(小学館 2400円)日本の歴史 9
毎日新聞夕刊のコラムで教えられた本。朝鮮通信使関係に新解釈を施しながら、視点のおもしろさが光る本。外国の日本研究者の活躍が目立つがこの人もその一人であろう。イリノイ大学教授で日本近世・近代が専門。

⑥小松 裕著『「いのち」と帝国日本』(小学館 2400円)日本の歴史 14
田中正造研究者の日本近代史。足尾銅山鉱毒事件―もうひとつの「近代」の章が出色だが、全体的にもテーマ・視点がいい。たまたま足尾銅山事件に関するちょっとした展示会が開催されるということを聞いて手に取った一冊。

⑦ジョン・アップダイク作・寺門泰彦・古宮照雄訳『ケンタウロス』(白水社 2001年刊 2800円)
 ギリシャ神話のケイロン(半人半馬のケンタウロス族なかで一番の賢者)の物語から借りた父性愛がテーマの初期長編作品。ジョイスの影響が濃厚の作品である。この作品を含めてこの多作の作家は小説、詩、評論、エッセイなど生涯60の作品を書いたそうだ。

Img030⑧John Updike : RABIT, RUN with an afterword by the author, Published in Penguin Classics, 2006.
The first sentence of this novel begins : "Boys are playing basketball around a telephone pole with a backboard bolted to it. " The afterword by John Updike is very interesting.

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超人のジャーナリスト・アイ 103 最新の面白新聞記事をピックアップ

 このところ昨年秋のリーマンショック以降急激な業績悪化で大企業の人員削減が新聞を賑わしている。トヨタ、ソニーに続き、今度は日立が7,000人、NECが20,000人削減の見出しだ。非正規雇用人員の失業が3月には12万人以上に達するとみられている中での発表である。特に大手自動車、電機メーカーなどが凄い。アメリカ、ヨーロッパ、ロシアをはじめ、中国やオーストラリアなどグローバル的で、それらの地域への輸出が振るわず円高が進んでいるのだ。日本経済においては致命的だ。活性化の糸口は政府がいち早く現状を直視し抜本的な政策を打ち出すことだ。製造業など産業構造が一大転換を迫られているのだ。百貨店は軒並み売り上げダウン、業界再編の動きが活発化しているし、テレビ局も広告収入などの減収でここでも存立の危機感を募らせている。

 そんな中小国アイスランドで動きがあった。以下はアメリカのCNN電子版が伝えた最新のニュース。月曜日にグリムソン大統領がオルデ首相率いる与党連立政権の辞職を受理、事実上崩壊した。2008年10月の金融破綻に陥ってから3ヶ月、先週土曜日の一般市民の大規模な抗議デモを受けた形だ。目下与党連立の社会民主党と独立党の間で今後の新政権樹立に向けて話し合いが続いているが、そこで後任の首相として浮上しているのがヨハンナ・シグルザルスドッティル社会問題相。彼女は同性愛者を公表、首相になれば女性初かつ世界初の同性愛者の首相誕生となる。客室乗務員時代に労働組合体験、議員歴は30年に及ぶ。パートナーは54才の女性で作家・脚本家だ。

 毎日新聞1月25日付書評欄で評者帳競氏が佐伯順子著『「愛」と「性」の文化史』の書評冒頭で、アメリカのサンディエゴ在住の22才の女性が、大学院の授業料を払うために、インターネットで自分の貞操をオークションにかけたら、入札金が370万ドルに達したという話。オーストラリア人が落札中とは他の新聞で読んだ。スタイルもいいらしい。勇気ある行動と言うべきかは筆者には分からない。この評者いわく。「愛」と「性」は、観念としてもまた社会的事実としても時代とともに大きく変化する。いつの時代の「愛」と「性」について語っているのか、常に最新の注意を払わなければならない、と。

 また、「日刊ゲンダイ」2009年1月31日号。作家の並木伸一郎氏のコラム「平成の新都市伝説」では、去年アフリカのコンゴの首都キンシャサで男のペニスを盗む呪術師が現れて街中がパニックになった話を取り上げていた。この記事によると、噂の火種は地元のラジオ局で「金の指輪をはめてバスに乗っている人物に要注意」という情報が次第にエスカレート、呪術師と疑われたバスの乗客へのリンチが相次ぐ惨事に発展したらしい。警察は呪術師と目された人たちを逮捕、被害にあった男性は「呪術師が触れると、ペニスが消えたり、縮んだりした」と訴えたという。この珍妙な事件の真相は、実は「ペニス・パニック」という集団ヒステリー現象で、「コロ(KORO)/性器収縮症候群)」によって起こされるという。ペニスが体の中に吸い込まれるような幻覚症状で、アフリカでは今もこれが魔法や呪術師の仕業と信じられているらしい。被害者には警察は、「自宅でじっくり確かめるように」と指導している。可笑しい―。

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超人のジャーナリスト・アイ 102 アメリカの著名な作家ジョン・アップダイクの死

アメリカの著名な作家ジョン・アップダイクが肺ガンのため亡くなったとCNN電子版が今朝のニュースで伝えた。享年76才。『走れウサギ』『帰ってきたウサギ』『金持ちになったウサギ』などのrabit seriesをはじめ、最近の『テロリスト』まで多作の作家だ。
ハーヴァード大学卒業後、雑誌『ニューヨーカー』誌のスタッフライターになり、「街の話題 」などを担当。『ケンタウロス』(1964年)で全米図書賞、ピューリッツアー賞2回受賞。短編、詩、エッセイなどを書き、都会的で洗練された作風が魅力的とか。
筆者は『ニューヨーカー』の書評欄でジョン・アップダイクの知的な文章を読んだことがあるが、今までそんなに関心を払ってこなかった作家だ。この機会に少し彼の作品を読んでみたい。

ジョン・アップダイクの著作を新潮文庫でと思って書店に出向くもほとんど絶版になっていた。今は白水社から出ているらしい。初期作品の『ケンタウロス』(新装復刊 白水社 2001)とペーパーバック版『RABIT, RUN』を手に入れて、訳者解説と著者あとがきを読んだ。ジェームス・ジョスか。

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Journalist's eye No.101: Chojin's comment on Barack Obama, a new American President

Dear Ms.Sarry,

How's goin' ? I'm here in my library.
Now, please read my short comment on Mr. Barack Obama, a new American President as follows.
 Mr. Barack Obama, a new American President, is fond of emailing on mobile phone, I hear. He has got a special mobile phone with a cipher, which costs ca 300,000 yen, CNN and other TV reported. To be ridiculous, its name is “Barackberry” mixed blackberry and Barack of Barack Obama. He is younger to have an up-to-date communication tool.
 Well, Barack Obama's historical address seems to be welcomed here in Japan .His address has no phrase of “CHANGE”, but American traditional way of thinking and behavior, called “working hard” and “honest John”. Well, he seemingly tells American citizens back to their good old days based on esthetical standard as long as I read his inaugural speech. There, I'll point out, America has had sudden economic crash which originated from so-called subprime loan of housing and money game. Saving is virtue and economical life is better, you know. Anyway, America is a great consumer as well as a great producer in the world.That's why Japan(see Toyota now), China(see recent great number of business bankruptcies) and other Asian countries have much difficulties without being perspective. Changing paradigm in economic field, America will recover no matter how long it may be, I hope.
 By the way, the newspapers said that Obama’s masksE1232432963012_1_s
made in Japanese company were sold out and there’s a lot of demand for them, so manufacturing has fallen behind. Today’s news tells that Mr. Barack Obama, a new American President, took the oath of office again before a judge because of following his wrong order without going public. In the first press meeting that made it an object of attack.
Besides,in an evening newpaper here in Japan, I found out the article that a famed Japanese novelist who wrote some stories on religion wondered why a certain Japanese newspaper did not put the important last phrase of “God bless you.God bless you.God bless America.” into Japanese in Obama's inaugural address.
What did you think of it ?
Take it easy.
 .
Yours,
Chojin

Img168


P.S

Obama's mask
cool if you wear,
hot if you walk.

Obama's mask
trash if you throw,
harm if you burn.

masked
masked
Ms.Sarry's mask !

