超人の面白ラーメン紀行 230 即席ラーメン『利尻昆布ラーメン』

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旨いと評判の利尻漁業協同組合のとろろ昆布入『利尻昆布ラーメン』(塩味、238円)を有楽町駅近くの「北海道どさんこプラザ」でゲット。うまか。

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クロカル超人が行く 199 イタリア料理店 新宿『トラットリア・ターボロ・ディ・フィオーリ 新宿伊勢丹店』

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たまたま昼飯にと入ったのがこの店『トラットリア・ターボロ・ディ・フィオーリ 新宿伊勢丹店』。ランチメニューから本日のスパゲッティ ツナときのこのクリームトマト(980円)、ミニピッツァ(200円)それにアイスコーヒーをチョイス。多少待たされたが昼時間帯なので仕方がない。スパゲッティは少々しつこかったか。

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クロカル超人が行く 198 日本橋『たいめいけん』

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日本橋にある老舗の洋食有名店『たいめいけん』。有楽町の北海道物産アンテナショップで即席ラーメンの“利尻昆布ラーメン”を予約(22日に入荷)した後、休日出勤の家人の慰労を兼ね訪ねた。電話では30分待ちと言われたが、思ったより客の入れ替えがスムーズに流れたため15分待ちで済んだ。白、黒、焦げ茶色の店内の色調は落ち着いていて、それと呼応するかのようにホールを仕切る年配の女性たちにプライドと貫禄を感じつつ・・・。が、忙し過ぎたのかオーダー落としのシーンも。これには笑った!昭和初期の“モボ・モガ”モダニズム時代を今に伝える風情はしっとり感があってちょっぴりセピア色。この店の3代目は多趣味でアイデアマンの料理人としてテレビでも人気がある。そうそう、店の入口には3代目のパフォーマンスシーンのポスターもあった。
ボルシチとコールスロー(各50円、但し最低一品注文!あっさりしていて美味)、アスパラとポテトのにんにく炒め(アスパラが新鮮で食感は抜群)それに名物オムライス(1700円。ほんわかしてさっぱりした味、ボーノ)など老舗の洋食屋の味を堪能した。と同時に、ビールや赤ワインも少々嗜んだ。約40名の客はほとんどオムライスかオムライスのバリエーションを頼んでいた。

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色冴えるたいめいけんのオムライス

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超人の面白ラーメン紀行 221 神田須田町『Ginza Noodles むぎとオリーブ Clam Ramen』マーチエキュート神田万世橋店

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フレンチ出身の人がチャレンジした、ヨーロッパの香り漂う何ともユニークなラーメン店が銀座にあって、「ぶらり途中下車の旅」でも紹介された。進化系(?)ラーメンの『Ginza noodles むぎとオリーブ Clam Ramen』だ。その店を訪ねてみようと機会を伺っていたが、偶然にもコンビニでこの店のカップラーメン(へぇ、発売されてんだ!)をゲットして、本末転倒や、と思いつつ神田須田町の煉瓦造りを活かしたルネサンス・ 万世橋マーチエキュートの一角を訪れたのが今日!狭い食空間ながらなかなかオシャレ。「ミシュラン」に3年連続選ばれた店らしく、ニューウェブラーメン系のキング、いや、クイーンかー。
初めて入った店では普通はその店の定番ものを注文するのだが、定番の「鶏そば」(880円)にはこの店の売りの蛤がないので、一度注文した「鶏そば」を取り消して「鶏・煮干・蛤トリプルそば」に。いや、「ぶらり旅」で旅人のタレント(?)が蛤の味に大分興味をそそられたみたいだったので、その残像が残っていたのだ。5、6分経って注文のラーメンがテーブルに運ばれてきた。店の男性が「左側にむね肉、ひねってあるのがナルト、白い細長いものはメンマではなく山芋、蛤は右側に。普通のラーメンのイメージとはかなり違います」と一応説明。親切である。さて、例によってスープを一啜りしてみた感想は、埼玉、群馬、香川3県の老舗メーカーの醤油(メニューから)をブレンドそれに大山鶏がらと魚介をミックスしたスープには透明感があり、コクがあってマイルド、独特な舌触りだ。これって、どこかの味に似ていやしないかと思い出していたら、中華そばの『藤本』の味に似ていた。
和洋折衷だ。美味。麺は細麺ストレート、トッピングはなかな華やか。チャーシューではなく鶏のむね肉(低温調理で歯ごたえが少々)、メンマと違った感触を味わえる山芋、海苔、水菜、一味添えた蛤と役者がフレンチ風に衣替えした感じだ。完食。トレビアン!昼時の午後2時過ぎ、カウンター7席、テーブル席8席、テラス席もあって、店内に6人、テラス席にはアジアからの観光客が6名くらいはいたか。店は男性2人と女性が2人。雰囲気もまあまあ。この店のほかに銀座本店、さいたま新都心店、日本橋店の4店舗あり。
フレンチ系ラーメンと言えば、“道頓堀神座(かむむら)”で有名な神座チェーンだが、今や関西圏だけではなく、関東圏にも進出していて渋谷や横浜にも店舗がある。現在37店舗展開中。筆者は道頓堀、大阪、渋谷の店で食べた。コンソメスープと野菜が豊富なのが特徴だ。

住所 : 東京都千代田区神田須田町1-25-4 マーチエキュート神田万世橋1階
電話 : 03-3258-3131 営業時間 : [月~土]11:00~22:00 [日・祝]11:00~20:00 定休日 : なし

神田須田町『Ginza noodles むぎとオリーブ Clam Ramen』マーチエキュート神田万世橋店
1.スープ★★★2.麺★★☆3.トッピング★★☆4.接客・雰囲気★★5.価格★☆

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食べ蛤(がい)はスープに仏味トレビアン


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超人の面白ラーメン紀行 220 六本木 『アオリの神隠し 総本店』

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久しり振りに六本木ミッドタウン周辺を歩いた。国立新美術館で『ミュシャ展』を観に行った帰りに立ち寄った店がラーメン店『アオリの神隠し総本店』。飯田橋駅近くのラーメン店『たかはし』で3時間半前に食べ、美術鑑賞後にまたラーメンである。こんなことは初めてだ。美術館に行く前にこの店を通りかかったら人集りができていたので興味津々、どんな店かと思わず呟いたのだ。で、帰り道この店の前 でお子さん連れの若い女性に「この店は何系?」と訊ねたら「トンコツかな、美味しいですよ」と教えてくれたのでついつられて入ってしまったのだ。想定外の出来事だ。『一蘭』似の仕切りのある食空間で好みも選べる。筆者は中辛を選択したけど、辛くて咳き込むこと咳き込むこと、肝心の味がぼけてしまったほど。演出たっぷりの暗い店内を元気に応対していたのは若い女性。聞けば店は一ヶ月前にオープンしたばかりらしい。
頼んだアオリラーメン(980円)はトンコツ系。麺は極細麺ストレート系、味は豚骨マイルド(クセがなく結構イケる)、トッピングは柔らかチャーシュー、海苔、メンマ、玉子、刻みネギ少々のシンプルデザインで、どんぶりの色合いが何とも廓的な空間を醸し出し、黒と深紅っぽい色でエロい。10席以上ある仕切られたカウンターではなぜか子どもたちがはしゃいでいた。若いラーメン好きのママたちが連れてきているのだ。それにしてもここから3、4軒先には昔夜遅く〆に立ち寄ったラーメン店(筆者の記憶が正しいければ)が風化したまま置き去りにしてある。確か目印は墨で書かれた屋号が入った提灯。昔の栄華今何処ー。

六本木『アオリの神隠し 総本店』1.スープ★★★2.★★☆3.トッピング★★4.接客・雰囲気★★☆5.価格★☆


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超人のドキッとする絵画 30 国立新美術館 ミュシャ(ムハ)展

2017年3月8日から開催中の「ミュシャ展」(6月5日まで開催)。混雑が予想されるため早めの観覧をと考えて、先週の土曜日の午後六本木の国立新美術館に出掛けた。「ミュシャ展」を観覧するのは、堺市立文化会館、森美術館、そごう美術館に次いで4度目。主に大作「スラブ叙事詩Slav epic」を観るためだ。春になっても天候が落ち着く様子もなく、寒暖の差が激しい三寒四温の日々が続いていて土曜日の午後も例外ではなかった。そんな土曜日の午後、久しぶりの国立新美術館訪問だった。当日券購入に30分近くは並んだが、あとはスムーズに鑑賞できた。意外と混んでいなかったのだ。あの上野の「惹冲展」での長蛇の列を経験した者としては多少肩透かしを喰った感じだ。

写真が許可されたアートスペースで2枚をゲット。このコラム用に多少加工。
このスラブ叙事詩は題材のスラブ民族の歴史を描いた点(伝統に偏りすぎの感も)といい、その大きさといい、圧倒的な迫力をもって観る者を楽しませてくれる。更に付け加えれば色使いや構図の巧みさもー。(続く)

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【写真上から:図録表紙 スラブ菩提樹の下でおこなわれるオムラジナ会の誓い スラブ民族の賛歌】

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自由の女神像にあるエマ・ラザラスの詩再考

The New Colossus

Not like the brazen giant of Greek fame,
With conquering limbs astride from land to land;
Here at our sea-washed, sunset gates shall stand
A mighty woman with a torch, whose flame
Is the imprisoned lightning, and her name
Mother of Exiles. From her beacon-hand
Glows world-wide welcome; her mild eyes command
The air-bridged harbor that twin cities frame.
"Keep, ancient lands, your storied pomp!" cries she
With silent lips."Give me your tired, your poor,
Your huddled masses yearning to breathe free,
The wretched refuse of your teeming shore.
Send these, the homeless, tempest-tost to me,
I lift my lamp beside the golden door!"

(Emma Lazarus, 1883)

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【コラージュ Ⅰ】

「The New Colossus」(14行のソネット詩)筆者訳。

新しい巨像

かの有名なギリシャの巨像とは違い
土地と土地を支配の手足で跨ぎ
海に洗われ 夕日に染まる港に
立つのは力強い女性
稲妻を閉じ込め 松明を持つのは亡命者の母
広く世界に向け歓迎の光を照らす
優しい目が二つの街を囲む吊り橋の港を見渡す
「古い国々よ、華やかさをとっておくがいい」
と静かに語る
「疲れはてた 貧しい人たちを
自由の息吹を求め寄せ合う群衆を
海岸で惨めに拒まれた人たちを
わたしのところに預けてください
祖国もなく 動乱に翻弄された人たちを
わたしのもとに送ってください
わたしは松明を掲げて見守ろう
金色の扉のそばで !」

アメリカのトランプ大統領は6日、テロリストの対策を目的に
した入国禁止の新大統領令を発令。イラクを除くイラン、シリア、リビア、イエメン、スーダン、ソマリアが対象国で、アメリカ入国を90日間禁止する。ビザやグリーンカード保有者は対象外。実施は3月16日から。移民の国アメリカが再び閉ざし始めたのだ。大義はどうであれ大きな外交政策転換であることは間違いない。空港などアメリカの入口で混乱が再び起こるかも。

アメリカよ!

自由と寛容さはどこへ行った?


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超人の面白ラーメン紀行 219 横浜・伊勢佐木町『玉泉亭』

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サンマー麺の発祥地の一つとして知られている『玉泉亭』。この近くにある映画館に行ったついでにぶらついていたらこの店があるのに気づいた次第。実はラーメンを食べようと家系ラーメンを探していたのだ。店を見つけ出したがさて、今度はどちらに入ろうかと迷ってしまった。この辺は滅多に来ないのでサンマの乗っているラーメン(笑)にしようと『玉泉亭』に入ってサンマー麺(600円)を食べた。誰かが長崎チャンポンみたいと書いていたが、確かに野菜たっぷりのシンプルな醤油味であんかけが絶妙。“身体にやさしい栄養たっぷりのラーメン”とは店のお品書きに添えてあった。午後の3時、中華料理店内はがらがらで男性客一人に母子二人連れのみ。レジ付近には朝ドラ「まれ」でだらしない父親役を演じて好評(?)だった大泉洋の写真やタレントの色紙が。2、3年前に入ったポルタ店の方がここより客は入っていた。場所柄か?いやいや、デイープなエリアにはラーメン店が似合っているのかやたらにラーメン店の看板が多い。激戦区かも。夜のお仕事帰りに一杯か―。急いで付け加えればサンマー麺のサンマーとは中国語で生馬と書き、「生」→しゃきしゃきとした、「馬」→上にのせると意味だそうだ。


横浜・伊勢佐木町『玉泉亭』1.スープ★☆2.麺★☆3.トッピング★★4.接客・雰囲気☆5.価格★★★

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↑新家系ラーメンのチェーン店。店の前を通ったら10席位のカウンター席は満杯。

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→音楽演奏などに使われる多目的ホール『クロスストリート』。名付け親は歌手のゆず。『玉泉亭』の前にあるモダンな建築だ。右端に『玉泉亭』の“亭”の看板が見える―。

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超人の映画鑑賞 エゴン・シーレー死と乙女 続

ドイツ語圏の映画(オーストリアとルクセンブルクの合作)を観たのは久し振りだ。アメリカの映画とは違ってスケールの大きさはないが、陰翳のある、しっとりとした映像美を楽しんだ。モデル出身のシーレ役(ノア・サーベトラ)の男優の演技もアクションにキレがあるし新鮮、それより何よりカフカ似の顔が印象的。妹ゲルテイ役(マレシ・リーグナー)の女優の顏立ちもふくよかさが感じられかつ妖艶、そのほかの女性たちも個性的。舞台となったヨーロッパ中央の風景もいい。装飾美のクリムトと内面美の求道者エゴン・シーレの対照的な世紀末ウィーンのアール・ヌーボー的絵画だが、確かに風貌も対照的。この映画は想像していたほどエロくなかった。
ここで改めてエゴン・シーレのモデルたちーそう、西洋の女性美に想いを馳せてみたい。凹凸のある、エキゾチックな、表現力に富んだ顔立ち、華麗な髪、くっきりとした目と鼻それにエロチックな口元、豊かな乳房、脱ぎっぷりの良さと大柄かつなだらかな曲線を描く、背筋と臀の抜群のスタイル、茂った森にさ迷えと言いたげな陰翳のある谷間、スラッと長く伸びた、野性味たっぷりの脚の、いわば、外面と雲母のような脆さとアンニュイ感を漂わせる内面をあわせ鏡ように持つ、美の具現者たちはシーレの独特なくねったポーズや色遣いのマジックに果たして感応したか。この命題はさておき、かのモデルたちのヌードに典型的な西洋的な女性美を見出したとすれば、一方でこれとは対照的な美意識を耽美的な作品を多く書いた、あの文豪谷崎潤一郎の随筆『陰影礼讚』の日本女性の美に触れた一節に見出だすことができる。
「あの、紙のように薄い乳房の付いた、板のような平べったい胸、その胸よりも一層小さくくびれている、何の凹凸もない、真っ直ぐな背筋と腰と臀の線、そう云う胴の全体が顔や手足に比べると不釣合に痩せ細っていて、厚みがなく、肉体と云うよりもずんどうの棒のような感じがするが、昔の女の胴体は押しなべてああ云う風ではなかったのであろうか」
(平成28年刊新潮文庫版「解説」で作家の筒井康隆が指摘しているように表現に問題はあるが、80年以上前に書かれた歴史的遺産として捉えて)そしてこう書く。「美は物体と物体との作り出す陰翳のあや、明暗にあると考える」と。
エゴン・シーレの作品の価値は今や高値の4000万ドル以上といわれている。映画の次は日本での新たな展覧会開催があるかも。

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超人の映画鑑賞 エゴン・シーレー死と乙女

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横浜市営地下鉄「阪東橋」近くの映画館「ジャック & べティ」で「エゴン・シーレー死と乙女」を観た。
クリムトとともに世紀末ウィーンの象徴派・表現主義の寵児だったエロスと美の探究者、画家エゴン・シーレの自伝的映画。ディーター・ベルナー監督。2016年オーストリア・ルクセンブルグ共同作品。アルバトロス・フィルム配給。独題: EGON SCHIELE―TOD UND MÄDCHEN 英題: EGON SCHIELE―DEATH AND MAIDEN。天才画家エゴン・シーレは構図や色遣いなど独自な裸体画の名画を多数産み出したが、その短い絵画人生(28才で夭折)は、女とスキャンダルとエゴイズムの欲望が渦巻く世界だった。
映画は病床にある兄夫婦(シーレ夫婦)を妹が見舞うシーンから始まる。妹は子どものいる既婚者。身籠っていた義姉はすでに死亡、兄もスペイン風邪に罹り瀕死の状態。映画はここで切り替わり第一次大戦前の世紀末ウィーンに“フラッシュバック”、ウィーン工芸学校を辞めたシーレの貧弱なアトリエを映し出す。そこでは兄が妹をモデルにして裸体画を描いている。兄妹愛的な兄と妹の関係は普通ではないようにみえる。が、兄は現状に満足することなく、踊り子や年端のいかない少女をゲットしてはモデルに使い、度々男女間のトラブルを引き起こす。敬愛するもそんな兄に嫌気がさして妹は兄の画家仲間と結婚してしまうー。映画は兄シーレの最後を看取る家族、特に妹の献身的なしぐさを捉えて離さないが、兄の偏執狂的な女性履歴も追っていく。クリムト(アール・ヌーボー、ウィーン分離派の画家)に紹介されシーレのモデルにもなり同棲までする、生涯のパートナーと思しき女性(ヴァリ: レリエ・ペヒナー)ーその彼女が大戦後に病没と知らされたシーレは自分の展覧会の作品リストの題名を急遽「死と乙女」に替えるがそれがこの映画のタイトルにもなっているーがいるも別の良家の女性(エディット: マリー・ユンク)との結婚に踏み切ってしまう付和雷同振り・・・。男女間の縺れ合いはこの画家が女性にモテたという証左かもしれないが、あまりにもだらしな過ぎる。一度ゲットしてしまえば飽きて次に移る男性の性なのか。それとも自分の芸術を極めるにはどうしても女性が必要だと言わんばかり― ? 結婚、第一次大戦従軍、展覧会での成功、次第にシーレの絵画は売れていく。やがて映画はクライマックスに。妹が病に倒れた兄の病気を治そうと母にねだった宝石と交換に劇薬キニーネをやっとのことで手に入れるも時すでに遅し。兄はベットで病死する。映画はここで終わる。

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写真左: エゴン・シーレの作品『死と乙女』(1915年) ウィキペディアより
写真右: グスターブ・クリムトの作品『希望Ⅱ』('1907年) MoMAで筆者が撮影したもの

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超人の映画鑑賞 遠藤周作原作 マーティン・スコッセッシ監督『沈黙』 余滴

映画『沈黙』で好演した俳優のイッセー尾形が「週刊現代」最新号(2017年3月4日)のモノクログラビアに登場し、映画『沈黙』の舞台裏や台湾ロケなどについて語っている。小籠包の有名な『鼎泰豊ディンタイフォン』に食べに行った話やマーチン・スコッセッシ監督は馴れ合いはしない人とかいろいろと開陳していてオモシロイ。映画の内容にも触れているので引用してみたい。

「今回は、セリフが英語だからこそ、冒険できたところがあるんです。中略。英語はニュアンスがわからないから、こう言ってみようかと、無限の挑戦ができた」

「信仰とは宗教に限らず、自分が信じているもの、大切にしているもののことだと思うんです。そして踏み絵を差し出されたとき、つまり試されたときに、信じるものを貫くか、自分を売り飛ばすか。キチジロー(窪塚洋介)のように、踏んでもまた戻ってくるという選択肢もあるんですね。世の中、とかく二項対立で語られがちですが、僕は、この“第三の選択肢”がとても現代的だと思うし、一番ほっとするんです」

「清濁の両面を持つ人間の可能性って、やっぱり大きいんですよ。僕はそういう人間が好きだし、演じたいですね」

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超人の生真面目半分転生人語 11 ドナルド・トランプ第45代アメリカ大統領に思うこと 6

ドナルド・トランプ大統領が就任して1ヶ月、閣僚人事の議会承認が大幅に遅れていてまだ半分にも満たない有様で、その上解任や辞任も出て初動から躓いている。記者会見では相変わらず自分の仕事の成果をアピールするのに躍起だ。2月中旬には安倍首相との会談・ゴルフで親密さを演出、真意のほどは皆目分からないが安倍首相に“感謝”まで飛び出す始末。メディア批判は相変わらずで収拾がつきそうにもない。この先どうなるか、何が飛び出すか予断できない状態だ。そんな折アメリカの精神科医の投書が話題になっているという。
www.j-cast.com/2017/02/19290985.html?p=all
自己愛が強すぎるなど性格に問題を抱えるドナルド・トランプ大統領は、国家のリーダーとして相応しくないとの見解を表明したのだ。これは極めて異例だそうだが、そういう人物を支持している人々もいるから不思議に思える。自己顕示欲が強くて強情張り、事実をねじ曲げても自分の意見を押し通してしまう強引さ、自分を批判するメディアに対しては容赦しないほどの罵倒を浴びせて不満をぶちまける、この何とも幼稚すぎる振る舞いには品格dignityなど微塵もないのだ。
漫画のヒーローにはうってつけのキャラと思われるが、この分で行けば一年中良いに悪いせよ、メディアを賑わすことはあり得るかも。アメリカの政治が正義、平等、少数の意見の尊重、寛容さ、多様性など民主主義の土台を崩さず社会の要請に応えるべく政治力を発揮してもらいたい。選挙キャンペーンの支持者向けに雇用促進など公約実行中と経済力で強いアメリカを取り戻せと意気込むこともいいがー。

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ニューヨーク在住の私設特派員が送ってきたトランプタワーの最新写真。歪んで見えるのは気のせいか(笑)。

fake +fake = new face


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珍しい北欧料理の店紹介 6 フィンランド料理店『KIPPIS !』

筆者は京王井の頭線西永福駅で何気なく線路に隣接している建物を眺めていた。今日はいつもと違って寒さが身体に凍みる、しかも小雨、一段とその思いを強くしていたら、目の前の看板が目に入った。窓ガラスにトナカイの絵が書かれたフィンランド料理「KIPPIS !」(kippisは乾杯の意味だそうな)だ。こんなところに北欧料理店があるなんて知らなんだ。フィンランド料理と言えば、かつて京都は五条何々あたりにあった「フィンランディア」を思い出す。やはりトナカイ料理、硬くて少し癖があったのを舌がまだ覚えている。今はこの店は業態を変えて祇園でバーとして賑わっている。
この「KIPPIS !」はディナーが3000円からと書いてあるので、さしずめフィンランド家庭料理を想像して良いだろう。ウォッカも充実しているらしい。興味ある方は詳細を下記のWEBで確かめられたい。

http://kippis.hp.infoseek.co.jp
TEL:03-5376-2531
ANNOS JA JUOMAT

追記 この記事を書いて10年経つが(2007年12月)まだ訪れたことがないが、ランキングに時々顔を出すのでネットで当たってみた。2006年や2007年には訪ねた人の記事が載っていて、珍しいフィンランド料理やお酒を写真入りで紹介をしていた。しかし、その後この店は店主が料理修行に出るため閉店したようだ。


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超人の文学鑑賞 2月、如月 西行のあまりにも有名な歌一首

願わくは
花の下にて
春死なむ
その如月の望月のころ


西行のあまりにも有名な歌一首。“いまさら感”も漂うが。2月15日は西行忌だった。吉野の千本桜見にでかけ西行庵に出会ったのが懐かしい。雨上がりのせいか道中足下がドロドロ状態で一苦労したことも今となっては良い思い出だ。その道中記を読むはこちら→http://crocul.cocolog-nifty.com/callsay/2008/04/post_84b2.html

追記 昨日の毎日新聞夕刊(2017年2月15日)の石 寒太の「こころの歳時記」には西行法師の忌日因んだ一首が掲載されていた。

ほしいまま旅したまひき西行忌  石田波郷

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超人の映画鑑賞 遠藤周作原作 マーティン・スコッセッシ監督「沈黙」

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遠藤周作原作・マーティン・スコッセッシ監督の「沈黙サイレンス」を観た。2016年アメリカで制作されKADOKAWAが配給。戦後文学の傑作の一つといわれている作品の映画化。日本の監督の作品にもあるが(昭和46年の篠田正浩監督の『沈黙』、恩師フェレイラ役は丹波哲郎)マーティン・スコッセッシ監督が原作に感銘して制作したアメリカ映画だ。
江戸時代初期、幕府の「禁教令」発令後のキリシタン迫害をポルトガル人の宣教師を通じて描いた作品。当時の隠れキリシタンがおかれた悲惨な状況を弾圧する強者側(権力側・奉行所)と弾圧される弱者側(キリスタン信徒・カトリック系)の両面から鋭く抉り出している。恩師フェレイラの棄教の真相を探るため、マカオで知り合ったキチジロー(窪塚洋介)の案内で日本に潜入したポルトガル人―ロドリゴ(アンドリュー・ガーフィールド)とガルぺ(アダム・ドライヴァー)の2人、その後ガルペは弾圧され酷い仕打ちを受けて死亡―は、結局、恩師もそうであったように葛藤の末強者側の言い分を聞き入れざるを得ず、キリスト教を邪教とみなし棄教(転び=転宗)して日本名に改名、妻をもらい日本で暮らして亡くなる。長崎を舞台に隠れキリシタンの苦悩の問題を扱ったこの映画は、神は苦悩する人間に現れずなぜ沈黙するのか、信仰と愛の問題など根源的な問いを私たちに突きつける。しかし、筆者など冠婚葬祭や盆暮それにクリスマスのときぐらいにしか宗教を意識しない、世俗的でゆるい日本教信奉者にとっては、正直言ってついていけないところも・・・。
さて、演技面では特に奉行役のイッセイ尾形の演技になぜか共感。全体的に暗く笑いが少ない中にあってイッセイ尾形の名演技の悪代官の表情におかしみを感じたのだ。また、通辞(浅野忠信)の存在のある演技など全体的に日本人の役者が活躍していた。内面の蠢きと大自然の静寂、度々登場する「踏み絵」から「拷問」に至るリアリティーある酷いシーン、その上信仰と向き合うシーンなどセリフも長かった。途中眠気も。映画終了時にまわりを見渡したけれど、観客は少なかった。日本公開して3週間も経ってはいるがもう少し観客が入っていても良さそうな気がしたー。
筆者は 遠藤周作原作『沈黙』の文庫本を読もうとずっとテーブルに置いていたが、何ヵ月前に片付けてからその文庫本がどこへ行ったか分からずにいる。あとがきだけは読んだはずだが覚えていない。

“沈黙”といえば、イングマール・ベルイマン監督の『沈黙』が有名。こちらは大分古く1964年日本公開のスウェーデン映画。今ではyou tubeでも観られる。内面の苦悩や葛藤劇は、父親が牧師とあって掘り下げ方が尋常ではない。大小道具の使い方も巧み。但し、こちらはキリスト教でもプロテスタント系。字幕はアラビア語!これには参った。

追記 遠藤周作の『沈黙』の文庫本を買い直した。あとがきも読んだ。まだ手に入れたばかりだが、奥付を見ると2017年1月31日発行で何と63刷、驚いたことに、はしがきと本文は活字のポイントが違っていた。しかも、解説文まで活字が大きくなっていたから面白い。この方が読みやすいことは確かだ。ただ構成的にはどうかー。(2017.2.14 記)


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超人の面白テレビ観賞 その名は、ギリヤーク尼崎 職業 大道芸人

NHKEテレのドキュメンタリー番組「その名は、ギリヤーク尼崎 職業 大道芸人」を観た。役者根性がここまですわった人も珍しい。御年87歳、身体の不自由さにもめげず、路上で踊ったままで死ねれば役者冥利に尽きると老体をうって励む、その日常を密着取材した番組。身の回りの世話をする元タクシードライバーの弟さんの献身的な努力にも感心するが、それにもまして兄のギリヤーク尼崎の役者ばかを懸命に貫き通す芸人魂に感動した。圧巻は去年10月10日の新宿路上でのパフォーマンス「念仏じょんがら」だ。200人位の観客の前で弟子に支えられながら見事に踊り切った。それは非日常へ誘う奇抜な衣装で踊り狂う魂の舞踊そのもの、独創性に溢れていた。私はロマンチストで夢を売る商売をしていると都営アパートの自宅で語るギリヤーク尼崎。年老いて身体の自由を奪われても役者稼業を続けているのだ。その根性にアッパレ!