(giggling)

オバマのマスク
被ればクール
歩けばホット

オバマのマスク
投げればごみ
燃やせば害

変身
変身だ

サリーさんのマスクに

(笑)

In addtion to Mr.Obama's email, TV reported last night that email service was not reopened yet because it had troubles.
wrote:Jan.28,2009

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超人の面白ラーメン紀行 107 新座市『ぜんや』

超人の面白ラーメン紀行  105
超人の面白ラーメン紀行  105
以前から一度は訪ねてみたかったラーメン店は、JR武蔵野線新座駅から徒歩7分、小学校の脇にあった。昨日とは打って変わって気温15℃はある好天気の昼下がり、15人が店の前で行列を作った。勿論筆者もその一人だ。20分近く待って中へ通されたのだ。カウンター席8人の、人の好さそうな店主と優しい奥さんが切り盛りしている、個人まわりしたラーメン店である。店の名前はなんと『ぜんや』(夫婦善哉から取ったのかは分からないが)。評判のぜんやラーメン(700円)を食した。この塩ラーメンのスープは絶品に近い。老鶏と昆布(と雑誌には書いてあった)、野菜も煮込んでできた透明感のあるあっさり味だが、見事に口の中で調和して甘み成分を充分に引き出している。何か身体に効くのかなと勘違いするほどなめらか、まろやか―。チャーシューも量は少なめだが美味。麺は玉子太麺ストレート系で硬さもちょうど良い、しこしこ感がある。塩も中国の福塩を使用しているとか。1日100食限定。
メニューはラーメン(700円)、チャーシューラーメン(900円)、メンマラーメン(850円)、餃子5個(370円)など。正統派ラーメンの典型的な店。パンチがほしい人には物足りないかも。営業時間は午前11時半〜午後4時頃。火水定休日。
『ぜんや』1.スープ★★★2.麺★★☆3.トッピング★★4.接客・雰囲気★★★5.価格★★☆


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超人の面白ラーメン紀行 106 津田沼『必勝軒』

超人面白ラーメン紀行 106
JR津田沼駅から徒歩5分、習志野郵便局近くにある『必勝軒』。昨日バスの中からこんなところにラーメン屋さんがある、おいしいのかなと思っていた。今日の昼は昨日食べた『無限大』の津田沼店に行ってみようと考えていたら、携帯で西永福『大勝軒』で修行を積んだ『必勝軒』が人気だと書いてあったので変更してそこを訪ねた。行き過ぎて戻って場所を見つけると、何と昨日バスの中から見た小豆色の暖簾、アッチャー、おバカである。
冷たい雨の中にもかかわらず、行列ができていた。6人。日替わりでスープの味が変わるらしく、木曜日の今日は濃厚魚介と入口にはメッセージが書かれていた。7分位経ってカウンター席に座った。筆者は16席のほぼ中央だったが、2つ隣の中年男性は、常連なのかラーメンの前にビールの小瓶を注文していた。こんな寒い日にだ!
ラーメン(750円)は2玉入り260g、スープは溢れるくらいたっぷり、メンマと玉子半分がトッピングのシンプルなラーメンだ。普通のラーメン店では大盛りに属する一品に違いない。しかし、この濃厚魚介スープは大分あとまで尾を引いたのだ。胃には強烈過ぎたのかもしれない。西永福の『大勝軒』で食べたことがある読者諸兄なら分かると思うが、いろいろと類似点が多いようだ。鰹出汁や麺やトッピングと。麺はこちらの方が硬いか。店主の客の目線での接客態度には頭が下がるほど。明るく振る舞っていて好感が持てる。
ところで、店主と客との会話で面白かったのは、後から入ってきた活発そうな女性と店の特典についての会話。その女性は友人をこの店に誘ったが特典がないとねと言われたらしく店主にそのことを告げた。すると店主いわく、サービス券では安っぽくなるし、店に来て言って頂ければチャーシュー一枚乗せるくらいはできるよ、と粋な計らいで切り返しをしたのだ。と活発な女性も応酬。ネットにイケメン店主のラーメン店と書いておくからね、だって。これが可笑しかった―。メニューはチャーシューラーメン(1100円)、もりチャーシュー(1050円)等。営業時間11時30分〜14時、18時30分〜21時。水曜日11時30分〜15時。土日祝日10時〜14時。いずれもスープなくなり次第閉店。不定休。
『必勝軒』1.スープ★★☆2.麺★★3.トッピング★☆4.接客・雰囲気★★★5.価格★★★

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超人の面白ラーメン紀行 105 千葉市『無限大西千葉店』

超人の面白ラーメン紀行  105
千葉県JR西千葉駅そばのラーメン店『無限大』(茨城大勝軒グループ)。最近できたカウンター席10席のラーメン店だ。メニューは豚骨系醤油、味噌、塩ラーメン(各700円)がメインメニュー。醤油ラーメン(700円)のチケットを券売機で購入していると、店の人が背脂、スープ、麺、もやしの量が増加できると声をかけてきた。とりあえずスープ多めでと筆者。飛び込みで入ったせいか、正直言って期待していなかったが、醤油ラーメンの豚骨スープの味はまろやかで美味。オプションの豚バラ(4枚)もやわらか、太麺も食べ応えがあった。しかしだ、ここのラーメンの特徴はあのラーメン二郎も顔負けだろう、1.2倍、2倍、3倍、4倍と4段階のもやしの大盛トッピングがあるから驚きだ。確かサービス! カウンター席中央の学生さんが3倍のを頼んでいて、それを見た筆者はえーえっ!と思わず息を切らしてしまったほどだ。どんぶりのなかに塔を造っているのだ、
崩れやしないかこちらがハラハラしたのだ。でも、筆者より早く完食していた。この辺は千葉大学、千葉経済大他高校もあって、ちょっとした学生街だから当然客にも学生が多い。だからこういう大盛が受けるのだ。
『無限大西千葉店』1.スープ★★☆2.麺★★3.トッピング★★4.接客・雰囲気★☆5.価格★★

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超人のジャーナリスト・アイ 100 第44代アメリカ大統領オバマ氏の就任演説

My fellow citizens:

 I stand here today humbled by the task before us, grateful for the trust you have bestowed, mindful of the sacrifices borne by our ancestors. I thank President Bush for his service to our nation, as well as the generosity and cooperation he has shown throughout this transition.

 Forty-four Americans have now taken the presidential oath. The words have been spoken during rising tides of prosperity and the still waters of peace. Yet, every so often, the oath is taken amidst gathering clouds and raging storms. At these moments, America has carried on not simply because of the skill or vision of those in high office, but because We the People have remained faithful to the ideals of our forebearers, and true to our founding documents.

 So it has been. So it must be with this generation of Americans.

 That we are in the midst of crisis is now well understood. Our nation is at war, against a far-reaching network of violence and hatred. Our economy is badly weakened, a consequence of greed and irresponsibility on the part of some, but also our collective failure to make hard choices and prepare the nation for a new age. Homes have been lost; jobs shed; businesses shuttered. Our health care is too costly; our schools fail too many; and each day brings further evidence that the ways we use energy strengthen our adversaries and threaten our planet.

 These are the indicators of crisis, subject to data and statistics. Less measurable but no less profound is a sapping of confidence across our land -- a nagging fear that America's decline is inevitable, and that the next generation must lower its sights.

 Today I say to you that the challenges we face are real. They are serious and they are many. They will not be met easily or in a short span of time. But know this, America: They will be met.

 On this day, we gather because we have chosen hope over fear, unity of purpose over conflict and discord.

 On this day, we come to proclaim an end to the petty grievances and false promises, the recriminations and worn-out dogmas, that for far too long have strangled our politics.

 We remain a young nation, but in the words of Scripture, the time has come to set aside childish things. The time has come to reaffirm our enduring spirit; to choose our better history; to carry forward that precious gift, that noble idea, passed on from generation to generation: the God-given promise that all are equal, all are free, and all deserve a chance to pursue their full measure of happiness.

 In reaffirming the greatness of our nation, we understand that greatness is never a given. It must be earned. Our journey has never been one of shortcuts or settling for less. It has not been the path for the fainthearted -- for those who prefer leisure over work, or seek only the pleasures of riches and fame. Rather, it has been the risk-takers, the doers, the makers of things -- some celebrated, but more often men and women obscure in their labor -- who have carried us up the long, rugged path toward prosperity and freedom.

 For us, they packed up their few worldly possessions and traveled across oceans in search of a new life.

 For us, they toiled in sweatshops and settled the West; endured the lash of the whip and plowed the hard earth.

 For us, they fought and died, in places like Concord and Gettysburg; Normandy and Khe Sahn.

 Time and again, these men and women struggled and sacrificed and worked till their hands were raw so that we might live a better life. They saw America as bigger than the sum of our individual ambitions; greater than all the differences of birth or wealth or faction.

 This is the journey we continue today. We remain the most prosperous, powerful nation on Earth. Our workers are no less productive than when this crisis began. Our minds are no less inventive, our goods and services no less needed than they were last week or last month or last year. Our capacity remains undiminished. But our time of standing pat, of protecting narrow interests and putting off unpleasant decisions -- that time has surely passed. Starting today, we must pick ourselves up, dust ourselves off, and begin again the work of remaking America.

 For everywhere we look, there is work to be done. The state of the economy calls for action, bold and swift, and we will act -- not only to create new jobs, but to lay a new foundation for growth. We will build the roads and bridges, the electric grids and digital lines that feed our commerce and bind us together. We will restore science to its rightful place, and wield technology's wonders to raise health care's quality and lower its cost. We will harness the sun and the winds and the soil to fuel our cars and run our factories. And we will transform our schools and colleges and universities to meet the demands of a new age. All this we can do. And all this we will do.

 Now, there are some who question the scale of our ambitions -- who suggest that our system cannot tolerate too many big plans. Their memories are short. For they have forgotten what this country has already done; what free men and women can achieve when imagination is joined to common purpose, and necessity to courage.