ギリヤーク尼崎の舞踏を見るはこちら→
https://youtu.be/p1eg24HYY34

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ニューヨーク地下鉄新路線「2番街線 Second Avenue Line」

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ニューヨーク地下鉄新路線「2番街線 Second Avenue Line」の一部が2017年1月1日に開業。1929年に計画が公表して以来だから、何と88年振り。世界恐慌やニューヨークの財政難があって計画は中断していたという。今回は96丁目駅、86丁目駅と72丁目駅の3駅、約3キロ。20万人くらいが恩恵に被るとか。2番街線は北はハーレム125丁目から南はハノーバー通りの約14キロの区間でマンハッタン東部を南北に貫く計画だが、全面開通の目処は立っていない。
ニューヨークにいる私設特派員から約1カ月遅れのlineでの写真が上記。今までのニューヨークの地下鉄のイメージとは違って超モダンだ。86丁目駅の写真には“E PULURIBUS UNUM“out of many, one、その意味は多数から一つ、多州から成る統一国家、アメリカ合衆国を意味するラテン語の文字(上から5番目の写真)でオバマ前大統領がよくこのようなことを言っていたと思う。また、“ポイ捨てはここで止めて”との文字も(上から3番目の写真)。このlitterの文字は時々通る南麻布の有栖川記念公園でも見かける。ニューヨークも1980年代終わり頃とは180度違って街が見違えるほどクリーンになってきた。ニューヨーク前市長の陣頭指揮が奏効したのだ。筆者が6年前に遭遇したグランドセントラル駅近くのバスターミナルの前のビル1階には朝早い時間にも拘わらずお揃いのグリーンの制服を着た清掃員たちが待機していたっけ。また、3年前の初夏、ニューヨーク6番街の路上で出会った清掃員がビニール袋をもって仕事をしていたのを筆者はビデオカメラ片手に目撃している。
地下鉄新線駅は、それこそトランプタワーも近くにあるのだ。ま、5番街だけど、少し歩くかな・・・。

追記 この記事を書き終えてあと『The New Yorker』の電子版最新号(NEW YORKER JOURNAL FEBRUARY 13 & 20, 2017 ISSUE)にアクセスしたら、偶然にもこの記事と同じようなものが“THE SECOND AVENUE SUBWAY IS HERE ! ”というタイトルで掲載されていた。17ページもある長文の記事。こういった偶然の巡り合わせもあるのだ。本場ニューヨークの最新地下鉄事情が分かって面白い。興味のある方はこちらにアクセスされたい。
http://www.newyorker.com/magazine/2017/02/13/the-second-avenue-subway-is-here (2017.2.9 記)

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超人の生真面目半分転生人語 11 ドナルド・トランプ第45代アメリカ大統領に思うこと 5

ドナルド・トランプ大統領が就任して2週間、全速力で突っ走ってきた感じだが、融和どころか対立と分断の様相がより鮮明になってきている。中でも中東やアフリカ7ヵ国の人々の一時入国禁止は、現政権と連邦裁判所の対立が激化、様相は前代未聞の事態に。また、ツイッターでのやり取りは相変わらずで、ニューヨークタイムズやCNNなどメディアとの対立も。現政権はいつまでも持つか、途中で投げ出すのではと囁かれている。大統領選挙のレースに勝つことに興味があるだけで、大統領になることには興味を示していないとも言われている・・・。
アメリカに不利益のTPPからの離脱、不法移民を防ぐメキシコとの国境の壁構築、雇用促進のための自動車メーカーへの国内移転、大義名分はテロ対策の難民・移民の一時入国廃止等々矢継ぎ早に強権的な大統領令を発令、これに対して比較的大きな反対デモも各地で起きている。世論調査の大統領支持率を巡ってもメディアと対立している有り様だ。フェイクニュース(嘘のニュース)、フェイクニュースと言ってはメディアを煽っている。
ここに来てまた新たな問題が浮上してきている。議会に副大統領がやって来るなど前代未聞のケースが起きて、ベッツィ・デボス教育長官が均衡を破って上院の議会承認が得られたと今朝のアメリカのメディアは伝えていた(APS やABCのニュース)。ベッツィ・デボス教育長官自身は私教育の享受者で公教育の素人、教育制度改革を行うらしい。6000万人の生徒、4000万人の学生を擁する全米の学校や大学で教育予算やスカラーシップの問題をどうするか、今からその手腕に疑問符が付いている。気になるのは中東・アフリカ7ヵ国の人々のアメリカ一時入国禁止だ。テロ防止だと嘯くが明らかに移民排斥や人種差別だ。これは佐藤優や金平茂紀が指摘するまでもなく(『週刊現代』2017年2月18日号)、今後アジアに波及する恐れがあることを私たちは自覚しておくことが必要かも知れない。いつか来た道を辿らないためにも、かつて黄過論で日系移民などアジア移民バッシングあった歴史を忘れてはならない。筆者の身内もニューヨークに留学中なので他人事ではないのだ。(続く)

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超人の生真面目半分転生人語 11 ドナルド・トランプ第45代アメリカ大統領に思うこと 4

アメリカの現政権で初めて来日したマティス国防長官は、海兵隊大将の経験を持ち蔵書7000冊ともいわれている学者肌の独身の長官。奇しくも毎日新聞の朝刊トップの見出しは「総合科技会議 大学の軍民両用研究を推進」だった。中国や北朝鮮など東アジア地域の安全保障を睨んだ日米軍事同盟のあり方を日本政府関係者と探るものとみられている。
マティス長官のあだ名は狂犬(mad dog)、様々な戦争に加担した張本人でしかも前線の指揮もとった軍のエキスパート。今日の稲田防衛大臣の会談・記者会見ではより強い日米同盟関係を築くことを協調するも、トランプ大統領の言及した在日米軍駐留経費負担(米軍駐留経費負担、いわゆる思いやり予算、2015年度の日本側負担は約1910億円、アメリカ側の負担率13.6%の約300億円に過ぎないー2017年2月4日毎日新聞朝刊から引用)問題については日本は他の国々のお手本と持ち上げ明言を避けた格好だ。
さてさて、トランプ大統領の吠え方がツイッターを使って益々過激、その上に大統領令(executive order)を連発して内外にトラブルメーカー振りを発揮している。目下の見せどころは大統領令に添えた彼のユニークなサインそれに書きやすそうなペンーそんなパフォーマンスばかりが目立つ(筆者的には確かにペンの銘柄は気になるところ)。中でも中東・アフリカ7ヵ国の難民の一時入国禁止は、準備不足も関係していて空港などの現場が大混乱しているばかりか、連邦裁判所の却下判断、反対デモと全米各地で波紋も広げているのだ。トランプ砲は取り敢えず打ち放っている感じにしか見えない。少なくとも筆者には。日本のメディアも特に週末となれば“トランプ占い”に躍起だ。筆者たちの大学時代からいわれてきたことだが、最近特に新聞・テレビ・雑誌それにメディアその上ネットメディアの政治色がより鮮明になってきている感じだ。何だかねぇー。(続く)

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超人の生真面目半分転生人語 11 ドナルド・トランプ第45代アメリカ大統領に思うこと 3

そうだ、忘れていたドナルド・トランプ大統領の就任演説の内容に言及することだった!平易な英語は筆者たちの外国人には理解するのに大いに助かるが、あまりにも短絡すぎる文言やリフレインが多く、選挙公約実行に向けた各論のオンパレードで薄っぺらな印象、これが大統領就任演説かと目を疑ったほどだ。これではほぼ半分の支持者向けの演説と変わらない。強いアメリカを取り戻せ、アメリカ第一で。そう訴えている背景には弱くなっているアメリカの現実があるが、政治は正義に基づき公平に平和的に解決することが求められる。少なくともデモクラシーの国民国家では。今や短文形式のツイッターが政治に利用されて独り歩きしている。強気だったりときに弱気だったりと感情の起伏があるトランプ砲だが・・・。
ニューヨーク在住の身内はラインでデモが急増していると書き込んできた。それと狙われているのではとの噂も。ここで立ち止まって、やはりケネディ大統領の言葉を熟考・再考しようではないか。誘導尋問が上手くその“白熱教室”ですっかり日本でも有名になったハーバード大学の政治哲学者マイケル・サンダル教授にも訊きたいが、ここはフランスのジャック・アタリの発言が近い将来を読み解いているかも。彼によると戦争の時代再び・・・。3日ばかり前かテレビの報道番組でポーランドのアウシュビッツからの特派員の報告があったばかりだが、さて、今、世界は超激動の時代に突入したかー。イギリス、北欧、ドイツ、フランス、オーストリア、ハンガリー、イタリアなどの欧州にも難民・移民排斥の右翼勢力が台頭し始め、“~first”が罷り通る気配だ。筆者などは大正14年(1925 )頃の日本・世界情勢を年表や当時の経済資料・文学資料を使って読み込んでいるが、この5年後の1929年、世界恐慌が起こり世界の動きが大きく旋回し人類にとって悲惨な負の遺産をもたらす時代に。ジャック・アタリは第三次世界大戦があるかもと含みを持たせた発言をテレビのインタビューで語っていたのだ。いやはやー。
ドナルド・ダック君否ハートがなくchildishと囁かれているトランプさん、手形乱発みたいな切りすぎたカードは使いものになら変!対立を煽らないで。

ドナルド・トランプ第45代アメリカ大統領の就任演説を読むはこちら→http://mainichi.jp/english/articles/20170121/p2g/00m/0in/004000c

目を国内政治に向ければ、1月の国会質疑の答弁で「云々」を“でんでん“と読んだどこかの首相もいたとか。今日などネットで話題沸騰している。いやはや。

追記 先ほど入ってきたネットニュースによれば、カリフォルニア大学バークレー校で学生が暴徒化し右翼の講演のボイコット(トランプ政権の関係者がいたメディア)したことに対してトランプ大統領が早速反応、大学への補助金カットを示唆したという。これはアメリカの大学にはリベラルな人が多いらしく、現政権と不測の事態がいつ起きてもおかしくない証拠、日本にも少なからず影響が出るはずと筆者がつい2日前に話題にしたばかりの出来事だ。(2017.2.3 記)

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超人の生真面目半分転生人語 11 ドナルド・トランプ第45代アメリカ大統領に思うこと 2

新聞に掲載されたドナルド・トランプアメリカ大統領の15分足らずの就任演説を読んだ(原文と和訳)。テレビで視聴したが、何せ深夜で眠たい時だけによく覚えていなかった。“And, yes, together, we will make America great again”という今や彼の代名詞みたいな文言で演説を締め括ったが、筆者的にはファーストレディになったばかりの東欧系(スロベニア人)の美人、メラニア夫人(ソフィア・ローレン似)の艶やかなブルー系のファッションに目を奪われたのが正直な気持ち。それはさておきトランプ大統領の就任演説の内容だ。時代や政治理念等を考えるのにキーポイントになると思われるので、ここで1961年のジョン・F・ケネディの就任演説の有名な箇所を引用してみたい。

And so, my fellow American: ask not what your country can do for youーask what you can do for your country. My fellow citizens of the world: ask not what America will do for you, but what together we can do for the freedom of man.

“国家があなたのために何ができるかを問うことではなく、あなたが国家のために何ができるかを問うてください”

このあまりにも有名な政治哲学的な命題否言葉は、筆者が高校の時分に英語の授業で教えられ暗記したものだ(そう記憶しているが大昔のため曖昧だ)。そしてジョン・F・ケネディ大統領の写真と文章で綴った本まで買ったのだ。
そうだ、忘れていたドナルド・トランプ大統領の就任演説の内容に言及することだった!平易な英語は筆者たちの外国人には理解するのに大いに助かるが、あまりにも短絡すぎる文言やリフレインが多く、選挙公約実行に向けた各論のオンパレードで薄っぺらな印象、これが大統領就任演説かと目を疑ったほどだ。これではほぼ半分の支持者向けの演説と変わらない。強いアメリカを取り戻せ、アメリカ第一で。そう訴えている背景には弱くなっているアメリカの現実があるが、政治は正義に基づき公平に平和的に解決することが求められる。少なくともデモクラシーの国民国家では。今や短文形式のツイッターが政治に利用されて独り歩きしている。強気だったりときに弱気だったりと感情の起伏があるトランプ砲だが・・・。
ニューヨーク在住の身内はラインでデモが急増していると書き込んできた。やはりケネディ大統領の言葉を再考してもよさそうだ。

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超人の生真面目半分転生人語 11 ドナルド・トランプ第45代アメリカ大統領に思うこと

トランプで切れるキレないドルミドル

先週の金曜日の深夜、第45代アメリカ大統領ドナルド・トランプ氏の就任式をテレビで観た。ワシントンDCからの中継はいつもの大統領就任式とは趣が些か違っていたようだ。押し寄せた観客は、前回の大統領選で“チェンジ”を訴えて当選した黒人系アメリカ人初の大統領オバマ氏の180万人より遥かに少なく90万人位(?)、しかもそのほとんどが白人 。100近くの団体の抗議デモもあって、一部は暴徒化して銀行などの窓ガラスを破壊し警察との衝突も出た。セレモニー会場は60名ほどの国会議員の欠席もあってか空席も目立った。興味深かったのはあのマドンナがプラカードをもって抗議デモをしていたことだ。

3日後、ホワイトハウスの執務室のカーテンの色がトランプ大統領好みの金色に塗り替えられた。思い出した、思い出した、日本にもスケールは小さいが、予備校の先生で金ピカ好きの英語のカリスマ先生がいたことをー。(続く)

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超人の新年の詩 2017 ニュースピークの幻影

新年の詩 2017

ニュースピークの幻影

穏やかに流れてゆく
新年の陽光に
誰かの展示会のタイトル
陽光礼讚がかぶる

日はまた昇る
日はまた笑う

誰もが特別な朝に
願うのは平和

緩やかに流れてゆく
新年の陽光に
小さな庭の赤い薔薇
陽光礼讚が似合う

日はまた昇る
日はまた笑う

世界はことばの限界を
露呈し始めて
取り付く暇もなく漂流

ポスト トゥルース
ニュースピークの幻影

羅針盤が壊され
新たな航海が視界ゼロに

果てしなく続く局地戦

武器をさらば
武器をさらば

何時になったら
止められる 暴力

非戦の誓いは
本当に来るのか

それでも日は昇る
それでも日は笑う

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クロカル超人が行く 197 三島市 大岡信ことば館『谷川俊太郎展 本当の事を云おうか』余滴

大岡信ことば館『谷川俊太郎展 本当の事を云おうか』の
「大岡信の部屋」にあった持ち出し自由の連詩のコピーから。

フランクフルト連詩


ガブリエレ・エッカルト
ウリ・ベッカー
谷川俊太郎
大岡信

(訳)エドゥアルド・クロッペンシュタイン
福沢啓臣

1

この町で『西東詩集』の詩人は生まれた
東と西の言葉でぼくらが織物を始める朝
テーブルには新しい星座のように 栗の実が
飾られている 緑のはっぱを敷いて―
栗のいが 陸にあがった雲丹

2

私にはうらやましい あなたたち詩人は
夢中になって積み木と遊んでいる
あるいは―
消えてしまった意味をなぞりながら―
系統樹にイースターの卵をつり下げる

書くことで私にできるのは
私を窒息させるものを吐き出すだけ

ガブリエレ

3

森の中の切り倒された老いた木の切り株の
波紋のようにひろがる年輪があなたの一生
そのまんなかで子供のあなたが泣きわめいている
バウムクーヘンが食べたいのだ

俊太郎

4

ケーキを食べたらいいじゃないか、詩の
きらいな人は、今日のお祝いに
四人で一緒に祝おう、おれたちのやり方で
ヒステリー気味の歴史抜きで

公園に出ておいで、友よ、見ろよ……
ドイツ自慢の樫の木に差し押さえの敦公印がぺたっとくっついているぞ。

ウリ

続きを読むはこちら→「frankfurt_liked_poem.pdf」をダウンロード


筆者の寸評。
連詩は連句にヒントを得て大岡信が提唱してできた詩的遊戯でワールドワイドな試み。このフランクフルト連詩は、丁度ベルリンの壁崩壊という歴史的な出来事があった時期で、旧東ドイツの詩人が連詩を始める前と後では心理的に違って、セラピー効果があったと当事者の一人である谷川俊太郎が語っていた(季刊雑誌『大岡信ことば館だより』季刊第11号 2013年春 対話=谷川俊太郎/三浦雅士 大岡信との絆を語る。P.28)。

20170106164843_00001 政治的抑圧からの解放あるいは内面を言葉で表出したあとの癒し効果なのか。詩的実験から新発見があったことは確かだ。

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クロカル超人が行く 197 三島市 大岡信ことば館『谷川俊太郎展 本当の事を云おうか』続々

展示の目玉コーナーの一つは、鮮烈なデビューを果たした第一詩集、「ネロ他5篇」を収めた『20億光年の孤独』(創元社1952年6月刊) の書籍や推薦者三好達治の原稿など関連資料の展示だ。下記はその代表作の「20億光年の孤独」。

20億光年の孤独

人類は小さな球の上で
眠り起きそして働き
ときどき火星に仲間を欲しがったりする

火星人は小さな球の上で
何をしてるか 僕は知らない
(或はネリリし キルルし ハララしているか)
しかしときどき地球に仲間を欲しがったりする
それはまったくたしかなことだ

万有引力とは
引き合う孤独の力である

宇宙はひずんでいる
それ故みんなはもとめ合う

宇宙はどんどん膨らんでゆく
それ故みんなは不安である

20億光年の孤独に
僕は思わずくしゃみをした

筆者的な一言評。
少年のスケールは大きく孤独も深いが、何となくユーモラス。

(集英社文庫版『谷川俊太郎 詩選集 1』2005年)
※この集英社文庫版には巻末に収録詩集装幀選53点が収められている。下の写真はその1番目の『20億光年の孤独』の表紙。前にも見たと思うが、改めて見てみると時代の雰囲気が伝わって来るようだ。今回の「谷川俊太郎展 本当の事を云おうか」でも原画と作者が紹介されていた。キリッとした詩画集の感じを出したかったのかも。

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クロカル超人が行く 197 三島市 大岡信ことば館『谷川俊太郎展 本当の事を云おうか』続

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【写真上から: 展示配置などを記した簡単なチラシ 谷川俊太郎展 本当の事を云おうかに因んだかかどうか知らないけれど、自宅前で両手をあげている谷川俊太郎 造形を施した自己紹介の詩】

中でも谷川俊太郎と仲の良かった歌人寺山修司によるビデオ・レターが秀逸だ。「谷川俊太郎とは誰ですか ? 」、「彼の詩はいくらぐらいですか ? 」、「彼の詩をたとえてみれば何ですか ? 」といったような質問(筆者が覚えている限りでは)を津軽訛りの強いアクセントで一般人に浴びせる寺山修司(ナンセンスな仕掛けが小気味よい)、その質問に応えた一人の女性が印象的だった。「詩人です」「値打ちは99円かな」そして続けての質問に「その詩はマシュマロみたい」と言っていたが、“マシュマロ”とはさすが、谷川詩の本質を言い当てているような気がする。谷川詩には四角張ったところがなくまろやかなものが多いのだ。たとえば離婚のことを書いた詩には現実的にはそれなりの緊張感はあったと想像されるが、詩はむしろユーモアさえ漂わせる。
谷川俊太郎は大岡信という類稀な詩人・評論家と相互に響き合いながら独創的な詩的営為を続けている。その意味では大岡信ことば館に相応しい企画展である。欲を言えば、谷川詩の難解な詩にもっと焦点をあてて解説を施したものが欲しかった・・・。谷川俊太郎、バンザ―イ !

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クロカル超人が行く 197 三島市 大岡信ことば館『谷川俊太郎展 本当の事を云おうか』

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【写真上から: 大岡信ことば館入口 1階の関連書籍展示販売コーナー T出版社の本が売行第1位とか】

三島駅近くにある大岡信ことば館『谷川俊太郎展 本当の事を云おうか』を観に出かけた。今日が開催最終日、1.映像作品、2.模型飛行機、3.ラジオコレクション、4.『20億光年の孤独』、5.写真作品、6.朗読、7.詩集/絵本の原画、8.櫂、9.書簡資料、10.海外での活動、11.鉄腕アトム、12.大岡信の部屋を2時間かけてたっぷりと観賞。印象的だったのは、ノートに鉛筆で書き記されていた高校時代の詩篇(意外にもきれいな字!)と父谷川徹三のABC評価(筆者的には「20億光年の孤独」の自筆原稿が見たかった!)、三好達治の谷川詩を推奨する原稿、谷川俊太郎が献呈した作家の自筆御礼葉書(室生犀星、サトウハチロウ、堀口大學など。三島由紀夫は達筆)、父谷川徹三の息子宛の子を思う優しい葉書、寺山修司のビデオ・レター、ラヂオのコレクション(アメリカ製やドイツ製の貴重なラヂオは京都工繊大に寄贈した由)、模型飛行機(懐かしい。作ったことがあるある)、大岡信の机(使いこなされた大きめの木製机とその上に置かれた大辞典の数々)、フランクフルトでの連詩の試みの写真・巻物など。
谷川俊太郎に詩友と言わしめた大岡信には谷川詩についての小論があるが、その冒頭にはenfin terrible(恐ろしい子ども)とその鮮烈な詩を評価した文章が展示してあった。大岡信は『文學界』に掲載された「ネロ他5篇」を読んで衝撃を受けたと語っている。筆者は大岡信の仕事振りは先に世田谷文学館で鑑賞していたので想定内だった。しかし、その著作物には驚嘆せざるを得ない。幅広いジャンルに及び極めて生産性が高い。それに比べて谷川俊太郎は評論は手掛けなかったが、これまた幅広いジャンルで活躍している。いわゆる現代詩、連詩、鉄腕アトムの詞などアニメソングやコマーシャル、校歌、ライトヴァース、マザーグースのうたやスヌーピーの翻訳、絵本、脚本、自作詩の朗読(ポエトリーリーディング)、横のつながりに目をむけた「にほんご」など多岐多様、その詩的真髄はジャック・プレベール的なポエジーか、即興詩人のそれか。ことばに軽やかなリズムを吹きかけて異次元の世界を現出させる、言わば、現代のことばのマジシャンだ。言葉の異化作用をいとも簡単に成し遂げてしまう天才的なテクニシャンなのだ。それで“私は詩人ではない“と嘯く(谷川俊太郎展の「本当の事を云おうか」は、詩集『鳥羽』から取ったフレーズでそのあとに続く言葉がこれ。詩集が出てすぐ読んだ。何と人を喰ったフレーズであることか)。筆者は谷川俊太郎の詩とは20歳の頃から付き合ってきた。今日も「トルムソコラージュ」の中の長い詩を含めて10篇以上は声を出して読んだ。改めて詩の面白さを噛み締めたのだ。快い響きと解放感、それにナンセンス詩や言葉遊びがいい。

追記 大岡信ことば館の季刊雑誌『大岡信ことば館だより』(季刊第11号 2013年春)には、対話=谷川俊太郎/三浦雅士 大岡信との絆を語るという記事が掲載されている。「櫂連詩」から「ファザーネン通りの縄ばしご」までの副題が付けられた25頁もの。同人誌「櫂」に集った詩人たちの連詩をつくる過程と人柄がみえて勉強になった。影響力大の大岡信それに谷川俊太郎の連詩をつくるも良いものながなかったなど印象深かったところも。(2016.1,5 記)


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超人のドキッとする絵画 29 神奈川県立近代美術館 葉山館『陽光礼讚 谷川晃一・宮迫千鶴展』 続

「谷川晃一・宮迫千鶴展」展示品、アトランダムにディスプレイ。

①②
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④⑤
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⑥⑦⑧
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⑨⑩⑪
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⑫⑬⑭⑮⑯⑰
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⑱⑲
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上からタイトルと制作年。

①T-16 La GOLONDORINA Ⅰ 2000年
②T-17 La GOLONDORINA Ⅱ 2000年
③美術評論、エッセイ、絵本など自著展示コーナー
④ T-14 大室山脈 2009年
⑤ T-35 大室山脈・秋 2009年
⑥ T-31 ムーンクロス 2005年
⑦ T-29 カラベラ・ダンス 2005年
⑧ T-26 マスク・ボックス 2005年
⑨M-63 コラージュC(「珈琲色のStory」 シリーズ) 2007年
⑩M-62 コーヒーアンドビスケット 2007年
⑪M-57 青いレモンの夜 2005年
⑫M-59 月のピアノ 2007年
⑬M-52 花言葉・月夜の夢 2007年
⑭M-53 花言葉・夕暮れの想い 2007年
⑮M-54 花言葉・静な夜 2007年
⑯M-55 花言葉・小さな情熱 2007年
⑰M-51 緑の庭 2006年
⑱T-50 静かな夜 2015年
⑲T-49 海辺の町 2015年
⑳T-70 大室山と大島 2016年
※T-番号: 谷川晃一の作品と展示番号
M-番号: 宮迫千鶴の作品と展示番号

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超人のドキッとする絵画 29 神奈川県立近代美術館 葉山館「陽光礼讚 谷川晃一・宮迫千鶴展」

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昨夜のテレビ東京の美術番組『美の巨人たち』は、ピカソが55歳時に描いた20世紀最高傑作『ゲルニカ』、25歳時の作品『アヴィニオンの女たち』

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そして15歳時に描いた『科学と慈愛』を取り上げ、時間を逆戻りしながらピカソの早熟ぶりとその隠された苦悩それに創造と破壊に費やしたピカソ絵画の秘密を解き明かしていた。素直な子どもの絵を描くことがピカソの目標だったーそれはポップアートの第一人者谷川晃一にも当てはまる。今神奈川県立近代美術館葉山館で開催中の「陽光礼讚 谷川晃一・宮迫千鶴展」の図録解説からも読み取れる(「子どもに向かって成長する」)。もっともこの展覧会は伊豆高原での絵画芸術活動の作品群だ。今までの色彩に森のイメージとしての“緑”が多用されているのも彼の新しい境地かも知れない。興味を引くのは宮迫作品もポップアートを得意とする画家だったが、谷川作品と比べると色使いはもちろんのこと、線描写が少し太くゆったりした感じを受けるのだ。おおらかさがあるといっても過言ではない。谷川作品も刺激しあってポップアートの完成度が高くなっているのを感得できるが、最近の諸作品は“緑の王国”とも言っていい、豊かな森に入り木々と呼応している豊穣なイメージを私たちに与えてくれる。そこでは時間がゆったりと流れているのだ。

絵画鑑賞後美術館の裏手の海に通じる散歩コースを回り葉山の海を一瞥、冬の光が眩しく海は穏やかだった。“額縁”にと一枚を写真に収めたら、さながら19世紀のターナーやコンスタブルの英国風景画が現前にあるような構図に。不思議な光景である。

追記 日曜美術館(2016年12月4日放送)「絵は歌うように生まれてくる~画家・谷川晃一森の生活~」を11日の再放送で観た。かつて前衛画家として名を馳せた谷川晃一氏の最新映像だ。伊豆高原での画家・谷川晃一さんの暮らしぶりを追った番組。コックをやっていたこともあるしく料理の腕前はなかなかなもの、さらに驚いたことには仏壇に向かって般若心経をすらすらと唱えていたことだ。時間が止まるようなゆったりとのんびりした芸術生活があって羨ましい。高齢にもかかわらず仕事に意欲的でアトリエでの絵筆を持つ仕草も若々しく見えた。

写真上から : 筆者撮影
西日を浴びた神奈川県立近代美術館葉山館
「陽光礼讚 谷川晃一・宮迫千鶴展」図録表紙 チラシ

眠りの舟 2001年 アクリル 紙 35.0×51.0cm(谷川晃一)
太陽の鳥 1993年 アクリル カンヴァス 90.8×116.50cm (谷川晃一)
キャラバン 2005年 ミクストメディア 43.0×33.0×12.3cm (谷川晃一)
南下するナウマン象 2005年 ミクストメディア43.0×33.0×12.3cm (谷川晃一)
旅のトランプ 2005年 ミクストメディア 43.0×33.0×12.0cm (谷川晃一)
マスク・ボックス 2005年 ミクストメディア 43.0×33.0×14.0cm(谷川晃一)

畑の至福 1992年 コラージュ グアッシュ 紙 パネル 141.0×103.0cm (宮迫千鶴)
奥の農場 1992年 コラージュ グアッシュ 紙 パネル 146.0×104.0cm(宮迫千鶴)
5月の風 1992年 コラージュ グアッシュ 紙 パネル 140.5×103.0cm(宮迫千鶴)
フィンランドの夏 1995年 コラージュ グアッシュ 紙 パネル 146.0×103.0cm(宮迫千鶴)

雑木林の音楽 2015年 アクリル 紙 パネル 73.0×103.0cm(谷川晃一)
神奈川県立近代美術館葉山館裏手から眺めた葉山の海

追記 一度だけ筆者は編集者のT 氏の計らいで谷川氏、宮迫さんと談笑する機会があった。もう遠い昔、宮迫さんからは便箋に書かれたメモをもらった記憶があるが、はてどこにあるか?その後何十年か振りで谷川氏とはドイツ文学者の種村季弘展でお会いした。大きな文字の名刺が印象的だった。

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超人の生真面目半分転生人語 10 ウラジミール・プーチンロシア大統領の来日に思うこと

プーチンロシア大統領が12月15日に来日、山口県長門市の老舗旅館で日露トップ会談が行われた。翌日は場所を東京に移し共同記者会見で会談を終えた。会談時間は約2時間半。終わってみれば領土問題は進展なし。経済支援ばかり(約3000億円の経済投資)が 引き出された格好だ。プーチン大統領のしたたか外交が目立った。何だったの、こんなに期待を持たせて安倍首相!勘違いやら外交交渉の常道に見落としや読み間違いがあったのではと言われても仕方がないほどの成果のなさだ。
最近の地政学研究やトランプ次期大統領の登場で、地政学的見地に加えて“地経学”(2016年12月17日付毎日新聞朝刊2面を参照)見地も必要になってくるかも。最近の国際情勢の変化の中で、日本の立場をいかに国際社会にアピールするかがまさに問われているのだ。
土曜日夕方のTBS報道番組で金平キャスターが「読売新聞・日本テレビ記者がモスクワのクレムリンで来日前のプーチン大統領との会見で、領土問題はないとプーチン大統領の口から引き出したことはスクープだ」と語ったことが今回のプーチン大統領の訪日を象徴しているだろうか。そのプーチン大統領の胸の内を読み切れなかったということか。プーチン大統領に振り回されたか。メディアの騒ぎ立ても安倍首相の“意気込み”に乗った感じだ。元島民の女性はテレビのインタビューに応えて「期待したいが期待せず」の複雑な心境を語っていた。2時間半以上遅れて、予定の15分前に切り上げてさっと帰国してしまう神経もなんだが、日本の外交の脆弱さを見事に見せつけられた形である。最後は弘道館での柔道見学で日本滞在2日の外交日程を終えた。プーチン大統領到着前の長門市の老舗旅館周辺の警備は異常なほど厳しかったけれども、弘道館への道路の警備も物々しいかった。その警備員の一人に筆者が“プーチン車”のことを訊ねたら、「プーチン車はほんの2、3分前に通り過ぎたと」。オバマ大統領が鎌倉の大仏前の店に抹茶を食べに来た時は沿道に並んで写真を撮ったが、今回のプーチン大統領ではそれほどの関心はなかった。
安倍首相は今回の来日記念として幕末の日露交渉を象徴する「プチャーチン来航図」の複製画をプーチン大統領に贈ったとメディアが報じた。この船の歴史的なエピソードは和歌山県沖でトルコ軍艦遭難事件のそれと劣らず素晴らしい出来事だった。トルコは親日家が多いと聞くが、これからは日露関係も民間レベルでの交流をもっと盛んにしてロシアにたくさんの親日家を創り上げることが政治レベルでの硬直化を突き破る鍵かも知れない。

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追伸 NHKスペシャル「日ロ交渉の裏側」やフジテレビの番組「Mr.サンデー」に出演した安倍首相を見ていると何だかオプティミストにみえてしょうがないと思うのは筆者だけだろうか。メディアに対する偏見も露呈する首相だが、はて、この先の北方領土問題解決はどう進展するのかこれからも注視していく必要がありそうだ。ある程度対等な関係で相手に切り込んでいく強硬な姿勢も必要だろう。そこからみえてくるものを信頼する他ないのだ。日露関係の未来は過去の柵を一つ一つ解きほぐす道程だ。あらゆる面で相互理解を深めることが、結局は国益に繋がることかも知れない。

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超人の面白食物発見 恵比寿駅 鯛焼き店『ひいらぎ』

『AFURI』のラーメンを食べたあと別の味噌ラーメン店も気になり場所確認後、恵比寿駅へ行く途中にこの鯛焼き店を発見。1個150円の鯛焼きを3個ゲット。やたらにウマイ、ウマイと連発しながら鯛焼きを食べた女性もいた。確かに餡は量は多いし甘さも控え目、30分かけて焼き上げた皮はパリパリ。美味。この鯛焼きを食べたら他の鯛焼きは食べられないー。

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追記 下記は店のチラシ。
当店のたい焼きは、30分以上かけて表面がパリパリになるまで焼いた生地の中に、北海道産小豆100%使用の自家製餡を、頭から尻尾までぎっしりと入れております。
たい焼きは出来るだけ早くお召し上がり下さい。温め直す時は、そのまま電子レンジで温めた後、霧吹きで表面を湿らせ、オーブントースターで軽く表面を焼いて下さい。
※温め過ぎると中の餡がパサパサになるので、ご注意下さい。
当日中にお召し上がにならない場合は、冷凍して下さい。賞味期限は冷凍で一週間です。

恵比寿たいやき ひいらぎ

〒150-0013 東京都渋谷区恵比寿1-4-1
恵比寿アーバンハウス1F
定休日 月曜日
TEL 03-3473-7050

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超人の面白ラーメン紀行 218 恵比寿駅『AFURI 』

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今回で恵比寿駅近くのラーメン店『AFURI』の訪問は二度目。相変わらずの人気店で店内はアメリカから来た男女や若い女性もいて、20席のカウンターは満席。一つ隣のアメリカ人の女性は、たっぷりの麺を箸でつかみ、するすると音を立てて食べていた。食べっぷりは豪快で楽しげ。阿夫利神社の水が売りのこの店はご利益たっぷり?細麺系は少し粉っぽく感じたが。しかし、淡麗系は健在だった。
【写真に一言。胡椒をかける前に撮影するはずが後に(笑)】

麺啜る音楽しげなアメリカン


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超人の生真面目半分転生人語 9 名古屋・関西出張

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翌日も京都で仕事。衣笠あたりから千本北大路に向かうためタクシーに乗った。前夜に発生した通り魔事件の現場近くをタクシーで通ったら、タクシードライバーが「警察官が4発発砲して犯人の足に命中した」とやや興奮気味に話してくれた。5歳の子どもが通りがかった男性にいきなり頭など刃物で切りつけられたらしい。幸い子どもの命には別状なかったが、いつなんどき不可解なことが起こるか分からない。犯人は入院後逮捕された。発砲理由として警察官は襲いかかってきたのでやもうえなかったと話している。犯人の動機の詳細は分からなままだ。そういえば、京都精華大学近くの通り魔事件、山科区の『餃子の王将』社長殺害事件(一部足掛かりは分かり始めているが捜査の全面究明には至っていない)などの“京都事件”も未解決のままだ。
ここ最近でも大阪環状線の駅で線路に女性二人を突き落とした事件も発生している。ただの通りすがりで衝動的にやったことが怖い。こういった事件が多くなってきていて、何か社会の歪み、ぎすぎすした感じを受ける。テレビ局の車などが止まっていた現場を通りすぎてから筆者も少しの間動揺を隠せなかった。
昼に京都御所の庭を通り抜け、烏丸通りのホテルで知り合いの先生と食事しながら談笑し、日本庭園(小川治兵衛作の池泉回遊式。この日は結婚式もあって和服姿の花嫁花婿が庭園に映えていた)を眺めてやっと京都の紅葉を味わった。最近読んだブログの孫引きだが、文芸評論家の小林秀雄の文章に「言葉も季節によって色付く」という卓越した表現があった。まさしくその表現に相応しい季節に遭遇。リアルステックでかつ風情のある晩秋の京都だ。さらに夕方にはクリスマスツリーも間近に見ることができた。

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【写真上から : 同志社大学図書館前のクリスマスツリー 、京都御所と京都平安ホテルの庭の紅葉 】

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超人の生真面目半分転生人語 9 名古屋・関西出張 2

京都行脚の続き。
国立国会図書館関西館を訪ねる前に、昼食をとることにしたのだが、少し気が利いたところがないか探しているうちにプチショッピングみたいな一角を発見した。その一つの丸亀うどん店に入った。例のセルフサービス形式の讃岐うどん店だ。筆者の地域にもあって日曜日の午後に時々車で出かけている店である。造りもほぼ同じ、客はやはり地元の人特に年配者が多かった。祝園駅のある精華町は来ない間にマンションやらプチショッピングやらできている。サントリーの研究所も移って来ているとか。そうそう、悪評高かった「しごと館」は閉鎖したか。辺鄙なところだが企業の研究所がいろいろあって広大、関西文化学術研究都市(通称けいはんな学研都市)を標榜しているものの、果たして東のつくば学園都市と比べて成果のほどは?京都、大阪、奈良県に跨がって130もの施設があるらしい。特に筆者が興味のあるのは国会図書館関西館、人の入りはどうだろう。気になるところだ。でも、この辺に持ち家を購入して大阪や京都の中心部に通っている人たちも案外多いそうだ。(続く)

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超人の生真面目半分転生人語 10 名古屋・関西出張

このところ忙しくてこのコラムもご無沙汰。11月の最終週から名古屋、京都、大阪それに神戸と出張したせいで書く暇がなかなか取れなかったのだ。何せ名古屋入りしたらその日のうちに京都へ移動の強硬スケジュールだった。名古屋は夕方、知人のいる刈谷市のレストランまで出かけた。店主は2年前にここに来たらしく、ここがついのすみかと言っていた。長野県ではビジネスは上手くいっていたはずだが、彼の口から思いがけない一言が。会社経営は面倒だったー。察するにあまりあるようだった。この辺はトヨタ車体の本社があるが、車がない人には結構不便。往生しながら何とか名鉄とJRの新幹線を乗り継いで京都に着いたのは夜11時過ぎ。京都は紅葉狩り真っ只中と思いきや、色付きは11月23日~週末の25、6日がピークだったらしく、あとは色鮮やかとはいかなかった。名古屋の先生がぜひ東福寺と薦めてくれたこともあって(京都はこれまで仕事で頻繁に来ていたが、意外と古寺巡礼はほんの少し)、着いた翌朝行ってみようと京都駅(やはり外国の観光客と国内のおばちゃん族が多かった)の奈良線に乗ったまでは良かった。が、最寄り駅から1キロもあると聞いて行くのを諦めたのだった。事前にある先生とアポを取りつけていたため、仕事に差し支えたら大変と考えてのことだ。(続く)

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超人のジャーナリスト・アイ 167 アメリカ大統領選挙の後遺症・人種差別問題

アメリカのNPRの記事を読んでいたら、今回の大統領選挙の後遺症みたいな人種差別的な言動がアジア人に向けてあったという記事に遭遇。カリフォルニアの独立、ワシントンD・Cでのデモ、ニューヨークマンハッタンのトランプタワー前でのデモなどまだ3週間も経たないうちにトランプ次期大統領への反発、一方、白人の人種差別的言動などアメリカの現状が大統領戦後浮き彫りにされた。感謝祭のビデオテープでトランプ次期大統領が「選挙戦は終わった。これからは分断ではなく融合してアメリカを再建しよう」と一転して態度を軟化したのだ。地球温暖化問題やTPP問題にも明確に“No”を突きつけた。そんな中、あるアジア人に向けた白人の人種差別的な言動が衝撃的だ。下記はNPRのニュースから。

Support Pours In For N.Y. Immigrant After Post-Election Harassment

Editor's note: This story contains language that some may find objectionable.
As an immigrant, Tenzin Dorjee did everything he was supposed to do and more. Born in Bhutan, Dorjee is a naturalized U.S. citizen who has lived in upstate New York for nine years.
He runs a successful restaurant, as well as an arts festival, in the tiny town of Plattsburgh, near the U.S.-Canadian border.
Over the years, he has been singled out a few times — but nothing like what he experienced the day after the election.
"It was a couple of guys standing next to a couple of trucks. And that's when they say, 'Hey chink, get the F out of my country. Go back to where you came from.' And I just smiled at them," he says, sighing. "Then it happened again."
In fact, in the past few weeks, he has been harassed repeatedly for being an immigrant, from racist slurs hurled his way to vandalism of his car.
Dorjee is a Buddhist. But the recent events shook him up so much that he considered buying a gun for protection, of himself and his family.
Then, his community rallied — powerfully and publicly — behind him.
A longer version of this story is available at North Country Public Radio.→https://shar.es/18Wavv

アメリカは移民の国、アメリカ人は原点を見直してリバティー島の「自由の女神 Statue of Liberty, formally Liberty enlightening the world)詣でをしたらいい。初めの頃の移民は苦労したはず。それこそuphill taskを厭わずwork harderした人たちだ。「自由の女神」像の台座にはエマ・ラザラスの詩が刻まれている。噛みしみてほしい。移民の原点を忘れないためにも。嫌がらせをしている白人の人たちに特に言いたい。
エマ・ラザラスの詩の「新しい巨像」(The New Colossus)は下記の通り。

The New Colossus

Not like the brazen giant of Greek fame,
With conquering limbs astride from land to land;
Here at our sea-washed, sunset gates shall stand
A mighty woman with a torch, whose flame
Is the imprisoned lightning, and her name
Mother of Exiles. From her beacon-hand
Glows world-wide welcome; her mild eyes command
The air-bridged harbor that twin cities frame.
"Keep, ancient lands, your storied pomp!" cries she
With silent lips.
"Give me your tired,
your poor,
Your huddled masses yearning to breathe free,
The wretched refuse of your teeming shore.
Send these,
the homeless,
tempest-tost to me,
I lift my lamp beside the golden door!"

(Emma Lazarus 1883)


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11月の初雪は54年振り

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We had the first snow of the season in November
for the first time in fifty four years !

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超人のおもしろ食べ歩き 神田淡路町・とんかつ店『勝漫』

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神田淡路町の交差点から徒歩2分のとんかつ店『勝漫』。看板の大カツ丼(1700円)を食した。肉厚で卵のかけ具合が独特。少し油濃かったのはご愛嬌か。赤だしの味噌汁と漬物付き。美味。完食してふと見上げた色紙にはTBS日曜日昼の番組『噂の東京マガジン』で司会をしている小島奈津子の文字が。女性らしい字で愛らしい。この店の女将さんが“やってトライ”のコーナーにカツ丼作りの講師として招かれたのだ。豚肉の上等でやわらかいのには納得、それ以上に外はシャキシャキ、中はジューシーに仕上げるため、ていねいな調理に心がけ実践(店の心がけ実践帖がメニューと一緒にあるのも珍しい。普通なら店のどこかにそれとなく飾ってあるのだが)、また、卵も選りすぐったものを冷やしたりして卵の持ち味を活かしている。訪問したのは月曜日の昼1時40頃で客は3人程度。すでにランチタイムが過ぎた時間帯だったか。厨房には娘さん(?)、ご主人と女将さん、それとホールの女性で切り盛りしている店。
そういえば小川町、淡路町それに神田駅周辺にはカツ丼などとんかつの旨い店が結構ある。何軒かは食べ歩いたが、またまだ奥が深い。次はできたらやはり大阪は八尾のとんかつ店に挑戦したい。

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福島県沖で震度5弱の地震

今朝は5時手前で目が覚めてトイレに行き、また寝ようとしたが寝つかれず枕元のスマホでNPR(アメリカ公共放送)のトランプ次期大統領関連のニュースを読んでいたら比較的大きな横揺れの地震があった。透かさずテレビをつけて地震速報を見た。震度5弱、マグニチュード7.3(気象庁は後に津波注意報を警報に、マグニチュード7.3を7.4に修正した!)で震源地は福島県沖推定25kmと。テレビのアナウンサーが津波が発生しますのでいち早く高台に逃げてくださいと告げていた。何度も早口で繰り返し、しかも途切れることもなくいち早い避難を呼びかけていた。避難指示の呼びかけの言葉も短く分かりやすかった。報道の仕方も進化したのだ。一時福島第2原子力発電所の一部(後に冷却ポンプと判明)が止まった。えっ、危ないと思ったがまもなく再開したとのニュースが流れてほっとした(その後のニュースで福島第2原子力発電所では3ヵ所損傷していたことが分かった。やはり危ないのだ!)。地震発生から約75分過ぎたころ、福島県、宮城県、茨城県と千葉県の太平洋沿岸に津波の第一波が押し寄せた。60cm、90cmと思っていたほど大きくなかったのは幸いだった。しかし、仙台湾では1.4mもあった!アルゼンチン訪問中の安倍首相や菅官房長官の国民の安全に対して万全をつくすとの会見もあった。記憶に新しいニュースとしては、イタリアのローマ北東部の小さな村で2度地震に襲われたことだ。教会が破壊され住民は2度の地震に途方にくれていた。本当に気の毒なことだが。田園風景が広がる観光スポットだった。4月に起きた熊本地震は、地震大国日本のやるせなさを象徴しているが、地震予知が科学的知見に基づいて的確迅速に行われることを切に望みたい。筆者的には3.11の津波で大被害を被った岩手県沿岸部、特に田老地区の災害復興の新聞記事を切り抜き机において検証していた矢先だから尚更だ。災害は忘れたころにやってくる(だから風化を防ぐためには日頃の備えが必要。最少の災害グッズ、心構えと避難場所など)見舞ったいわき市在住の誰かのメールにそう書かれていた。

追記 午後11時過ぎに帰宅したら、震度4の地震がまた発生のニュース。津波の心配はなく、福島第1、第2原子力発電所も異常がないらしい。一安心。

追記2 この地震は6年前の東日本大震災の余震でまだ続くとは気象庁の話。

追記3 今回の地震で沿岸部の人たちが素早く高台に避難したのは賢明だったが、車での移動が却って道路の渋滞を招くはめになったと。あの3・11の津波に飲み込まれた車の光景ーまさに地獄絵ーが浮かぶ。自治体の関係者が言っていたことだが、必要以上に車を使わず歩いて避難することが大切だという。災害を克服するとは教訓を生かすことなのだ。(2016.11.23 記)