 What the cynics fail to understand is that the ground has shifted beneath them -- that the stale political arguments that have consumed us for so long no longer apply. The question we ask today is not whether our government is too big or too small, but whether it works -- whether it helps families find jobs at a decent wage, care they can afford, a retirement that is dignified. Where the answer is yes, we intend to move forward. Where the answer is no, programs will end. And those of us who manage the public's dollars will be held to account -- to spend wisely, reform bad habits, and do our business in the light of day -- because only then can we restore the vital trust between a people and their government.

 Nor is the question before us whether the market is a force for good or ill. Its power to generate wealth and expand freedom is unmatched, but this crisis has reminded us that without a watchful eye, the market can spin out of control -- and that a nation cannot prosper long when it favors only the prosperous. The success of our economy has always depended not just on the size of our gross domestic product, but on the reach of our prosperity; on our ability to extend opportunity to every willing heart -- not out of charity, but because it is the surest route to our common good.

 As for our common defense, we reject as false the choice between our safety and our ideals. Our Founding Fathers, faced with perils we can scarcely imagine, drafted a charter to assure the rule of law and the rights of man, a charter expanded by the blood of generations. Those ideals still light the world, and we will not give them up for expedience's sake. And so to all other peoples and governments who are watching today, from the grandest capitals to the small village where my father was born: Know that America is a friend of each nation and every man, woman and child who seeks a future of peace and dignity, and that we are ready to lead once more.

 Recall that earlier generations faced down fascism and communism not just with missiles and tanks, but with sturdy alliances and enduring convictions. They understood that our power alone cannot protect us, nor does it entitle us to do as we please. Instead, they knew that our power grows through its prudent use; our security emanates from the justness of our cause, the force of our example, the tempering qualities of humility and restraint.

We are the keepers of this legacy. Guided by these principles once more, we can meet those new threats that demand even greater effort -- even greater cooperation and understanding between nations. We will begin to responsibly leave Iraq to its people, and forge a hard-earned peace in Afghanistan. With old friends and former foes, we will work tirelessly to lessen the nuclear threat, and roll back the specter of a warming planet. We will not apologize for our way of life, nor will we waver in its defense, and for those who seek to advance their aims by inducing terror and slaughtering innocents, we say to you now that our spirit is stronger and cannot be broken; you cannot outlast us, and we will defeat you.

 For we know that our patchwork heritage is a strength, not a weakness. We are a nation of Christians and Muslims, Jews and Hindus -- and nonbelievers. We are shaped by every language and culture, drawn from every end of this Earth; and because we have tasted the bitter swill of civil war and segregation, and emerged from that dark chapter stronger and more united, we cannot help but believe that the old hatreds shall someday pass; that the lines of tribe shall soon dissolve; that as the world grows smaller, our common humanity shall reveal itself; and that America must play its role in ushering in a new era of peace.

 To the Muslim world, we seek a new way forward, based on mutual interest and mutual respect. To those leaders around the globe who seek to sow conflict, or blame their society's ills on the West: Know that your people will judge you on what you can build, not what you destroy. To those who cling to power through corruption and deceit and the silencing of dissent, know that you are on the wrong side of history; but that we will extend a hand if you are willing to unclench your fist.

 To the people of poor nations, we pledge to work alongside you to make your farms flourish and let clean waters flow; to nourish starved bodies and feed hungry minds. And to those nations like ours that enjoy relative plenty, we say we can no longer afford indifference to suffering outside our borders; nor can we consume the world's resources without regard to effect.

 For the world has changed, and we must change with it.

 As we consider the road that unfolds before us, we remember with humble gratitude those brave Americans who, at this very hour, patrol far-off deserts and distant mountains. They have something to tell us today, just as the fallen heroes who lie in Arlington whisper through the ages. We honor them not only because they are guardians of our liberty, but because they embody the spirit of service; a willingness to find meaning in something greater than themselves. And yet, at this moment -- a moment that will define a generation -- it is precisely this spirit that must inhabit us all.
 For as much as government can do and must do, it is ultimately the faith and determination of the American people upon which this nation relies. It is the kindness to take in a stranger when the levees break, the selflessness of workers who would rather cut their hours than see a friend lose their job which sees us through our darkest hours. It is the firefighter's courage to storm a stairway filled with smoke, but also a parent's willingness to nurture a child, that finally decides our fate.

 Our challenges may be new. The instruments with which we meet them may be new. But those values upon which our success depends -- hard work and honesty, courage and fair play, tolerance and curiosity, loyalty and patriotism -- these things are old. These things are true. They have been the quiet force of progress throughout our history. What is demanded then is a return to these truths. What is required of us now is a new era of responsibility -- a recognition, on the part of every American, that we have duties to ourselves, our nation and the world; duties that we do not grudgingly accept but rather seize gladly, firm in the knowledge that there is nothing so satisfying to the spirit, so defining of our character, than giving our all to a difficult task.

 This is the price and the promise of citizenship.

 This is the source of our confidence -- the knowledge that God calls on us to shape an uncertain destiny.

 This is the meaning of our liberty and our creed -- why men and women and children of every race and every faith can join in celebration across this magnificent Mall, and why a man whose father less than 60 years ago might not have been served at a local restaurant can now stand before you to take a most sacred oath.

 So let us mark this day with remembrance, of who we are and how far we have traveled. In the year of America's birth, in the coldest of months, a small band of patriots huddled by dying campfires on the shores of an icy river. The capital was abandoned. The enemy was advancing. The snow was stained with blood. At a moment when the outcome of our revolution was most in doubt, the father of our nation ordered these words be read to the people:

 "Let it be told to the future world ... that in the depth of winter, when nothing but hope and virtue could survive... that the city and the country, alarmed at one common danger, came forth to meet [it]."

 America. In the face of our common dangers, in this winter of our hardship, let us remember these timeless words. With hope and virtue, let us brave once more the icy currents, and endure what storms may come. Let it be said by our children's children that when we were tested, we refused to let this journey end, that we did not turn back, nor did we falter; and with eyes fixed on the horizon and God's grace upon us, we carried forth that great gift of freedom and delivered it safely to future generations.


 国民の皆さん

 私は今日、厳粛な思いで任務を前にし、皆さんの信頼に感謝し、我々の祖先が払った犠牲を心にとめて、この場に立っている。ブッシュ大統領が我が国に果たした貢献と、政権移行期間に示してくれた寛容さと協力に感謝する。

 これまで、44人の米国人が大統領としての宣誓を行った。その言葉は、繁栄の波と平和の安定の時期に語られることもあったが、暗雲がたれ込め、嵐が吹きすさぶただ中で行われた宣誓もあった。こうした試練の時に米国が前進を続けられたのは、政府高官の技量と展望だけでなく、「我ら(合衆国の)人民」が、先達の理想と、建国の文書に忠実でありつづけたためでもある。

 それが我々の伝統だった。我々の世代にとっても、そうありつづける。

 だれもが知る通り、我々は重大な危機にある。わが国は(イラクやアフガニスタンで)戦争状況にあり、敵は憎悪と暴力のネットワークを持っている。経済状況も悪く、その原因は一部の人々の貪欲(どんよく)さと無責任さにあるものの、我々は困難な選択を避け、次世代への準備にも失敗している。

 多くの人々が家を職を失い、企業も倒産した。健康保険制度もカネがかかりすぎ、多くの学校(制度)も失敗した。毎日のように、我々のエネルギーの使い方が敵を強め、地球を危険に陥れている証拠も挙がっている。

 これがデータや統計が示した危機だ。全米で自信が失われ、アメリカの没落は必然で、次の世代は多くを望めない、という恐れがまん延している。

 今日、私は我々が直面している試練は現実のものだ、と言いたい。試練は数多く、そして深刻なものだ。短期間では解決できない。だが知るべきなのはアメリカはいつか克服するということだ。

 この日に我々が集ったのは、恐れではなく、希望を選んだためで、争いの代わりに団結を選んだからだ。

 この日、我々は実行されない約束やささいな不満を終わらせ、これまで使い果たされ、そして政治を長いこと混乱させてきた独断などをやめる。それを宣言するためにやって来た。

 我々はいまだ若い国家だ。だが、聖書の言葉を借りれば「幼子らしいこと」をやめる時が来た。我々が、不朽の精神を再確認する時がきた。より良い歴史を選ぶことを再確認し、世代から世代へと受け継がれた高貴な理想と貴重な贈り物を引き継ぐ時が来た。それはすべての人々は平等、自由で最大限の幸福を追求する価値があるという、神の約束である。(2につづく)

我が国の偉大さを再確認する時、我々は偉大さが決して与えられたものでないことを理解する。自分で手に入れなければならないのだ。我々のこれまでの旅は、近道では決してなかったし、安易に流れるものでもなかった。それは心の弱い、仕事より遊びを好み、富と名声からの喜びのみを求める人々の道でもなかった。むしろ、リスクを選ぶ人、実行の人、創造の人の道だ。恵まれた人の場合もあるが、多くはその仕事については知られず、長く困難な道のりを歩み、我々を繁栄と自由へと運んでくれた人々だ。