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毎日新聞のコラムを読む 英国の欧州連合(EU)離脱後の大学の教育・経営

今はアメリカの次期大統領トランプ氏の人事に世界中が一喜一憂している。何だかあからさまに政治にビジネスを持ち込むような雰囲気で、alt-right(アメリカのネトウヨ)の人々の登用が取り沙汰されている。今回のアメリカの大統領選挙でポピュリズムが話題になったが、そのさきがけのイギリスのEU離脱で大学の教育と経営に黄色信号が灯っていると毎日新聞の西川 恵のコラム「金言」が書いている。「英大学の嘆き」と題した見出しで、EU離脱後は財政的に逼迫するとユニバーシティー・カレッジ・ロンドン(UCL)を引き合いに出して実情を報告している。
EUから入っていた研究助成など資金面での支援がなくなるのも痛手だ。UCLの場合、年間予算6億3000万ポンド(約801億)のうち4分の1がEUの助成。離脱は大きな不確定な要素と広報担当者の言葉を引用している。そして、英国は英語と、教育ノウハウの蓄積で外国人留学生を引きつけてきた。しかし逆風の中でもあぐらをかいてはおれない、とこのコラムを締め括っている。イギリスは景気の後退もあって大学の授業料値上げが問題になっている。さて、翻って日本の大学はどうだろう。いろいろと日中関係が冷え込んでいる中で、中国人の留学生が減少して痛手だといっている日本の大学も少なからずあるようだ。格差が広がり、大学入学者にもその影響が出始めて、支給型の奨学金制度の改正が始まったばかりだが・・・。高等教育の充実化は喫緊な問題で、大学にもっと予算を投入すべきと思う。
尚、毎日新聞の西川 恵コラム「金言」を読むはこちら→「20161121124729.pdf」をダウンロード

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超人の面白ラーメン紀行 217 鎌倉『一閑人』

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江ノ電和田塚駅徒歩3分のところにあるオシャレなラーメン店『一閑人』。今年の夏に芸能界のラーメン通で知られるタレントの勝俣氏がテレビの散歩の番組で訪ねたところ。 鎌倉野菜とアジアンテイストのオシャレな新感覚のラーメン店だと紹介していて、鎌倉に来たら寄ってみようと考えていたのだ。ラーメンでは藤沢や戸塚より出遅れた感じのする鎌倉だが、最近ぼちぼち新しいのが出来始めている。実はこの近くにもう一軒『HANABI』(あっさり系のラーメンとか)という店もあって迷ったのだ(和田塚駅近辺のコーヒー店主に訊いたのだが。実はその3時間前鎌倉文学館に行く途中で見かけていたのだ!)。
ラーメンのスープはドロドロ系の濃厚とんこつ、一啜りして最後に甘味が多少残ったが味は悪くない。麺は即席麺の明星チャルメラを想起させるちぢれ麺でスープと絡み具合がいい。トッピングのチャーシューはやわらか、メンマにレタスそれに海苔、ネギはない。ラーメンにレタスが入るとヘルシーに感じられるから不思議。2つ隣のカップルは鎌倉野菜が盛りたくさんのつけ麺を食べていた。カウンター7席、テープル8席、迷ってしまい(よく見かけるラーメン店の看板ではなかったからか?)昼の部の3時半には間に合わず、夜の部開店の6時に再訪して試食。2、30分後店内はほぼ満席で家族連れは待ちの状態。辛系、野菜系、豆乳系と女性受けするメニューが豊富だ。ドリンクももいろいろ。アジアンテイストに関するチラシも掲示されていた。レイアウトと中間色の色調もいい。そうそう、書き忘れるところだった、ラーメンのどんぶりの右手にも小さなアクセントがー。惜しいかな、もう少し愛想があっても良さそうな店。
鎌倉『一閑人』1.スープ★★2.麺★☆3.トッピング★★4.接客・雰囲気★5.価格★★

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秋の鎌倉散歩 5 長谷の大仏

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夕暮れの長谷の大仏。スーパームーンになりかけの月も見えるー。

北鎌倉では洒落た店をチョイ覗きしたが食べずに。コンビニの肉まんとフランクフルトソーセージ、炙り煎餅、 牛肉メンチと小ビール、コーヒー(コロンビア)それにラーメン&ビール、これが北鎌倉→鎌倉→長谷までのプチ散歩で食べたすべて。巡ったのは寺社4と文学館1の5ヵ所で一人1300円也。万歩計は25,000歩。さすがに足が少し痛い。


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秋の鎌倉散歩 4 鎌倉文学館

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特別展「ビブリア古書堂の事件手帖」開催中。筆者的には特に歌人塚本邦雄宛の寺山修二の手紙、そのユニークな文字に注目。“ベルサイユのばら”まである多種多様なバラ園は見事。

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秋の鎌倉散歩 3 建長寺

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建長寺の総門、三門、庭園など。新日本名木百選の柏槇も。


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秋の鎌倉散歩 2 浄智寺

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七福神の浄智寺。布袋さん(God of happiness)の腹に触って元気をもらった。

付記 いやー、知人に言われて大失敗。澁澤龍彦の墓参りをするのを忘れた!迂闊だった。寺のパンフレットにも書いてあって脳裏に残っていたはずなのだが。境内の途中で布袋さんの方へ惹かれてしまったか・・・。実はあの小高い丘の近くまで行き、その上にある墓の周りを人が歩いていて(中には外国人もいたけど)、何かあるような感じがして些か不思議がっていたことは確か(その光景は今も瞼に浮かぶ!)。そこの一角に澁澤家の墓があったとは。その時に澁澤龍彦の墓があると咄嗟に気づけばよかったのだ。鈍いのである。この寺を訪ねる前、東慶寺で小林秀雄の墓を少し探したことも尾を引いたのか、もう墓参りはいいと。言い訳だけど。今年は澁澤龍彦没後30年だったー。至極残念。(2016.11.17 記)

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秋の鎌倉散歩 東慶寺

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古都鎌倉プチ散歩の最初は、縁切り寺で有名な東慶寺。夏目漱石座禅100年記念碑(上から3番目)、評論家小林秀雄(上から4番目)、禅の英訳者・禅の伝道師鈴木大拙(上から5番目)、哲学者和辻哲郎(上から6番目)の文人の墓や1964年の東京オリンピック女子バレーボール優勝監督の大松博文(上から7番目)やアムステルダムオリンピック三段跳び金メダルの織田幹雄(上から8番目)のスポーツで活躍した人の墓も。小林秀雄の墓を見つけるには少々時間がかかった。

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2016年アメリカ大統領選挙

“We make America great again”の共和党のドナルド・トランプ氏が、大方の予想を裏切って2016年11月8日のアメリカ大統領選挙で勝利した。これは固唾を飲んで(うんざりするほど聞いた言葉!)見守っていた世界中の人々にかなりのショックを与えたようだ。トランプ氏の勝因は白人の低所得者層を取り込んだことや都市住民が民主党のクリントン氏に投票したのに対し、地方の住民がトランプ氏に投票したこと、不況で喘ぐ白人労働者、一部のラティーノやアジア系それに一部クリントン嫌いの白人女性などがトランプ氏に票が流れたと早くも選挙分析がなされた。ニューヨークタイムズなどアメリカの主要マスコミは、民社党寄りで、移民排斥、人種差別、反グローバリズムを掲げ過激な言動をするトランプ氏を批判していた。トランプ氏を支持する新聞は地方紙の2紙だけだと伝えられたばかりの大逆転劇だった。恐らくは10月の終わりに突如発表されたEBIによるクリントン候補のemail機密搭載再調査(投票日前に結局打ち切ったが)が勝敗を分けたかも。いやいや、隠れトランプ支持者(silent voter)や忘れられた人たちがいて、トランプに投票したと。その数1000万人とも。喘ぐ白人中間層の存在をヒラリー・クリントンは見間違った。establishment(既得権益)のchange(変革)を訴えたトランプ陣営の選挙戦術が勝ったのだ。イギリスのEU離脱と同じことがアメリカでも起きた。ポピュリズム(大衆迎合主義)ー。アメリカ大統領選挙はいつの時代も変革をもたらしてくれる人に賭けて来たともいえる。世界的に内向きな傾向、振り子が右に触れているのが気になる。

さて、気になるトランプの選挙公約の実行だ。
アメリカファースト、保護主義。
①移民問題。犯罪者の移民を送還。メキシコとの国境に壁を建設するなど。
②TPP(環太平洋戦略的経済連携協定)破棄。
③NAFTA(北米自由貿易協定)離脱。
④減税と高い関税。
⑤空港、鉄道、道路などの社会的インフラ整備。
⑥白人中間層などの雇用促進。
⑦安全保障問題。日本など海外にある米軍基地の負担、撤退も視野に。

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超人の面白読書 126 『ちくま 』2016年11月号を読みながら

作家の橋本治が、『ちくま』11月号の巻頭エッセイ(なだいなだ氏のときはよく読んでいた)、遠い地平、低い視点の今回のテーマは祭りの継承。ずっと不思議に思っていたことがこのエッセイで氷解して、少しだけ快感を味わった。
それは30代の初めに仕事で兵庫県の山あいの書店―最寄りの駅から川沿いを歩いて20分ほどかかった―に訪問して若い書店主と喫茶店で話していた時に、がり版刷りの新聞を差し出され、若い書店主が祭りや神輿のことについて熱く語ってくれたことだった。筆者はさほど神輿には興味がなかったので、不思議な人もいるもんだなと感心した。決して上手いとは言えない手書きの、しかも所々薄くてはっきりしない、神輿のイラストが私製新聞の真ん中に掲載されていて、よくまあ、細かく書かれているね、と若い書店主の祭りや神輿の復活にかける情熱が半端じゃなかったことを今でもはっきりと覚えている。その当時は神輿を担いで祭りを行う行事が、作家の橋本治が書いているように廃れていたのだ。それこそ大きな祭りはあったと思うが、商店街などを練り歩く祭りはあまり見かけなかったように記憶している(小中学生の頃は田舎の神社で行われる秋祭りによく出かけたものだ。それこそ子どもにとっては楽しみだった―)。それがいつ頃、多分10年後くらいからか、徐々に商店街に神輿を担いだ祭りが復活したのは。商店街での神輿を春(元来の意味は豊作祈願)、夏(元来の意味は病気よけ)、秋(元来の意味は収穫祭)、冬(元来の意味は豊作感謝)の季節に以前より見かけるようになって(テレビでの祭りの露出度も増した)、あの時兵庫県の書店主の語っていたことが現実味を帯びた。いやー、彼の情熱が伝わったのか予測が当たって驚いたものだ。が、一方で、祭りの宗教的な意味合いは薄れて、代わりにイベント性が出現した。日本社会が何か変わり始めた時期だったかも知れない。作家の橋本治が住宅街の祭りの様子を彼なりの視点で面白可笑しく活写しているが、筆者が住んでいる地域の小さな夏祭りも似たようなものだ。

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珍しい北欧料理の店紹介 7 沖縄・久米島 スウェーデン家庭料理店『SMÅKAKA』

10月の日曜日(10月23日)の夕方に放送された、テレビ東京の人気番組『モヤモヤさまぁ~ず 2』で沖縄・久米島にある小さなスウェーデン料理店『SMÅKAKA』(小さなクッキー)が紹介された。カウンター席6席とテーブル一つのスウェーデン家庭料理の店。切り盛りしているのはスウェーデンのイェーテボリィから移住したアンナさん。スウェーデンからこの沖縄の離島久米島に移り住んでいる人は本当に珍しいというか初めて。沖縄の海が故郷の海と似ていて、一目惚れし古民家を購入して、今年の4月に小さなレストランを開店したのだ。
番組のコンセプトは、ぶらぶらと緩く歩きながら店などを訪ねて、その都度出会った人々や面白おかしな品物などを紹介しながら楽しむのだ。今回は沖縄・久米島紀行。お笑いコンビ大竹と三村のさまぁ~ずの2人と大江、狩野アナに続いて3代目に抜擢された新任福田アナの3人でこのレストランに立ち寄ったのだ。日本語が出来ないスウェーデン人と英語が出来ない日本人とのチンプンカンプンな会話はもの一つ頼むのにも大変でむしろ滑稽な寸劇状態。しかし、そこは良くしたもので新任の福田アナが英語でカバー、さすが三村に英語、上手いじゃんと言わせたのも束の間、今度は“krona”(スウェーデンの通貨)のスウェーデン語の発音が出来なくて身振り手振り(with hands)の始末。結局、スウェーデンではごく普通に食べられているというシナモンロールとミルクをオーダー、スウェーディシュ スタイルでシナモンロールをミルクにつけて試食していた。Lycka till !!
詳しくはこのスウェーデン家庭料理店のオーナーアンナさんのブログを参照されたい。→https://smakaka.org/

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【写真はアンナさんのブログから】

ついでに「琉球新報」の記事はコチラ→http://http://ryukyushimpo.jp/news/entry-320941.html

それにしても日本からは遠い北欧のスウェーデン南西部のイェーテボリー、Göteborg(確か自動車メーカーのボルボや通信機器メーカーのエリクソンなどの本社があって、18世紀にはスウェーデン東インド会社の拠点だった人口52万の港湾都市)から移住するとはサプライズ、決断と実行の賜物で、さすがヴァイキングの末裔だけはある。沖縄・久米島はここからも遠いので食べには行けないが、いつか寄ってみたい。その前に首都圏で行っていない北欧料理の店に足を運ぶとするか。まずは吉祥寺にあるスウェーデン料理・ノルウェー料理のレストラン『ALLT GOTT』から始めるとしよう。

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超人の面白落語鑑賞 立川志の八の落語

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12月を思わせる寒い日曜日の午後、久しぶりに落語を鑑賞した。と言っても、テレビではたまに見る程度で(否、「笑点」は見ている方かも)、ましてや寄席にはめったに行ったことがない。横浜の「にぎわい座」に行ったのが最後だから、さて、何年経ったかー。
今回の落語鑑賞は、NHKの長寿番組「ためしてガッテンの司会者立川志の輔の2番弟子で横浜市出身の立川志の八の落語。薄茶系の着物を羽織った端正な顔立ちの41歳、メリハリの効いた、表情豊かな語りは積み上げた芸の域を広げてあまりある。演目は古典落語から「権助魚」と「二番煎じ」の2つ。午後1時から始まって2時40分まで。途中休憩10分。枕で嫉妬のjealousyは良い意味の嫉妬で、envyは悪い意味の嫉妬(ひょっとしたらenvyが良い意味の嫉妬のはず。聞き間違えでなければの話だが)と語ってから本題の「権助魚」に(出し物はあとで調べてわかった)。使用人の権助が女将に旦那の浮気の追跡に1円の小遣いをもらうが、追跡するはずの旦那に2円で買収され、魚釣りに行って、あげくは湯河原まで出かけてしまったので今日は帰って来ないと女将に行っておくれと告げられ、アリバイ作りに魚屋でスケソウダラ、ニシン、魔物のタコそれにかまぼこまで買って女将に持って行く。それを見た女将が海釣りの魚ばかりで川釣りのものがない!ましてや、かまぼこは釣れるものかいとバレバレ。権助は関東一円ではダメだったが、旦那さんからは2円もらったよと。これが一番目の出し物「権助魚」の大体のあらすじ。枕からすうーと入って場面は江戸の商家の女将と使用人権助の会話へ、身振り手振りを駆使して独特な話芸が展開される。演じる志の八の顔の表情、特に惚けた表情をリアルに画き切るしぐさ、その首を上下に振り、白黒させる目の動きが絶妙。思わず笑ってしまう。声の張りといい、全体的なしぐさといい、イメージの喚起力が強く観客を引き寄せる魅力がある。面白かった。高座の狭い場所から異空間に観客を誘い、庶民の哀楽を巧みに話芸で描くのだ。そして最後にオチがつく―。この「権助魚」にもバリエーションがあるらしい。魚の種類を替えるとか―。
志の八、今度は黒い着物に着替えて登場。10分間休憩中に寒いので暖房を入れたとか。2番目の出し物は「二番煎じ」。江戸の町で旦那衆が火の用心で夜回りをするが、寒いので詰所で次の夜回りが来るまで暖を取ることに。物足りないので誰か酒がないかと言うと酒を持ち込んだ者がいて持ってくる。そのうちに鍋がないかと言うと鍋を持ち込んだ者がいる。次にししはあるかと尋ねるとシィ(火)ならありますと猪肉を持ち込み猪鍋に。そのうち宴がたけなわになる。火の用心の夜回りの休憩どころか酔っぱらいまで出る始末。次の夜回りの来るのを気にしながら呑んでいると、ダン、ダンという音がして、それまで酒盛り中だった旦那衆が急に酔いざめの状態に。役人が入ってきたのだ。提灯を股に、酒や鍋をそれぞれのやり方で隠す。すると、役人がそれはなんだ、あれはなんだと問い質したので、男衆の一人が恐る恐る役人に薬だと酒を差し出す。役人は風邪気味なのでこの薬はちょうど良いとゴクンと飲み干す。これはうまい、もう一杯くれとゴクンと二杯目も呑んでしまう。もう酒は土瓶にないと役人に告げると、一回りしてくるからその時までに二番煎じておけと。この「二番煎じ」の噺にもバリエーションがあるらしい。これはネットで検索して知った。
寒い日だったが午後の1時間半、即席の寄席で演芸をたっぷり楽しんだ。心暖まるには落語に限る、とは少し大袈裟か(笑)。観客は年配衆が大半で70名はいたか。

追記 筆者は英語落語にも興味があるので上の噺の英語版があったら探して書き写してみたい。

追記2 昨日か一昨日の深夜に「ためしてガッテン」の再放送をたまたま見ていたら、ナレーターが筆者の知り合いのS氏ではなかった!誰かは知らないが若い人の声、S氏は辞めたか?(2016.11.1 記)


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超人の面白写真館 立教大学のチャペルで結婚式記念撮影準備中に遭遇

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先週の日曜日、立教大学での仕事の合間にチャペルに寄ったらサプライズ。結婚式が。チャペルの前で新郎新婦が記念写真の準備中。新婦は美人でかつ微笑みが素敵だった。秋晴れに恵まれた日、お二人にとってはさぞかし思い出の貴重な一枚になるはず。Congratulations !

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超人の面白ラーメン紀行 216 池袋『GAGANA』池袋店

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『麺屋ごとう』の跡地に2年前の夏にオープンした『GAGANA』。黒毛和牛炙りホルモン入りつけ麺が売りの店らしいが、初めに入った店では基本のラーメン(830円)を食した。濃厚とんこつスープにストレートの中細麺、柔らかチャーシュー、刻みネギ少々、メンマや海苔それに茹でたキャベツのトッピングと量少な目のバラエティーにとんだ具がいい。美的なセンスも。どんぶりは最近ご無沙汰気味のすり鉢状の白物。まあ美味。
実は『麺屋ごとう』は大塚へ移転して営業中らしい。ネットの書き込みでは“ごとう”ファンも押し寄せているとか。『GAGANA』ラーメンは川崎に本部があって本職はラーメンと無縁の職種らしい。いやはや、食べ終えてこの店を出る際に看板を見上げ、あれっ、と二三回看板の“G・A・G・A・N・A”文字を不思議そうに読み直したのだ。確か後藤、ごとうだったはずと記憶を辿りつつ、次第に店が替わったのだとわかった。すぐにネット検索をかけて確認したのだった。たまたま立教大学で仕事があったので寄ってみたかっただけだが、イメージがガラリと違っていたのにはサプライズ。
前の店『麺屋ごとう』を訪ねたのは知り合いの小さな会社がこのすぐ近くにあったからで、さて、どのくらい前だったか、恐らくは15、6年は経っているかも。『麺屋ごとう』は池袋『大勝軒』の山岸大将に惚れ込んで店を出したほどの人物。翻って今度の店はカフェ風ラーメン店?オーダー後水と小さな白い陶器に出された茶色飲み物が烏龍茶だったとはー。これ何ですかと思わず店員に訊いてしまったほど。ラーメンにかける調味料の一種かと迷っていたので、まさか烏龍茶だとは。先入観がそうさせたのかも(笑)。不思議そうについでにもうひとつ、店名の「GAGANA」はサモア語で言葉という意味だそうだ。

池袋『GAGANA』①スープ★★☆②麺★★③トッピング★★☆④接客・雰囲気★★⑤価格★★

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超人の生真面目半分転生人語 9 ノーベル賞メダルの価値 2

夏目房之助の談話からの引用、続き。

ところが、これがまた本当に世間知らずが集まった家族だから、現金を払ったとたん、不動産屋がつぶれて連絡がつかなくなってしまった。つまり騙されたんですね。登記もせずに契約だけして金を払ったわけだから、国税、都税、銀行の差し押さえ付きの部屋に住まなくてはならなくなった。きちんと調べなかった自分も悪いけど、たいへんなショックでした。その時、「俺はやっぱり遺産を使っちゃいけなかったんだ」と後悔しました。別に天国の漱石に叱られたわけではないけれど、そう思ったのです。〈中略〉人間は、自分の意志で生きているように思っていますが、実のところ社会や周囲との人間関係の中にぽんと放り出されて、お互いの作用反作用で生きている。それはどうしようもないもので、ある種とても怖いものだと感じます。漱石に関しても、僕にとっては会ったこともない、関係のない人だと思っていたけれど、たまたま彼のお金を使っちゃたら、とんでもない目にあった。僕はこのことを「関係の怖さ」と名づけたんです。自分の目に見えない、因果関係もないはずのところから突然襲ってくる関係の怖さについて、哲学的に考えていたのです。(特別談話 私の漱石 百年の時を越えて、祖父・漱石に会う P.56より引用)

夏目漱石の直系の孫にあたる夏目房之助の談話を長らく引用したが、ここには競売にかけるノーベル賞受賞関係者とおぼしき人たちに一石を投じる至極重要な教訓があるように筆者には思えてならない。

付記。NPRの記事の詳細を読みたい方はこちらへアクセスされたい。→http://n.pr/2dVpYTU

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超人の生真面目半分転生人語 9 ノーベル賞メダルの価値

アメリカのNPR(National Public Radio)の電子版が2、3日前に
伝えたところによると、ノーベル賞のメダルと証書が有名な競売会社サザンビーズにかけられ、今週始めにも250万ドル~400万ドル位で落札される見通しだ。当のノーベル賞受賞者は天才数学者でゲーム理論の権威の経済学者だったが、昨年交通事故ですでに死亡している。こういった名誉あるメダルを競売にかけるケースが結構あるみたいで、その競売価格が話題に。多くは身内が何らかの事情でメダルを手放さざるをえないのかもしれないが、普通なら家宝もので末代まで守ろうと考えるはずだ。そのメダルがいくらの価値があるかというのがこの記事のタイトル。この経済学者は冷戦時代に軍関係の研究所に入り暗号解読の仕事に従事したようだ。しばらくして統合失調症(精神分裂症)を患った。2001年に彼の半生が映画にもなって、2002年には日本でも公開された。映画のタイトルはA Beautiful Mind。残念ながら筆者は未見。

先週の土曜日にNHK土曜ドラマ「漱石の妻」を観たが、今年は夏目漱石没後100年、12月にはまたまた岩波書店から漱石全集も刊行される(岩波は出版事業が芳しくない時期に漱石全集を出すと聞く。それだけ漱石ものは売れることの証左かも)。今回平成16年12月文藝春秋社刊行の『文藝春秋 臨時増刊号 夏目漱石と明治日本』を引っ張り出して読んでいる。気がついたことの一つに、この雑誌に寄稿した人たちの中には鬼籍に入った人が結構いることだ。しかし、12年経った今でも読んでみてめちゃ面白い。やはり漱石は巨匠だった!
さて、この雑誌に夏目漱石の直系の孫にあたる漫画評論家夏目房之助が談話形式で寄稿していてその内容に興味を引かれた。それはこのノーベル賞メダルの話とも大いに関連する話だ。

当時、漱石の著作権は切れていましたが、新しい原稿が見つかったとか、広告関係などでまとまったお金が入ることがありました。たいてい母親に内緒で親父が趣味に使っていましたけれど、たまたま見つけた母が「房之助のために使ってちょうだい」と言ったんです。漱石に頼るなんて気が進まなかったのですが、結婚してすぐ子どもが生まれたばかりの26才でしたし、母親の好意も無駄にしたくありませんでした。結局、父にこのお金を頭金として出してもらう形でマンションを買うことになりました。(続く)

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超人のジャーナリスト・アイ 166  新聞凋落

今に始まったことではないが、衝撃的なネットニュースを読んだ。コビーを取ってじっくりと読もうとテーブルに置いたまでは良かったが、忘れてしまい今手元にない。昨日の「しんぶん赤旗」それに今日の「朝日新聞」といい、その凋落振りは尋常とは到底思えない。アメリカなどのローカル系リアル新聞は、ネットに喰われて廃刊や縮小もしくは電子版のみの新聞に追い込まれたところも。日本にもその波が押し寄せつつあるということかも知れない。朝日は不祥事が続いたことが祟ったのか500億円の減収と週刊誌が報じたという。その前日に「しんぶん赤旗」がここのところ急落しているとの報道があったばかりだ。

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2016年のノーベル文学賞はアメリカのシンガーソングライターのブ・ディラン氏が受賞

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下記は今年のノーベル文学賞を伝えるスウェーデンの小さな新聞「8sidor」の電子版。
今年のノーベル文学賞受賞者はアメリカのシンガーソンガライターのボブ・ディラン氏。現代の吟遊詩人。60年代、政治性の強いプロテストソングから出発してロックシンガーへ。シンガーソンガーの受賞は初めて。『風に吹かれて』は彼の代表作。本名はロバート・ツイマーマン、アメリカミネソタ生まれの74歳。

下記のスウェーデン語の記事の中に、ボブ・ディランは古代ギリシャの詩人のように歌う、とスウェーデンアカデミーのサラ・ダニュウス女史の言葉が引用されている。

Bob Dylan får Nobelpriset i litteratur

Den amerikanske sångaren
och poeten Bob Dylan
får årets Nobelpris i litteratur.
Det berättade Sara Danius
i Svenska Akademien
i dag, torsdag.