 我々のために、彼らは、ないに等しい荷物をまとめ、海を渡って新しい生活を探した人々だ。

 我々のために、彼らは額に汗して働き、西部に住み着き、鞭(むち)打ちに耐え、硬い土地を耕してきた人々だ。

 我々のために、彼らは(米独立戦争の戦場の)コンコードや(南北戦争の)ゲティズバーグ、(第二次世界大戦の)ノルマンディーや(ベトナムの)ケサンで戦い、死んだ人々だ。

 歴史の中で繰り返しこうした男女がもがき、犠牲を払い、我々がよりよい生活を送れるように苦労してきた。彼らは、米国が我々の個人的な希望の集大成よりも大きい存在だと思っていた。生まれや富、党派の違いより偉大だと思っていたのだ。

 この旅を今日、我々は続けている。我々は今でも地上で最も繁栄し強力な国だ。我々の労働者は今回の危機が始まった時と同様、生産性は高い。発明心に富み、商品やサービスは先週、先月、昨年と同様に求められている。

 我々の能力は落ちていない。だが、過去に固執し、狭い利益しか守らず、面倒な決定は後回しにする時代は終わった。今日からは、我々は立ち上がり、ほこりを払い、アメリカ再建の仕事に取りかからねばならない。

 どこを見回してもすべき仕事がある。経済状況は、大胆で迅速な行動を求めている。我々は新しい職場の創造だけでなく、成長のため新しい基盤を作らねばならない。

 我々は道路や橋、電線やデジタル通信網をつくり、我々の商業を支え、我々の結びつきを強めなければならない。我々は科学を本来あるべき場所に引き戻し、技術を活用し医療の質を引き上げると共にコストを下げる。

 太陽、風や土壌を使って我々の自動車の燃料とし、工場を動かす。我々の学校や単科大、大学を新たな時代の要請にあわせるようにする。これらすべてが我々には可能だ。これらすべてを我々は実行するのだ。

 我々の志の大きさに疑問をはさむ人もいる。我々のシステムでは大きすぎる計画は達成できないという人々だ。彼らは覚えていないのだ。彼らはすでにこの国が成し遂げたことを忘れているのだ。想像力が共通の目的に出会った時、必要が勇気と出会った時、自由な男女に達成できることを忘れているのだ。

 皮肉屋が理解できないのは、彼らの下で大地が動いたということだ。我々を余りに長期間、消耗させた使い古しの政治論議はもはや適用されない。今日、我々が問うのは、政府が大きすぎるか小さすぎるかではなく、機能しているかどうかだ。家庭が人並みの収入を得られるよう仕事を見つけ、威厳をもって引退できるよう助けているかどうかだ。

 答えが「イエス」の施策は継続する。「ノー」の施策は廃止する。公金を預かる我々は、説明責任を果たさなければならない。適切に支出し、悪い習慣を改め、誰からも見えるように業務を行う。それによって初めて、国民と政府の間の重要な信頼を回復できる。

 市場が正しいか悪いかも、我々にとっての問題ではない。富を生み出し、自由を拡大する市場の力は比肩するものがない。だが、今回の金融危機は、注意深い監視がなされなければ、市場は制御不能になり、豊かな者のみを優遇する国は長く繁栄することはできないことを我々に気付かせた。

 我々の経済の成功は国内総生産の規模だけでなく、繁栄が享受される範囲や、望む人すべてに機会を広げる能力にかかってきた。慈善としてではなく、公共の利益に通じる最も確実な道としてだ。

 我々の防衛一般に関しては、我々の理想と安全のどちらかを選ぶという間違った考えを拒絶する。建国の父らは、想像もできないような危険に直面しながら、法の支配と人権を確約する憲章を起草し、それは何世代もの血で拡大されてきた。これらの理想はいまだに世界を照らし、我々は方便のためにこれらをあきらめることはない。

 だから、我々を今見ている他の民族や政府に対して言いたい。巨大な都市から、私の父が生まれたような最も小さな村まで、米国は平和で尊厳ある将来を求めるすべての国々とすべての男女、そして子どもの友人であり、もう一度、指導力を発揮する用意があることを知ってほしい、と。

 先人がミサイルや戦車を使うのみならず、信念と確固たる同盟をもってファシズムや共産主義に勇敢に立ち向かったことを思い出そう。先人は軍事力だけが我々を守るのではないことや、またそれを好き勝手に使えないことを知っていた。

 代わりに、彼らは慎重にそれを使うことで力が増し、安全は目的の正しさや、他国の手本となる振る舞い、謙虚さや自制心から発することを知っていた。

 我々はこの遺産を引き継ぐ。これらの原理に再び導かれ、解決により一層の努力が求められる新しい脅威に対抗できる。我々は責任を持ってイラクから撤退し始め、イラク人に国を任せる。そしてアフガンでの平和を取り戻す。古くからの友人とかつての敵と共に、核の脅威を減らすために絶えず努力し、さらに地球の温暖化とも戦う。

 我々の生き方について言い訳はしないし、それを断固として守る。無実な人々を殺したり、脅迫で自己の目的の実現を図る者に対し、告げる。我々の意思の方が強く、我々の意思を曲げることはできない。我々の方が長く生き、そして打ち負かす。

 我々の多様な出自は強みであり、弱みではない。キリスト教徒、イスラム教徒、ユダヤ教徒、ヒンズー教徒、そして無宗教者の国だ。地球上の津々浦々から来たあらゆる言語と文化で形作られている。内戦(南北戦争)や人種差別という苦い経験もしたが、その暗い時代をへて、我々はより強くなり、きずなも深くなった。かつての憎しみはいずれ消え、我々を分け隔てた壁はいずれ消える。世界が小さくなるにつれ、我々が共通に持つ人類愛が出現する。そしてアメリカは平和の時代をもたらす役割を果たさねばならない。

 イスラム世界との関係では、互いの利益と互いの敬意を基本として共に歩む方法を探す。対立をあおったり、国内の社会問題が生じた責任を西側世界に押しつけようとする指導者たちよ、何を壊すかでなく、何を築けるかで、国民に評価されることを知るべきだ。

 腐敗、策略、口封じで権力にしがみつく指導者たちは、大きな歴史の過ちを犯していることを知るべきだ。しかし、その握りこぶしをほどくならば、我々も手を差し伸べる。

 貧しい国々の人々には、我々が一緒に汗を流すことを約束する。農地が豊かになり、きれいな水が流れるようにし、空腹を満たすとともに、飢えた心も満たす。そして我々のように比較的豊かな国々は、国外での苦しみに無関心でいたり、影響を気にとめずに、地球の資源を浪費はできない。世界は既に変革しており、我々もそれに合わせて変わらなければならない。

 我々は進む道を熟慮しながらも、今まさに、遠く離れた砂漠や山々で警戒に当たる勇敢なアメリカ人たちへ謙虚に、そして感謝の念を持ち、思いをはせる。彼らは今日、我々に教訓を与えてくれる。アーリントン国立墓地に眠る英雄たちと同じように。彼らが自由の守護者だからだけでなく、彼らは奉仕の精神を体現し、自分たち自身よりも偉大なものが存在し、それに意味を見いだす人たちだからこそ、たたえる。そして、この歴史的な瞬間に、まさにこの精神を我々がみな共有しなければいけない。

 政府の能力や義務は、究極的には米国民の信念と決意が決定する。それは、堤防が決壊した時に見知らぬ人をも招き入れる親切や、友人が仕事を失うことになるよりも、自分の労働時間を削ってでも仕事を分け合おうという労働者たちの無私無欲のおかげで、最も暗い時を切り抜けることができる。煙に満ちた階段を駆け上がる消防士の勇気や、子どもを育てる親たちの意志が、最終的に我々の運命を決定付ける。
我々の試練は新しいのかもしれない。それに立ち向かうための道具も、新しいかもしれない。我々が成功するかどうかは、労働と誠実さ、勇気、フェアプレー、忍耐、好奇心、忠誠心や愛国心にかかっている。古くから言われていることだ。だが、真実だ。それは歴史を進歩させた静かな力だった。今求められているのは、こうした真理への回帰だ。責任を果たすべき新たな時代だ。我々米国人一人ひとりが、自分自身や国家や世界に義務を負っていることを認識し、こうした義務を嫌々ではなく、喜んで受け入れることだ。私たちにとって、困難な仕事に全力で立ち向かうことほど、自らの性格を定義し、精神をみたすものはない。

 これが市民であることの代償と約束だ。これが私たちの自信の源泉だ。神が未知の運命を自らの手で形作るよう、我々に求めたものだ。

 なぜ男性も女性も子供たちも、どのような人種、宗教の人々も、こうして就任式に集まることができるのか。なぜ約60年前なら地元のレストランで給仕されなかった可能性のある男の息子が、こうして皆さんの前で宣誓式に臨むことができるのか。これこそが、我々の自由、我々の信条の意味なのだ。