Det är första gången
som en popartist får
Nobelpriset i litteratur.

Bob Dylan är en av världen
mest kända musiker och sångare.
Han har skrivit några av
världens mest spelade låtar.
The Times they are a-Changing,
Like a Rolling Stone
och Blowin in the wind.

– Dylan skriver poesi för örat.
Han gör som de gamla grekiska
poeterna gjorde. De sjöng sina dikter,
säger Sara Danius.

Bob Dylan är 75 år.
Han började göra musik redan
i början 1960-talet.
Då var han mest känd
som protestsångare.
Många av hans låtar var politiska.
Senare blev hans texter
mer poetiska.

Bob Dylan heter egentligen
Robert Zimmerman.
Han är född i staden Duluth
i Minnesota i USA.

Congratulations !

追記 スウェーデンアカデミーはボブ・ディラン氏とは未だに連絡が取れていないという。一方、ボブ・ディラン氏はラスベガスでのコンサートではノーベル賞受賞の話には触れなかったらしい。しかし、ボブ・ディラン氏は毎年のようにノーベル文学賞の候補にあがっていたとも。真実は風に吹かれて、か ー。(2016.10.20 記)

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超人の面白テレビ観賞 TBS NEWS23 小泉純一郎元首相、退任後初のテレビインタビュー 3

元首相の小泉純一郎氏はインタビューで何を語ったか。福島第一原発事故直後にトモダチ作戦と称して福島県浜通り沖からアメリカ海兵隊が 入って救助作業をした。その時彼らは福島原発事故から出た放射性プルーム(煙霧)を浴びて活動していた。彼らは帰国後身体に異常をきたしていることに気づいた。彼らはトモダチ作戦中に被爆したことが原因と東電相手に医療検査や治療のために10億ドルの訴訟を起こした。控訴審で日本政府の助言者が被爆は米軍の責任と言い放ったという。原告は元アメリカ人兵士8人だったが450人以上の規模に膨れ上がった。アメリカの医療費は高額で有名だが(盲腸の手術費だけでも100万円以上になるらしい)、甲状腺など被爆が原因の治療費はこの人数を考えると莫大である。アメリカまで行って元海兵隊関係者の話を直接訊いた小泉純一郎氏は、彼らの治療費に少しでも役立てたいとミリオンダラー、1億円の寄付を募るキャンペーンを張ることにした。これに賛同した建築家の安藤忠雄氏がアイデアを出し、大阪で会費1万円の1000人、1000万円寄付集めの小泉純一郎講演会を企画、8月に実施した時には予想を上回る1300人が集まり、1300万円の寄付が集まった。また、会津で太陽光発電の電力会社を経営している人から1000万円の寄付、この11月には関西方式を東京で実施する予定だという。寄付目標の期限は来年3月だが、すでに7000万円の寄付が集まってると誇らしげに語った小泉純一郎氏。テレビを見ていた筆者もこれにはサプライズ、何とも頼もしい話じゃないか。
この後ニュースキャスター星浩氏の質問で小池百合子や子息の小泉進次郎の話に及んだがそれほど際立った発言はなかった。

このテレビインタビューを見て少し書き込み、しばし中断していたら、毎日新聞月曜コラム「風知草」で編集委員の山田孝男氏がこの小泉純一郎氏のトモダチ作戦について書いていた。筆者もテレビの小泉純一郎氏のインタビューを補足する意味でこのコラムを参考にした。しかも10月3日と10日の2週にわたって言及していて、最後はこう綴られていた。

批評ではなく、募金。批評ではなく、奉仕。原発政策を守るために「被ばくは米軍の責任」と言い放つ感覚の否定。元首相の常識を私は支持する。

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超人の面白テレビ観賞 TBS NEWS23 小泉純一郎元首相、退任後初のテレビインタビュー 2

小泉純一郎氏は今、一民間人として原発ゼロ問題に取組んでいる。初めは彼一流のパフォーマンスかと映ったが、その後の彼の行動を見ると益々真剣さを増している。今回のTBSのインタビューではまだまだ衰え知らずの小泉節、それどころか新たな取組みの凄さに目を見張ったほどだ。今や安全性がほとんど担保されない危険な原発を止めさせない限り、危険と隣り合わせの地域がいくつも存在し、住民が絶えず脅かされる状況が続く。知恵を絞って根本からエネルギー政策の転換を図っていくことが必要だ。その一つが原発を造らず自然エネルギーを利用した電力供給システムをいち早く構築することだろう。自然エネルギー利用システム構築はコスト高とか、原発の方が安いとか、様々な意見が出てはいるが、要はコストがかからないことが第一だが、科学的見地からの安全性や安心感そして信頼感を得られるかどうかだろう。私たちの子孫に莫大な付けを回してはならない。それがせめてものの同時代を生きる私たちの責務だ。原発から出る核のゴミ処理にはこれまたとてつもない時間がかかる。福島第一原発事故で被災した福島の人たちを思うとやりきれない。

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超人の面白テレビ観賞 TBS NEWS23 小泉純一郎元首相、退任後初のテレビインタビュー

TBSの夜の報道番組「NEWS23」はその昔筑紫哲也がニュースキャスターの頃はよく観ていた。(否、『朝日ジャーナル』の編集長時代の読ませる紙面が懐かしい)“異論!反論!objection”や“多事争論”(大分出身の筑紫哲也は同じ郷里の福澤諭吉の言葉を援用)のコーナーがあったりとニュースキャスターである筑紫哲也色がよく出ていた。番組は名セリフの『今日はこんなところです。お休みなさい』で終わる。最後までジャーナリストとして新聞、雑誌、テレビを舞台に反権力を貫いたジャーナリスト魂は記憶に残る。今11時台のニュース番組はというと、もっぱらザッピングを楽しんでいる。去年、ニュースキャスターの毎日新聞特別編集委員の岸井成格氏の言動が問題になり(国家権力のジャーナリズムへの介入といわれているが)、代わって朝日新聞特別編集委員の星浩氏(福島県白河市出身)をニュースキャスターに起用しまた、元TBSアナウンサーの雨宮塔子(TBSは女子アナ不足らしい)を再登板しさせてこの4月に番組を刷新したTBS。そのTBSの「NEWS 23」の番組に元首相の小泉純一郎氏が登場し初めてインタビューに応じた。相手はニュースキャスターの星浩氏。何かと話題の小泉純一郎氏も74歳だが、原発ゼロを掲げて益々意気軒昂だ。

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超人の面白テレビ観賞 ETV特集「武器ではなく命の水を~医師・中村哲とアフガニスタン~」 3

中村は800人収容の巨大モスク(授業料無料の小学校を併設)も建てた。日本から6000キロ離れた中近東の山岳地帯のアフガンで活躍する、一人の勇気ある日本人医師中村哲の仕事に賛辞を贈りたい。本当に役立つこととはこういうことなのだ。映像は褐色の砂漠から緑の沃野に変わった風景を写し出す。用水路ができたことで治安が良くなり、平和な暮らしが戻って来たと地元の人々の喜ぶ表情も映し出す。今や用水路は9ヵ所、アフガン東部3郡に跨がり、田畑面積16000ha、60万人を潤す規模に。今後国連とJICAとの連携も視野に入れて事業を更に進めるという。中村は言う。「これは平和運動ではない、医療の延長なのだ。・・・戦いをしている暇はない・・・。争いことがなくなり、平和になったが、これは結果であって平和が目的ではない・・・」
緑野した広大な光景と現地の人々に感謝され祝福されている中村の表情が筆者の瞼に焼き付いた。15年の歳月を追った取材も見事である。

このあとユーチューブで8月26日記者クラブでの中村哲医師の講演を視聴した。アフガンの医療・診療所つくり、農業用水路建設活動費は、ぺシャワールの会の会員12000人の寄付3億円によって成り立っていると。1984年NPOの派遣でパキスタンのハンセン病など感染症治療を皮切りに医療活動を開始し、その後アフガンにわたって灌漑用水路建設にも従事して32年、日本人にはあまり馴染みのないイスラム圏山岳地域の、民族(多民族)、宗教(イスラム教)、政治(部族中心の緩やかなシステム)、経済、文化の違うアフガンで様々な活動を続けている。その原動力は“武器ではなく命の水”を広めていこうとする強いパッションである。彼は誰か僧侶の言葉だと断った上で、「一隅を照らす」という言葉を発した。自分のやってきたことの意味をこの言葉に託したのだ。小柄でやや細いが優しい目、濃い眉毛、髭を生やしハンチング帽子を被った、白髪の69歳の人懐っこそうな九州人は、流暢なアラビア語と英語を話す含羞の人であり、また、信念の人でもある。彼の功績は数々の賞が物語っている。こういう人にこそノーベル賞を差し上げてほしいものだ。

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超人の面白テレビ観賞 ETV特集「武器ではなく命の水を~医師・中村哲とアフガニスタン~」 2

中村は医師ではあったが土木治水技術に関してはずぶの素人、それでも見よう見まねで図面を引き、自ら現場監督兼作業員として汗を流す。堰や取水口や堤防や用水路を造っていく作業は難事業で、土台の粘土がやわらかくて石積みしても崩れたり、クナール河(7000メートル級の山々の氷河が源流)に何度も巨石を運び重機で河に埋め込んでも、また、苦心作のコンクリートの塊も水に流されてしまうハメに。そんな折、地元福岡の筑後川の山田堰にヒントを得て斜め堰を造ることを思いつき、ようやく用水路へ水を送ることに成功。
ここで少し脱線ー。映像でこの光景を見てから少し経って思い出した。筆者の地元にも有名な灌漑用水路、安積疎水(那須疎水、琵琶湖疎水と並んで日本の三大疎水というらしい。今世界遺産に登録申請中)があるし、また、実家近くに規模はそれほどでもないがその類いの灌漑用水路、江戸時代建造の小川江筋もある。大昔その歴史を学んだがすっかり忘れていて、今回ネットで調べてみてある発見がー。それは取水用に斜め堰を夏井川に造ったと書かれていたことだ。しかも非常に珍しく日本で現存するのは3ヵ所しかないという。また、小学校自分にはよく仲間と水浴びや魚獲りに出掛けた灌漑用水路、愛谷江筋もあった!そう、要は地元にも斜め堰があったことに触れたかったのだ。幼い時は生活圏の一部だったため、その役割の重要さと歴史にそれほど関心がなかったのかも。それがアフガンの灌漑用水路建設の話で見事に繋がったのだ。より身近になった。小川江筋は実家の菩提寺のすぐ前を流れていて、水かさが増したときなど流れが速く吸い込まれるようで一瞬怖くなる江筋(用水路)でもある。
さて、アフガンの話に戻そう。アメリカの同時多発テロ事件の報復でアメリカの攻撃を受けタリバン政権が崩壊、大干ばつなのに空爆を続けることに中村は信じられない気持ちになる。おびただしい戦争難民がー。アメリカ軍機が飛びかう中、中村と地元作業員(1日240円の日当。中にはアメリカの傭兵だった人も)の用水路建設は続いた。用水路沿いに護岸の役割を果たす柳も植えた。やがてマルワリード用水路が完成する。着工から7年、全長25km、砂漠が見事に緑の沃野に甦った。5つの村落10万人に恵みをもたらした。村人が帰還し、水田から実りの米を収穫、畜産も再開してチーズも作られた。そして市が立つまでに成長。

生きと生けるものが和して暮らしていけること、これが確たる恵みの証である。世界の片隅ではあってもこのような事実が目前に見えることに感謝する。(続く)

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超人の面白テレビ観賞 ETV特集「武器ではなく命の水を~医師・中村哲とアフガニスタン~」

北朝鮮がまたもやミサイルを発射して日本など近隣諸国を脅威に晒している矢先、今度は大型台風10号の到来で130人以上が死亡、負傷者も多数出て国際機関に支援を求めたと報道された。果たして国際社会から多大な支援を取りつけられるだろうか―。
ここまで書いて4日が過ぎた。ふと目にした記事に出会って筆を進める気になった。9月16日付毎日新聞夕刊のTBS報道記者・金平茂紀氏の「週刊テレビ評」だ。内容は心の渇き潤すNHK番組の見出しで、9月10日放送されたETV特集「武器ではなく命の水を~医師・中村哲とアフガニスタン~」を視聴した率直な感想を記事にしている。冒頭で近年NHKには手厳しい意見を言ってきたと書く金平氏。続けてこうも書く。目を覆いたくなるような御用記者が大手を振って御用報道を展開していたり、トップの放送人としての意見に大いに疑問を抱いたり、その周りの隷従者たちの姿勢に一定の感情を移入したりしたからで、一種の愛情の裏返しかも知れないとも。鋭く抉る記者魂が持ち味の金平氏なりの皮肉たっぷりな表現だったが、たまにはNHKも胸のすくような素晴らしい作品を見せてくれたとETV特集「武器ではなく命の水を~医師・中村哲とアフガニスタン」の番組を褒め称えたのだ。
筆者も眠たい目をこすりながらこの番組を見ていた。なかなかできないことをやっていると感動したのだ。平和貢献とはこういうものだと安っぽい、見かけだけの貢献が多い中、本物に出くわした感じだ。金平氏も内容について触れているが、筆者なりの内容紹介と感想を書いてみたい。
この映像は、100年に一度の大干ばつに覆われ苦しむアフガン、その東部地区、ガンベリ砂漠までの用水路建設に尽力する、医師・“土木技術者”であるぺシャワールの現地代表中村哲の15年にわたる貴重な記録である。最初は医師としてハンセン病等の感染症の治療にあたり、診療所つくりに奔走するが、やがて不衛生からくる感染症を無くすにはきちんとした水を確保することが大切であるとの考えに至る。そんな医療活動のなか、アフガンの大干ばつに出くわし、その窮状に見かねた医師中村哲は、用水路一つで100人分の医師の働きをすると確信し、用水路建設に着手する。(続く)

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超人の面白ワールドニュース ピックアップ ロンドンの最新パブ事情

下記はロンドンの最近のパブ事情。ビールの値上がり、ワイン飲みや家飲みが増え、しかも地価が高騰していて、1992年に67,800軒あった店が、2014年には4/1減少して51,900軒に。この時期でも人口は10%増加しているにも拘わらずだ。ロンドンのワンズワース特別区では廃業する店も多く、また、店のオーナーは自治体主導でスーパーマーケットやアパート経営に転換させられている、とかなり深刻らしい。
London Borough Raises Pints — And Legal Protections — To U.K.'s Fading Pubs
by Frank Langfitt

The British pub is as much a part of the fabric of the United Kingdom as fish and chips and the queen, but each year hundreds close their doors for good. The reasons include the high price of beer, more people drinking at home and rising land prices.

Now — in an apparent first — the London borough of Wandsworth has designated 120 pubs for protection, requiring owners who want to transform them into apartments or supermarkets to get local government approval first.

Chris Cox has been watching pubs disappear in Wandsworth since the 1990s, and thinks the new regulation is great. Cox, who's just polished off a lager at the Falcon, one of the protected venues, says pubs provide far more to this nation than just beer and atmosphere.

"A pub creates community," says Cox, who works in ergonomics and has lived in Wandsworth for more than three decades.

At a pub, he says, you develop a relationship with other patrons and the staff, who keep tabs on you: "If they don't see you, they will ask questions — 'I wonder where he is?' And you end up with a supporting network
Jonathan Cook, deputy leader of the Wandsworth Council, says one of the big reasons pubs are closing in this borough — just southwest of London's center — is because of the city's real estate boom. For some pub owners, it makes more economic sense to sell to a buyer who wants to build a mini-supermarket or apartments.

"What we're saying is, 'Well, hang on a minute — we've got an interest here as well. The community values the pub and you've got to factor that into the equation as well,'" says Cook.

Shuttered pubs litter Wandsworth. The door to the old Ram Brewery is sealed in concrete. Aluminum sheets cover the windows of the Prince of Wales. In 1992 there were 67,800 public houses in the United Kingdom, according to the British Beer and Pub Association; by 2014, the association estimates that number had dropped by a quarter to 51,900. During the same period, the country's population increased by more than 10 percent.

The association blames changing tastes, including the growth in wine drinking, and high taxes for boosting beer prices. But the organization, which represents major brewers and pub-owning companies, opposes Wandsworth's solution.

"This can create a certain amount of uncertainty for all businesses in the pub sector," said Neil Williams, a spokesman for the association. "It makes it very difficult for a pub operator to sell on a venue."

Cook, the Wandsworth councilman, says the 120 pubs the borough has designated for protection are all thriving businesses. He emphasized that Wandsworth is not interested in propping up failing enterprises, but doesn't want to see any more valued venues sold off for other uses without public input.

Unlike the British Beer and Pub Association, David Law thinks Wandsworth's new regulation is crucial for protecting pubs. Law leases and runs the Eagle Ale House, and hopes other jurisdictions across the country adopt Wandsworth's idea.

"We protect our museums, our art galleries and our libraries," says Law. "A pub is a very big institution in the U.K. So I would argue that we need to be helping them and make them flourishing. We don't need to lose anymore."

from NPR, Sept.13, 2016.

上記の記事を読んだあと、毎日新聞朝刊にアサヒビールの社長のインタビュー記事が載った。日本のビール消費量は人口減少も去ることながら、若者のビール離れや家飲みが増えて、居酒屋にサーバーを提供するなどあの手この手を使って市場維持を図っていると。イギリスのビール会社ミラー社を買収し傘下におさめて、欧州をはじめとして世界に売って出る戦略らしい。(2016.9.16 記)

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超人の面白セミナー参加  大学人会議主催 講師 : 吉見俊哉東大教授『文系学部廃止』の衝撃 : 大学はどこへ行くのか 続

追記2 谷川俊太郎(この詩人の業績と生き方にこそ大学とは?文系、人文知とは?を考えさせてくれるヒントがあるような気がする)の特集を読みたくて雑誌『考える人』(2016年夏季号。この雑誌は最近リニューアルしたみたい)をゲットしたら、対談形式のおもしろい連載に出くわした。40代の比較的若い人の対談で、人文学危機の問題を扱っている。題して“人文の理想と現実”。様々な事象を取り上げ、人文“知”(叡知の知)を探っている。対談は2回目で3回目まで続くらしい。1~3まで通して読んでみるつもり。文系の意義がもっと明らかになるはずだし提言があるかも。(2016.8.18 記)

追記3 大学の学部名が膨れ上がっている現状を皮肉たっぷりに“カンブリア紀爆発”と表現した講演者の吉見俊哉先生だが、一昨日関係者の発表ではまた一つ増えた格好。今度は横国大が50年振りに都市科学部と教職大学院を設置すると発表した。
そして、昨日文科省が一歩踏み込んだ大学入試改革に着手した。国語や数学は従来のマークシート方式に記述方式を加え、英語は「話す」、「書く」を重視し民間の実施している英語検定試験を受験させその結果を尊重する方針と発表。実施は4年後の1月時期と。これで入口の大学改革が更に進んだことになるかー。
(2016.9.1 記)

追記4 2016年9月5日付毎日新聞によれば、大学の個人研究費が年間50万円に満たないことが文科省の研究者約1万人を対象にした調査で判った。そしてさらに、国公立大学の方が私大より減る傾向が大きく、国立大学ではおおむね5割以上減っていると回答した人が24%に上ったという。収入源などによる大学の経営環境の悪化が要因の一つでまた、特に国立大学では主な原資となる運営交付金が過去10年で10%減少しており、その影響が大きいといわれている。これでは大学が劣化していると思われても仕方がないような気がする。平和国家日本を標榜するなら、防衛費を減らし、100年の計をはかるべく教育にもっと予算を投入すべきだろう。(2016.9.9 記)

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超人のお薦めスイスワイン シュタイシュライファ―(有機ワイン)

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Gschwind wineryのシュタイシュライファ― 赤 (有機ワイン)。程よい酸味と濃厚さが深い味わいを醸し出す大人向けの一品。熟成度の高いワインなのだが、なぜか冷えていてワインク―ラ―か倉庫に大分置いてあったものかと疑いたくなるもの。 実は同じGshwind wineryの軽めのシュタイバングラー〈赤〉がほしかったが品切だったので、代わりにワンランク高いものを供給してくれたのだ。

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超人の面白魚事情 秋刀魚の季節にまた異変

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戻り鰹にやっと旨さを感じた矢先、今度は秋刀魚に異変が。今日で新秋刀魚の塩焼きを食したのは3度目だが、高値でやや細身しかも脂ののり具合がイマイチでややパサパサの感じ(いつものスーパーの鮮魚売場に仕事帰りの午後9時頃立ち寄って残り一匹分を安価でゲット。298円のが50%引きで149円!)。でも何か変、今年の秋刀魚、これではさんまもビックリや(笑)
この原因と言われているのが外圧で中国などの乱獲。中国などでは食生活が変わり、今や秋刀魚や鯖などが好んで食べられているという。鯖の味噌煮は人気商品の一つらしい。近年三陸沖にはこの季節になると中国船が横行していて、日本政府は資源の有効活用のため、国際会議の場で漁獲高の制限を交渉中とか。また、近年の海水温度の上昇に伴い、鰹と同じく回遊魚である秋刀魚の遊泳回路が変化して、より沖に行かないと獲れなくなったことも不漁の原因とか。しかし、去年も秋刀魚の出回る初期にはそう言われたが、その後多少は緩和されたはず。美味の秋刀魚の塩焼きにありつけたかは些か疑問である。

秋刀魚焼くわての楽しみ今何処

七輪で焦げた秋刀魚の懐かしき


追記 秋刀魚の食べ方も国によって様々。台湾ではパンに挟みサンドイッチにして食べ、中国では漢方のタレに浸した秋刀魚を串に刺して焼いたものを食べる。今や秋刀魚は日本の公海域で中国や台湾船の漁師によって大漁に捕獲されているのだ。その秋刀魚を台湾から中国やアメリカへ輸出されているという。先週の日曜日の夕方日テレの報道番組「バンキシャ」が特集していた。(2016.9.6 記)


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超人の生真面目半分転生人語 8 相模原市の福祉障がい者施設での殺傷事件 続

昨日の新聞でこの事件の真相が少し明らかになったようだ。新聞によると、容疑者が職員にこの人は話せますかなど質問したら職員は機転を利かせて少し話せると容疑者に応えたという。その後容疑者はその人たちには手を出さなかったらしい。完全に重度障がい者を狙った犯罪と言わざるをえない。職員の機転を働かせた言葉は極限状況で人の命を救ったが、筆者的にはかなりショックだ。(2016.8.15 記)

追記 毎日新聞読者欄に掲載されていた女性看護士の言葉。喋れなくとも目や表情でよく伝わってきます、彼らは懸命に生きていますと現場サポートの声にグッと来る。また、同じ新聞の地方版に載っていたのは埼玉県羽生市の住職。彼には重度自閉症の息子さんがいて、敷地内に障がい者施設を建ててしまったほどの持ち主(いや、もうひとつも建てている!)、この事件でショックを受けご夫婦で事件のあった神奈川県のやまゆり学園に埼玉県から出向き供養なさったそうだ。
今朝の海外ニュースでヒットラーの側近の妻がアーリア人ではなく実はユダヤ人だったことを報じていた(スペインTV)が(今更ながらインチキも甚だしい。これが事実ならば許せない!)科学ジャーナリストの新聞コラムで優生思想の話を読んだばかりで薄気味悪かったが同時に、私たちはいつ障がい者にならんとも限らない、たまたま運がいいだけだと書いていた。然り、然り。(2016.8.24 記)

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超人の面白セミナー参加  大学人会議主催 講師 : 吉見俊哉東大教授『文系学部廃止』の衝撃 : 大学はどこへ行くのか

今リオオリンピックが開催中。15日現在、日本は金7、銀4、銅15、あわせて26獲得。代表選手の予想以上の活躍で夏休みの日本では、メディアに釘付けされて眠気もそっちのけの状態が続いている。特に水泳、柔道、体操の競技では複数のメダルをゲット、テニスや卓球それにカヌーでも大躍進している。苦手な陸上でもやがて躍進が期待できる選手が出てくる予兆も。バレーボール、バドミントン、レスリングなどメダル獲得にむけて後半戦が楽しみの競技もある。今回のリオオリンピックでは水泳の萩野選手の金、体操の個人総合で逆転劇を演じて金メダルをものにした内村選手に刺激されて日本の他の選手も発奮した結果、メダルラッシュが起きたのだろうと勝手に想像したくなるほど。いや、コーチや監督の指導力の賜物だろうか。(重量上げの三宅選手や競泳の金藤選手に顕著)そういった場面がメディアを通じてクローズアップされたオリンピックでもある。

ところで、スポーツ教育を含めた高等教育、さしずめ大学の文系廃止問題がここ一、二年話題になっているが、そんな折知り合いのM氏に誘われて80数回も続いているあるセミナーに参加した。下記はそのときに取ったメモ。

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2016年8月2日、霞が関ビル35階で開催されたセミナー。
NPO大学人会議主催「文系学部廃止」の衝撃 : 大学はどこへ行くのか
講師 :吉見俊哉(東京大学大学院情報学環 教授)
パワーポイントを使って説明。
【写真 : 当日会場で配布された資料】

まずは自著の宣伝から。
『大学とは何か』(岩波新書)、『文系学部廃止の衝撃』(集英社新書)の紹介。会場にいた23名に回覧された。『大学とは何か』のページを捲っていると、GHQ先導の戦後教育改革、“教育刷新委員会”の南原繁の話も出てくる。
集英社文庫の『文系廃止の衝撃』については自説を展開し、独創的な概念も導入されている。

はじめに言っておきたいことは、この問題に対してメディアの取り上げ方がエスカレートしていたこと。実は2015年6月8日の通知の前に、2015年8月に文科省は同じような文言で声明を出したが、メディア等の反応がなかった。
それは当時の政治状況が安保法制に揺れていた時期だった。それが約10ヶ月後に再び出した文系廃止の声明をメディアがキャッチ、波紋を広める羽目に。最初は産経、文科省が通知を出す前の5月、これははっきり言ってフライングと講師の吉見教授。ついで朝日他追随。

文科省にも問題があるが、マスコミの報道にも問題が。エスカレートする報道に。
一般社会にも「理系は役立つ、文系は役立たない」の風潮がある。
教養教育の崩壊?大学院生の凡人化?国立大学の企業化? 質の低下ー。
揺り戻し➡名大、教養復活
ICUの例。
学部学生の方が大学院生のよりレベルが高い。
※昨日(8月1日)会った早大の非常勤講師を務める専修大学のN先生も同じようなことを言っていた。

戦後の大学の数の推移。
1945年➡48
1950年➡201
1960年➡245
1970年➡382
1980年➡446
1990年➡507
2000年➡649
2008年➡785

質の低下(志願者マーケティング)、グローバルな大学間競走➡世界大学ランキング
アメリカの大学数➡2500
日本型大学体制の限界
➡大学ランキング➡人の奪い合い。
学部名のカンブリア紀爆発
1975年➡69種類
1990年➡97種類
2000年➡235種類
2010年➡430種類
2015年➡464種類

「化粧」して「客」を引く。
大学へ行くこと自体の価値劣化➡再び大学を襲う改革の嵐。教授たちの疲弊、管理者、研究者、教育者の一人三役をこなす。

「文系」は役に立つ➡役立たないけど価値がある?
地球社会のために「役に立つ=効果をもつ」は必要。

「役に立つ」とはどういうことか?
目的遂行的(=手段的有効性)
価値創造的(=価値反省的)
価値創造的、変化する多元的な価値の尺度を視野に入れる。
・理工系=役に立つ(3年~5年)
・文系=長く役に立つ(20年~1000年)
創造的破壊→いま当たり前のことを批判すること。
価値観。オリンピックの例。
「文系」とは何か?「人文学」と「社会科学」。
中世のヨーロッパ→「神学」「法学」「医学」と「リベラルアーツ」「哲学」。
・国民国家と人文学の誕生
・産業革命と「自然科学」対「社会科学」
リベラルアーツ(教養)と人文社会科学(文系)
文法学、修辞学、論理学、代数学、幾何学、天文学、音楽学。

・教養 一般教育 共通教育
・スキル教育 ・コンピテンス ・活動能力。
19世紀→文系と理系の区別→産業革命
産業革命と人文社会科学の成立。
産業革命→自然科学支配と人文社会科学の成立
「価値」への注目→マックス・ウェーバー社会学への決定的影響。
意味/価値の問題
「文(主体)」「理(客体)」の境界の曖昧化(21世紀)。

視点の違いー文系理系の融合
価値を見いだす、価値の転換→文系的な知。

甲殻類 脊索動物への進化。

5つの壁を越える
入試の壁、就活の壁、学年の壁、学部の壁、言語の壁。
ボーダーレス時代、グローバル時代、持続可能な社会。
大学の再定義←縦横の横断→21世紀の宮本武蔵を育成する、二刀流のすすめ。壁の溶解。
各分野における専門教育×諸分野の横断・融合。
文系重点型学際人/理系重点、複合的。
グローバルな課題と地球社会の価値創造。

人生で3回大学に入る。
18才、30才、60才。
アメリカに比べれば日本の大学には
社会人学生が少ない。

高校・大学の一貫も視野に。
入試があって非常に難しいが、繋ぐことが大事。
現状の大学の劣化。
文理融合の複眼的な学び
→教育において文系理系を組み合わせて学ぶこと→これが講師の結論、まとめ。
講演時間約120分(午後2時~午後4時)。

パワーポイントの文言を追えないところや聴き漏らしもあって不完全だが、以上がメモのあらまし。賢明な読者諸氏はこのメモから講演者の意図を読み取ってほしい。

この示唆に富む話は今後の大学問題を考えるとき、上述の講師の著作とともに筆者には大いに参考になる。実学か教養か、教養も実学も、大学は厳しい運営面を含めてあり方が問われている。

格差社会が顕著になっている昨今、昨日(8月14日)の日経新聞の対談でも学生の奨学金支給の改革(経済的理由で大学進学困難者や大学在学者向けに奨学金の枠を広げ、貸与型→給付型への改革推進)も緊急の問題として提示されてきている。

追記 「文系廃止」など関連の文化講演会が、クロスカルチャー出版主催で 光本滋先生(北海道大学準教授/高等教育論)を講師に迎えて7月9日に開催された。その講演レジュメと関連記事を読むはこちら→
レジュメhttp://cpc.la.coocan.jp/20160715171411.pdf

関連記事http://crocul.cocolog-nifty.com/callsay/2016/05/10-dd04.html

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クロカル超人が行く 196 横浜ユーラシア文化館特別展『ギリシャ考古学の父 シュリーマン』 続々

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シュリーマン自伝。

BIOGRAPHICAL NOTE

The son of a Lutheran pastor, Heinrich Ernst Schliemann was born on January 6, 1822 in Neubuckow, Mecklenberg-Schwerin, Germany. The following year, his family moved to Ankershagen, the town that Heinrich Schliemann considered his hometown. The house where he grew up has since been converted to the Heinrich Schliemann Museum. In 1841, at the age of 19, he planned to leave Germany and sail to Colombia, South America for employment opportunities. The ship, however, met with a tremendous storm and made it only as far as Holland before it was stranded on the coast. With the help of a local family, Schliemann recuperated from the shipwreck and moved on to Amsterdam where he worked as a clerk and began to study a wide variety of languages. As it turns out, Schliemann had an aptitude for languages and during his life expanded his knowledge to include English, French, Dutch, Spanish, Portuguese, Swedish, Danish, Polish, Italian, Greek, Latin, Russian, Arabic, and Turkish.

In 1844 he became an employee of the trading house B.H. Schröder and Co. Two years later, after learning Russian, the company sent him to St. Petersburg to serve as a commodities trading agent. Although he remained an agent for B.H. Schröder, Schliemann started his own agency as well. This independent venture was the first step in accumulating his great personal fortune. In 1852, he married a Russian woman, Ekaterina Lyshina, and had three children with her. In the following years, Schliemann, by now economically secure, began the first of his many travels around the world which would eventually include Egypt, Greece, the Near East, North Africa, India, Singapore, China, Japan, North and South America. During these travels he always kept a diary and it is from these that we learn much about his life. Today, these diaries reside in the Gennadius Library.

In 1863, worn out by the commercial business world and estranged from his Russian wife, Schliemann decided to semi-retire and revert to his childhood love of ancient Greek. The story Schliemann himself told was that he became enamored with ancient Greek as a young grocer’s apprentice when he heard a drunken man in the store reciting passages of Homer. In 1866-7 he made formal steps towards the study of ancient Greece by enrolling in archaeology courses at the Sorbonne in Paris. As Schliemann became more absorbed in the ancient Greek world and more estranged from Russia and his Russian wife, he decided to make Greece his home and began searching for a Greek wife. While on a trip to America in 1869, Schliemann was granted U.S. citizenship in New York and a divorce from his Russian wife by the State of Indiana. In September of that same year he married the 17 year-old Sophia Engastromenos, who was chosen from a pool of prospective brides presented to him by Theocletos Vimpos, Archbishop of Mantinea and Schliemann’s friend and former ancient Greek teacher. The following year, Schliemann commissioned Ernst Ziller to construct a permanent residence for his new bride. The house, named the Iliou Melathron in honor of Troy, was finished in 1880 and still stands—one of the finest examples of Neoclassical architecture in Athens today. It presently houses the Numismatic Museum of Greece.

Schliemann absorbed by his passion for Homer and archaeology, spent the remainder of his life on archaeological endeavors all of which he was able to finance personally. The discovery of Troy (1870-73) was one of Schliemann’s greatest accomplishments and brought him worldwide fame. His other excavations were also significant and include important sites such as Mycenae, Tiryns, and Orchomenos. In 1882 he met Wilhelm Dörpfeld, with whom he collaborated at Troy and Mycenae for the rest of his years and who, after Schliemann’s death, continued excavations at Troy with the financial help of Sophia. Despite all these activities, Schliemann managed to publish the results of his excavations quite rapidly, and often in more than one language (see, for example, major publications such as Mycenae, Ilios, and Tiryns).

Heinrich Schliemann died December 26, 1890 in Naples, Italy succumbing to an infection which had developed after an ear operation earlier that November in Halle, Germany. Wilhelm Dörpfeld accompanied the body back to Athens a few days later. Schliemann is buried in the First Cemetery of Athens in a mausoleum he designed himself. His second wife, Sophia, and their daughter, Andromache, along with her family (surnamed Melas) are also buried there. Heinrich and Sophia’s son Agamemnon is buried in Paris, France.

在アテネ米国古典学研究所・ゲンナディオス図書館のシュリーマン文書のリスト一覧からの引用。

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クロカル超人が行く 196 横浜ユーラシア文化館特別展『ギリシャ考古学の父 シュリーマン』 続

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今日横浜ユーラシア文化館で開催中の「ギリシャ考古学の父 シュリーマン」展を再訪。シュリーマン自筆の原稿を観に。それはイギリスの植物学者宛の書簡。きれいな字で書かれていたが、慣れないと流れるような英語(ペン字)は判読しにくいみたい。再度じっくり展示物を観ていたら、学芸員(福原さん)の説明会に偶然出くわし、30分ほど説明を聞くことができた。特に『日本旅行記』のシュリーマン自筆原稿(パリで1867年に出版された時の清書されて編集者に渡されたもの)をもとに幕末の日本、江戸の見聞を写真や浮世絵で追った企画はこの館独自のもの、手作り感もあって解りやすい。本にしたらともいわれているらしい。独自さは活字になる前の清書原稿を読むことの意義だ。情熱や雰囲気や好奇心が伝わってくるのだ。残念ながらwebからの取り込みらしく鮮明さがイマイチ。この自筆原稿は、アテネの米国古典学研究所・ゲンナディオス図書館のシュリーマン文書にあってネットでも見られる。(2016.8.11 記)

付記 該当の自筆原稿(Diary A6)を読むはこちら→http://www.ascsa.edu.gr/pdf/uploads/Schliemann_Diary_A6.pdf。また、続きの自筆原稿(Diary A7)を読むはこちら→ http://www.ascsa.edu.gr/pdf/uploads/Schliemann_Diary_A7.pdf

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超人の面白テレビ観賞 リオオリンピック 2016 日本の体操、団体戦で見事金メダル

リオオリンピックが始まって4日目、南米初の大会で日本選手の活躍に一喜一憂しているが、競泳、重量上げで金と銅を獲得してさらにこの先の競技に弾みをつけたいところで、今朝のニュースが飛び込んできた。体操の内村航平選手率いるチームジャパンが3大会振りの金を獲得したのだ。彼らの願いだった団体で金を、が実現したのだ。テレビでみる彼らの表情には達成感がみなぎっていてその笑顔の素晴らしかったこと。内村選手は予選の鉄棒でまさかの落下、それを押しきっての難易度をこなす見事なパフォーマンス、白井選手の天才的なひねりの入った前人未到の高度で芸術的な業は神業としか言うようがないほど、その他の選手にも多少失敗はあったものの、気合充分で大舞台で達成する意気込みと内村選手の言った“神憑り的な”目に見えない力が加わり、見事なパフォーマンスを完成させた。体操のチームジャパンは新たな歴史をつくったのだ。競技終了後のインタビューで皆さん、異口同音に金メダルの重みを感じていたことが印象的。偉業を達成するのがいかに大変だったかかみしめていたのかも。優勝した内村航平、山室光史、田中祐典、加藤凌平、白井健三の選手にCongratulations !😃✌スポーツ選手の見事な心技体に拍手!

追記  リオオリンピックは日本選手の予想以上の活躍で(和・輪になった形で)21日に閉幕した。日本は金12、銀8、銅21を獲得して、前回のロンドンオリンピックより上回り、次回の東京オリンピック向け弾みをつけたようだ。
競泳、体操、柔道、テニス、卓球、バドミントン、レスリングなどの活躍が目立ったが、何といっても陸上競技の男子400メートルメドレーで3位銅メダルを獲得したことだ。これは画期的だろう。ところで、選手の報償金は金メダルが500万円、銀メダルが200万円、銅メダルが100万円とか。(2016.8.23 記)

追記2  男子卓球団体戦の決勝で破れたものの、中国のエースの選手を破ったことで一躍時の人になった水谷隼、その彼が今やノーパン男子とテレビ等で話題をさらっている。そもそもリオオリンピックの個人戦か団体戦の試合終了後にメディアのインタビューに答えて話したことだが、これが受けた。下ネタはすぐ多くの人に拡散するのだ。その余波があちこちのメディアに。確かに解放感もある・・・。(2016.9.6  記)

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超人の生真面目半分転生人語 8 相模原市の福祉障がい者施設での殺傷事件 

神奈川県相模原市緑区の福祉障がい者施設「津久井 やまゆり園」でクレイジーな障がい者殺傷事件が起きてから一週間、事件の真相がだんだんと明らかになりつつあるが、一つ気がかりなことは、容疑者の26歳の男性が大麻などの薬物使用で犯行に及んだのではないらしく、かなり以前から計画を練って犯行に及んだということだ。確信犯に近い行動だ。彼は役立たない者は生きていても意味がない、全員抹殺するという社会的弱者切り捨て思想、いわゆるヘイトクライム(憎悪犯罪)だ。事件から一週間以上経過してもそう漏らしているというのだ。これは精神を病んだ状態という他ない。然るべく精神鑑定を受けることが事件の解明には必要だろう。動機がどうであれ、19人もの障がい者を殺害し26人に傷を負わせた罪は大変重い。親御さんなど障がい者の家族は何ともやるせないに違いない。憎い、許せないの一言だろう。障がい者も懸命に生きているのだし、親御さんたちも愛情を持ってサポートしているのだ。その障がい者施設の元職員が真夜中寝静まった施設に侵入して次々と殺害したから尋常では考えられないことと言わざるえない。無抵抗のままの被害者はさぞ悔しかったはず。職員は拘束されていたものの、ほとんど被害はなかった。障がい者だけを狙い撃ちした悲惨な殺傷事件で、これだけの犠牲者を出したのは戦後最悪。アメリカのフロリダで性的マイノリティを銃撃した事件はまだ記憶に新しい。少し趣は違うが何年か前のノルウェーでの少年による銃乱射事件もヘイトクライム(憎悪犯罪)の類だ。
私たちはこういった言葉にならない悲惨な事件が起こりえることを日頃から身近な問題として受け入れていく覚悟が必要だろう。それにしても嫌な社会になったものだ。地震せよ災害にせよ、覚悟はある程度出来ているものの、今度は隣人にも気を遣なければならなくなった。寛容の精神持を持ち、理性と想像力をもっと働かせていかなければいけないと思うのだ。障がい者よ、めげるな ! 親御さんや障がい者施設の関係者には更に行きわたったサポートを続けてほしい。自分の身近でこんな悲惨な事件が起こったらと想像を巡らすとぞっとする、いや、卒倒してしまいそうだ。今回被害者の障がい者の詳細は公開されていないし、加害者の親御さんもメディアに登場していない。早く正確な事件の解明(容疑者の男性の殺傷に至った動機と精神状態の解明、措置入院→退院の問題など)を期待したい。そう、社会的弱者との共存が今問われている。弾力性のある創造的想像的なコミュニティーの出現が待たれているのだ。

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超人の面白ラーメン紀行 215 町田『汁場 しおらーめん進化 町田駅前店』

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小田急町田駅徒歩3分のところにある『汁場 しおらーめん進化 町田駅前店』。店自慢の塩ラーメン(750円)のスープは確かに透明感があってまろやか。(昆布出汁、鶏出汁、豚ゲンコツそれにアゴ出汁をミックスしているらしい。スープや麺の素材に徹底的に拘り、それが進化したラーメンを生む?)表面には鶏油が浮かぶ。あっさりすっきりの上品な一杯。美味。自家製ストレートの細麺はイケた。トッピングが硬めのチャーシューだけでは少し寂しすぎないか。いや、メンマとネギはあったか。量は少な目、これで750円もするのだ。本厚木に塩ラーメンの美味しい店があるが、その店でももっと量、具材とも多かった!

『汁場 しおらーめん進化 町田駅前店』1.スープ★★★2.麺★★3.トッピング★☆4.接客・雰囲気★☆5.価格★☆


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超人の面白テレビ鑑賞 終戦スペシャルドラマ・百合子さんの絵本~陸軍武官小野寺夫婦の戦争「スバイが暗躍する北欧、ムーミンの翻訳者の感動実話!」

第二次世界大戦中に北欧リトアニアで6000人のユダヤ人などを救った、外交官杉原千畝の人気は衰えるどころか益々高まっている。今度はイスラエルに杉原千畝通りができたとメディアが報道していた。命を省みず平和への偉大な貢献を果たした人物だ。さて、これまた北欧もの。戦争に翻弄された夫婦の絆を扱った土曜スペシャルドラマを観た。スウェーデンのストックホルムを舞台に繰り広げられた情報争奪戦を扱ったドラマで、小野寺百合子役の女優薬師丸ひろ子が夫の小野寺信役の香川照之と好演技を披露、飽きさせない90分だった。終戦スペシャルドラマと銘打ったテーマは、ある駐在武官夫婦の戦争中の知られざる真実だ。第二次世界大戦中、欧州の動向を探るため、スウェーデンのストックホルムに赴任した小野寺武官、そのあと子どもをおいて夫人もかの地へ。武官の夫を手助け秘書的な仕事をこなす。子どもの命を気遣い悲痛な気持ちになるも押し殺しながら、夫が極秘情報を入手したものを暗号化して日本の参謀本部に打電する仕事を続ける。そんな中、ヤルタ会談の極秘情報を入手し日本へ打電するも返事はなく無視され、日本はそのまま敗戦。戦後百合子はスウェーデンの児童文学などの翻訳の仕事に従事、夫は沈黙し続けるが、ある出版社が企画した座談会(当時の関係者を呼んで真相を語り合う)にようやく出席し自分の意見を述べる・・・。
NHKドラマのHPには、駐在武官の夫とともに諜報の最前線を生きた女性の姿を通じ、夫婦の愛と絆を描くスペシャルドラマ、と書かれていた。平和を求めて命懸けで闘った夫婦にはやはり愛と絆があった。筆者は小野寺百合子・信夫妻には偶然丸ビルのスウェーデン社会研究所で会ったことがある。本の出版の関係でこの研究所を訪ねたのかも。もう大分昔のことだ。記憶は益々不鮮明になりつつある。今世界のあちこちで不可解な事件が起きていて尊い命が奪われている。平和を求めていくことがいかに大切か━。歴史から学ぶことの好例の一つがここにあるような気がする。

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超人の面白翻訳鑑賞 西脇順三郎作「雨」のドナルド・キ―ンの英訳 余話

以前にこのコラムで西脇順三郎の詩「雨」のドナルド・キ―ンによる英訳を掲載したが、その原文も入った原書を京都に出張の折に所蔵機関の図書館へ出向き、特別に許可を得てコピーを取った。今から30数年前にニューヨークで刊行されたもの。タイトルはDAWN TO THE WEST Japanese Literature of the Modern Era POETRY, DRAMA, CRITICISM、版元はHOLT, RINEHART AND WINSTON。その中の西脇順三郎の項目をコピーしたのだ。この西脇順三郎の項目の最後にドナルド・キ―ンが西脇詩の特徴を次のように簡潔かつ的確にまとめている。

The expression is indirect and sometimes even obscure, but the beauty of the imagery can be intuitively felt, and the mood of each poem is securely established. The effects achieved may suggest those of traditional Japanese poetry in the ecomomy of means and the skillful juxtaposition of imagery, but Nishiwaki's poetic past is European rather than Japanese. Nevertheless, the language he uses is Japanese, the landscapes before his eyes or in his mind are Japanese, and he has found in such poetic features as an intense feeling for the seasons a cogruence between his European tastes and Japanese tradition. He is an international poet who has exercised a frofound influence on the poetry of one nation.