 我々が誰なのか、我々がどれほど遠くまで旅してきたか。今日という日を、それを記憶に刻む日にしよう。

 アメリカ建国の年、最も寒かった時、愛国者たちは氷で覆われた川岸で、たき火のそばに寄り添い合った。首都は見捨てられ、敵は進軍し、雪は血で染まった。独立革命が本当に実現するか不確かな時、建国の父たちは、この言葉をきちんと読むよう求めたのだ。

 「未来の世界に語られるようにしよう。厳寒の中で希望と美徳だけが生き残った時、共通の脅威にさらされた国や地方が前に進み、それに立ち向かうと」。

 アメリカよ。共通の脅威に直面した非常に困難なこの冬に、これら永遠の言葉を忘れないでいよう。希望と美徳をもって、この氷のような冷たい流れに勇敢に立ち向かおう。そしてどんな嵐が来ようとも耐えよう。

 将来、我々の子孫に言われるようにしよう。試練にさらされた時に我々は旅を終わらせることを拒み、たじろぐことも後戻りすることもしなかったということを。我々は地平線と注がれる神の愛を見つめ、自由という偉大な贈り物を前に送り出し、それを次世代に無事に届けたのだ、ということを。<毎日新聞より>


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超人の面白読書 50 水村美苗著『日本語が亡びるとき―英語の世紀の中で』

Img026 文芸雑誌「新潮」8月号に特別評論として掲載されてから3ヶ月近く経った10月下旬に、『日本語が亡びるとき―英語の世紀の中で』が、第4章から第7章を書き下ろして単行本として筑摩書房から出版された。すでに話題づくりは出来ていて、案の定アマゾンドットコムではこのところ売り上げ第1位だったらしい。また、ネット上での書評も賛否両論があって賑やかだ。朝日新聞の文芸時評を担当している文芸評論家斉藤美奈子は、その状況を11月26日の文芸時評の冒頭で書いている。多くのブロガーが刺激したのは、この本がまさにネット時代の日本語と日本文学の未来を論じていたからだろう。続けて斉藤はいう。この本の議論の別れるところは、第7章の「英語教育と日本語教育」の章で、そこには作者水村美苗の国策として国民の一部を優れたバイリンガルとして育てよ、日本の国語教育は日本近代文学を読み継がせるのに主眼を置けと主張していることに対して批判が出るのももっともだと言っているのだ。その美しい日本語を守れと主張する言説はナショナリストとほとんど見分けがつかないと語り、平等を原則としてきた日本の学校教育を覆すエリート主義の肯定だし、「日本文学の現状」を幼稚と決めつけるのも拙速すぎると批判している。

 さて、本書は下記の第7章からなる。
1章―アイオワの青い空の下で<自分たちの言葉>で書く人々
2章―パリでの話
3章―地球のあちこちで<外の言葉>で書いていた人々
4章―日本語という<国語>の誕生
5章―日本近代文学の奇跡
6章―インターネット時代の英語と<国語>
7章―英語教育と日本語教育

キーワードは<現地語>、<普遍語>、<国語>、<叡智を求める人>だ。筆者はすでに第3章まで雑誌掲載時に一気に読んだ。そしてその拙文を書いた(2008年8月10日、12日、15日)。昨日、買い込んでしばらくそのままにしていた本書の残り第4章から第7章までこれまた一気に読んだのだ。後半部分を読むと、この作者の評論のトーンが大きくうねり、<国語>の詳説、<文学>の読まれ方の詳説をやや文明論的な展開を踏襲しながら、結局は日本語というよりはむしろ、"奇跡的になりたった日本近代文学"の<読まれ方>が衰弱し、まさに危機的であると主張していることがよく解る。最近、と言ってもここ20年かそこらか、日本文学の衰退が叫ばれて久しい。巷間いわれていたことは、文学書はもはや以前ほど売れない、書き手が貧弱、問題意識が低い、文章力がない、日常雑辺的、文学賞の水増し現象、価値低下等々だったが、それはむしろ背景には経済価値優先の時代が続いたからではないのか。そのことは大学における文学部の衰退を見ればわかる。いや、人文科学の価値低下とも言ってもいい。実学の優先である。本書でも江戸後期緒方洪庵の緒方塾での福澤諭吉に言及していたが、その福澤諭吉が唱えた実学―。もう一つにはここで読みかえてみると、幅広く深い教養の復権だろう。但し、あまりに保守的にならずに適度にバランスの取れた格好でと、筆者は言いたいが。
 英語教育と日本語教育の問題提起。
この問題は以前から提起されては断ち切れし、また、浮上しては消えるという、いわば、その時代の背景から出てくることがしばしばだ。戦後すぐの頃、昭和30年代後半のオリンピックの頃、昭和40年代・・・平成と何度となく起きている。先月亡くなった加藤周一氏も、かつて朝日新聞の「夕陽妄語」で日本に住んでいる以上は英語を覚えたところで使う必要性に駆られないから上手くならない、日本語で充分なのだと書いていたし、作家・評論家の四方田犬彦氏も語学=会話力はその国に住んだ年数と比例するとも書いていた(『先生とわたし』。そして議論が沸騰すると右左の構図よろしく二分化、やがて曖昧のまま中断、もやもやで終わっている。しかし、今やインターネットの時代だ。ちょうど13年前の今頃、アメリカから入ってきたこの便利なツールについての議論が関係者の間で盛んに議論され、テレビはその普及の効用と悪用を報道していたのだ。そしてその普及に時間はかからなかった。むしろ法律的なものがついていけない状態がずっと続いたのだ。それではその言語はというと、プログラミング言語 ! いや、英語が主流だった。が、今や多言語でも可能。それだけインターネットが進化している証左だが、グローバル化が一気に進んだおかげで、負の遺産も背負い込まざるを得ない状態にもなったことも事実。ここで問題なのは英語を読めればインターネット上で外国の図書館、大学、研究者や書店などと手軽にアクセスでき、いろんな知識を即座に吸収し、知の蓄積、強いて言えば、幅広い教養も身につけることができることだ。ただ知の確かさは本のそれとはまた違って、著作権他いろいろと確認作業が必要なのだが。簡単に手に入るものほど身につかないのも事実だろう。本書にある福澤諭吉が塾長であった緒方洪庵の緒方塾の話。緒方塾の面々は、当時大名から2日間だけ借りた洋書を、筆写した貴重な辞書とみんなでにらめっこしながら、一人はその字句を覚えて次の人に読み、写しては翻訳を進めていった。しかも食事する間も寝る暇も惜しんで科学書の翻訳をした。そうして2日間でその原書を約束通り返したのだ。余談だが、この貴重な辞書は今大阪大学の文書館でみることができる。筆者は1年前に関係者の紹介で訪ねたのだ。このような話は『解体新書』の翻訳のところでも出てくるエピソードである。だが、それから150年以上が過ぎた現在、時代は変わった。英語が普遍語、昔の漢文、ギリシャ語・ラテン語に匹敵、そして日本語は亡びる運命に・・・。確かに6000語もある世界の言語は、ヨーロッパ、アフリカ、アジアなどの地域の一部では滅亡の危機に瀕している。言語学者や文化人類学者などがプロジェクトを組んでこれらの言語の保存に取り組み始めていると報告されている。たまたまその報告書の一部は筆者の手許にもある。言語帝国主義の行き過ぎも問題なのだ。英語は日本人にとっては便利な言語かも知れないが、コミュニケーションの手段、<共通語>程度に留めておくのが日本語を生かす道だと思うのだ。言語優位性を政治レベルで弄くり過ぎると、ベルギーのような言語紛争になり、泥沼化に発展しかねない。言語問題はデリケートな問題も孕むのだ。フランス文学者の鹿島茂氏はあるPR誌(朝日新聞出版『1冊の本』)で面白いことを言っていた。外国語の運用が上手い人は日本語が下手だ、逆に日本語がそれほど使っていない人は外国語の運用が上手いと。脳内に入る情報量の臨界点があって、バランスを取っているというのだ。近代の文学者や学生を調べたらしい。面白い見解ではあるが。
 作者水村美苗は優秀な帰国子女で後にその深い教養に裏打ちされて、誰も想像しなかった夏目漱石の『明暗』の続きを創作という形で『續明暗』を書いた作家だ。誰もがそのような半分不純な動機(大文豪の小説の続きを書くなんて!)で自ら小説を書かないが、この<外>からのアプローチは文学土壌的に不思議でも何ともなく、情報量の遮断されたところでは却って、新鮮なアプローチが可能だったろうと想像がつく。それが帰国後作家として成就した今、<内>からの日本語や日本人や教養の糧としてきた<近代文学>のよりどころが崩れてきていることを目のあたりにして憂い、アンダーソンにも助けられながら、このような書物を著すことになったのかもしれない。私の日本は、私の日本語はそして私の近代文学はどこに行ったの、と自問して悶々としている作者がいるような気がする。
この提言に応えようとすればの話だが、今の日本の教育の現状の全体的な座標軸のズレを大分直さなければならないと筆者は思うのだ。教育の機会均等、平等をベースに豊かな想像力と突飛な創造力のある力を組み合わせて教育力をつけることが先決問題だと思うのだ。思考回路と濾過装置という大きな人間の営為を考え直すパワーが必要だ。新たな価値の創出とも言い換えてもいい。それにしても、日本語は、日本文学は持続可能だろう、か―。
最後に文芸雑誌「新潮」2月号 追悼 加藤周一の水村美苗の声はどんなものだろうか、聞いてみよう。
 英語の世紀に入った今、英語の世紀が続く今、私たちの日本語は、加藤周一のような人に、科学の道に進まずに、そこへと帰っていきたいと思わせる言葉であり続けられるか。そこに自分の精神の足跡を刻みたいと思わせる言葉、その土壌こそを豊潤なものにしたいと思わせる言葉であり続けられるか。この問いを問わなければならないのは、今、すべての非英語圏の人間の宿命である。