DAWN TO THE WEST Japanese Literature of the Modern Era  POETRY, DRAMA, CRITICISM
の西脇順三郎の項目の原文を読むはこちら。「20160729134005.pdf」をダウンロード
DAWN TO THE WEST Japanese Literature of the Modern Era  POETRY, DRAMA, CRITICISM P.323-P.335からの引用。


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超人の面白ラーメン紀行 214 神田神保町『きたかた食堂』

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神保町の靖国通り沿いの『富士そば』があったところに、2016年7月19日にオープンした『きたかた食堂』。蔵出し醤油らーめん、清湯醤油、中太平打麺それに静岡県清水港の鮪が売りのニューウェブ系喜多方ラーメンだ。開店してまだ1週間、若いスタッフが明るく振る舞っていたが、まだ慣れていないせいか段取りが悪く、注文の品を間違えて客を不愉快にさせた場面も。そこは若者組、丁寧な客さばきで一件落着。
筆者が入った午後2時頃には蔵出し醤油らーめんは売り切れだったので、味噌らーめん(700円)を頼んだ。カウンター中央の左寄りに座り、注文の味噌らーめんを待った。厨房では鮪が中心の海鮮丼が盛り付けられていた。え、海鮮丼も扱ってるんだ、と多少不思議感が。うちは清水港の鮪をリーズナブルな値段で提供できるんです、と男性店員。鮪はラーメンと合うんですよとも。見れば壁に鮪とラーメンとの相性の良さをアピールした文字が一杯。それにつられた魚好きの筆者がサイドメニューの鮪の刺身(480円)を追加注文。初めは海苔で巻く鮪を出してきたが、お客さん、鮪の刺身でしたかと聞き返されたので、そうですと言ったら出してきたのが上の写真。柔らかくて新鮮な大トロと中トロ。美味。初めに出された巻きの鮪はサービスしますと女性の店員。ラッキーである。さて、肝心の味噌らーめんはスープがまろやか、太平打ち縮め麺に馴染む感じ。味噌味は近くの札幌ラーメン系の『うち田』と通じる味かも。生っぽいモヤシのシャキシャキ感はないものの、こちらの方がやや洗練された印象を受ける。トッピングのメンマ、刻みネギは定番のそれ、チャーシューは歯応えがあって噛み具合、味ともまあまあ。筆者的には海苔がほしかった。
それにしても思い出されるのは、もう25、6年前にJR代々木駅徒歩3分のところにあった喜多方ラーメンの店だ。当時勤めていた会社の同僚が、JR代々木駅に喜多方ラーメンの店が出来たのを知ってた?と訊かれて訪ねたのだった。味噌味、縮れ麺、メンマなど新しい感覚のラーメンで店内も蔵の街をイメージした造りになっていた。その駅前通りの左角にあったラーメン店が喜多方ラーメンとの初めての出会いだった。東京進出のさきがけとなった店かも。筆者が飽きたのか、しばらく喜多方ラーメンから遠ざかっていたのだ。そして久しぶりに入った喜多方ラーメン店は、若者組が運営するキタカタ ニューウェーブが担うコンテンポラリーな店として発信し始めたようだ。

『きたかた食堂』1.スープ★★2.麺★★3.トッピング★☆4.接客・雰囲気★☆5.価格★☆


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追記 醤油らーめんが食べたくてこのあと2度ほど訪ねたが、いずれも売れ切れと言われた。がっくり。実は醤油らーめんはすでに止めてるみたい。それならそれなりにメニューから外すなりきちっとした対応をしてもらいたい。タンタン麺を出すとか予告もいいけれど、要はブレないで営業してほしい・・・。

追記2 蔵出し醤油らーめんが間に合わなかったのか(どこまで本当なのかは分からないが)、今度は店に8月8日再開決定と貼紙が。偶然に店の前を歩いて気づいた。今日この店は閉まっていた!(2016年8月3日 記)

追記2 8月8日、生前退位の意向を示されている天皇陛下の異例のお言葉がメディアで流れる日の午後2時過ぎに再三チャレンジして「蔵出し醤油ラーメン」をゲット。値段はまあまあ(650円)だったが、味はチョット、ゴメンといったところ。ありきたり、またしても肩透かしだ。

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超人の愛用の筆記具 モンブランの万年筆ほか

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筆者の愛用の筆記具。


書き記し使い分けては光堂


追記 大昔高校時分にペリカン万年筆が特に気に入っていたS.N君がいた。当時筆者たちは放課後比較的大きな文具店に通っては万年筆談義に花咲かせたものだ。風邪の便りでは彼は高校の理科の教師になったらしい。教師の息子で環境がそうさせたのか冷めていたが、温かみもあった。もう定年だろう。万年筆といえばS.N君を思い出す。

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クロカル超人が行く 196 横浜ユーラシア文化館特別展『ギリシャ考古学の父 シュリーマン』

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土曜日の昨日用事で横浜馬車道辺りに出掛けた。ついでに徒歩10分の横浜ユーラシア文化館に寄った。20ヶ国語を独学でマスターしたといわれている語学の天才しかも商才に長けて巨万の富を築き、後に考古学者としてトロイア遺跡、ギリシャのティリンス遺跡を発掘して有名になったハインリッヒ・シュリーマン、そのシュリーマン関連の貴重な資料130点が今公開中でそれを観たかったからだ。目玉展示は初公開のティリンス遺跡原画だが、筆者的にはシュリーマン自筆の生の手紙2点を観たかった。惜しくもこの日は公開日ではなく、生の手紙2点を同時に観られるのは8月11日だと係員。残念!また、出向くつもり。今回のような人を待たせての鑑賞(用事の合間に鑑賞)は時間的にも制限されるのでじっくり鑑賞できなかった。規模は小さいが、幕末に来日して日本旅行記を書いたあのシュリーマン先生、筆者も読んで書評を書いた(この書評を読むはこちら→http://crocul.cocolog-nifty.com/callsay/2005/06/11_abc3.html続編はこちら→http://crocul.cocolog-nifty.com/callsay/2005/07/11_6f4d.html)。この横浜ユーラシア文化館では特別にこの本に着目して浮世絵や写真などを使ってシュリーマンが見聞した横浜、町田、八王子、江戸の浅草、吉原などを追っている。記述に間違いもあるが、観察眼鋭く面白く読めるのだ。今で言う異文化体験である。
展示構成は、シュリーマン(1822-1890)の生涯、シュリーマンが魅せられた世界 古代ギリシャの文化、ギリシャ・ティリンス遺跡の発掘とシュリーマン直筆の報告書、19世紀 黎明期の考古学 発掘合戦から科学的な報告へ、シュリーマンの眼差し 古代エジプトへの情熱。今更ながらシュリーマンの古代への情熱のすごさに圧倒されると同時に、ギリシャ文化の繁栄ぶりを象徴した優れた文物にも驚かされる。2016年9月6日まで開催。

横浜ユーラシア文化館で配布されている簡単な資料を読むはこちら。→「20160725113349.pdf」をダウンロード

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超人の生真面目半分転生人語 7 直近のニュースから

永六輔に続いて大橋巨泉死去のニュース。昭和のラジオやテレビの申し子が多大な影響を与えて逝った。永六輔作詞・中村八大作曲の「上を向いて歩こう」は筆者も好きな曲だが、その歌詞の誕生にまつわる話が泣かせる。60年安保の挫折、いな失恋からと真相は明らかではないが、やさしくやわらかな歌詞に込められた思いはどれほどだったろうか。ラジオパーソナリティーとしての軽妙な語り口は人気で多くのファンを獲得したばかりではなく、平和への思いも人一倍強かった。筆者は大分前に新幹線でたまたま隣に乗り合わせた永六輔氏を見ている。蛍光ペンでしきりにマーキングしているのを目撃。講演会かラジオ収録かはたまた旅番組でのロケ行だったか・・・。また、大橋巨泉は「11PM」(松岡きく子と司会)や「ゲバゲバ90分」(前田武彦等と共演)や「世界まるごとHow much」(ビートたけしを起用)などの一世を風靡した超人気テレビ番組に出演していた。「僕はねぇ…」と少し人を食ったような語り口が印象的だった。しかし、この人も平和への思いが強かった。自からの戦争体験が根っこにあったのだ。もっと長生きして今の政治に鋭い舌鋒でコメントしてほしかった。合掌。

追記 そう言えば、「恋のバカンス」などのヒット曲を数多く放った、名古屋出身の「ザ・ピーナッツ」の妹、伊藤ユミさんも亡くなっている。享年75歳。昭和歌謡のスターがまた一人いなくなった。日テレの音楽バラエティー「シャボン玉ホリディー」が懐かしい。

追記2 先週はピアニストの中村紘子さん(72歳)、元横綱の千代の富士(61歳)の訃報。中村紘子さんは大腸癌、元千代の富士は膵臓癌で逝ったが、クラシック音楽界の永遠のマドンナ、もう一人はウルフの愛称で小さいながら力強い相撲をみせてくれた角界の実力者だ。早すぎた死が悼まれる。中村紘子さんの夫は小説家の庄司薫氏だが、『赤頭巾ちゃん気をつけて』をはじめ何作か書いて文学界から遠ざかった。その動向が謎だった。中村紘子のエッセイのゴーストライターなどと囁かれていた。最近のネットでは投資家でその腕はプロ並みだとか。14億円損失しても取り戻した実績もあるという。そうだったのか、庄司薫よー。今は奥さんを亡くしてさぞ悲しんでいるはず。中村紘子さんや元千代の富士関は、本業以外にもその華やかさや茶目っ気振りで人気だった。合掌。(2016.8.4 記)

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クロカル超人が行く 195 帝国ホテル インペリアルバイキング『SAL』再訪

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8年振りで帝国ホテルのインペリアルバイキング『SAL』を再訪。打上を兼ねての慰労昼食会だ。初めての方がほとんどで筆者だけが2回目。以前に比べて料理の種類は抑え気味だが価格は約10%くらい上がった感じ。17階の窓側、外は晴れ間が見えて夏本番さながら。舌鼓、舌鼓、ああ、舌鼓。7皿を平らげて平気な女性も。

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超人のジャーナリスト・アイ 165 スウェーデンの小新聞に「Pokémon Go」の記事

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Många vill fånga monster i Pokémon Go

Ett nytt spel för mobiler
har blivit väldigt populärt.
Det heter Pokémon Go
och är nu det största spelet
för mobiler i USA.
Över 21 miljoner personer
spelar det.
Spelet handlar om att jaga monster.
För att fånga monstren måste spelarna
gå ut på gatorna där de bor och leta.
Monstren finns inte på riktigt.
Spelaren kan bara se dem
på sin telefon.
Men spelaren måste ta sig
dit där monstren är på en karta
för att få poäng i spelet.
Nu finns spelet också i Sverige.
I torsdags fick Arvid Nordvall i Norrbotten
ett oväntat besök.
En man knackade på dörren
och ville komma in.
– Han sa, Ursäkta men ni har
en Pokémon i hallen. Kan jag få
komma in och blippa den?
berättade Arvid Nordvall.

från 8 Sidor.
2016ー7ー15

『Pokémon Go』の最新情報公開サイトはこちら
👉http://www.pokemon.co.jp
任天堂のゲーム『ポケモン ゴー』がアメリカをはじめ世界的に大人気だ。“多くの人がポケモンゴーでモンスターを捕まえられる”というのはこの記事のタイトル。アメリカでのポケモン人気を紹介している。ポケモンゴーは今や2100万人以上の人がゲームに興じている最強の スマホゲームだ・・・。

追記 昨夜のテレビのニュースではこの『ポケモンゴー』のスマホゲームについてその超人気振りを報道していた。アメリカでは6500万人がこのスマホゲームに興じていて交通事故まで起きているという。日本の解禁日はそろそろだというが、安全性が確保されるかどうかがポイントらしい。(2016.7.21 記)

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クロスカルチャー出版主催 第10回文化講演会 エトセトラ 3

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JR両国駅近くの居酒屋で行われた文化講演会後の懇親会。

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クロスカルチャー出版主催 第10回文化講演会 エトセトラ 2

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講師の水本先生が大当たり。美味なマグロの刺身にありつけた。先生もご機嫌でした。

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クロスカルチャー出版主催 第10回文化講演会 エトセトラ

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今回の文化講演会は開始時には生憎の雨模様だったが、終了時には雨は上がっていた。内容は濃く、聞き応えのある講演だったとの声が多かった。場所を移して土俵のある居酒屋でのショウも面白かった。

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クロスカルチャー出版主催 第10回文化講演会 開催の告知

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超人の面白読書 125 サカキシンイチロウ著『博多うどんはなぜ関門海峡を越えなかったのか』

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こういう類いの本は大概立ち読みですませて来た筆者だが、毎日新聞夕刊のコラムに博多うどんと本書について書いてあり、いや、その前に福岡出身の先生の話もあって、実際に博多うどんの店まで探して食べに行った。その後で手にした本書だが、コンサルタントの著者がユニークなメンバーを結成して市場調査的な半日博多うどん食べ歩きを決行しそれを綴ったのが本書だ。余白を充分にとりすぎた感のある贅沢な本作りも魅力の一つだが、それより何より博多うどんのチェーン店『牧のうどん』の魅力を充分に語ってあまりある。合理的な経営を追求することで利益を求めたがる現代の小売店にあって、むしろアナログ的でさりげない人間力を発揮することに力を注ぐ『牧のうどん』に惚れ込み、やさしいまなざしをおくっている。通勤電車のなかで一挙に読んだ。本書で腰のない柔らか博多うどんの出来上がる過程を知った今、採算等を考えて博多うどんの東京への進出は不可能だと思った。関門海峡は越えられない!が、なかなか博多まで足を運べない筆者みたいな人間もいるので、“改良”を加えて東京進出を果たしてもらいたい。『牧のうどん』ができなければ『因幡うどん』や『ウェスト』でも良いが。讃岐系うどんより柔らか博多うどんを好む人たちもそれなりにいると思うのだ。ここからは想像だが、比較的福岡出身の人が多いところ(本当にあるかな)あるいは、集まるところに博多うどんをメインに『博多食堂』を開店したら売れるかも。最初はリサーチと勘に基づき、手応えがあれば新たな拡散のステージへー。何せ博多豚骨ラーメンを流行らせた実績はあるのだから。博多が発祥の『一風堂』はニューヨークにも進出していて、ニューヨーカーにも人気で食べるのに2時間待ちといわれているくらい。首都圏では千葉県の君津市に新日鉄君津製鐵所(現新日鉄住金君津製鐵所)が1960年代にできた関係で九州から仕事でやって来た人が移り住んだ。そのため豚骨ラーメンの店が早くからあるのだ。博多うどんも・・・。
最後に本書の目次を少し紹介しておこう。サブタイトルは1時間半のビジネスモデル。第1章 博多へ、第2章 こんなに違う、うどんとラーメンの儲け方、第3章 「牧のうどん」本店の謎、第4章 博多うどんをめぐる半日ツアー、第5章片道1時間半の王国 第6章 東京で博多うどんビジネスは成功するのか?

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文化講演会の案内 クロスカルチャー出版主催 第10回文化講演会 光本 滋北海道大学准教授『学問と教育の危機―「文系廃止」』問題の本質

昨日(2016年5月30日)の毎日新聞夕刊には、「即戦力育成に重点、中教審答申 職業大学制度創設」の見出しが躍った。中央教育審議会は30日、ITなど成長分野で即戦力となる人材育成を目指し、実践的な職業教育を行う新しい高等教育機関の創設を馳浩文部科学省大臣に答申したとの記事。「専門職大学」「専門職業大学」の名称案を考え、2019年春の開学を目指し、法改正や制度設計を進めるという。ITや観光、農業などの成長分野の現場で牽引役を担う人材育成が必要との指摘。4年生課程と2、3年の短大など専門高校を含む高卒者だけではなく、工業高校など専門学校生や大学生、社会人などを受け入れると。この記事で真っ先に思い出したのは50年以上前に鳴り物入りで国立高等専門学校(高専)ができたことだった。この高専がその役割に陰りが出始めたのはいつごろからだったか―。ドイツや北欧の国々では早くからこの職業学校、ギムナジウムがあるが、その高等教育機関という位置づけか。一体日本ではどう根付くのか。少子化なのに大学をまたつくる? 時代の変化に対応といっても既存の大学がいろいろと疲弊している中、それこそ100年後を目指す人材を育成できる大学、自治を守れる大学、、自由闊達で幅広い教養を身に付けられる大学を抜本的に考えて制度設計を見直すことが求められていると思うのだが。目先だけでは何年もつか、危ういのだ。グローバル大学ができたが、予算は当初より削減されるわ、余計な仕事が多くなるわ、と理想にほど遠いと嘆いている関係者の声もあるのも事実だ。
さて、この職業大学制度創設の話も出るはずと思われる文化講演会がクロスカルチャー出版主催で開催される。記念の第10回文化講演会の演題は、学問と教育の危機―「文系廃止」問題の本質。講師は光本 滋北海道大学准教授(高等教育論が専門で『危機に立つ国立大学』の著者)。
2016年7月9日(土)午後1時半~4時半まで江戸東京博物館1階学習室。サプライズコーナーもあるし、ともかくわかりやすくてめちゃおもしろいかも。奮って参集されたい。詳しくはこちらを。「20160531173938.pdf」をダウンロード

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超人のジャーナリスト・アイ 164 広島訪問 オバマ米大統領所感

下記はオバマ米大統領の広島訪問所感。毎日新聞2016年5月28日付朝刊から。

Full text of Obama's speech at Hiroshima Peace Memorial Park
May 27, 2016 (Mainichi Japan)

U.S. President Barack Obama delivers a speech at Hiroshima Peace Memorial Park on May 27, 2016.

U.S. President Barack Obama visited Hiroshima on May 27, becoming the first sitting American president to do so after the United States dropped an atomic bomb on the city 71 years ago. After visiting the Hiroshima Peace Memorial Museum with Japanese Prime Minister Shinzo Abe, Obama laid a wreath before the cenotaph for A-bomb victims and made a speech at the Hiroshima Peace Memorial Park.

Seventy-one years ago on a bright, cloudless morning, death fell from the sky and the world was changed. A flash of light and a wall of fire destroyed a city, and demonstrated that mankind possessed the means to destroy itself.

Why do we come to this place, to Hiroshima? We come to ponder a terrible force unleashed in the not-so-distant past. We come to mourn the dead, including over a hundred thousand Japanese men, women and children, thousands of Koreans, a dozen Americans held prisoner. Their souls speak to us, they ask us to look inward, to take stock of who we are and what we might become.

It is not the fact of war that sets Hiroshima apart. Artifacts tell us that violent conflict appeared with the very first man. Our early ancestors, having learned to make blades from flint, and spears from wood, used these tools not just for hunting, but against their own kind. On every continent, the history of civilization is filled with war, whether driven by scarcity of grain, or hunger for gold, compelled by nationalist fervor or religious zeal. Empires have risen and fallen. Peoples have been subjugated and liberated. And at each juncture, innocents have suffered -- a countless toll, their names forgotten by time.

The world war that reached its brutal end in Hiroshima and Nagasaki was fought among the wealthiest and most powerful of nations. Their civilizations had given the world great cities, and magnificent art. Their thinkers had advanced ideas of justice and harmony and truth. And yet the war grew out of the same base instinct for domination or conquest that had caused conflicts among the simplest tribes -- an old pattern amplified by new capabilities and without new constraints. In the span of a few years, some 60 million people would die: men, women, children, no different than us, shot, beaten, marched, bombed, jailed, starved, gassed to death.

There are many sites around the world that chronicle this war, memorials that tell stories of courage and heroism, graves and empty camps that echo of unspeakable depravity. Yet in the image of a mushroom cloud that rose into these skies we are most starkly reminded of humanity's core contradiction -- how the very spark that marks us as a species, our thoughts, our imagination, our language, our tool-making, our ability to set ourselves apart from nature and bend it to our will -- those very things also give us the capacity for unmatched destruction.

How often does material advancement or social innovation blind us to this truth? How easily we learn to justify violence in the name of some higher cause. Every great religion promises a pathway to love and peace and righteousness. And yet no religion has been spared from believers who have claimed their faith is a license to kill.

Nations arise, telling a story that binds people together in sacrifice and cooperation, allowing for remarkable feats, but those same stories have so often been used to oppress and dehumanize those who are different.

Science allows us to communicate across the seas and fly above the clouds, to cure disease and understand the cosmos. But those same discoveries can be turned into ever more efficient killing machines.

The wars of the modern age teach us this truth. Hiroshima teaches this truth. Technological progress without an equivalent progress in human institutions can doom us. The scientific revolution that led to the splitting of an atom requires a moral revolution as well.

That is why we come to this place.

We stand here, in the middle of this city, and force ourselves to imagine the moment the bomb fell. We force ourselves to feel the dread of children confused by what they see. We listen to a silent cry. We remember all the innocents killed across the arc of that terrible war, and the wars that came before, and the wars that would follow. Mere words cannot give voice to such suffering. But we have a shared responsibility to look directly into the eye of history and ask what we must do differently to curb such suffering again.

Someday the voices of the hibakusha will no longer be with us to bear witness. But the memory of the morning of Aug. 6, 1945 must never fade. That memory allows us to fight complacency. It fuels our moral imagination. It allows us to change.

And since that fateful day, we have made choices that give us hope. The United States and Japan forged not only an alliance, but a friendship that has won far more for our people than we could ever claim through war.

The nations of Europe built a union that replaced battlefields with bonds of commerce and democracy. Oppressed peoples and nations won liberation. An international community established institutions and treaties that worked to avoid war, and aspired to restrict, and roll back, and ultimately eliminate the existence of nuclear weapons.

Still, every act of aggression between nations, every act of terror and corruption and cruelty and oppression that we see around the world shows our work is never done.

We may not be able to eliminate man's capacity to do evil, so nations and the alliances that we formed must possess the means to defend ourselves. But among those nations like my own that hold nuclear stockpiles, we must have the courage to escape the logic of fear and pursue a world without them. We may not realize this goal in my lifetime. But persistent effort can roll back the possibility of catastrophe.

We can chart a course that leads to the destruction of these stockpiles. We can stop the spread to new nations and secure deadly materials from fanatics. And yet that is not enough. For we see around the world today how even the crudest rifles and barrel bombs can serve up violence on a terrible scale.

We must change our mindset about war itself -- to prevent conflict through diplomacy, and strive to end conflicts after they've begun; to see our growing interdependence as a cause for peaceful cooperation, and not violent competition; to define our nations not by our capacity to destroy, but by what we build. And perhaps above all, we must reimagine our connection to one another as members of one human race -- for this, too, is what makes our species unique. We're not bound by genetic code to repeat the mistakes of the past. We can learn. We can choose. We can tell our children a different story, one that describes a common humanity, one that makes war less likely and cruelty less easily accepted. We see these stories in the hibakusha: the woman who forgave a pilot who flew the plane that dropped the atomic bomb because she recognized that what she really hated was war itself; the man who sought out families of Americans killed here because he believed their loss was equal to his own.

My own nation's story began with simple words: "All men are created equal and endowed by our Creator with certain unalienable rights, including life, liberty, and the pursuit of happiness." Realizing that ideal has never been easy, even within our own borders, even among our own citizens. But staying true to that story is worth the effort. It is an ideal to be strived for, an ideal that extends across continents and across oceans.

The irreducible worth of every person, the insistence that every life is precious, the radical and necessary notion that we are part of a single human family: That is the story that we all must tell.

That is why we come to Hiroshima, so that we might think of people we love, the first smile from our children in the morning, the gentle touch from a spouse over the kitchen table, the comforting embrace of a parent. We can think of those things and know that those same precious moments took place here, 71 years ago. Those who died, they are like us.

Ordinary people understand this, I think. They do not want more war. They would rather that the wonders of science be focused on improving life, and not eliminating it.

When the choices made by nations, when the choices made by leaders reflect this simple wisdom, then the lesson of Hiroshima is done.

The world was forever changed here. But today, the children of this city will go through their day in peace. What a precious thing that is. It is worth protecting, and then extending to every child.

That is the future we can choose, a future in which Hiroshima and Nagasaki are known not as the dawn of atomic warfare, but as the start of our own moral awakening.

二度ほど読んだが、平易な英文で分かりやすかった。だが、この17分の所感は核兵器の廃絶を唱えるも、まだスタートラインにたったばかりと締め括った。一方で、“核のボタン”を持ち歩いているオバマ大統領の現実がある。私たちはいつになったらこういった矛盾から解き放たれるだろうか。

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超人のジャーナリスト・アイ 163 オバマ大統領の歴史的な広島訪問

オバマ大統領の歴史的な広島訪問を外国メディアはどう伝えたか。下記はNPRからの記事。

Obama Makes Historic Visit To Hiroshima Memorial Peace Park
by Elise Hu & Camila Domonoske

"Seventy-one years ago, on a bright, cloudless morning, death fell from the sky and the world was changed," President Obama said Friday, in the first visit by a sitting U.S. president to Hiroshima, Japan.
In 1945, the United States dropped the first atomic bomb used in warfare on that city, killing an estimated 140,000 people. A second bomb was dropped on Nagasaki three days later. Within weeks, Japan surrendered, ending the war in the Pacific Theater.
Today, the city of Hiroshima is home to a park dedicated to honoring the dead and calling for peace. During Obama's historic visit, the president spoke at length about the costs of war and the need for peace and nuclear disarmament, without apologizing for any U.S. actions during World War II.
During the visit, Obama and Japanese Prime Minister Shinzo Abe walked silently down a long path in the park. A young woman handed the president a wreath, which he laid by the Memorial Cenotaph, a monument containing the names of the dead. A moment later, Abe was handed a wreath and did the same.
Speaking afterward in Hiroshima Peace Memorial Park, Obama said he was there to mourn the dead of World War II, and that the memory of Aug. 6, 1945 — the day the bomb was dropped on Hiroshima — "must never fade."
"That memory allows us to fight complacency," he said. "It fuels our moral imagination. It allows us to change."
Obama spoke about the "silent cry" of Hiroshima, and the suffering wrought on the day the bomb fell.
"In the image of a mushroom cloud that rose into these skies, we are most starkly reminded of humanity's core contradiction: how the very spark that marks us as a species — our thoughts, our imagination, our language, our tool-making, our ability to set ourselves apart from nature and bend it to our will — those very things also give us the capacity for unmatched destruction," he said.
The president called for the world to unite to prevent such violence from happening again. Nations need the ability to defend themselves, Obama said, but countries with nuclear arsenals "must have the courage to escape the logic of fear and pursue a world without them.
"We may not realize this goal in our lifetime, but persistent effort can roll back the possibility of catastrophe."
As NPR's Scott Horsley reported, Obama spelled out his vision of a world without nuclear weapons early in his presidency. That stated goal contributed to his winning of the Nobel Peace Prize.
But since then, he has made only "modest progress" in that campaign, as the president himself put it in an interview with the Japanese press this week.
Speaking at Hiroshima on Friday, Obama spoke more broadly — calling not only for an end to nuclear weapons, but for a broader peace. He called for the "radical and necessary notion that we are part of a single human family."
"We must change our mindset about war itself," Obama said.
After the speech, Obama met briefly with survivors of the Hiroshima attack who had been sitting in the audience during his remarks.
The Peace Memorial Park includes memorials for the dead, the iconic bombed-out Peace Dome — a building preserved as it looked after the attack — and a museum on the bomb and its aftermath. The entire park is dedicated to the pursuit of peace and nuclear disarmament.
In a visit heavy on symbolism, the street in front of the Hiroshima Peace Memorial Museum was lined with Japanese and American flags, flying side by side. Thousands of Japanese crowded in front of the entrance to the memorial, awaiting the president and Abe's arrival.
The announcement of the visit to Hiroshima reopened debates on the decision to attack Hiroshima and Nagasaki in the closing days of World War II.
As we've reported, the question of "apologizing" is fraught for Obama. During the 2012 presidential campaign, Obama was criticized by Republican candidate Mitt Romney for going on an "apology tour," traveling the world apologizing for American foreign policy.
The claim was denounced as untrue by multiple fact checkers, but the specter of that phrase has dogged Obama's foreign trips and statements on foreign policy decisions. Before the Hiroshima trip, the administration was particularly concerned about offending World War II veterans and their families, Scott Horsley reports.
President Obama did not offer an apology on this visit; Japan has said it did not seek one. Instead, leaders of both nations have described the visit as a chance to heal the wounds of the past and reaffirm a commitment to nuclear disarmament.
"Any more nuclear weapons is an inherently more dangerous world, more dangerous region," says Alexis Dudden, a history professor and Japan specialist at the University of Connecticut. "It's Obama's 'reality tour.' It's an acknowledgement at the highest level that the United States bombed a city, something that never happened before. The way to move all history forward is to acknowledge the truth of what has happened."
As NPR's Scott Horsley reported on Thursday, the atomic bombing of Hiroshima and Nagasaki is perceived very differently in the U.S. and Japan:
"Americans see the bombing as hastening the end of a costly and deadly war. A survey by the Pew Research Center last year found 56 percent of Americans approve of Truman's decision, while 34 percent disapprove. In Japan, nearly 8 out of 10 people see the bombings as unjustified.
"Japanese leaders have been accused of minimizing their own country's conduct during the war. Prime Minister Abe told reporters he has no immediate plans to visit Hawaii this year for the 75th anniversary of the Pearl Harbor attack. Abe noted that he did visit the World War II memorial in Washington last year and placed a wreath in honor of all those who died during the war."
Meanwhile, neighbors Korea and China, where many feel Japan hasn't properly atoned for its wartime atrocities, have been critical of the president's trip. China criticized Obama's decision to visit Hiroshima, calling it another opportunity for Japan to play victim rather than aggressor. Hundreds of thousands of Chinese civilians were killed in the Japanese Imperial Army's invasion and occupation of Manchuria; Korea was occupied by the Japanese from 1910 to 1945, and many of its women forced into sexual slavery, servicing the Japanese army at "comfort stations" near battlefields.
In his remarks, Obama looked forward in hope as frequently as he looked backward in mourning.
While he opened his remarks with death in the sky, he closed with a celebration of life.
"Today the children of this city will go through their day in peace," Obama said. "What a precious thing that is. It is worth protecting — and then extending to every child.
"That is a future we can choose."