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超人のドキッとする絵画 16 アンドリュース・ワイエス死す

昨日アメリカのABCテレビが画家アンドリュース・ワイエスの死を報道していた。享年91歳。アメリカの原風景を描いたリアリズムの巨匠だ。実は去年の11月頃だったかアンドリュー・ワイエス展が渋谷の文化村で開催されるとポスターで見ていたが、忘れていて観に行けなかった。そんな矢先のテレビ報道だった。ある新宿のバーにはアンドリュー・ワイエス作『クリスティーナの世界』(この写真はネットから)Photo_2
の複製が飾られていて、狭いその空間に存在感溢れる位置を占めている。筆者の遠い記憶を辿れば、確か東京で展覧会開催時に観に行って図録を手に入れたはず。そして自問、その図録はどこに行った ? また、20年以上前にはニューヨークのニューヨーク近代美術館(MoMa)でも観ていた。確かジャスパー・ジョーンズの『星条旗』の近くだったか。
最近このコラムでも書いたが、若くして交通事故で亡くなった画家石田徹也のスーパーリアリズム的な絵画(その一つはマッチ箱の中の人々の表情、その眼差しの鋭さをリアリスティックに描いている)に今人気が集まっている。その先駆的なスーパーリアリズムの巨匠アンドリュー・ワイエスは日本でも人気が高く、彼の作品を購入している美術館も多々ある。たとえば、『松ぼっくり男爵』は福島県立美術館蔵だ。水彩やテンペラを使ってアメリカの田園風景を描いた。代表作には『1946年の冬』(1946)、『クリスティーナの世界』、『海からの風』、『踏みつけられた草』、『アルヴァロとクリスティーナ』やヘルガシリーズなど。モデル問題でも話題に。
愛知県美術館ではアンドリュー・ワイエス展が「アンドリュー・ワイエス 創造への道程」と題して2009年1月4日〜3月8日まで開催中だ。

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超人の面白ラーメン紀行 104 千代田区『覆麺』

Nec_0041一昨日探した神田神保町のラーメン店『覆麺』。15番目に並んで30分くらい待ったわりには、チャーシューともやしの量それに焦がしネギ以外特別なコメントはないようだ。意味不明のナンガーラ、ナンガーラという言葉が不思議な響き。'デストロイヤー風の覆面'二人、ラジカセからはプロレスの応援歌が流れる、かなり野性的でユニークな店だ。隣の男性がラーメン撮影の許可をもらったので便乗して筆者もパチリ、ここまでは良かった。その後ファイルに収めた画像を操作ミスで消してしまったのだ。故に今回はラーメンの画像はない!パフォーマンスの店かなと書くはずだったが、自分がすべってしまった。今回は★印は控えたい。

覆面や剥がすほどにか福麺は

Nec_0042

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クロカル超人が行く 101事件の現場 中央大学理工学部キャンパス

クロカル超人が行く事件の現場
クロカル超人が行く事件の現場
クロカル超人が行く事件の現場
大学のキャンパスで衝撃的な事件が起きた。ちょうど神保町の『味噌や』でラーメンを食べ終えて次の仕事に向かう地下鉄のなかで知った。場所は春日にある中央大学理工学部のキャンパスのトイレ。時間は午前10時半頃。大学の先生が刺されたのだ。血が流れ出血多量で死亡。一時キャンパスは騒然としたらしい。それから4時間半過ぎの現場。ちょうど仕事で地下鉄後楽園駅に乗り換える途中だった。春日局の銅像を横目に見たあと、ちょっと先に人だかりが出来ていた。テレビ朝日などの報道関係者だ。30才過ぎの黒い服を着ていた男性が逃走して行く姿が目撃されているとか。果たして犯人は?何故刺した?それにしても近頃殺傷事件や酷い事件が多すぎないか。暗い予感・・・。

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超人の面白ラーメン紀行 103 千代田区『味噌や』

超人の面白ラーメン紀行 102
先週横浜家系ラーメンの一つ、六角家本家のラーメンを食したが、期待はずれでしばらくこの手のラーメンから距離をおこうと考えていた矢先、テレビでやっていたのを思い出し、そうだ、神保町の覆面ラーメンに行こうと考えた。が、見当をつけていったが見つけられず、前から気になっていた三省堂書店本店近くの『味噌や』に入った。看板には北海道直送の麺とあり、味噌にこだわった北海道系否札幌系ラーメンだ。5人目に並んで10分、16席あるカウンターのほぼ真ん中に座った。すでに並んでいるときにオーダーは取っていたのだが、注文の味噌ラーメンが出てくるまで多少時間がかかった。昼時忙しい時だからだが。
「味噌ラーメン」(750円)はてんこ盛りで出てきた。もやしとキャベツなど炒めたトッピングは、同じ神保町界隈にある『ラーメン二郎神保町店』も顔負けそうなほどだ。そう、シャキシャキ感はある。ネギ、メンマ、タマゴの常連がいない。ノリは2枚どんぶりの端の方に置かれている。そしてスープを一啜り、思い出した、思い出したのだ、20年ほど前に札幌は時計台の近くで食べたもやしたっぷりの札幌味噌ラーメンを。この『味噌や』の方が炒めた分もやしは柔らかい。しかし、体調がイマイチのせいか、黄色縮め中細麺の多少の固さとバターの味が色濃かったスープに、ちょっとついていけなかったのだ。こうなると俄然昔の味噌味がなつかしくなる。チャーシューは3片、これは柔くて美味。
メニューは味噌オロチョンらーめん(750円)オロチョンらーめん(700円)醤油らーめん(650円)塩らーめん(650円)つけ麺(700円)。
味噌や』1.スープ★★☆2.麺★★3.トッピング★★★4.接客・雰囲気★☆5.価格★★☆

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超人の面白読書 49 吉本隆明著『詩の力』

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 遅い朝寝惚け眼のまま炬燵に入って新聞の書評欄を読んだ。ピエール・バイヤール著『読んでいない本について堂々と語る方法』(筑摩書房)、今福龍太著『群島―世界観』(岩波書店)や書評賞などこの新聞の書評スタッフの年初の意気込みが多少感じらた紙面構成だ。書評1本が400字詰原稿用紙で最低でも3枚半(1400字)、普通で5枚(2000字)の長さは、他紙の書評欄より紙面を割いている格好。字数が書評の良し悪しを決定しかねないが、中途半端な展開がないのがいい。取り上げる本の分野も多岐に渡っていてバランスが取れているようにみえる。強いて言えば刺激的な書評がほしいところだ。ただ気になるのは、新聞広告の出稿量が減少しているようで広告に元気がないのだ。
 さて、書評。新年早々読んだ『詩の力』(新潮文庫 2009年1月1日刊)は、評論家・詩人の吉本隆明が新聞の文芸記者と語って構成した単行本の文庫化。三木露風、秋山清、谷川俊太郎、田村隆一、塚本邦雄、岡井隆、夏石番矢、中島みゆき、松任谷由美、宇多田ヒカル、俵万智、佐佐木幸綱、寺山修司、西条八十、吉増剛造、角川春樹、野村喜久夫、城戸朱理、鮎川信夫、田村隆一、近藤芳美、西東三鬼、吉岡実、谷川雁、入沢康夫、天沢退二郎、茨木のり子、永瀬清子、清岡卓行、大岡信そして飯島耕一などの現代詩人、歌人、俳人や歌手まで幅広くしかも簡潔に平易に解説している入門書だ。はしがきで吉本隆明は言う。戦後の現代詩を主軸にして詩歌の全般を取り上げて短い解釈を試みた。現代の詩歌を表現としての特徴をもとにして出来るかぎり類別し、それぞれの共通点を読解しようとするものである。
詩の解説・解釈には解説者の感受性が見事に反映する。そして同時代的に生きた詩人の共感もまた、強烈に反映する。吉本隆明は戦後派詩人の一人であり、その評論の卓越性は鮎川信夫等の戦争体験の中で培った知性派の詩人たちと整合する。筆者はこの評論家の詩にも接して幾度か読んだものだ。いま手許にテキストはないが、この作家のもつ抒情を抑えた硬質な詩群を思い出す。
 この文庫、193ページの詩の概説書はとても解り易く親しみ易く構成されている。聞き手の文芸記者の引き出し方もまた、心得たものだ。感性と論理、主観と客観の狭間の展開が明快である。たとえばアトランダムに引用すれば、若い特にミュージシャンの宇多田ヒカルの歌詞の解釈、歌人俵万智の解釈には分析力を超えてこの評論家の感性の襞の分け入り方が新鮮だ。若い。普通ならついていけないとつき離すことでもきちっと整理して端的に解釈することがスゴイ。それにしても面白いのは、吉増剛造の詩に対する解釈だ。疾走する詩人、吉増剛造には何か解釈の施しようがないように見受けられた。意味の拒絶、音韻の轟くまま自由にイメージの闊歩が続く、しかも地球の果てまで・・・の吉増ワールド。そして吉本はこう書く。読者の側からいえば、詩の価値が文字の上に現れておらず、詩人の内面に隠されているわけで、その価値を受け取るのがとても難しくなっている。このことは吉増剛造さんの詩に固有の問題ではなく、現代詩全体が陥っている状況の問題でもある。そう考えると、俳句や短歌に比べて、詩は表現としての寿命が短いように思えてならない。また、吉本は「優れた詩の条件」という章で、愛唱される要素を備えた優れた詩の条件の一つは、その詩がある種の「流れのよさ」をもっていることだ。詩の「流れ」とは、意味の移り変わりの速さと、その多様さ複雑さを含んでいる。流れのよい詩であれば、読む者、聞く者に入っていきやすいということになる。詩と散文を分ける最も大きな要素は何か。どんな複雑な意味でも表現しようとすればできるのが散文の特徴であるのに対し、言葉の選択力が強く、行と行との結び付きも有機的で強いのが詩だといえるだろう、と書いている。
特記すべきは第1次戦後派の西東三鬼という俳人。「馬酔木」や「旗艦」に参加した主観性の俳句を書いた俳人らしいが、筆者は勉強不足で読んでいない。