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クロカル超人の面白散歩 3 上野駅ナカ『洋食や 三代目 たいめいけん』

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上野駅ナカにある『洋食や 三代目 たいめいけん』のオムライス(1080円)。東京都美術館で『若冲展』を観た帰りに寄った洋食屋。約4時間、飲まず食べずの状態だった!オムライスは小振りだったが味はまあまあ、その前に生ビールで喉を潤したのだった。

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クロカル超人が行く 194 上野・東京都美術館『若冲展』 6

米国収集家が愛した若冲Jakuchu Beloved By American Collectors
40 月梅図(絹本着色、宝暦5年1755年、メトロポリタン美術館蔵)、41 菊花図(紙本墨画、寛政4年1792年、デンバー美術館蔵)、42 葡萄図(紙本墨画、江戸時代18世紀、エツコ&ジョー・プライスコレクション蔵)、43 旭日雄鶏図(絹本着色、江戸時代18世紀、エツコ&ジョー・プライスコレクション蔵)構図技法の巧みな絵、44 雪芦鴛鴦図(絹本着色、江戸時代18世紀、エツコ&ジョー・プライスコレクション蔵)、45 紫陽花双鶏図(絹本着色、江戸時代18世紀、エツコ&ジョー・プライスコレクション蔵)、46 虎図(絹本着色、宝暦5年1755年、エツコ&ジョー・プライスコレクション蔵)、47 竹梅双鶴図(絹本着色、江戸時代18世紀、エツコ&ジョー・プライスコレクション蔵)、48 鳥獣花木図屏風Birds, Animals, and Flowering Plants in Imaginary Scene(紙本着色Color on paper、江戸時代18世紀Edo period, 18 century、エツコ&ジョー・プライスコレクション蔵Etsuko and Joe Price Collection)若冲絵画最高傑作の一つ、方眼に見事なまでに塗り込まれた動植物。豊かな想像力の世界。何となくユーモアのある象の表情と大きさが際立つが独特な青色も印象的。アメリカ人がこの絵に取りつかれたことも納得がいくような気がする。ところで、若冲は本物の象を見たのか?家人が何度も筆者に訊いていた・・・。江戸時代に象が江戸まで運ばれたことはあるようだ。さぞかし驚いたに違いない―。象プライス、と駄洒落まで出た。

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【生誕300年記念 若冲展 カタログ】より

49 伏見人形図(紙本着色、寛政12年1800年、エツコ&ジョー・プライスコレクション蔵)、50 鷲図(紙本墨画、寛政12年1800年、エツコ&ジョー・プライスコレクション蔵)

20 : 47 『若冲展』鑑賞終了。この混雑では絵をじっくり鑑賞できる状態ではなかった。

追記 言語学者の井上史男氏が2016年6月7日付「日刊ゲンダイ」の週間読書日記欄で若冲展に言及して、こんなことを書いていた。

5月×日 若冲の絵の中の文字に注目。「画像言語学」の実践だ。ほぼ漢字だけだ。仏教に帰依して描いたからだろう。浮世絵で漢字以外にひらがなが使われ、近代の写真や絵はがきでカタカナやアルファベットも現れるのとは大違いだ。筆者も若冲絵画のタイトルを書き写して不思議に思ったことの一つを言い当てているみたい。(2016年6月16日 記)

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クロカル超人が行く 194 上野・東京都美術館『若冲展』 5

2-21 動物綵絵 芦鴛図(絹本着色、宝暦11年1761年、宮内庁三の丸尚蔵館蔵)、2-22 動物綵絵 芦雁図(絹本着色、明和3年1766年頃、宮内庁三の丸尚蔵館蔵)、2-23 動物綵絵 池辺群虫図(絹本着色、明和2年1765年以前、宮内庁三の丸尚蔵館蔵)蛙(かわず)の表情の可愛いこと、観察眼の勝利!生命の讃歌ともいえる絵。

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【生誕300年記念 若冲展 カタログ】より

2.-24 動物綵絵 貝甲図(絹本着色、明和2年1765年以前、宮内庁三の丸尚蔵館蔵)、2-25 動物綵絵 諸魚図(絹本着色、明和3年1766年頃、宮内庁三の丸尚蔵館蔵)、2-27 動物綵絵 蓮池遊魚図(絹本着色、明和2年1765年頃、宮内庁三の丸尚蔵館蔵)、2-28 動物綵絵 菊花流水図(絹本着色、明和3年1766年、宮内庁三の丸尚蔵館蔵)、2-29 動物綵絵 紅葉小禽図(絹本着色、明和3年1766年頃、宮内庁三の丸尚蔵館蔵)、2-30 動物綵絵 桃花小禽図(絹本着色、明和2年1765年以前、宮内庁三の丸尚蔵館蔵)。

20 : 37 混雑し過ぎてじっくり観られず、極めて残念。待った時間の長さと美術鑑賞時間の短さ、何だこれはと思いながら、2階の画遊人、若沖(2)の陳列室へ。Jakuchu, A Man Rejoicing in Painting(2)

7 雪梅雄鶏図(絹本着色、江戸時代18世紀、京都・両足院※5月8日までで観られず)、15 百犬図(絹本着色、江戸時代18世紀、個人蔵※5月8日までで観られず)、25 果蔬涅槃図(紙本墨画、江戸時代18世紀、京都国立博物館蔵)、30 石峰寺図(絹本墨図、寛政4年1792年、京都国立博物館蔵)、34 菜蟲請(重要文化財、絹本着色、寛政4年1792年、佐野市立吉澤記念美術きい館蔵)、35 仙人掌群鶏図襖絵(重要文化財、紙本金地着色、寛政2年1790年、大阪・西福寺蔵)この展覧会の監修者で日本美術史家の辻氏が何度もこの襖絵について言及している前衛画家杉全直氏のことばにすべてが凝縮しているような気がする。それは『奇相の系譜』の引用を読めば足りる。このコラム(「クロカル超人が行く 194 上野・東京都美術館『若冲』」でも言及しているので参照されたい。またもやじっくり観られないのが何よりも惜しい。

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【生誕300年 若冲展カタログ】より

36 蓮池図(重要文化財、紙本墨図、寛政2年1790年、大阪・西福寺蔵)、37 三十六歌仙図屏風(紙本墨画、寛政8年1796年、岡田美術館蔵)、38 石燈籠図屏風(紙本墨図、江戸時代18世紀、京都国立博物館蔵)、39 象と鯨図屏風(紙本墨図、寛政9年1797年、MIHO MUSEUM蔵)(続く)

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クロカル超人がゆく 194 上野・東京都美術館『若冲展』 4

1-1 釈迦三尊像 釈迦如来像(絹本着色、明和2年1765年度末以前、京都・相国寺蔵)、1-2 釈迦如来釈迦像 文殊菩薩像(同上)、1-3 釈迦如来像 普賢菩薩像(同上)8年前に京都・相国寺で観たもの。独特な技法のなかにも温かみがある。
2-1 動物綵絵 老松孔雀図Colorful Realm of Living Beings, White Peacock, Peonies, and Old Pine Tree(絹本着色、宝暦11年1761年以前、宮内庁三の丸尚蔵館)、2-2 動物綵絵 老松鳳図(絹本着色、明和3年1766年頃、宮内庁三の丸尚蔵館蔵)、2-3 動物綵絵 薔薇小禽図(絹本着色、明和2年1765年、宮内庁三の丸尚蔵館蔵)、2-4 動物綵絵 牡丹小禽図(絹本着色、明和2年1765年以前、宮内庁三の丸尚蔵館蔵)、2-5 動物綵絵 梅花皓月図(絹本着色、宝暦11年1761年以前、宮内庁三の丸尚蔵館蔵)、2-6 動物綵絵 梅花小禽図(絹本着色、宝暦8年1758年、宮内庁三の丸尚蔵館蔵)、2-7 動物綵絵 老松鸚鵡図(絹本着色、宝暦11年1761年以前、宮内庁三の丸尚蔵館蔵)、2-8 動物綵絵 老松白鶏図(絹本着色、宝暦11年1761年以前、宮内庁三の丸尚蔵館蔵)、2-9 動物綵絵 梅花群鶴図(絹本着色、明和2年1765年以前、宮内庁三の丸尚蔵館蔵)、2-10 動物綵絵 棕櫚雄鶏図(絹本着色、明和2年1765年以前、宮内庁三の丸尚蔵館蔵)、2-11 動物綵絵 向日葵雄鶏図(絹本着色、宝暦9年1759年、宮内庁三の丸尚蔵館蔵)向日葵の描写と鶏の鶏冠の赤、見事なまでの描写力だ。2-12 動物綵絵 南天雄鶏図(絹本着色、明和2年1765年以前、宮内庁三の丸尚蔵館蔵)南天と鶏の組み合わせが観る者を圧倒させる。その赤と黒のコントラストそれに白が添える。描写技法のすばらしさそして迫力。

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【生誕300年記念 若冲展 カタログ P.58―P.59】

2-13 動物綵絵 芙蓉双鶏図(絹本着色、宝暦11年1761年以前、宮内庁三の丸尚蔵館蔵)、2-14 動物綵絵 紫陽花双鶏図(絹本着色、宝暦9年1759年、宮内庁三の丸尚蔵館蔵)、2-15 群鶏図(絹本着色、明和2年1765年、宮内庁三の丸尚蔵館蔵)一連の鶏図の中でも最高傑作の一つ。精密描写、極才色、構図の取り方、躍動感、どれをとってもすばらしい。たとえ鶏を飼って観察して描いたとしてもここまでできるだろうか。天才のなせる技だろう!2-16 動物綵絵 大鶏雌雄図(絹本着色、宝暦9年1759年、宮内庁三の丸尚蔵館蔵)、

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【生誕300年記念 若冲展 カタログ P.62-P.63】

2-17 動物綵絵 芍薬群蝶図(絹本着色、宝暦7年~8年1757~58年頃、宮内庁三の丸尚蔵館蔵)、2-18 動物綵絵 秋塘群雀図(絹本着色、宝暦9年1759年、宮内庁三の丸尚蔵館蔵)、2-19 動物綵絵 雪中鴛鴦図(絹本着色、宝暦9年1759年、宮内庁三の丸尚蔵館蔵)(続く)

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クロカル超人が行く 194 上野・東京都美術館『若冲展』 3

20-2 鹿苑寺大書院障壁画 松鶴図襖絵(重要文化財、紙本墨画、宝暦9年1759年、京都・鹿苑寺蔵)、20-3 鹿苑寺大書院障壁画 芭蕉叭々鶏図襖絵(重要文化財、紙本墨画、宝暦9年1759年、京都・鹿苑寺蔵)、20-4 鹿苑寺大書院障壁画 菊鶏図襖絵(重要文化財、紙本墨画、宝暦9年1759年、京都・鹿苑寺蔵)この長い墨襖図は人、ヒト、ひとでじっくり観られず!他人の肩の間などから覗いて観たのが大半。21 竹虎図(紙本墨図、江戸時代18世紀、京都・鹿苑寺蔵)、22 鳳凰之図(紙本墨画、江戸時代18世紀、京都・相国寺蔵※5月8日までで観られず)、樹木雄鶏図(紙本墨画、江戸時代18世紀、イセ文化基金蔵)、24 虹に双鶏図(紙本墨画、江戸時代18世紀、細見美術館蔵)、26 瓢箪・牡丹図(紙本墨画、明和元年1764年以前、細見美術館蔵)、27 亀図(紙本墨画、寛政12年1800年、京都・鹿苑寺蔵)、28 月に叭々鳥図(紙本墨画、江戸時代18世紀、岡田美術館蔵※5月8日までで観られず)、29 虎図(紙本墨画、江戸時代18世紀、石峰寺蔵)、31 乗興舟(紙本拓版、明和4年1767年、京都国立博物館蔵)、32 玄圃瑤華(紙本拓版、明和5年1768年、青裳堂書店蔵)、33-1 花鳥版画 櫟に鸚哥図(木版着色、明和8年1771年、公益財団法人 平木浮世絵財団蔵)、33-2 花鳥版画 青桐に砂糖鳥図(木版着色、明和8年1771年、公益財団法人 平木浮世絵財団蔵)、33-3 花鳥版画 椿に白頭翁図(木版着色、明和8年1771年、公益財団法人 平木浮世絵財団蔵)いやはや、昨夜見た満月もこの月とそっくり。この絵を描いてから245年後だ!若冲はすごい、また感動だ。(2016年5月22日 記)、33-4 花鳥版画 雪竹に錦鶏図(木版着色、明和8年1771年、公益財団法人 平木浮世絵財団蔵)若冲最高傑作の一つ、雪の上の錦鶏。その色彩の鮮やかさよ!その尾の長さの美しさよ!

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【生誕300年記念 若冲展 カタログ P.198】

33-5 花鳥版画 薔薇に鸚哥図(木版着色、明和8年1771年、公益財団法人 平木浮世絵財団蔵)、33-6 花鳥版画 鸚鵡図(木版着色、明和8年1771年、公益財団法人 平木浮世絵財団蔵)

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【生誕300年記念 若冲展 カタログ P.196 】


20 : 22 1階の〈釈迦三尊像〉と〈動物綵絵〉Sakyamuni Triad and the Colorful Realm of living Beingsの展示室へ。(続く)

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クロカル超人が行く 194 上野・東京都美術館『若冲展』 2

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20 : 01 『若冲展』入口通過。
20 : 05 地階から鑑賞。わっ、こんなに人が、まるで芋洗いの中へ突入する感じ。思わず笑ってしまった。
LBF 画遊人、若冲(1) “ 画遊人”とは何とも言い得て妙。3 牡丹・百合図(絹本着色、江戸時代18世紀、京都・滋照寺蔵)精密に描かれかつ鮮やかな色の配置。牡丹の赤、百合の白が対称的。構図の確かさそれに安定感があって動きも感じられる。4 隠元豆・玉蜀黍図(和歌山県指定文化財、紙本墨画、江戸時代18世紀、和歌山草堂寺蔵)可愛い蛙はどこを見ている?空間処理が上手い。5 糸瓜群虫図(絹本着色、江戸時代18世紀、細見美術館蔵※5月8日までで観られず)、6 雪中雄鶏図Rooster in the Snow(紙本着色、江戸時代18世紀、細見美術館蔵) 竹林の雪の白さ加減、鶏の目と鶏冠の赤、丹念に塗り込まれた茶、白、黒の羽根のリアル過ぎる躍動感、構図、色彩の極致。8 雪中雄鶏図(絹本着色、江戸時代18世紀、岡田美術館蔵※5月8日までで観られず)、9 花卉雄鶏図(絹本着色、江戸時代18世紀、岡田美術館蔵) 鶏図の極細と色使いの巧みさが凄い、10 梅花小禽図(絹本着色、江戸時代18世紀、岡田美術館蔵)花と戯れる鶏、やはり赤の鶏冠の表情はインパクト抜群。11 旭日鳳凰図Phoenix and Sun(絹本着色、宝暦5年1755年頃、宮内庁三の丸尚蔵館蔵) 赤と白のコントラスト、構図の抜群さは観るものを惹き付けてやまない。特に鳳凰の練り上げた白さは感動もの。「鳳凰図が観れれば長蛇の列で待つ甲斐があるのよ」とおばさんが呟いた。12 孔雀鳳凰図(絹本着色、宝暦1755年頃、岡田美術館蔵)色鮮やかなことこの上ない。孔雀の色合い、松の緑がいい。13 月夜白梅図White Plum Blossoms on a Moonlit Night(絹本着色、江戸時代18世紀、個人蔵)月夜に咲く梅の白さが何ともユニーク、花月風詠の典型的な景色。丸い月の色合いに風情が─。ていねいに描き込まれた梅の見事さよ。14 白梅錦鶏図(絹本着色、江戸時代18世紀、MIHO MUSEUM蔵)極彩色の錦鶏、見事というほかない。16 厖児戯箒図(絹本着色、宝暦14年1764年以前、京都・鹿苑寺蔵)猫と箒のおわそび的ポーズ。ユーモラス、ユーモラス。

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【生誕300年記念 若冲展 カタログ】より

17 伏見人形図(紙本着色、江戸時代18世紀、国立歴史民俗博物館蔵)絵師の眼差しが解るよう。人形の色使いと滑稽さを醸し出すユニークさ。18 達磨図(絹本着色、江戸時代18世紀、MIHO MUSEUM蔵)滑稽さのなかに親しみも込められているよう。 19 売茶翁蔵(絹本墨図、宝暦7年1757年、個人蔵)商売人のユーモラスな表情がいかにも人間臭い。20-1 鹿苑寺大書院障壁画 葡萄小禽図襖絵(重要文化財、紙本墨画、宝暦9年1759年、京都・鹿苑寺蔵)(続く)

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クロカル超人が行く 194 上野・東京都美術館『若冲展』

伊藤若冲生誕300年記念東京都美術館『若冲展』鑑賞ドキュメント。
16 : 38 JR上野駅を降りて東京都美術館へ。
16 : 45 東京都美術館の前に到着して長蛇の列に並ぶ。
17 : 10 少し立ちすくむ。今週はじめに出張もあって疲れ気味かも。並びながら軽くストレッチをする。
17 : 15 持参した若冲関係の文庫本を読む。近くの中年女性が「初日の4月22日に来たが15分で入れた よ」と得意そうにすぐ脇のおばさんに話しかける。チケットをネットでゲットしていたみたい。また観に来てこの長蛇の列にびっくりしている。しかし愉しげ。
17 : 30 長蛇の列は係員の指示に従って4人一列になって進むが、まだ250メートルくらい。新緑がやたらに目に入る。「クマモンは熊本県では営業部長、顔に2つの赤いトレードマークが無くした時には降格しおったばってん」と前に並んでいたばあさんが退屈しのきではしゃいでいる。「くまモンはかわいいじゃろ。そういえば、こちらにはふなっしーがいるんじやないの。実物は見たことないけん、あまりかわいくないないみたいじゃけん」。
18 :45 長蛇の列の進み具合と光景をパチリ。

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美術館の入口の方に近づいたがまだらしい。
19 :05 東京都美術館で並ぶことすでに2時間半、時計は午後7時をまわる。美術館の入口あたりに来たが入館はまだ先だ。昨日とは温度も幾分下がって過ごしやすいが、夜風が吹く時間帯になる。辛抱強く並ぶ人の数は優に20000人以上か。やはり中高年の女性が目立つようだ。新緑で幾分か清々しいと感じられるもやはり、長時間蛇行しながら並ぶのは辛く、時には足腰が痛くなる、気分が悪くなる、血圧が上がる。いやはや、どうにも耐えられない─。
19 :40 やっと入口から館内へ。それでもまだ『若冲展』エンターできず。(続く)


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追記 ついに土曜日の今日、ヤフーの直近のニュースで『若冲展』に320分(5時間20分)待ちの見出しが出た。もはや事件である。病人などが出たりしたら大事だ。主催者側に早く対策を講じてもらいたい。整理券を配布するなり、近くの博物館や美術館に特別に入れるようにして緩和策を取っていただきたい。過熱な若冲人気で関係者はほくほくだろうが(開催期間でざっと見積もっても5億円以上、それに3000円の図録もある!)、きちっと対策を取らないと大事故で中止になるとも限らないのだから。油断大敵だ。暴動でも起きたらそれこそ台無しなのだ。そういえば外国人やこどもがほとんど見あたらなかった。
筆者も昨日196分待って入ったが、比較的空いているだろうと予測して午後4時半過ぎに並んだが、入れたのは3時間16分過ぎた午後8時01分だったのだ。異常だし呆れた。入ったら入ったでまるで芋洗いで満足に絵を鑑賞できず、却ってストレスを溜めて帰宅したのだ。(2016年5月21日 記)

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クロカル超人が行く 193 近鉄名駅のナナちゃん人形

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名古屋名物ナナちゃん人形、夏バージョンに衣替え中のところをパチリ。これは貴重!
女版ガリバーはどこを見ている?

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超人の ドキッとする絵画 28 東京都美術館の『若冲展』

今上野の東京都美術館で開催中の『若冲展』(5月24日まで)。戦前から数えると今回で10回目の展覧会らしい。土曜日の朝早く家を出た家人がてっきりこの美術展を鑑賞してきたと思っていたら、3時間半待ちでは身体が持たないと諦めて近くで開催していた『黒田清輝展』を観てきたと言った。東京都美術館のホームページでも、チケットを購入するまで40分、それから鑑賞できるまでさらに240分かかると書かれていた。NHKや新聞、『芸術新潮』などの雑誌もこの美術展に言及していて拡散し続け、人々を上野の森に集結させている。それが異常なまでの盛り上がりを見せているのだ。過去に何度か若冲ブームが起きたとは、若冲絵画の第一人者、日本美術史研究家の辻惟雄氏が、「伊藤若冲、ジョウ・プライス、そして私」のタイトルで岩波の『図書』2016年5月号に寄稿している。筆者的には京都のお寺で発見された天井に書かれた絵を観れば足りるのだが、はて、いつ行くか。そろそろ出かけないと終わってしまうのだ・・・。
それにしてもこの過熱振りは狂気の沙汰である。幸いに筆者は京都の相国寺で開催された時には観ることができたのだがー。そのコラムを読むはこちら➡http://cocolog-nifty.com/callsay/2007/05/post_8e60.html

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伊藤若冲絵画の第一人者、日本美術史研究家の辻惟雄氏が若冲絵画の真髄を伝えて余りあると絶賛する前衛美術家杉全直が『美術手帖』に書いた感想文を引用しているので、それを上記の『図書』から書き写してみるのがよさそうだ。

鶏々の厳しくくぎられた奇妙な凝結は、心の中を揺り動かすようなフォルムを形作って、不定形のシャボテンと噛みあい、響きあって流れて行く。
‥‥‥若冲がシャボテンの俘になったのではなく、形にならない形を持つシャボテンに託し、自由に、自己内面に持つ解放されたフォルムを次々に重ね、無限に拡がってゆく世界を形成しているようだ。

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超人の面白スポーツ 東京大学野球部投手 宮台康平

先週のこと、あるミニコミ誌に東大記録70年ぶりに更新、六大学野球で13奪三振 と書かれた見出しに目を奪われた。えっ、地元にこんな若者がいるんだと興味津々でその記事を読んだ。掲載されている写真も笑顔が似合う好青年。その記事によれば4月9日に行われた東京六大学野球春季リーグの早大戦で13奪三振を記録、1946年に山崎論選手が樹立した「1試合12奪三振」の東大記録を70年にぶりに更新したという。左腕からのストレートは最速145キロ、走り込みをするなどして足腰を鍛えてきたと。その3日後の先週日曜日、「サンデーモーニング」のスポーツコーナーで宮台投手の東大が立大に勝ったと話題になった。敗けが普通の東大にいま異変が起きているのだ。これにはかつて「ニュース9」のキャスターを努めた東大野球部出身の大越氏も喜んでいるのでは。爽やかな宮台投手、いいね。このままさわやか旋風を吹かせて勝ち進んでほしい。
ところで、この記事を書いているのは通勤電車内。それにしても2日連続で朝の通勤帯での大幅な電車の遅れにはウンザリだ!
宮台投手、快速球でこの状況を打破願います!(笑)

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