風邪の子の熱く小さき手足はも

水枕ガバリと寒い海がある

前者は1934年の句で時代の暗さを表現しようとした意図があったし、後者は音声を実にうまく使い、ウィットに富んでいて、作者自身革新的な表現に達していたと思ったと吉本は書いている。

 現代詩に親しんできた筆者も、当然時代の新しさを感じた時期があった。それは荒川洋治の『水駅』、小説での新しい息吹、村上龍の『限りなく透明に近いブルー』などと符号する。構成後記に書いてあるように日本の文学表現の情景は一変したのである。筆者には新鮮かつ強烈だった。
 筆者としては本書を再確認の詩として読んだが、吉本隆明流明晰な解釈には詩のチカラがあり、新しい発見もあった。時おり声を出して読み返したくなる本だ。最後に本文からの引用を少々。

荒川洋治

まなざし青くひくく
江戸は改代町への
みどりをすぎる

はるの見付
個々のみどりよ

朝だから
深くは追わぬ
ただ
草は高くでゆれている

(冒頭部分、『水駅』より)


俵万智

「嫁さんになれよ」だなんてカンチューハイ二本で言ってしまっていいの
(『サラダ記念日より』)

寺山修司

売られたる夜の冬田へ一人来て埋めゆく母の真赤な櫛を

(『田園に死す』より)

夏石番矢

東京に破顔の千年樫ありき

(『巨石巨木学』)より

大岡信

さわる。
木目の汁にさわる。
女のはるかな曲線にさわる。
ビルディングの砂に住む乾きにさわる。
色情的な音楽ののどもとにさわる。
さわる。
さわること見ることか、おとこよ。

(「さわる」冒頭一連より)

著者の吉本隆明は今年85歳。『マチウ書試論』、『芸術的抵抗と挫折』(未来社 1959年)から始まって『抒情の論理』、『吉本隆明詩集』、『言語にとって美とは何か』、『共同幻想論』、『異端と正統』、『戦後詩史論』、、『最後の親鸞』、『鮎川信夫論』、『マス・イメージ論』、『ハイ・イメージ論』、『心的現象論・本論』など単著で158冊もある ! また、最新の吉本隆明論には、雑誌「iichiko」編集長の哲学者・山本哲士著『吉本隆明の思想』(三交社 2008年)などがある。

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クロカル超人のカツオの話 11 かつおくんレポート 続 2009年初かつお 和歌山産

クロカル超人のカツオの話  11
 いきなり年初をちょい過ぎた今日、何と和歌山産の生かつおが手に入った。かつおを食べ始めた去年の2月14日から購入日記を付け、9ヶ月経った11月11日81回で終了してからわずか2ヶ月だ。こんなことは初体験。やはり異常気象のせいか。ともかくこの季節外れの1月上旬に食べられるのが何より。驚きである。
一柵、100g498円。和歌山産刺身用。色艶、やわらかさ、味ともまあまあ。筆者はこれを少しの間冷凍庫に入れて食したのだ。

初鰹季語の定義や今何処

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超人のスポーツ観戦 第85回箱根駅伝 続 優勝は東洋大学

第85回箱根駅伝優勝者 東洋大学
第85回箱根駅伝総合優勝は東洋大学で、タイムは11時間9分15秒。初優勝。山登りが全てを制した格好だ。
おめでとう !下記はテレビ画面から撮った順位。残念ながら1位が見えにくい。すみません。
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超人のスポーツ観戦 第85回箱根駅伝

 第85回東京箱根間往復大学駅伝。往路の108.0は東洋大が5時間33分24秒で制した。往路初優勝の快挙だ。しかも12月に不祥事が発生、監督が辞任しての出場だ。この往路には2つの驚嘆するメイクドラマが生まれたのだ。2区を走った日大のダニエル(ケニア出身)が20人抜きをやってのけ、一方、往路最後の山登りの区間5区で、柏原竜二(1年・いわき総合高校)が4区で9位の位置から次々と抜き去り、最後には首位を走る早大を抜いて堂々の1位になったことだ。嬉しい番狂わせ、奇跡が起こったのだ。しかも無名の1年生ランナーである。アッパレと言うほかない。夜BS日テレでその山登りの場面を再確認したのだった。GREAT GREAT GREAT GREAT SUGOI。
 
 2日目の復路も面白い展開が続いている。東洋大の気合の入った走りぶりが感動的だ。久し振りに明大も躍進中。レースは終盤10区をトップで東洋大が快走中だ。
ところで、筆者は久し振りに沿道に立ってレースを見守った。なかなか"連れ"とでは定位置が見つからなく往生した。何しろ伝統の箱根駅伝、沿道は旗を持っている人で一杯なのだ。天気は快晴、11℃。選手にとっては多少暑苦しいかもしれないと思いながら、カメラ付携帯電話で選手を撮ろうと試みるも見事に失敗。その写真がこれ。この足は一体どの大学の選手か ?Nec_0035_2
このあと東洋大が往路・復路を制し、総合優勝した。しばらく東洋大の時代が来るかもしれない。去年の覇者、駒沢大は何番目 ? ヒーローや時代は変わるのだ。だからオモシロイ。

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超人の新年の詩 2009 グリーンイアー

グリーンイアー

エイブラハム・リンカーンは人民の人民による人民のための政治とゲディスバークの演説で説いた 奴隷解放令から200年後アフリカ系アメリカ人初の次期アメリカ合衆国大統領バラク・オバマは20日の大統領就任式でリンカーンが使った聖書を携え世紀の大演説をする 1929年以来の株価下落 グリーンニューディール政策に期待ともマスコミは書く 日本時間の1日午後2時コンピュータの映像はニューヨークのタイムズスクエアの新年カウントダウンのシーンをリアルタイムで映し出した そこには元アメリカ合衆国大統領のクリントン夫妻が新年を祝福して抱き合うシーンも見えた 群衆は老若男女を問わずキスし合い 風船が飛び交い マンハッタン上空には花火が上がった 一方 中東のガザ地区ではイスラエルの爆撃で少なくとも300人以上が死亡 戦いは続いている バンコクではナイトクラブが火事で大惨事 日本は雪の富山で火事 一家4人死亡と断片的にニュースが入ってきた 元旦の関東は晴れのち曇り 日本海側は雨 雪 強風 すでに新年 今年はグリーンイアー みどりがあちこちで飛び回り 一色になるだろ

グリーンイヤー
グリーンイヤー

年明けが怖い
年が明けたくない

みんなそろって
たいへんだぁと言っている

経済システムの妄信
確率論だとかで
天気まで買っている

天罰なのだ
カミのお達しなのだ

グリーンイヤー
グリーンはいやー

囃したてる評論家は
言葉を転がすだけ転がして
はみ出ている

マルクスは草叢の陰で
今頃嗤っているな
マルクス兄弟は
笑えないでフリーズしているか

初詣も賽銭が少なかったからか
末吉と出た
たまたま50円玉二枚で
ひとつだけ願ったのだ

グリーンイヤー
グリーンイヤー

グローバル資本主義の行方は
破綻の連鎖で縮こまってしまった
どの国もオカネのカシカリに躍起だっている

自分たちがゲームに参加したではないか
当て所もないゲームに酔いしれたではないか

小国アイスランドよ
大国アメリカよ
そして中国よ日本よ
明らかに修正せよ

くらしを
足元をみよ

200万円以下の年収が今や1000万人の
ニッポン
中産階級はすでに崩壊したのだ

グリーンイヤー
グリーンいやー

立て直すには100年前に戻れと
エコノミストたちは言っているが
戦争はできないのだ
グリーンの
クリーンな
精神が今必要なのだ

いい加減な為政者には
石を投げてやれ


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2008年(平成20年)年の瀬 続 川柳

①ガソリンの価格狂乱針動かず

②あなたとは違うんですよあっそっくん

③オリンピック北京の空はグレーゾーン

④ギョウザは皿に盛られずカミ隠し

⑤給付金福澤諭吉も苦笑い

⑥双子かよフラダンサーも時の人

⑦危機きっと唸ればいいか世界初

⑧社長の声社員固持にウソハラム

⑨クイズボケテレビよ磨け知の連鎖

⑩ブッシュさんイラクに飛んで靴避けて
 
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マスコミ報道ですでにお馴染みの「ブッシュゲーム」サイトはこちら→とリンクを張ったのですが・・・。
みなさんそれぞれそのサイトにアクセスして年越しゲームをお楽しみあれ。

それではみなさん、今年一年お世話になりました。
来年もどうぞよろしく。


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2008年(平成20年)年の瀬 今年亡くなられた著名人

 2008年(平成20年)年大晦日。今年はこれを書けば101本目、途中多少ピッチが落ちて目標の150本までは手が届かなかった。反省。通算646本だが目標の1002本(星新一は1001本のショート・ショートをものにしたがそれを1本超えること)まであと356本だ。2日に1本ずつ書けば目標達成になる。なかなかきつい作業なのだが、やれないことはないだろう。そのひとつは書評の数を100本と設定しているのでこのコラムを充実させたい。今読みかけの本が20冊以上あるのでこれをまず精選してクリアすること。そう言ってもいい加減に書くわけにもいかないのだ。
読解力や文章力が問われるのだ。ということで今年最後のページは、筆者の関心の範囲で今年亡くなられた著名人を毎日新聞朝刊からピックアップしてしのぶ試みだ。

斉藤 眞 86 東大名誉教授・元ICU教授 米国政治外交史の専門家
ボビー・フィッシャー 64 元チェスチャンピオン マスコミに度々登場して話題に
スハハルト 86 元インドネシアの大統領
川村二郎 76 文芸評論家・ドイツ文学者
中村寅吉 92 プロゴルファー・指導者
市川 崑 92 映画監督
アラン・ロブグリエ 85 フランスのヌーボー・ロマンの代表的な作家
松永伍一 77 詩人・評論家
小島朋之 64 慶大教授 中国近現代史の専門家
草森紳一 70 評論家
石井桃子 101 児童文学者
チャールトン・ヘストン 84 米国の俳優
前 登志夫 82 歌人
川内康範 88 作詞家・作家
小川国夫 80 作家
角田文衛 95 歴史家 古代史の専門家
イブ・サンローラン 71 ファッションデザイナー
水野晴郎 76 映画評論家
宮迫千鶴 60 画家・エッセイスト
レイモンド・ルフェーブル 78 ピアニスト・作曲家
佐々木久子 78 随筆家
工藤幸雄 83 ポーランド文学者・翻訳家・詩人
ロッキー青木 69 鉄板焼きチェーン店「ベニハナ」創業者
大野 晋 88 国語学者
赤塚不二夫 72 ギャグ漫画家
服部 正 100 作曲家
アレクサンドル・ソルジェニーツィン 89 ロシアノ作家
華 国鋒 87 中国の元共産党主席
寺内大吉 86 作家兼浄土宗大本山増上寺法主
澄田 智 92 元日銀総裁
俵 萌子 77 評論家・作家
草柳文恵 54 キャスター
日野てる子 63 歌手
小島直己 89 作家
西郷信綱 92 国文学者
ポール・ニューマン 83 米国の俳優
吉田直哉 77 元NHKディレクター
緒方 拳 71 俳優
杉原幸子 94 元外交官故杉原千畝氏の妻
三浦和義 61 元輸入雑誌販売会社社長
リーガル秀才 81 漫才師
上田耕一郎 81 共産党元副委員長
筑紫哲也 73 ジャーナリスト・元朝日新聞記者・ニュースキャスター
加藤一郎 86 民法学者・元東大総長
加藤周一 89 評論家・作家
遠藤 実 76 作曲家
アーチボルト・コーチャン 94 元ロッキード社副会長
上田 哲 80 元社会党衆議院員
飯島 愛 36 元タレント
サミュエル・ハンチントン 81 『文明の衝突』で有名な米国の政治学者


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超人の面白ラーメン紀行 102 テレビ東京発最強ラーメン伝説

テレビ東京発最強ラーメン伝説。ここ何年か年末になるとラーメンランキングが定番になってきたようだ。日テレ、TBS、テレビ朝日などでだ。今回はテレビ東京の番組、少し捻って評判のラーメン店に新作ラーメンを作ってもらい、5人のラーメン通が審査、3つ以上“参った”をもらえば合格という趣旨。そのラーメン店は下記の通り。

①東十条『ほん田』人気の「鶏だし味らーめん」Photo

天才といわれる若干22歳の店主。斬新さが売り。
塩ラーメンが得意とするところだが、新作は「NEO塩ラーメン」(1000円)。
3名に“参った”をもらい合格。1月から限定にて発売予定。

②高田馬場『麺屋宗』
焙煎塩ラーメンが人気ラーメン。新作は「鴨三昧」(950円)、審査厳しく、改良進化形で1月から限定販売。

③神保町『覆麺』
洒落たつもりだが、覆面はちと怖い―。焦がしネギのトッピングの醤油系覆面ラーメン(750円)が人気商品。
顔に似合わずリンゴなど甘味のあるラーメンを試みるも失敗。その後改良して1月より限定発売。

④練馬『はないち』ホタテ貝柱と生あさりのスープ「しおらーめん」(650円)Photo_2
家庭の味にこだわるママさん店主。夫が支える珍しいケース。
意外と厳しい審査員に好感度。頑張るママは子供にも食べられるトマトベースの脇役まで用意、ま、一般的なラーメンだ。でも“参った”賞ナンバーワンに輝いたのだ。


 ⑤中目黒『藤巻激城』
あの“藤巻兄弟”の強気の雰囲気を醸し出す自信家ラーメン店主の作り出すラーメンは、トムヤンクンベースの高級ラーメン(3000円 !)だ。Photo_4
そう、以前に池尻でやっていたユニークなラーメン店。全席8席完全予約制。新作のスープは納豆をすりつぶしたもの(500円 !)。一応合格。

⑥板橋『コンセプト』
北野たけし監督の映画にも出演した元俳優が店主。近くのフランス料理店で魚の臭いを消すリキュールをヒントに新作を挑むも不合格。その後改良、1月から限定にて発売。

⑦鶯谷『麺処遊』
にぼしラーメンが得意。王子で評判のシンプルラーメンを経営する父親、その二代目。新作のあさり系シンプルラーメンは完敗。審査後改良、1月に限定販売。

⑧中野『麺や七彩』「塩味喜多方らーめん」(670円)Photo_3
喜多方ラーメン醤油系。スープと麺作りのコラボ、2人で作るラーメン店。小麦にこだわり、スープにこだわる二人三脚のラーメンは煮込みラーメン(1000円)。審査員全員が“参った”の完全勝利だ。店主は号泣。今までの苦労が報われたうれし泣きだ。【写真はいずれも各ラーメン店のホームページと情報雑誌から】


審査員は元大勝軒の山岸氏、なんつっ亭の古谷氏、支那そばやの佐野氏が常時、俳優、女優、ラーメン評論家の方は入れ替わり、計5人。切り口がイマイチだが、もう少し遠出もして良い店をもっと紹介してほしかった。

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2008 クリスマスイブ 二コライ堂

クリスマスイブ 二コライ堂

グリーンクリスマス

クリスチャンでもないのに
クリスマス
クリスマス
イブ

何だか分からないけれど
クリスマス
クリスマス
イブ

いつもは華やかに彩られて
クリスマス
クリスマス
イブ

今年の急冷化はなんだ
クリスマス
クリスマス
イブ

夢が楽しみが消されたような
クリスマス
クリスマス
イブ

ツリーもケーキもキャンドルもすくなめ
クリスマス
クリスマス
イブ

赤いトナカイや口ひげサンタが身近に来ない
クリスマス
クリスマス
イブ

ニューヨークではセールが大不振
クリスマス
クリスマス
イブ

プレゼントが買えない
クリスマス
クリスマス
イブ

春にあれだけ好景気と騒いでいたではないか
クリスマス
クリスマス
イブ

金の亡者がスベッタか